オリジナル。登山、微百合、日常のぐだぐだ。少しずつ少しずつ更新。
50章目入りました。目指せ100章(涎
物語的には槍ヶ岳登った時点でエンドマークついているので、それ以降はおまけです。どこかでいい加減まとめたいなあ。
ピクシブのほうでも別物のssをちょこちょこ投稿してますんでそちらも気が向いたらどうぞ。ってか現状このブログにくる方ってそっちからのほうが多い気がする……
MHF、ネトゲは初めてでぼっち勢だけれど期間限定の野良猟団で私も狩人祭に参加できるんだから便利なもんだ。韋駄天とかやってみたいけれど、HC武器の製作難易度がアレで今回は見送りだなあ。カフの素は欲しいけれど。
いつかMHFのssも書いてみたいところ……!
入江弘枝は六人兄弟の長女で、末の妹とは干支一回りぶんも歳が離れていた。ひとり暮らしだがその妹が時折遊びにくる。妹は今年で十二歳、弘枝とはあまり似ておらず、可愛い盛りの小柄な娘だった。しかし、困ったところがひとつだけあった。その年頃に似つかわしくなく、重度のネット・ゲーマーだったのだ。
夜通しでレベル上げを手伝わされ、弘枝は眼をしょぼしょぼさせながらコントローラーを操っていた。アクション性の強いゲームで、敵の攻撃を十分の一秒単位で回避できなければ話にならない戦闘システムだった。パーティのメンバーが流れるような連携を繰り出すなか、弘枝のキャラクターだけが地に転がって倒れ伏していた。
「お姉ちゃん鈍臭すぎ! 予備動作カンタンなんだからそれくらいいい加減かわせるようになりなよ!」弘枝の膝の上で、妹――入江桜花が口を尖らせて言う。「火力捨ててまで防御スキル満載してるんだからさあ。フレーム回避くらいデフォでしょ、デフォ! そのタイミングで攻撃に回れるようにならなきゃ、パーティに貢献できないよ!」
「廃人どもと一緒にするなって……死なないだけで精一杯だっつの。あー、くそ、もう夜が明けてんじゃねーか。オレ今日も仕事だからもう終わりにするぜ。まだ素材足りてないのか? 一晩中これだけやって?」
「レアドロップがあとひとつツモらないんだよねー。解析スレによると、クエスト報酬で一パーセントだってさ。それ装備五部位に三つずつ使うんだからたまんないよね、露骨な延命処置ばっかり!」
「なんだってそんな楽しそうなんだよ……」
妹の座椅子を一晩中やっていたせいでからだの節々が痛い。家政婦業は楽な仕事ではないのに、まったく厳しいことだ。桜花のからだをどかし、弘枝は立ち上がった。
そこで、桜花の誕生日が近いことを思い出す。作務衣に着替えながら弘枝は言う。「誕生日なにか欲しいもんある? 姉ちゃん結構稼いでるからなんでも買ってやるよ。幹久どもには内緒な」
「マジで? じゃあガチャ十一回分のセットがいいなあ! 一回三百円だけど十一回いっぺんに買うと三千円になってお得なんだよ!」
「は? そのゲームの? 基本料金は払ってるだろうが、なんでアイテムのデータなんかに金払わなきゃならないんだよ」
「防具のデザインがいかしてるんだよ。固有スキルもいいし。おっぱい揺れるギミックあるんだぜ、たゆんたゆんに! すごくね!? すごくね!?」
「おい」
「ちっち揺れっ! ちっち揺れっ!」
「おい……」
童貞かよ。弘枝は溜息をついて肩を落とした。
しかし、その妹と大して歳の変わらないくらいの少女が、桐生家に――というよりは椿希の許に――働くための面接にやってきたときは、弘枝もさすがに面食らってしまった。
「だって、弘枝さんも私の世話ばかりしてるわけにはいかないでしょう?」と椿希は言った。「ああ別に弘枝さんで不足ってわけじゃないのよ。けどあなたはこの家の家政婦であって、私は所詮よそ者だもの。で、私のポケットマネーで誰かしら雇おうと思ってね。ここで居候してるとお金使う機会があんまりないし」
「……椿希様」
「あら不服?」
そのように言われてしまうと、雇われの身である弘枝には口答えできない。「そういうわけではありません」
「大丈夫よ、弘枝さんの領分は侵さないわ。あくまで知り合いの女の子が『お手伝い』にきてくれるってわけで、私は『お小遣い』をあげるの。叔父様には私から話しておくわ」
「あの子はどういう……?」
「煙草を一本奢ってあげたの。火と引き換えに」
ますますわからなくなり、弘枝は内心で憮然とする。
見たところあまり信用できなさそうな少女だった。髪を染めており、態度もむすっとして捉え難かった。小柄だが、雰囲気が悪い。ひとを外見で判断しようとは思わないが、不良少女かと思う。そもそもどこでスカウトしてきたんだか。
(面倒ごとになるのはごめんだぜ、オレは……お嬢だってなかなか難しい年頃だってのに)
シズの教育は弘枝の仕事内容には入っていないが、どうしたって気にはなる。椿希自身も、難しい以上に難しい女なのだから。
結局、採用ということになったらしい。次の日の朝にその少女はやってきた。庭の飛び石を掃いていたところに、柵の向こう側から声をかけられ、弘枝は振り向いた。太陽の後光を背負うかたちになり、弘枝は眼を細めたが、その小柄ななりからすぐに誰だか見当がついた。
「すみません。椿希さんいらっしゃいますか?」
思ったよりもきっちりした声音だった。弘枝は頷いた。「姫川天見さんですね。お話は伺っております。こちらへどうぞ」
「どうも」
「働いてもらうまえに、ひとつだけ言っておかなきゃならないことがあるわ。私があなたを雇っているのだから、あなたは私に絶対服従。口答え禁止。それはもう奴隷のように」
「お世話になりました。さよなら」
「冗談よ。待ちなさいって。ずいぶんはっきりとNOを言うのね、結構なこと」椿希は手を蝶のようにひらひらさせて言う。「ここでは私は居候の身だから、まあ、あまり大きな顔はできないってこと。叔父様の家なのよ。家族構成は叔父叔母従妹に、家政婦がふたり。さっきの弘枝さんと、弘枝さんがお休みのときに代わりでくるお手伝いさん。お手伝いさんのほうは滅多に見ないけどね。挨拶だけしっかりやってくれれば、文句はないわ。それはどんな仕事でもおんなじね」
天見は頷いた。「はい」
「週に何日これるかしら?」
「学校がある日はだいたい。部活あるんで夜中ですけど、門限はないんで。週五でいいです」
「あら助かるわ」
椿希について縁側を歩きながら、これほど広い屋敷をじっくり眺める機会は初めてだから、それだけでもなんだか得したような気分になる。ここが職場だ……と考えてもあまり実感はない。口約束だけの、正式な雇用ではないからだろう。
昨日、“面接”をした部屋にやってきた。そこが椿希の部屋なのだろう。昨日はなかったはずのところに、作務衣がハンガーにかけてあり、なんだかサイズが小さい。椿希も割と小柄なほうだが、それでも合わないだろう。それは天見のサイズだった。
「じゃ、とりあえず着替えてくれる?」
一応、汚れてもいい格好をしてきたのだが、天見は頷いた。
作務衣など初めて着たが、適当に紐を結ぶとどうにかなった。あつらえたようにぴったりのサイズで逆に気持ち悪い。どこで調べてきたんだか。あまり突っ込むと怖い答えが返ってきそうなので黙っておく。しかし、着心地は良かった。生地がいいものなのだろう。
「で、なにをすればいいんですか」
「そこにダンボールあるでしょ? 静岡からこっちくるときいろいろ運んでもらったんだけどね、もともとあんまり長くいるつもりじゃなかったから開けてないのよ。でもなんだか結局長居することになりそうだから、この機会に整理しちゃおうと思って」
「……なんでこっちにきたんですか?」
椿希は軽い調子で手のひらを上に向けて、「ま、大人にはいろいろとあるのよ」
『反逆の代償。面白いことを言うわね。にわかだけど、私もいままさにそれを味わってるところ。なんてね』。
初めて夜に出会ったとき、彼女の言ったことばを思い出す。しかし、それに踏み込もうとするほど、天見は好奇心旺盛な性質ではなかった。ダンボールのクラフトテープを破ってなかを開けると、衣服が畳んでしまいこんであり、手に取っていいか少し迷う。すべて、着物だった。古めかしいタイプの。なんだか不思議な感じがした。
椿希に言われるがまま、次々とダンボールを開封していく。生活用品や本、着物ばかりで、格別変わったところはない。しかし、量が多い。ダンボールに埃まで被っていたぶん、後で掃除が大変そうだった。
市内のスポーツショップ。駅前のショッピング・モールの一角。氷月が真っ黒な男物のシャツを手に取ると、葛葉は呆れたように溜息をついた。「あんたね……それでいいの? 中学生の女の子が」
氷月は鼻を鳴らした。「お洒落なんかはそれが似合う子がやりゃいいだろ。私はそういうんじゃないからいいの。だいたい、バスケだけやってりゃいいんだから」
「だからって男物じゃない、それ。別にピンクのひらひらしたやつ着ろって言ってるわけじゃないし」
「私のサイズに合うものがなかなかないだろ。小さいんだよ。百七十センチあるんだぜ私」
「脳筋……」
「否定はしないね」
見目はいいのに、と葛葉は勿体なく思う。
見せびらかせと言うつもりもないが、氷月は昔からこうなのだ。こいつは性別を間違えて生まれてきたんじゃないかと思う。典型的な、黙っていれば美人というタイプだった。もともと口数が多いほうではないからよく勘違いされる。おしとやかな美女という感じで。
「私服だってさあ、そんな色気のないものを」
「ひらひらしたやつ嫌いなんだよ。昔から兄貴のお下がりで充分だった。その兄貴が家出てってから仕方なく自分で選んでるけど」
「お兄さん、どこにいるのかもわからないんだっけ?」
「親父たちには連絡してこないみたいだけど、私はいっぺんメールもらったよ。花巻だってさ、東北の」
「うわ、また遠いところへ……」
「居場所もわからないくらいのほうが健全だと思うけど。私も大学上がったらひとり暮らししてぇなあ。いま家の雰囲気悪すぎて息が詰まる」
おまえはどうする? と問われ、葛葉は腕を組む。そんな未来のことはまだわからない。
高校も、志望校は決めているが、両親にはまだ新体操への復帰を期待されてしまっている。そんなつもりはもう欠片も残っていない。自分のなかに、情熱がないのだ。最初からなかったし、やってる最中もまったく湧いてこなかった。素質の有無と情熱の有無には繋がりがない。
「さあね」
とだけ言っておく。
自分のぶんの買い物をしようと、視線を巡らす。新しい靴が欲しいところだった。バッシュは部の借り物でサイズが合わず、この機会に買ってもよかった。いつまで助っ人をやるのか見当もつかないが。
そのとき、デイパックの売り場から出てきた女と擦れ違い、眼を奪われる。
一瞬、老婆かと思う。肩のあたりまで伸びる白髪。
しかし、歩き方が若々しかった。あれ? と思い、振り返る。肩越しに、小柄なシルエットが角を曲がる。頭頂部だけ黒々としているのがかすかに見えた。
「――。氷月、ごめんちょっと待ってて」
「あ?」
買い物籠を押しつけてその女を追う。女はすぐそこにいて、夏物のジャージを見ている。その顔。十八でも三十五でも通用するような年齢の読みにくい……
独特の雰囲気があった。ひとつひとつの仕草に重々しいなにかが篭もっていた。その一瞬が怖ろしく長く引き伸ばされる。はっとした。天見のことばに語られた『櫛灘空』なる女の虚像が、これだというイメージを持って顕現していた。
気がつくと声をかけている。「あの、すみません」
女が振り向く。「ん?」
「人違いだったらごめんなさい。もしかして、櫛灘空さんじゃないですか?」
見知らぬ少女から名を口にされ、空は首を傾げる。「櫛灘はあたしだけど。なにか?」
「あの、私――姫川天見さんの――なんていうか、学校の友人なんですが」
「天見の?」
水無葛葉、と名乗った少女を、空はしげしげと観察した。可愛らしいというよりは、思わず眼を瞠ってしまうほどの、年齢に依らず美しい少女だった。どこか儚げで大人びた雰囲気があった。天見や杏奈とは違うタイプだな、と思う。昔の友人である鵠沼茜を思い出させるところがあった。彼女のほうは体育会系とは無縁だったが。
「なんだっけ? バスケ部の先輩?」
「いえ、助っ人です。弱小部で、部員が足りてないんで」
「ははぁ。けど、なんか運動やってる? 随分と細いね……」
「昔は新体操を。もうやめましたけど」
「へえ……」
ファミリーレストランの端の席に、ふたりは座っている。五階建の窓際で、駅前の風景を一望できるのが売りの、そこそこ人気のチェーン店だ。駅の向こう側に丹沢山塊が遠くに見えた。中腹に雲を纏い、稜線部がぽっかりと浮かんでいるようになっている。
コーヒーを軽く舐め、空はおもむろに言う。「あの子は」ふと苦笑いして、「天見は、学校でうまくやってるかい? 少し心配する気持ちもあってさ」
不登校のことは知っているだろうに、と葛葉は思う。「まったく大丈夫だとは言えませんけど、でも、部活だとそれなりにいい感じですよ。私は部員じゃないんで、断言はできませんけど」
「バスケはどう? 結構運動神経あるほうだとは思うんだけどさ、登山と球技じゃジャンルが違うし。初心者ってまえに聞いた気はする」
「ううん。それなりに楽しんではいると思います」
「そう。よかった」
「部長は私の幼馴染ですけど、結構いい加減なところがあって、部員の素行もあんまり気にしませんし」
「素行……」
葛葉は曖昧に微笑んだ。「姫川さんの態度が悪いとかじゃなくて。わかりますよね?」
「うん」
登校拒否は天見の問題であって、私の問題じゃない。空はできる限りかたくなに思う。
雲間から射し込む昼の光が窓越しに優しい。店内の照明は控えめで、引き摺るような影が真横に伸びている。空は頬杖をついて息をつき、篭もるような眼を手元に落とす。
アルバイト、か。天見がそうするというのなら、それはつまり、登山について親の金を借りたくないということなのだろう。天見の気持ちが空には手に取るようにわかった。空にも似たような経験はあった。当時は山小屋への歩荷バイトが頻繁に募集されていて、十キロの荷物につき千円、四十キロを何往復もして稼いだものだったが。日雇いだからあまり年齢には突っ込まれない。しかし、いまの時代は事情が違うだろう。
「いきなり呼び止めてごめんなさい」と葛葉は頭を下げる。「姫川さんから櫛灘さんのことを聞いて、ああこのひとだって、ピンときたものですから。話したくなって」
「……天見は、あたしのことをなんて言ってた?」
「山の先生みたく」
「先生、ね……」
空は眼を細めて窓の外に顔を向けた。
やはりそうなのだろう。師匠と、杏奈に言われたように。そう素直に胸を張れないのが空という人間でもあった。元々ソロ志向の彼女にとって、成り行きでパーティのリーダーを務めることはあっても、それは即席のものであって、根っこからのものではない。
(山岳会とかでリーダーやってる人間は心底尊敬するけど。親父や、ひと昔まえの篠原や……でも、あたしがそういう男たちみたいになれるかって言えば、全然そういう気にはならないんだ)
山でメンバーを気遣っている振りをすることはできても、ほんとうのところ、そうした状況をひどく遠い眼で見ている自分に気づいていた。
かつて自分について、おまえは他人を愛することができない人間なんだと真っ向から罵られたことがある。ほんとうは山すら愛していないんだ、と。それは山から離れる理由の一端でもあった。本意ではないとはいえ、未踏ルートの初登を掠め盗るようになってしまったとき、言われたことだった。おまえはただ初登の名誉が欲しいだけなんだ、ちやほやされて敬われたいだけなんだ、と。そんなやつに山を愛する資格はない、と。
そうしたことばを感情に飽かせた罵倒だと無視することはできても、心に黒い部分は残る。間違っているのはあたしのほう? 自分についてなにもかもが正しいなんてとても言えるものではない。
他人の眼は他人の眼だ。
しかし、悪魔はいる。自分の心にしがみついている。それを暴かれたとき、どうするのか。結局のところ、それから五年もの月日が経っても、空には登る以外の答えが見つけられなかった。下界で燻りすぎて病床に伏せることになっても、天見の母にあのときのあなたは見ていられなかったと言われるほど追い詰められても、なにひとつとして変わることができなかった。どれだけ破壊が進行しても空は空以外の何者にもなれなかった。
(そんなあたしが、師とか、先生とか……)
途方もない気分がする。
「櫛灘さん?」
「――。ああ、ごめんよ、ぼーっとしてた。けど、そうかい。天見はそう言ってたのか」
「違うんですか?」
「いや、随分と美化されてるなって思ってさ。あたしはそんな大した女じゃないよ。それで、あたしと話したいって言ったよね。……もしかして、あんたも山をやってみたいとか、そういう?」
葛葉は困ったように微笑んだ。「どうなんでしょう。姫川さんから聞く限り――表情とか見てると、ものすごく楽しいことなんじゃないかって、思いますけど。実際のところ、どうなんですかね」
「どうかな。あたしはこれ以上のことは知らないけどさ。あんたが望むなら、色々と話せるエピソードはあるよ。まだ時間は大丈夫?」
「はい」
「いつまでもファミレスに居座ってるわけにはいかないね。そのへん歩きながら話そうか」空は立ち上がる。「山をやりたいってやつは、歓迎するよ。やめといたほうがいいよって忠告もあるけどね。いいことばっかりじゃない。あれは親父が死んだときだったんだけど――」
空の眼が沈む。過去を呼び起こし、茫洋とした記憶の淵にたゆたう。
50章目入りました。目指せ100章(涎
物語的には槍ヶ岳登った時点でエンドマークついているので、それ以降はおまけです。どこかでいい加減まとめたいなあ。
ピクシブのほうでも別物のssをちょこちょこ投稿してますんでそちらも気が向いたらどうぞ。ってか現状このブログにくる方ってそっちからのほうが多い気がする……
MHF、ネトゲは初めてでぼっち勢だけれど期間限定の野良猟団で私も狩人祭に参加できるんだから便利なもんだ。韋駄天とかやってみたいけれど、HC武器の製作難易度がアレで今回は見送りだなあ。カフの素は欲しいけれど。
いつかMHFのssも書いてみたいところ……!
入江弘枝は六人兄弟の長女で、末の妹とは干支一回りぶんも歳が離れていた。ひとり暮らしだがその妹が時折遊びにくる。妹は今年で十二歳、弘枝とはあまり似ておらず、可愛い盛りの小柄な娘だった。しかし、困ったところがひとつだけあった。その年頃に似つかわしくなく、重度のネット・ゲーマーだったのだ。
夜通しでレベル上げを手伝わされ、弘枝は眼をしょぼしょぼさせながらコントローラーを操っていた。アクション性の強いゲームで、敵の攻撃を十分の一秒単位で回避できなければ話にならない戦闘システムだった。パーティのメンバーが流れるような連携を繰り出すなか、弘枝のキャラクターだけが地に転がって倒れ伏していた。
「お姉ちゃん鈍臭すぎ! 予備動作カンタンなんだからそれくらいいい加減かわせるようになりなよ!」弘枝の膝の上で、妹――入江桜花が口を尖らせて言う。「火力捨ててまで防御スキル満載してるんだからさあ。フレーム回避くらいデフォでしょ、デフォ! そのタイミングで攻撃に回れるようにならなきゃ、パーティに貢献できないよ!」
「廃人どもと一緒にするなって……死なないだけで精一杯だっつの。あー、くそ、もう夜が明けてんじゃねーか。オレ今日も仕事だからもう終わりにするぜ。まだ素材足りてないのか? 一晩中これだけやって?」
「レアドロップがあとひとつツモらないんだよねー。解析スレによると、クエスト報酬で一パーセントだってさ。それ装備五部位に三つずつ使うんだからたまんないよね、露骨な延命処置ばっかり!」
「なんだってそんな楽しそうなんだよ……」
妹の座椅子を一晩中やっていたせいでからだの節々が痛い。家政婦業は楽な仕事ではないのに、まったく厳しいことだ。桜花のからだをどかし、弘枝は立ち上がった。
そこで、桜花の誕生日が近いことを思い出す。作務衣に着替えながら弘枝は言う。「誕生日なにか欲しいもんある? 姉ちゃん結構稼いでるからなんでも買ってやるよ。幹久どもには内緒な」
「マジで? じゃあガチャ十一回分のセットがいいなあ! 一回三百円だけど十一回いっぺんに買うと三千円になってお得なんだよ!」
「は? そのゲームの? 基本料金は払ってるだろうが、なんでアイテムのデータなんかに金払わなきゃならないんだよ」
「防具のデザインがいかしてるんだよ。固有スキルもいいし。おっぱい揺れるギミックあるんだぜ、たゆんたゆんに! すごくね!? すごくね!?」
「おい」
「ちっち揺れっ! ちっち揺れっ!」
「おい……」
童貞かよ。弘枝は溜息をついて肩を落とした。
しかし、その妹と大して歳の変わらないくらいの少女が、桐生家に――というよりは椿希の許に――働くための面接にやってきたときは、弘枝もさすがに面食らってしまった。
「だって、弘枝さんも私の世話ばかりしてるわけにはいかないでしょう?」と椿希は言った。「ああ別に弘枝さんで不足ってわけじゃないのよ。けどあなたはこの家の家政婦であって、私は所詮よそ者だもの。で、私のポケットマネーで誰かしら雇おうと思ってね。ここで居候してるとお金使う機会があんまりないし」
「……椿希様」
「あら不服?」
そのように言われてしまうと、雇われの身である弘枝には口答えできない。「そういうわけではありません」
「大丈夫よ、弘枝さんの領分は侵さないわ。あくまで知り合いの女の子が『お手伝い』にきてくれるってわけで、私は『お小遣い』をあげるの。叔父様には私から話しておくわ」
「あの子はどういう……?」
「煙草を一本奢ってあげたの。火と引き換えに」
ますますわからなくなり、弘枝は内心で憮然とする。
見たところあまり信用できなさそうな少女だった。髪を染めており、態度もむすっとして捉え難かった。小柄だが、雰囲気が悪い。ひとを外見で判断しようとは思わないが、不良少女かと思う。そもそもどこでスカウトしてきたんだか。
(面倒ごとになるのはごめんだぜ、オレは……お嬢だってなかなか難しい年頃だってのに)
シズの教育は弘枝の仕事内容には入っていないが、どうしたって気にはなる。椿希自身も、難しい以上に難しい女なのだから。
結局、採用ということになったらしい。次の日の朝にその少女はやってきた。庭の飛び石を掃いていたところに、柵の向こう側から声をかけられ、弘枝は振り向いた。太陽の後光を背負うかたちになり、弘枝は眼を細めたが、その小柄ななりからすぐに誰だか見当がついた。
「すみません。椿希さんいらっしゃいますか?」
思ったよりもきっちりした声音だった。弘枝は頷いた。「姫川天見さんですね。お話は伺っております。こちらへどうぞ」
「どうも」
「働いてもらうまえに、ひとつだけ言っておかなきゃならないことがあるわ。私があなたを雇っているのだから、あなたは私に絶対服従。口答え禁止。それはもう奴隷のように」
「お世話になりました。さよなら」
「冗談よ。待ちなさいって。ずいぶんはっきりとNOを言うのね、結構なこと」椿希は手を蝶のようにひらひらさせて言う。「ここでは私は居候の身だから、まあ、あまり大きな顔はできないってこと。叔父様の家なのよ。家族構成は叔父叔母従妹に、家政婦がふたり。さっきの弘枝さんと、弘枝さんがお休みのときに代わりでくるお手伝いさん。お手伝いさんのほうは滅多に見ないけどね。挨拶だけしっかりやってくれれば、文句はないわ。それはどんな仕事でもおんなじね」
天見は頷いた。「はい」
「週に何日これるかしら?」
「学校がある日はだいたい。部活あるんで夜中ですけど、門限はないんで。週五でいいです」
「あら助かるわ」
椿希について縁側を歩きながら、これほど広い屋敷をじっくり眺める機会は初めてだから、それだけでもなんだか得したような気分になる。ここが職場だ……と考えてもあまり実感はない。口約束だけの、正式な雇用ではないからだろう。
昨日、“面接”をした部屋にやってきた。そこが椿希の部屋なのだろう。昨日はなかったはずのところに、作務衣がハンガーにかけてあり、なんだかサイズが小さい。椿希も割と小柄なほうだが、それでも合わないだろう。それは天見のサイズだった。
「じゃ、とりあえず着替えてくれる?」
一応、汚れてもいい格好をしてきたのだが、天見は頷いた。
作務衣など初めて着たが、適当に紐を結ぶとどうにかなった。あつらえたようにぴったりのサイズで逆に気持ち悪い。どこで調べてきたんだか。あまり突っ込むと怖い答えが返ってきそうなので黙っておく。しかし、着心地は良かった。生地がいいものなのだろう。
「で、なにをすればいいんですか」
「そこにダンボールあるでしょ? 静岡からこっちくるときいろいろ運んでもらったんだけどね、もともとあんまり長くいるつもりじゃなかったから開けてないのよ。でもなんだか結局長居することになりそうだから、この機会に整理しちゃおうと思って」
「……なんでこっちにきたんですか?」
椿希は軽い調子で手のひらを上に向けて、「ま、大人にはいろいろとあるのよ」
『反逆の代償。面白いことを言うわね。にわかだけど、私もいままさにそれを味わってるところ。なんてね』。
初めて夜に出会ったとき、彼女の言ったことばを思い出す。しかし、それに踏み込もうとするほど、天見は好奇心旺盛な性質ではなかった。ダンボールのクラフトテープを破ってなかを開けると、衣服が畳んでしまいこんであり、手に取っていいか少し迷う。すべて、着物だった。古めかしいタイプの。なんだか不思議な感じがした。
椿希に言われるがまま、次々とダンボールを開封していく。生活用品や本、着物ばかりで、格別変わったところはない。しかし、量が多い。ダンボールに埃まで被っていたぶん、後で掃除が大変そうだった。
市内のスポーツショップ。駅前のショッピング・モールの一角。氷月が真っ黒な男物のシャツを手に取ると、葛葉は呆れたように溜息をついた。「あんたね……それでいいの? 中学生の女の子が」
氷月は鼻を鳴らした。「お洒落なんかはそれが似合う子がやりゃいいだろ。私はそういうんじゃないからいいの。だいたい、バスケだけやってりゃいいんだから」
「だからって男物じゃない、それ。別にピンクのひらひらしたやつ着ろって言ってるわけじゃないし」
「私のサイズに合うものがなかなかないだろ。小さいんだよ。百七十センチあるんだぜ私」
「脳筋……」
「否定はしないね」
見目はいいのに、と葛葉は勿体なく思う。
見せびらかせと言うつもりもないが、氷月は昔からこうなのだ。こいつは性別を間違えて生まれてきたんじゃないかと思う。典型的な、黙っていれば美人というタイプだった。もともと口数が多いほうではないからよく勘違いされる。おしとやかな美女という感じで。
「私服だってさあ、そんな色気のないものを」
「ひらひらしたやつ嫌いなんだよ。昔から兄貴のお下がりで充分だった。その兄貴が家出てってから仕方なく自分で選んでるけど」
「お兄さん、どこにいるのかもわからないんだっけ?」
「親父たちには連絡してこないみたいだけど、私はいっぺんメールもらったよ。花巻だってさ、東北の」
「うわ、また遠いところへ……」
「居場所もわからないくらいのほうが健全だと思うけど。私も大学上がったらひとり暮らししてぇなあ。いま家の雰囲気悪すぎて息が詰まる」
おまえはどうする? と問われ、葛葉は腕を組む。そんな未来のことはまだわからない。
高校も、志望校は決めているが、両親にはまだ新体操への復帰を期待されてしまっている。そんなつもりはもう欠片も残っていない。自分のなかに、情熱がないのだ。最初からなかったし、やってる最中もまったく湧いてこなかった。素質の有無と情熱の有無には繋がりがない。
「さあね」
とだけ言っておく。
自分のぶんの買い物をしようと、視線を巡らす。新しい靴が欲しいところだった。バッシュは部の借り物でサイズが合わず、この機会に買ってもよかった。いつまで助っ人をやるのか見当もつかないが。
そのとき、デイパックの売り場から出てきた女と擦れ違い、眼を奪われる。
一瞬、老婆かと思う。肩のあたりまで伸びる白髪。
しかし、歩き方が若々しかった。あれ? と思い、振り返る。肩越しに、小柄なシルエットが角を曲がる。頭頂部だけ黒々としているのがかすかに見えた。
「――。氷月、ごめんちょっと待ってて」
「あ?」
買い物籠を押しつけてその女を追う。女はすぐそこにいて、夏物のジャージを見ている。その顔。十八でも三十五でも通用するような年齢の読みにくい……
独特の雰囲気があった。ひとつひとつの仕草に重々しいなにかが篭もっていた。その一瞬が怖ろしく長く引き伸ばされる。はっとした。天見のことばに語られた『櫛灘空』なる女の虚像が、これだというイメージを持って顕現していた。
気がつくと声をかけている。「あの、すみません」
女が振り向く。「ん?」
「人違いだったらごめんなさい。もしかして、櫛灘空さんじゃないですか?」
見知らぬ少女から名を口にされ、空は首を傾げる。「櫛灘はあたしだけど。なにか?」
「あの、私――姫川天見さんの――なんていうか、学校の友人なんですが」
「天見の?」
水無葛葉、と名乗った少女を、空はしげしげと観察した。可愛らしいというよりは、思わず眼を瞠ってしまうほどの、年齢に依らず美しい少女だった。どこか儚げで大人びた雰囲気があった。天見や杏奈とは違うタイプだな、と思う。昔の友人である鵠沼茜を思い出させるところがあった。彼女のほうは体育会系とは無縁だったが。
「なんだっけ? バスケ部の先輩?」
「いえ、助っ人です。弱小部で、部員が足りてないんで」
「ははぁ。けど、なんか運動やってる? 随分と細いね……」
「昔は新体操を。もうやめましたけど」
「へえ……」
ファミリーレストランの端の席に、ふたりは座っている。五階建の窓際で、駅前の風景を一望できるのが売りの、そこそこ人気のチェーン店だ。駅の向こう側に丹沢山塊が遠くに見えた。中腹に雲を纏い、稜線部がぽっかりと浮かんでいるようになっている。
コーヒーを軽く舐め、空はおもむろに言う。「あの子は」ふと苦笑いして、「天見は、学校でうまくやってるかい? 少し心配する気持ちもあってさ」
不登校のことは知っているだろうに、と葛葉は思う。「まったく大丈夫だとは言えませんけど、でも、部活だとそれなりにいい感じですよ。私は部員じゃないんで、断言はできませんけど」
「バスケはどう? 結構運動神経あるほうだとは思うんだけどさ、登山と球技じゃジャンルが違うし。初心者ってまえに聞いた気はする」
「ううん。それなりに楽しんではいると思います」
「そう。よかった」
「部長は私の幼馴染ですけど、結構いい加減なところがあって、部員の素行もあんまり気にしませんし」
「素行……」
葛葉は曖昧に微笑んだ。「姫川さんの態度が悪いとかじゃなくて。わかりますよね?」
「うん」
登校拒否は天見の問題であって、私の問題じゃない。空はできる限りかたくなに思う。
雲間から射し込む昼の光が窓越しに優しい。店内の照明は控えめで、引き摺るような影が真横に伸びている。空は頬杖をついて息をつき、篭もるような眼を手元に落とす。
アルバイト、か。天見がそうするというのなら、それはつまり、登山について親の金を借りたくないということなのだろう。天見の気持ちが空には手に取るようにわかった。空にも似たような経験はあった。当時は山小屋への歩荷バイトが頻繁に募集されていて、十キロの荷物につき千円、四十キロを何往復もして稼いだものだったが。日雇いだからあまり年齢には突っ込まれない。しかし、いまの時代は事情が違うだろう。
「いきなり呼び止めてごめんなさい」と葛葉は頭を下げる。「姫川さんから櫛灘さんのことを聞いて、ああこのひとだって、ピンときたものですから。話したくなって」
「……天見は、あたしのことをなんて言ってた?」
「山の先生みたく」
「先生、ね……」
空は眼を細めて窓の外に顔を向けた。
やはりそうなのだろう。師匠と、杏奈に言われたように。そう素直に胸を張れないのが空という人間でもあった。元々ソロ志向の彼女にとって、成り行きでパーティのリーダーを務めることはあっても、それは即席のものであって、根っこからのものではない。
(山岳会とかでリーダーやってる人間は心底尊敬するけど。親父や、ひと昔まえの篠原や……でも、あたしがそういう男たちみたいになれるかって言えば、全然そういう気にはならないんだ)
山でメンバーを気遣っている振りをすることはできても、ほんとうのところ、そうした状況をひどく遠い眼で見ている自分に気づいていた。
かつて自分について、おまえは他人を愛することができない人間なんだと真っ向から罵られたことがある。ほんとうは山すら愛していないんだ、と。それは山から離れる理由の一端でもあった。本意ではないとはいえ、未踏ルートの初登を掠め盗るようになってしまったとき、言われたことだった。おまえはただ初登の名誉が欲しいだけなんだ、ちやほやされて敬われたいだけなんだ、と。そんなやつに山を愛する資格はない、と。
そうしたことばを感情に飽かせた罵倒だと無視することはできても、心に黒い部分は残る。間違っているのはあたしのほう? 自分についてなにもかもが正しいなんてとても言えるものではない。
他人の眼は他人の眼だ。
しかし、悪魔はいる。自分の心にしがみついている。それを暴かれたとき、どうするのか。結局のところ、それから五年もの月日が経っても、空には登る以外の答えが見つけられなかった。下界で燻りすぎて病床に伏せることになっても、天見の母にあのときのあなたは見ていられなかったと言われるほど追い詰められても、なにひとつとして変わることができなかった。どれだけ破壊が進行しても空は空以外の何者にもなれなかった。
(そんなあたしが、師とか、先生とか……)
途方もない気分がする。
「櫛灘さん?」
「――。ああ、ごめんよ、ぼーっとしてた。けど、そうかい。天見はそう言ってたのか」
「違うんですか?」
「いや、随分と美化されてるなって思ってさ。あたしはそんな大した女じゃないよ。それで、あたしと話したいって言ったよね。……もしかして、あんたも山をやってみたいとか、そういう?」
葛葉は困ったように微笑んだ。「どうなんでしょう。姫川さんから聞く限り――表情とか見てると、ものすごく楽しいことなんじゃないかって、思いますけど。実際のところ、どうなんですかね」
「どうかな。あたしはこれ以上のことは知らないけどさ。あんたが望むなら、色々と話せるエピソードはあるよ。まだ時間は大丈夫?」
「はい」
「いつまでもファミレスに居座ってるわけにはいかないね。そのへん歩きながら話そうか」空は立ち上がる。「山をやりたいってやつは、歓迎するよ。やめといたほうがいいよって忠告もあるけどね。いいことばっかりじゃない。あれは親父が死んだときだったんだけど――」
空の眼が沈む。過去を呼び起こし、茫洋とした記憶の淵にたゆたう。
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