オリジナル。登山、微百合、日常のぐだぐだ。スローペースで。
次回から過去編入りまーす。あまり突っ込まずさくっと終わらせるつもりですが。たぶん4、5回(涎
一区切りまでの道のりが微妙に見え始めているのだけれど基本行き当たりばったりなのでウマクいかぬ。後で一気読みすると色々粗が出るなあ。日常モノの4コマっぽく、どこからでも読めてどこからでもかたちになるのが理想なのだけれど。
なにがツライって過去編行ってる最中、出せないキャラはほんと出せないのが。生まれてすらいない天見の影が薄くなるー!
MHF。
たとえば世間で流行のものなんかは、色んなところでほとんど崇め奉るような調子になったりするのだけれど、モンハンの奇妙なところは、やりこんでる人ほどクソゲークソゲー言ってる印象。韋駄天とか上位陣は絶対ハゲてるだろ。かく言う私もつくづくクソゲーだと思います!(シクレぶん回しながら
野良猟団で、寄生と言われないために、よーし頑張って入魂しちゃうぞーと張り切ってやってるはいいもののどこまでやりゃいいのか天井がよくわからぬ。でもやっと5000魂ぶっこんだのでもうお腹いっぱいです。育成ベルとか鋼龍を追え!のクシャとか絶滅してるよなあコレw いい加減執筆に戻らなければ。
最後のダンボールを潰し、紐でひとまとめにして、天見は額の汗を拭った。
五月の半ばだから、空気からはもう夏の匂いがする。外の陽射しも、すっかり眩く、中天に座す空の盟主がまったく元気だ。
「お疲れ様、姫川さん」と椿希は言う。「お昼休憩にしましょうか。丁度いいから、午後から着物を虫干ししておきたいわ。弘枝さんに言って、お昼ごはんをもらってきて頂戴。私は部屋で食べるからって」
「はい」
「ああそうそう。ついでに、たとう紙があるかどうか訊いておいて」
「たとう?」
「着物を包む和紙のこと。頻繁に使うんならいらないんだけど、こっちじゃ着る機会あんまりなさそうだしね……」
縁側を伝い、指示された方向へ歩く。
一歩ずつがなんだか、いつもと違うように、天見には感じられた。緊張?
古い家だ。戦前から建っていると言われても信じてしまいそうなほどの佇まいで、天井の染みひとつとっても、どこか威厳めいたものがある。よく修繕されているのだろう、おんぼろという印象はまったくなく、むしろその反対の趣さえあった。新鮮なのだ。
天見には初めて見るものばかりだから、それも当然といえば当然なのだろうが。
台所に入ると、すでにテーブルの上にお盆がいくつか乗せてあり、食事の準備はほとんどできているようだった。入江弘枝は割烹着を着て煮物をつくっていた。天見は声をかけた。
「入江さん」
「はい」
弘枝は振り返った。一瞬、それが誰だか戸惑う。金髪に作務衣の小柄な娘。が、すぐに思い出す。
「姫川さん?」
「桐生さんが――あー――椿希さんがお昼は部屋で食べるそうなので、持っていってもいいですか」
「ええ、どうぞ。私も持っていきますので。姫川さんも椿希様のお部屋で?」
「さあ。どうしたらいいですかね」
「椿希様がそう望まれたのでしたらどうぞ。家政婦に与えられた部屋もあるにはありますが」
「じゃあ訊いておきます。それと、たとう紙ってありますか? 着物の整理したんで」
「どれほど必要ですか?」
「かなり。二十着はあったかな……」
「では後ほどお持ちします。少し待っていてくれます? すぐに味付けを済ませますので」
こういうこともやるのかな、と天見は思う。料理など、ほんとうに簡単なものしかできないし、味付けといったって、細かな違いなどほとんど気にしないタチなのだが。
ふと思い立って訊く。「入江さんはここ、長いんですか?」
「雇っていただいたのは大学を卒業してからです。父がここで庭師をしておりました。というよりは、曽祖父の代からこちらにお仕えしているかたちになるのですが」
「そんなに……」
「姫川さんは、椿希様とはどちらで?」
「夜中にうろついてたら声かけられたってだけです」
「……はあ」
まったく経緯が想像できず、弘枝は溜息をつく。
弘枝とともに縁側を戻る。清々しい天気だった。絶好の登山日和とも言え、少し勿体なかったかな、と天見は思う。丹沢の雪も、もう融けてしまっているだろう。電車の窓から見える稜線はもうすっかり緑色だった。
風の匂いが気持ちいい。古い家とあいまって、ひどく懐かしい心地がした。
ここで長く働くことになるのだ――そう思ってみると、悪くない感じはする。まだやり続けるかわからないしやらせてもらえるかもわからないのだが。接客業ほど自分を騙して愛想を振り撒かずに済みそうだ。椿希は自分の無愛想さを知っているし、それほど気にしないでくれることは間違いない。私を雇おうなどと考える女だし。
部屋に戻ると、椿希は卓袱台のまえに座っていた。
「お帰りなさい」
「お待たせしました。たとう紙、後で入江さんが持ってきてくれるそうです」
「そう、ありがと、弘枝さん。じゃ、いただきましょうか」
「私もここで?」
「厭?」
「まあ、別に……」
「弘枝さんもどうかしら?」
「いえ、私はまだ仕事が残っていますので」
弘枝はそれで行ってしまう。
ふたりになり、椿希は肩を落とした。「弘枝さん私のこと嫌いなのかしら。あんまりお話しする機会を得られないわ」
天見の知ったことではない。「そうですか」
「まあ、いいわ。座って」
天見にとって椿希はまだ知人以上の存在ではない。雇い主。友人と食を共にすることさえほぼない――紡は別として――彼女にとって、こうした場は不慣れ以上に不慣れではある。自分から話題を振ることはない。無言の席。とはいえ、それで気まずく思う天見でもなかった。
向かいからしげしげと見つめられ、天見は素早く箸を運んだ。椿希が半分食べ終わる頃には箸を置いていた。正座し、膝に手を置いて待っていると、椿希がおもむろに口を開く。
「ねえ」
「はい」
「山、やってるって言ってたわね。なんだったかしら? 槍とか穂高とか。それって飛騨山脈よね?」
「そうですね。通称が北アルプス」
「三千メートルの」
「槍が3180で穂高が3190です。穂高は連峰だから、正確には奥穂高岳が3190、前穂高岳が3090……登ってませんけど西穂高岳が2909です」
「好きなの?」
天見は眼を眇めるようにした。「好きでなけりゃ登ろうなんて考えませんが」
「まあそうよね。そう」
椿希は首を巡らし、窓の外を見つめた。丹沢山脈の裾がそこから一望できた。
「あそこは何メートルだったっけ」
「最高峰の蛭ヶ岳が1673です。代表的なところで言えば、大山が1252、塔ノ岳が1491、丹沢山が1567」
「詳しいのね」
「登りましたから」
「私の実家の、静岡だと――」
「南アルプス。赤石山脈」
「そうなのかしら」
「行きたいと思ってます。夏にでも。六月はどうだろう、梅雨で、雨が多いから……」
「私の知り合いにね、山が物凄く嫌いなひとがいるの」
「は?」
予想外のことを言われ、天見は首を傾げる。
椿希は唇に指を添え、首を傾げ返してみせる。
「いえ、嫌いってどころじゃなかったわ。憎んでると言ってもいいくらいのものだった。身内と言えば身内なんだけれど、私もあんまり話したことないからよく知らない。ときどき実家から見える山のほうを向いて、凄まじい眼で見上げてた。いまにも噛みつきそうなほどの目線で、よく覚えているわ。まあ遠目に見かけただけなんだけど、拳を握り締めて、歯を食い縛って……」
「なんですかそれ。無関心とかではなく?」
「不思議には思えたけどね。私もほんとうにそのひとのことよく知らないんだけど、そればっかり印象に残ってるものだから」
「身内?」
「父の愛人」天見がぽかんとするのを見て少し笑う。「古い言い方をすれば、妾。二号さん。ねえ、どう思う? 山を憎んでる風なのってどう考えればいいのかしら」
「知りませんよそんなの。なんかトラウマでもあるんじゃないんですか」
長野出身である空の話を思い出す。彼女が小中学校に通っていた頃、集団登山なるイベントがあって、遠足代わりに山へ向かい、山小屋に泊まる経験をしたものだという。学校の行事だから、学校の行事ならではのデメリットばかりで、山小屋の収容人数を遥かに越える生徒、それはもう鬱陶しいことだらけだったらしい。子供に望まぬことを強いるのは拷問に近い。個人的に山を知ってなけりゃ間違いなくトラウマだったね、と微笑混じりに語っていた。
神奈川出身の天見にそうした経験はない。せいぜい、遠足のハイキング程度だ。山は空を通じて知ったせいだろうか、素晴らしいという以外に表現することばを持たない。最初の最初はまったく望まぬことだったとはいえ。
しかし、「はあ。愛人?」
「そうそう」
「愛人さんが実家に住んでるんですか?」
「妾だからね。ていうかまあ、あの家自体、時代錯誤なところがあって。私が言うのもなんだけれど」
椿希は手をひらひらさせてみせる。
「まあ、経験者様の言い分を聞いてみたかったってわけよ。それだけ」
天見はよくわからず、眉をひそめる。
風が吹いていた。
どこか懐かしい香りのする、穏やかな代物だった。駅前を抜け、農道に入ると、その風が揺らす麦の擦れ合う音が耳に届いてきた。
空は立ち止まり、あらぬほうを向いて唇を揺らめかせた。葛葉は首を傾げた。
「櫛灘さん?」
「ああ……うん。最近よく、天見の師匠みたいに言われるよ。先生みたいに。あたしは教員免許とか持ってないけど、親父は高校の教師だった。国語の。夏休みとか冬休みとか、シーズンごとに暇になると、山に篭もってたんだ。あたしは置いてけぼりさ。まあそのおかげで、ひとり暮らしすることになったとき、あんまり不便には感じなかったけど。あたしが山やってるってバレたのが、中三のときで、それからは一緒に登るようになったけど、高校入ってしばらくしたら親父が死んじまった。山岳会で、海外の山に遠征したんだ。最終キャンプから頂上アタックの日に、雪崩に呑まれたって聞いた。そのとき、親父はひとりだった。ザイルパートナーの篠原ってやつが、高度順応に失敗して……」
つらつらと空は話し始めた。その様子がひどく不安定に見え、葛葉は一言一句聞き漏らさないように気を引き締めた。
なにか大切なことを話している空気があった。
「葬儀んとき、親父の遺体はなかった。いまもどこにあるかもわからないよ。あのときの篠原は見てられなかったな……親父がひとりで死んだのを、自分の責任みたいに感じて、きつく塞ぎ込んでた。ヨメさんのことばにも耳を貸さずにさ。その一年後に、あたしはそいつとその山に登ったんだけど――いや、それはいいね。別の話だ」
「別?」
「親父の葬儀には、高校の教え子たちがかなりの人数集まってた。現役だけじゃなくて、もう卒業した生徒も何人も。親父がいい教師だったかは知らんけど、まあ、それなりに好かれてたんだろう。あたしは彼らの名前も知らなかったけれど、ひとり、割と親しくしてくれたひとがいてね。
彼女がいちばん辛そうにしてた。それはもう、家族が死んだみたいに。親父は未婚だったし、親戚とはほとんど絶縁状態だったから、あたしの他にたったひとりの……ってことになるんだろう。ほんとうのところ、どんな関係だったのかは、子供のあたしにゃわからなかったけどね」
空はポケットに両手を突っ込み、中天を見上げた。色の薄い、ほとんど白い青空だった。眉間に皺を寄せるようにして眼を細める。
「彼女、ぎりぎりと歯を食い縛って、心底悔しそうにしてた。ほとんど獣かなにかみたいにさ。震えてさえいたよ。あたしの故郷は八ヶ岳の見えるとこだったんだけど、そっちのほうを向いて、殺すように睨んでた。そのことがすごく印象に残ってる。ほら、あたしみたいな人間は、山をそういう風に見つめるってことがないから。
山で死ぬってそういうことだよ。遺体だってろくに出てきやしない。たったひとりで、投げ捨てられるみたいに消える。で、置き去りにされた人間はどう思うのか」
ぽつりぽつりと思い出すように呟く。声が風にかき消されそうなほど小さくなり、葛葉は息さえ潜めるようにして耳を澄ました。
山で死ぬ。それは趣味で死ぬということだ。葛葉には想像がつかない。新体操にしろバスケにしろ、それらは命の有無にはかかわらないスポーツだ。怪我は尽きないとはいえ。しかし、登山というスポーツではそれがありうる。それは……
「あたしや、篠原みたいな山屋は、そこを登ろうって考えちまう。別に仇討ちってわけじゃないよ。ただそうしなけりゃ、一段落もつかないから、やるんだ。あたしはその山に惚れてた。あそこは素晴らしい山で、手強いルートで、まったく一筋縄じゃいかないクライミングだったんだ。だって親父が死んだ山なんだから。ガキの頃からずっと登り続けて、百戦錬磨の屈強な山男だった親父さえ、殺してみせた山だったんだから。
でも彼女はどうだったんだろうね。彼女は山とは無縁の、ごくごく普通の女性だった。憎悪の対象。登ることさえ、一目見ることさえできない。愛しいひとを理不尽に奪われて、仇討ちすることさえできない。あたしにはその気持ちはわからないけど、それはとても辛いんだろうなって思うよ」
「山……」
「まあ、そういうことがありうる世界ってことだ」
空はそこで葛葉を見、くすりと笑った。
過ぎ去ったものを慈しむ微笑で、自然に、葛葉の緊張もほどけた。
「あんたが山をやりたいってんなら、あたしは歓迎するよ。でも、それを覚えていてほしい。そういうことさ」
「櫛灘さん」
「ごめんよ、なんか変な雰囲気になっちまったね。もちろんいいことだって山ほどあるよ」
葛葉を促し、空はまた歩き始めた。
空が『彼女』について知っていることはそう多くなかった。しかし、感じたことはひどく多く、豊潤でさえあった。
ときどき思い返す。親父と彼女はどういう関係だったんだろう、と。三十路に達したいま、きちんとそういう眼で思い出してみれば、わかることもなくはなかった。
彼女が十五歳のとき、空は十歳だった。もう山を覚えて、父親に内緒でそこらじゅうの里山を廻っていた。頭にあるのは山のことばかりで、幼い好奇心でいっぱいだった空にとって、彼女はあまり興味を引く事柄ではなかった。たとえ、ほとんど同棲に近いかたちで、親子と彼女と三人、あまりに長い時間を過ごしていたとしても。
あの日、彼女は小柄な空に視線を合わせるように腰を折りながら――それでも遥か彼方から見下してくるような眼で――話しかけてきたとき、子供心に妙な空気を感じたものだ。
それは毒々しさだった。高校の、黒を基調としたセーラー服に、真っ白なスカーフ。その目線はひどく濁っていて、空を見ているかどうかさえ定かではなかった。そうして言ったのだ。
『ねえ。あんたのお父さん、私がもらっちゃってもいい?』
と。
次回から過去編入りまーす。あまり突っ込まずさくっと終わらせるつもりですが。たぶん4、5回(涎
一区切りまでの道のりが微妙に見え始めているのだけれど基本行き当たりばったりなのでウマクいかぬ。後で一気読みすると色々粗が出るなあ。日常モノの4コマっぽく、どこからでも読めてどこからでもかたちになるのが理想なのだけれど。
なにがツライって過去編行ってる最中、出せないキャラはほんと出せないのが。生まれてすらいない天見の影が薄くなるー!
MHF。
たとえば世間で流行のものなんかは、色んなところでほとんど崇め奉るような調子になったりするのだけれど、モンハンの奇妙なところは、やりこんでる人ほどクソゲークソゲー言ってる印象。韋駄天とか上位陣は絶対ハゲてるだろ。かく言う私もつくづくクソゲーだと思います!(シクレぶん回しながら
野良猟団で、寄生と言われないために、よーし頑張って入魂しちゃうぞーと張り切ってやってるはいいもののどこまでやりゃいいのか天井がよくわからぬ。でもやっと5000魂ぶっこんだのでもうお腹いっぱいです。育成ベルとか鋼龍を追え!のクシャとか絶滅してるよなあコレw いい加減執筆に戻らなければ。
最後のダンボールを潰し、紐でひとまとめにして、天見は額の汗を拭った。
五月の半ばだから、空気からはもう夏の匂いがする。外の陽射しも、すっかり眩く、中天に座す空の盟主がまったく元気だ。
「お疲れ様、姫川さん」と椿希は言う。「お昼休憩にしましょうか。丁度いいから、午後から着物を虫干ししておきたいわ。弘枝さんに言って、お昼ごはんをもらってきて頂戴。私は部屋で食べるからって」
「はい」
「ああそうそう。ついでに、たとう紙があるかどうか訊いておいて」
「たとう?」
「着物を包む和紙のこと。頻繁に使うんならいらないんだけど、こっちじゃ着る機会あんまりなさそうだしね……」
縁側を伝い、指示された方向へ歩く。
一歩ずつがなんだか、いつもと違うように、天見には感じられた。緊張?
古い家だ。戦前から建っていると言われても信じてしまいそうなほどの佇まいで、天井の染みひとつとっても、どこか威厳めいたものがある。よく修繕されているのだろう、おんぼろという印象はまったくなく、むしろその反対の趣さえあった。新鮮なのだ。
天見には初めて見るものばかりだから、それも当然といえば当然なのだろうが。
台所に入ると、すでにテーブルの上にお盆がいくつか乗せてあり、食事の準備はほとんどできているようだった。入江弘枝は割烹着を着て煮物をつくっていた。天見は声をかけた。
「入江さん」
「はい」
弘枝は振り返った。一瞬、それが誰だか戸惑う。金髪に作務衣の小柄な娘。が、すぐに思い出す。
「姫川さん?」
「桐生さんが――あー――椿希さんがお昼は部屋で食べるそうなので、持っていってもいいですか」
「ええ、どうぞ。私も持っていきますので。姫川さんも椿希様のお部屋で?」
「さあ。どうしたらいいですかね」
「椿希様がそう望まれたのでしたらどうぞ。家政婦に与えられた部屋もあるにはありますが」
「じゃあ訊いておきます。それと、たとう紙ってありますか? 着物の整理したんで」
「どれほど必要ですか?」
「かなり。二十着はあったかな……」
「では後ほどお持ちします。少し待っていてくれます? すぐに味付けを済ませますので」
こういうこともやるのかな、と天見は思う。料理など、ほんとうに簡単なものしかできないし、味付けといったって、細かな違いなどほとんど気にしないタチなのだが。
ふと思い立って訊く。「入江さんはここ、長いんですか?」
「雇っていただいたのは大学を卒業してからです。父がここで庭師をしておりました。というよりは、曽祖父の代からこちらにお仕えしているかたちになるのですが」
「そんなに……」
「姫川さんは、椿希様とはどちらで?」
「夜中にうろついてたら声かけられたってだけです」
「……はあ」
まったく経緯が想像できず、弘枝は溜息をつく。
弘枝とともに縁側を戻る。清々しい天気だった。絶好の登山日和とも言え、少し勿体なかったかな、と天見は思う。丹沢の雪も、もう融けてしまっているだろう。電車の窓から見える稜線はもうすっかり緑色だった。
風の匂いが気持ちいい。古い家とあいまって、ひどく懐かしい心地がした。
ここで長く働くことになるのだ――そう思ってみると、悪くない感じはする。まだやり続けるかわからないしやらせてもらえるかもわからないのだが。接客業ほど自分を騙して愛想を振り撒かずに済みそうだ。椿希は自分の無愛想さを知っているし、それほど気にしないでくれることは間違いない。私を雇おうなどと考える女だし。
部屋に戻ると、椿希は卓袱台のまえに座っていた。
「お帰りなさい」
「お待たせしました。たとう紙、後で入江さんが持ってきてくれるそうです」
「そう、ありがと、弘枝さん。じゃ、いただきましょうか」
「私もここで?」
「厭?」
「まあ、別に……」
「弘枝さんもどうかしら?」
「いえ、私はまだ仕事が残っていますので」
弘枝はそれで行ってしまう。
ふたりになり、椿希は肩を落とした。「弘枝さん私のこと嫌いなのかしら。あんまりお話しする機会を得られないわ」
天見の知ったことではない。「そうですか」
「まあ、いいわ。座って」
天見にとって椿希はまだ知人以上の存在ではない。雇い主。友人と食を共にすることさえほぼない――紡は別として――彼女にとって、こうした場は不慣れ以上に不慣れではある。自分から話題を振ることはない。無言の席。とはいえ、それで気まずく思う天見でもなかった。
向かいからしげしげと見つめられ、天見は素早く箸を運んだ。椿希が半分食べ終わる頃には箸を置いていた。正座し、膝に手を置いて待っていると、椿希がおもむろに口を開く。
「ねえ」
「はい」
「山、やってるって言ってたわね。なんだったかしら? 槍とか穂高とか。それって飛騨山脈よね?」
「そうですね。通称が北アルプス」
「三千メートルの」
「槍が3180で穂高が3190です。穂高は連峰だから、正確には奥穂高岳が3190、前穂高岳が3090……登ってませんけど西穂高岳が2909です」
「好きなの?」
天見は眼を眇めるようにした。「好きでなけりゃ登ろうなんて考えませんが」
「まあそうよね。そう」
椿希は首を巡らし、窓の外を見つめた。丹沢山脈の裾がそこから一望できた。
「あそこは何メートルだったっけ」
「最高峰の蛭ヶ岳が1673です。代表的なところで言えば、大山が1252、塔ノ岳が1491、丹沢山が1567」
「詳しいのね」
「登りましたから」
「私の実家の、静岡だと――」
「南アルプス。赤石山脈」
「そうなのかしら」
「行きたいと思ってます。夏にでも。六月はどうだろう、梅雨で、雨が多いから……」
「私の知り合いにね、山が物凄く嫌いなひとがいるの」
「は?」
予想外のことを言われ、天見は首を傾げる。
椿希は唇に指を添え、首を傾げ返してみせる。
「いえ、嫌いってどころじゃなかったわ。憎んでると言ってもいいくらいのものだった。身内と言えば身内なんだけれど、私もあんまり話したことないからよく知らない。ときどき実家から見える山のほうを向いて、凄まじい眼で見上げてた。いまにも噛みつきそうなほどの目線で、よく覚えているわ。まあ遠目に見かけただけなんだけど、拳を握り締めて、歯を食い縛って……」
「なんですかそれ。無関心とかではなく?」
「不思議には思えたけどね。私もほんとうにそのひとのことよく知らないんだけど、そればっかり印象に残ってるものだから」
「身内?」
「父の愛人」天見がぽかんとするのを見て少し笑う。「古い言い方をすれば、妾。二号さん。ねえ、どう思う? 山を憎んでる風なのってどう考えればいいのかしら」
「知りませんよそんなの。なんかトラウマでもあるんじゃないんですか」
長野出身である空の話を思い出す。彼女が小中学校に通っていた頃、集団登山なるイベントがあって、遠足代わりに山へ向かい、山小屋に泊まる経験をしたものだという。学校の行事だから、学校の行事ならではのデメリットばかりで、山小屋の収容人数を遥かに越える生徒、それはもう鬱陶しいことだらけだったらしい。子供に望まぬことを強いるのは拷問に近い。個人的に山を知ってなけりゃ間違いなくトラウマだったね、と微笑混じりに語っていた。
神奈川出身の天見にそうした経験はない。せいぜい、遠足のハイキング程度だ。山は空を通じて知ったせいだろうか、素晴らしいという以外に表現することばを持たない。最初の最初はまったく望まぬことだったとはいえ。
しかし、「はあ。愛人?」
「そうそう」
「愛人さんが実家に住んでるんですか?」
「妾だからね。ていうかまあ、あの家自体、時代錯誤なところがあって。私が言うのもなんだけれど」
椿希は手をひらひらさせてみせる。
「まあ、経験者様の言い分を聞いてみたかったってわけよ。それだけ」
天見はよくわからず、眉をひそめる。
風が吹いていた。
どこか懐かしい香りのする、穏やかな代物だった。駅前を抜け、農道に入ると、その風が揺らす麦の擦れ合う音が耳に届いてきた。
空は立ち止まり、あらぬほうを向いて唇を揺らめかせた。葛葉は首を傾げた。
「櫛灘さん?」
「ああ……うん。最近よく、天見の師匠みたいに言われるよ。先生みたいに。あたしは教員免許とか持ってないけど、親父は高校の教師だった。国語の。夏休みとか冬休みとか、シーズンごとに暇になると、山に篭もってたんだ。あたしは置いてけぼりさ。まあそのおかげで、ひとり暮らしすることになったとき、あんまり不便には感じなかったけど。あたしが山やってるってバレたのが、中三のときで、それからは一緒に登るようになったけど、高校入ってしばらくしたら親父が死んじまった。山岳会で、海外の山に遠征したんだ。最終キャンプから頂上アタックの日に、雪崩に呑まれたって聞いた。そのとき、親父はひとりだった。ザイルパートナーの篠原ってやつが、高度順応に失敗して……」
つらつらと空は話し始めた。その様子がひどく不安定に見え、葛葉は一言一句聞き漏らさないように気を引き締めた。
なにか大切なことを話している空気があった。
「葬儀んとき、親父の遺体はなかった。いまもどこにあるかもわからないよ。あのときの篠原は見てられなかったな……親父がひとりで死んだのを、自分の責任みたいに感じて、きつく塞ぎ込んでた。ヨメさんのことばにも耳を貸さずにさ。その一年後に、あたしはそいつとその山に登ったんだけど――いや、それはいいね。別の話だ」
「別?」
「親父の葬儀には、高校の教え子たちがかなりの人数集まってた。現役だけじゃなくて、もう卒業した生徒も何人も。親父がいい教師だったかは知らんけど、まあ、それなりに好かれてたんだろう。あたしは彼らの名前も知らなかったけれど、ひとり、割と親しくしてくれたひとがいてね。
彼女がいちばん辛そうにしてた。それはもう、家族が死んだみたいに。親父は未婚だったし、親戚とはほとんど絶縁状態だったから、あたしの他にたったひとりの……ってことになるんだろう。ほんとうのところ、どんな関係だったのかは、子供のあたしにゃわからなかったけどね」
空はポケットに両手を突っ込み、中天を見上げた。色の薄い、ほとんど白い青空だった。眉間に皺を寄せるようにして眼を細める。
「彼女、ぎりぎりと歯を食い縛って、心底悔しそうにしてた。ほとんど獣かなにかみたいにさ。震えてさえいたよ。あたしの故郷は八ヶ岳の見えるとこだったんだけど、そっちのほうを向いて、殺すように睨んでた。そのことがすごく印象に残ってる。ほら、あたしみたいな人間は、山をそういう風に見つめるってことがないから。
山で死ぬってそういうことだよ。遺体だってろくに出てきやしない。たったひとりで、投げ捨てられるみたいに消える。で、置き去りにされた人間はどう思うのか」
ぽつりぽつりと思い出すように呟く。声が風にかき消されそうなほど小さくなり、葛葉は息さえ潜めるようにして耳を澄ました。
山で死ぬ。それは趣味で死ぬということだ。葛葉には想像がつかない。新体操にしろバスケにしろ、それらは命の有無にはかかわらないスポーツだ。怪我は尽きないとはいえ。しかし、登山というスポーツではそれがありうる。それは……
「あたしや、篠原みたいな山屋は、そこを登ろうって考えちまう。別に仇討ちってわけじゃないよ。ただそうしなけりゃ、一段落もつかないから、やるんだ。あたしはその山に惚れてた。あそこは素晴らしい山で、手強いルートで、まったく一筋縄じゃいかないクライミングだったんだ。だって親父が死んだ山なんだから。ガキの頃からずっと登り続けて、百戦錬磨の屈強な山男だった親父さえ、殺してみせた山だったんだから。
でも彼女はどうだったんだろうね。彼女は山とは無縁の、ごくごく普通の女性だった。憎悪の対象。登ることさえ、一目見ることさえできない。愛しいひとを理不尽に奪われて、仇討ちすることさえできない。あたしにはその気持ちはわからないけど、それはとても辛いんだろうなって思うよ」
「山……」
「まあ、そういうことがありうる世界ってことだ」
空はそこで葛葉を見、くすりと笑った。
過ぎ去ったものを慈しむ微笑で、自然に、葛葉の緊張もほどけた。
「あんたが山をやりたいってんなら、あたしは歓迎するよ。でも、それを覚えていてほしい。そういうことさ」
「櫛灘さん」
「ごめんよ、なんか変な雰囲気になっちまったね。もちろんいいことだって山ほどあるよ」
葛葉を促し、空はまた歩き始めた。
空が『彼女』について知っていることはそう多くなかった。しかし、感じたことはひどく多く、豊潤でさえあった。
ときどき思い返す。親父と彼女はどういう関係だったんだろう、と。三十路に達したいま、きちんとそういう眼で思い出してみれば、わかることもなくはなかった。
彼女が十五歳のとき、空は十歳だった。もう山を覚えて、父親に内緒でそこらじゅうの里山を廻っていた。頭にあるのは山のことばかりで、幼い好奇心でいっぱいだった空にとって、彼女はあまり興味を引く事柄ではなかった。たとえ、ほとんど同棲に近いかたちで、親子と彼女と三人、あまりに長い時間を過ごしていたとしても。
あの日、彼女は小柄な空に視線を合わせるように腰を折りながら――それでも遥か彼方から見下してくるような眼で――話しかけてきたとき、子供心に妙な空気を感じたものだ。
それは毒々しさだった。高校の、黒を基調としたセーラー服に、真っ白なスカーフ。その目線はひどく濁っていて、空を見ているかどうかさえ定かではなかった。そうして言ったのだ。
『ねえ。あんたのお父さん、私がもらっちゃってもいい?』
と。
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コメント
無題
すげえキャラの濃い新キャラきた…
posted by NONAME at 2014/01/26 23:57 [ コメントを修正する ]
熟練プレイヤーが言うクソゲーは褒め言葉。
単にそのゲームを辞めてないから、というより、中身を知り尽くしてしまった結果、周囲に通りのいい簡潔な表現をしたくても言葉が足りなくなっちゃって、とりあえず現状一番通りのいいレッテルで貶しちゃう、みたいな。
…つまり彼らはツンデレ…!?
なお自分、生まれは九州福岡なので、青森仙台千葉福岡なんていう万が一の可能性も無きにしも非ずな模様。
単にそのゲームを辞めてないから、というより、中身を知り尽くしてしまった結果、周囲に通りのいい簡潔な表現をしたくても言葉が足りなくなっちゃって、とりあえず現状一番通りのいいレッテルで貶しちゃう、みたいな。
…つまり彼らはツンデレ…!?
なお自分、生まれは九州福岡なので、青森仙台千葉福岡なんていう万が一の可能性も無きにしも非ずな模様。
posted by 446 at 2014/01/27 01:08 [ コメントを修正する ]