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2024/05/17 20:29 |
そらとあまみ 62

オリジナル。登山、微百合、日常のぐだぐだ。
アカン、毎週更新がかなりぎりぎりや。




……いまの日本、割とマジでどうなってんだろうな。
野田政権末期も相当ひどかったけれど、安倍政権は日本を徹底的にぶっ壊そうとしてるようにしか思えない。
なにより怖いのは、それに諸手を挙げて賛同する人間の多いこと多いこと。愛国者が増えたんじゃなくて、愛国の振りしながら日本が憎くて憎くて仕方ないっていう風に見える。

長いこと悪感情と付き合ってきた立場から言うと、群れた悪意には見苦しさしかない。
悪意は孤高であれ。外面に出さずに内面でそっと静かに燃やせ。
なにができるのかわからないけど、どうか日ごとに良くなりますように。



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 椿希は道場に行く。道着姿ではなく、普段着のままで。戸を開くより先に、道場のなかから、両足が強く畳を叩く音が聞こえてきており、梅雨の雨空の下で鈍く響いていた。

 「シズー?」


 軽く声をかけると、踏み込みの音が消えた。道場の真ん中でシズが竹刀を握っており、汗だくになって、こちらを見つめていた。椿希は軽く手を振った。


 「せいが出るわねえ。でも、雑。不安を払いたいならもっと別のことをしたほうがいいわよ? 一人稽古なんて、ストレス解消のためにやるものじゃないわ」
 「なにか御用ですか」
 「明日からちょっと実家に戻るわ。天見さんも連れてね。けれど、そのまま戻ってこなくなるかもしれないから、ちゃんと挨拶しておこうと思って」椿希は丁寧すぎるほどの仕草で頭を下げた。「お世話になったわ。ありがとう」


 シズは裾を整えて正座し、竹刀を置いた。少し息をついて肩を落とす。
 椿希が自由に振る舞うのは昔からのことだった。子供の頃は、両親も実家といまほど疎遠ではなく、盆休みや年末年始などには、里帰りしたものだ。毎年恒例のイベント。同年代の親戚と遊んだ記憶はほとんどないが、椿希だけはよく付き合ってくれ、それが楽しみになっていたところもあった。
 あの家の者はまるで顔のない通行人のようで、互いに互いの視線に縛られているような印象があり、そのなかにいると居心地はあまりよくなかった。父の宗次が、現当主のただひとりの弟だったから、ということも作用していたかもしれない。存在が鬱陶しい者。しかし、シズは自分には関係ないと思っていた。


 「椿希姉さん」とシズは言う。「大丈夫なのですか?」
 「あなたねえ、私を誰だと思ってるのよ。この程度のことでうろたえる私じゃないわ。でも、ちょっと心配かしら。なにせ仲直りするって経験がないものだから」
 「仲直り?」
 「喧嘩した相手とね……。子供の頃は友だちが少なかったものだから。まあ、いまもそれほど多いほうじゃないけれど。ま、なんとかなるでしょ」
 「椿希姉さんはどうしてこちらに――」訊きかけて、首を振った。「いえ、聞かないことにします。椿希姉さんのことですから、私が心配するようなことはないですね。またいつでもこちらにいらしてください」
 「ええ、そうするわ。ここなかなかいいところだしね」


 椿希は竹刀を挟んでシズのまえに正座した。従姉妹とはいえ、あまり似てないふたりだった。シズは眼鏡をかけており、眼鏡はしばしば顔の印象を大幅に変えてしまう装飾品ではあるが、仮に眼鏡がなくとも、それほど顔立ちに共通点があるわけではなかった。顔だけでなく、声質も、佇まいも、性格も、性根さえも、似ていなかった。指摘されなければ血の繋がりがあるようには見えないだろう。しかし、間違いなくふたりは血縁だった。そのことに椿希は少し慰められている。


 「ああ、そうそう」椿希は声音を変えて、「で、あの先輩とはその後うまくやってる?」
 「……」
 「もう、変に拗ねちゃうんだから。わかってるわよ、好きなんでしょう? 想いはもう告げたのだったかしら?」
 「お返事は保留にされています」
 「あらそう」


 シズは俯いた。「やはり、迷惑なのでしょうか」
 「なにが?」
 「私のような者が付き纏って――」
 「もしそうならそう言いそうなものじゃない? あの……なんだっけ、篠原さん? 言うべきことを言わない子のようには見えなかったけれど」
 「先輩は優しいですから……私に気を遣っているのだと思います。椿希姉さんも、変だとお思いになるでしょうか。女性が同性をお慕いするのは……」
 椿希は面倒そうに手をひらひらさせた。「そういうのはもう百万回は議論されてきたことだから私に言えることはないわね。別にいいんじゃないの? 私も年上の女と寝たことあるし」
 「――。……。は?」
 「じゃあ、そういうことだから。私もちょっと実家で向き合おうと思うから、シズもせいぜい頑張りなさいね」


 シズがなにかを言うまえに椿希は道場を出ていく。


 


 椿希と待ち合わせている駅で、天見はあくびをした。
 私服でいいと言われたので、簡素なTシャツにジーンズ姿だった。一応作務衣は荷物に突っ込んである。山の装備を持っていこうか最後まで悩んだが、荷物がひどくかさばってしまうのと、空とあちらで会える保障はないので、今回は結局見送ることにした。しかし、暇さえあれば麓くらいまでは行ってみようと思う。なにも登るだけが山ではない。


 待っていると、不意に声がする。「おーっす、センパイ! どもどもっ」
 「は?」


 先輩と呼ばれた経験などない。なにかと思って振り向くと、弘枝の妹の桜花が、にこにこと笑いながら歩み寄ってくる。キャリーバッグを引き摺って、明らかに見送りという姿ではない。


 「とーちゃんに、椿希サマと一緒に行けって言われたんで。やー、親公認で学校サボれるって気持ちいいなー! どういう事情なのかあたし知らんですけど、そーゆーわけでよろしくっす!」
 「……。弘枝さんは?」
 「お姉ちゃんはいつも通りのお仕事っすよ? あたしが行くって言ったら渋い顔されましたけど」


 さぞ苦渋の決断だったのだろう。弘枝がどう感じたか想像して、天見も少し頭が痛くなる。
 そのとき、ポケットのなかで携帯が震える。椿希かと思って画面を見ると、『仕事用に』と伝えた弘枝の番号が映っている。なんとなく桜花に背を向けて、耳に押し当てる。


 「はい」
 『ああ、姫川さん? そこに桜花いる?』
 「えーと。私がこんなこと言うのもあれですけど、学校行かせなくて大丈夫なんですか」
 『あー、ごめん。親父にとっちゃ学校よりも桐生家のほうが大事なんだよ。いやオレも反対はしたんだけど、どうにも椿希様を心配すいる気持ちのほうが強いみたいでさ。桜花を一緒に行かせて、どうにかなるってことはないんだけど、多少なりとも椿希様の助けになれば、ってことで。ほんとうはオレが行ければよかったんだけど』
 天見は少し口を噤んで、「……まあ、いいんですけど。私がいても別にどうにもなりませんし」
 『椿希様は姫川さんのことを気に入ってる』
 「はあ……」
 『まあ、なんだ。オレからもよろしく頼むよ』


 なにを頼むというのか。頑張るのは椿希で自分ではない。天見は少し唇をむずむずさせた。
 通話を切ったところで、椿希がやってくる。まえに見た着物姿で、荷物は少ない。桜花を見下ろして、にこりとした。


 「あなたも来てくれて嬉しいわ、師匠。でもゲームのほうは大丈夫? いまおいしいイベントやってるけど」
 「へーきへーき! リアルとの兼ね合いつけとくことが長く続ける秘訣さー! てかなにしに帰るのかよくわかんないけど」
 「喧嘩しちゃった子と仲直りしにいくの。師匠はそういう経験ってない?」
 「んー? ネットじゃどっちかが離れるだけで仲直りする必要もないからなあ。リアルじゃそもそも喧嘩せんし。センパイはどうー?」
 話を振られた天見は眉をひそめる。「全然」


 


 「安倍奥に大無間とはな。またてめえにしちゃ大人しいとこ選ぶじゃねえか」と芦田は後部座席に言う。「北岳やらの本脈じゃなく……。いいんだがな。いまの時期、残雪はずぶずぶでどう考えても初心者向けじゃない。いきなり水無さんをそこらへんに縦走させに行くんじゃねえかと不安だったんだがな」
 「葛葉が言ったからね。あたしが行ってないところがいいって。あの山域であたしが行ってない山ってもうそこしかないんだ」
 「ベースは井川湖か。まあ、いいんじゃねえのか。たまにゃそういうのんびりした登山も」
 空は軽く笑った。「標高が低いったって、下手な3000級よりも上級者向けだよ、あそこは。気をつけないとね。大無間、ただでさえ道が明瞭じゃないのに、最近じゃ登山道の崩壊が進んでるらしいから」


 東名高速を静岡に向けて軽快に走る。南アルプスで有名な北岳は、甲府からバスで広河原に向かうのが一般的だが、こちらのほうは南アルプスでも深南部に位置している。
 葛葉は空の隣で、地図を開いてその山域を見るともなく見ている。大無間山にしろ、安倍奥の山伏にしろ、百名山からは外されている。しかし、初心者である自分にはそう悪くない感じがした。上達のステップを順序よく踏むこと。それが大切だと知っているからだった。


 


 


 東海道線の電車。無愛想そのものの天見。それでも、富士山が限りなく近く見えるようになると、その表情は少しだけ緩んだ。
 椿希と桜花がゲームに関する他愛ない話を交わしているあいだ、天見はずっと山のほうを眺めていた。赤石山脈――南アルプスのなだらかな稜線は、まだ白く、かなり後退しているとはいえ、雪の勢力はそこにあった。丹沢で吹雪に晒されたのがもうだいぶまえのように思える。穂高で雪を踏んだことさえ。隣の県だというのに、なんだか空気の肌触りが違うような心地がして、天見は少し不思議に思った。
 厳密には静岡は初めてではない。空や杏奈と何回かクライミングに赴いた湯河原幕岩も静岡だ。それでもそう思えてしまったのは、伊豆を越えたからかもしれなかった。


 静岡駅からバスで北へ。安部川の川沿いをひたすら北上していくと、みるみるうちに景色が田舎風景に変わっていく。住宅街が遠ざかり、谷間の風景になり、標高もどんどん上がっていく。海と山とが近しい場所にあるのは神奈川と同じだが、神奈川よりさらに急で、風景の移り変わりが激しい。
 一時間ほど乗っていただろうか。
 下車すると、もう人家も見えない。工場と、温泉の看板、倉庫、神社に釣堀。そうしたまばらな場所だった。


 (新鮮な心地がする)


 と、天見は思った。
 こうしたところに実家を持っているのは、気持ちのいいことかもしれない。
 そこからさらに歩く。山間を縫うように伸びている開けた道をゆくと、道路を行き交う車の音さえ遠ざかっていき、別世界という趣だ。ほんとうにこんなところに家があるんだろうかと疑ってしまう。まえをゆく椿希を見ると、椿希はふと振り返り、肩を落としてみせる。


 「辺鄙なところでごめんなさいね」
 天見は首を振る。「いえ」
 「古い家でね。親戚連中はもっぱら駅前に住んでるんだけど。生活用品を買うのも一苦労なほどで、私も昔は学校通うのに早起きしたものだわ。静かでいいとこではあるんだけどね」


 その椿希の実家――桐生本家は、山間をふと抜け、ぽっかり開けた盆地状の場所に敷地を持っていた。
 そよ風が木立を撫ぜる。
 桐生の分家を、そのまま拡大したような屋敷だった。というよりは、あちらのほうがこちらの模倣なのだろう。松の並ぶ庭に、敷き詰められた白砂と池、大きな母屋と離れがひとつ。広々とした縁側が伸び、瓦の並ぶ屋根の庇が影を落として屋内は暗い。庭の遠くに蔵。ご丁寧に古びた井戸まで設置されている。


 「おおー」桜花が感嘆の声を上げた。「こっち見るのって初めてだなあ。なんかこう、エロゲにでも出てきそうな屋敷だわ」
 天見も少し眼を瞠るような思いだった。誰もが夢に描くような田舎の家だったのだ。
 「古いだけよ」と椿希は言い、「じゃ、挨拶してくるわね。師匠は幹一さんの子だから、一緒にきたほうがいいかしら。天見さんは少しその辺で待ってて頂戴」


 ふたりが行ってしまうと、天見は息をついた。
 首を巡らして彼方を見やる。盆地状だが、景色は開けていて、富士山と南アルプスの山並みが一望できる。西丹沢で見たときよりも遥かに近く、このまま歩いて行けそうな気すらした。見えているのは、聖岳や光岳、大無間山あたりだろうか。主稜線ほどではないが雪が残っていて、風が吹くと、懐かしい香りがやってくるような感じがする。南アルプス深南部……


 なんとなく山に向かって歩く。


 


 屋敷に対して庭があまりにも広く――どこまでが“庭”という区切りなのかわからない――広大な敷地というよりは、世界に対して小さな屋敷がぽつんと立っているように思えた。屋敷は大きかったが、それも山に比べればほんの小さなものにすぎなかった。天見はどことなく空虚な印象を受けた。
 桐生の分家に比べ、手入れが行き届いていないようだった。松の木は枝が好き放題に伸び、葉は丸みなく尖り、一見して病気と分かる木肌もあった。飛び石に落ち葉が溜まっており、池は緑色に濁っていて、泳ぐ鯉に生気がない。製作途中で放棄されたような印象だった。桐生の分家を見慣れてしまったせいだろうか。いつも弘枝がやっているような業務に携わっているはずの、家政婦の姿が見えない。昼過ぎだが、屋内の掃除でもやっているのか。
 離れの近くまできて、それとなくなかを窺った。灯りはついていない。生活感はあるから、誰かが暮らしているのだろうが、廊下に埃が舞っていて、光芒のなかで白く霞んでいる。荒廃しかけている感じがある。外と違って内部は暗い。


 (――見てくれはいいんだけど、なんか変な感じがするな。自分の感覚なんてあてにならないってわかる。でも、なんか首の後がぴりぴりする)


 いやな感じだ。空気が滞っているような。
 屋敷のつくりは開放的なのに、肌に伝わる雰囲気が悪い。


 人間の気配がなく、離れに誰かがいるとは思っていなかった。
 しかし、そこでくぐもった声が聞こえる。


 「誰」


 一瞬、幻聴を聞いたかと思う。
 投げつけるような、切りつけるような、鋭い声音だった。不機嫌を押し隠そうともしない声。天見は遅れてはっとした。答えに窮する。


 「誰?」


 もう一度呼びかけられる。離れの奥から――ぼやけたような暗闇から、のそりと、人間の姿が現れる。


 「――」


 眼を凝らし、ようやくその姿が露になる。
 三十代半ばほどの、着物姿の女だった。先端が地面にかするほど長く伸びた髪を引き摺るようにして、こちらにゆっくりと歩いてくる。白すぎるほど白い肌が、暗闇のなかで陶器のように浮かび上がっており、底光りする不気味な双眸を眇めるようにこちらへ向けている。以前携帯の画面で見た、芦田の細君に勝るとも劣らない、思わず眼を瞠るほど美しい顔をしていた。その顔に、頬から鼻を抜けて反対側の頬に至る、砂州のように色の抜けた傷痕がある。


 椿希のことばを思い出す――『顔にね、大きな傷をつけてしまったの。拳の骨の硬い部分が思いがけず強く当たってしまって、頬から、鼻を抜けて、反対側の頬まで』


 火野愛梨は鼻を啜るようにひくつかせ、あたりを見渡しながら言う。「なんだか厭な匂いがする」
 天見は素早く我に還ると、女に向けて小さく頭を下げる。「どうも。こんにちは」
 「ここには近づくなと言ってある。どんな用があったとしても。なのに、知らない女の子が迷い込んでる。これはどういうこと?」
 「それはどうもすみません」天見は慇懃無礼に言う。「知らなかったんで。じゃあ戻ります」


 振り向きかけた天見の肩に愛梨の腕が伸びる。肉が軋むほど強く掴まれ、天見は顔を歪ませて女を見上げる。その力に、というよりは、その手に篭められたものが骨を伝い、天見は足を止めてしまう。愛梨はほとんど口づけできるほど顔を近づけ、天見の眼に自分の目線を重ね合わせる。


 「なんだか厭な匂いがする」愛梨はもう一度言う。
 天見は怪訝な表情を浮かべる。「風呂は入ってるんですけど」
 「あんたは誰?」
 「椿希さんについてきた雑用です。聞いてないですかね。手、離してもらえます?」
 「名前は?」
 「姫川……天見。なんだか知らないですけど機嫌を損ねたんなら謝りますよ。それじゃ」
 「……」


 力の緩む様子のない愛梨の手に自分の手を添え、握り返す。
 愛梨の手に篭められた剥き出しのなにかが天見を逆に不遜にさせる。もとより、敵意を向けられて臆する天見ではなかった。クライミングをやり始めてから急速に成長を続ける握力が、愛梨の手に天見の指を食い込ませる。力任せに引き剥がし、静かに遠ざける。
 もう見た目通りの少女の力ではない。クライミングを志しはじめた者の指だった。予想外の力だったのだろう、愛梨はしげしげと天見の腕を見やり、無機質な感情の眼が、暗い光を宿す。


 「もういいですかね」


 天見は言い、愛梨の手を離して後退りする。
 背を向け、離れから遠ざかる寸前、愛梨の小さな小さな声が耳に届く。


 「なんだか厭な匂いがする。厭で、不快で、懐かしい……」


 その女がどうしてそんなことを言うのか、天見にはわからない。愛梨にしてもどうして自分がそう感じたのかわからない。わからないまま、ひとつの邂逅が終わる。巡り巡って行き着いた場所に、互いが互いに気づかない。


 


 ふと呼ばれたような気がして空は振り返る。葛葉は首を傾げて空を見やる。


 「なんですか?」
 「……? ああ、いや、気のせいだ」


 そうしてふたりは入山する。

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2014/04/13 08:02 | Comments(0) | SS

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