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2025/02/07 23:40 |
そらとあまみ 37
オリジナル。登山・日常・微百合・gdgd系ss。


モチベーションが割と壊滅中なのでインプット優先したい→でも懐が寒い
まあいつも通りだなってお話。夏が暑くて毎日が汗だく……! 懐は寒いのに!



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 カーテンの隙間から朝陽が射し込み、薄い刃のような光を杏奈の顔の上に落とす。突然瞼の裏が明るくなり、杏奈はどろどろの沼めいた夢からゆっくりと引き戻され、熊のような唸りを上げて寝返りを打つ。
 そっと眼を開くと自分の部屋ではない。?とクエスチョンマークを脳裏に横切らせ、もう一度寝返りを打って起き上がる。周りを見渡す。ここどこだっけ?

 「やっと起きたかい? ひとんちで、よくもまあぐーすか健やかに寝られるもんだ」
 「ふぇ?」

 ぱたんとドアが開き、寝惚け眼でそちらを振り返ると素っ裸の空。一糸纏わぬ姿でバスタオルを肩につっかけ、濡れたからだですたすたと部屋を横断する。秘部が眼のまえを横切り、杏奈は崖からダイヴするように覚醒する。

 「うぉおお!?」
 空はハンガーに手を伸ばし、顔をしかめて言う。「ちょっと、朝っぱらから大声出さないで。昨日も言ったけどこのアパート壁薄いんだ。せっかくの休みだってのに、眠るの邪魔されて、いい気になるやつなんかいないだろ?」
 「どっどういうっどういう状況!?」
 「どうって」ショーツとブラをごそごそさせて、「見たまんまだけど。おはよう」

 昨晩の記憶がある一点からすっぱりと消え落ちている。がんがんと痛々しく鳴り響く頭に手をやり、杏奈は顔を真っ青にして必死に記憶を呼び戻す。チューハイが尽きて別の酒が出てきたのは覚えている。山小屋でよく売っているような、ちょこんとシンプルで可愛らしいポケットウイスキー。一本丸々からにしてまだ足りなかった。その後――

 「あたしなんかしでかしました!?」
 「はあ?」空は下着姿のまま頭をごしごし拭いている。「ああ、なんだよ覚えてないのか。酔っ払って、前後不覚になるのって初めて? にしちゃ、ずいぶん強いもんだと思って感心したんだけど。一ヶ月ぶんの酒代が一晩でパーになっちまった」
 「うっ、払います、払います――じゃなくて!」
 「あ? ああ、うん。無理やり押し倒されそうになったから蹴飛ばしておいた。腹、大丈夫?」

 どういう流れでだよ!? 杏奈は反射的に正座のかたちを取って床に頭突きした。

 「酒はいると人格変わるねあんた。身の危険を感じたのは久し振りだよ」
 「ごめんなさい……申し訳ありませんでした……許してくだせえ、この通りでふ……」
 「いやあたしはいいんだけどさ。嘔吐感ない? そこでげろげろやられるとさすがのあたしも困る」
 「いまのところは……」
 「はは。じゃあよかった。しっかしまあ、よくもあんな小っ恥ずかしいことばが次から次へとぽんぽん出てくるもんだ。呆れるより先に感心しちまった。けどそういうのは、あたしみたいなおばさんじゃなくて、ちゃんとした相手に向けなよ。あんたには、そういうのがいないわけじゃないんだから……」

 んなこと言ったって。がばっと顔を上げて空を見、思わずはっと息を飲む。下着のみの裸身。

 (細ッ……!)

 ほとんど剥き出しの骸骨のように角張り、女らしい脂肪は削げ落とされ、二の腕は重みのない筋肉でぞっとするほど細長い。半分ボクサー体型の自分よりも、遥かにそうしたアスリートに近い。その年齢であれば丸みを帯びて柔らかいだろう体格の面影すらもない。
 女として子孫を残すことなどまるで度外視し、遺伝子レベルから突き放したような肉体だった。生物学的な『女』のロジックを傲然と踏み躙り、登るというただそれだけを目的とした歪さ。当然のように、胸にも臀部にも膨らみがない。およそセックスアピールというものを完全に置き去りにしている。そのレベルにある同性のからだを間近に見るのは初めてだった。つくりかえられたような違和感だらけの肢体。

 眼を瞠る杏奈に、空は首を傾げる。「なにさ。貧相なからだで悪かったね」
 「うえっ、すみませんそーゆー意味じゃなく!」
 「我ながら参ったもんだ。五年間山から離れて、多少は女らしいからだになったと思ったのに、また登り始めた途端にこれだよ。ガキの頃からで、からだが覚えてたんだろうね。そりゃ色恋沙汰から遠ざかりもするわ」
 「は、はあ……」
 「男扱いも女扱いもされない。まあ、そんなもんだよあたしって。だからあたしになにかしらのアドヴァイスを期待するなら、お門違いもいいとこだ。そういうわけで、その女の子相手にゃ暗中模索でやりな。よかったじゃないか、手探りが必要な未踏峰がまだ残ってて」
 「……。ううー。そうですねっ、そう思うことにします……」

 杏奈はしおらしく折れる。空はそんな彼女の様子に、軽く唇を綻ばせてくすりとする。その表情の動きだけが、彼女のからだに最後に残った艶かしさだった。




 「天見」陽子は二階に呼びかけた。「天見?」

 返事はなかった。気配も。階段を登り、部屋をノックし、かなり長いあいだ躊躇った後に扉を開いた。なかには誰もいなかった。
 それなりに広い家だが、見失うことなどありえない。娘の姿はどこにもなかった。玄関に行き、靴を確かめた。サンダルと登山靴が見当たらない。

 食卓に置かれっ放しになっている計画書を見つけ、いまさらながら取り上げた。その内容に眼を通して、はっとした。口許に手を当ててもう一度見直した。もはや、見間違いではなかった。

 「天見……?」




 丹沢山塊。
 それは神奈川の屋根とも称される。相模湾に注ぐ相模川の右岸から、富士・箱根火山帯の東端に位置し、東西はおよそ四十キロ、南北は三十キロに及ぶ山域である。最高峰は蛭ヶ岳の1678メートルであり、決して高い山ではないが、幾筋もの沢に刻まれ、登山口からの標高差は千メートルに達し、深い山であると言える。滅多に雪の降らない神奈川県にあってさえ、冬であれば深部は深雪に覆われ、穏やかな気候もときには牙を剥く。
 主要な山頂には、丹沢山、大山、塔ノ岳、鍋割山、檜洞丸、畦ヶ丸、大室山などが有名であり、地域ごとに、東丹沢、西丹沢、裏丹沢などと区分けされたりもする。新宿から小田急線でアクセスが容易なこともあり、首都圏で日帰りできる山として人気を博す山域だ。

 塔ノ岳は、天見が空と初めて山頂まで至った山でもある。最初の、上高地から穂高へでは、天見は岳沢でテント・キーパーを務めただけだった。以前は山頂付近の稜線には雪が見えていたが、それもいまの時期ではだいぶ後退しているようで、記憶よりもずっと穏やかなように、天見には思われた。

 (行くか……)

 バスがきて、天見はザックを引き摺って乗車した。
 小田急線の本厚木駅、バスターミナル。半原行きのバスには、休日ということもあって、宮ヶ瀬湖目的の家族連れなども目立つ。いちばん後ろに乗り、ザックを隣に置く。満員ではない。ぽつぽつと空きがあった。

 駅付近は雑多なビルやデパート、風俗店などが並ぶ本厚木も、少し山側にゆくと、すぐに大人しい風景になる。伊勢原方面は、田畑も目立つ。丹沢の山裾、東端を見ながら進む。目的地である撚糸組合前バス停までは40分。
 到着して、下車する。中津川沿いで、ほとんど山里のような景色だ。実際そうなのだが、駅前とのギャップが激しい。
 天見は深呼吸をひとつした。登山靴に履き替える。

 (入山。心臓のやかましさも、少しは収まった。……体温が下がったみたい。アドレナリンが引くと反動が鬱陶しいから、こういうのもあんまり良くないんだろうけど)

 ザックを背負う。お馴染みになってしまった重みが、肩と腰、背中に一気にやってくる。少しだけにやりとする。
 楽しみがあった。この山行が、私になにをもたらすことになるのか。後ろめたさを越える娯楽。
 そして、ゆく。




 「コーヒーでも飲む?」
 「あ、はいありがとうございます」
 「篠原に電話しとくか。朝帰りだけど、あたしんとこに泊まってたよって。携帯どこやったっけ」

 充電器を探して部屋の隅をごそごそ漁る空の背中を見つめながら、杏奈はがんがん痛む頭に顔をしかめてコーヒーを啜る。二日酔いなど生まれて初めての経験だ。明白でない思考のまま、眼のまえの女について考える。
 (美人じゃない――ってわけじゃないんだよな)

 胸もなく尻もなく可愛げの欠片もなく、異性、あるいは性の対象として好まれる部分が完全に欠落しており、異様な印象を与える白髪と、強烈な力の篭もった眼つきで損をしていると思う。顔つきは年齢を読みにくくほとんど少女染みている。若いというよりは年齢の加算を突き放しており、女らしくないというよりは男とか女とかそうしたものを越えかけている。あるいは、その経歴も。

 (変なひとだよなあ……)

 良くも悪くも独特すぎると思う。
 顔のパーツだけならむしろ鋭いほど整っている。向き合って気後れしてしまうほど。

 ふと訊く、「櫛灘さんって結婚とかしないんですか?」
 「それこないだも別のひとから訊かれたけど」空は苦笑する。「無理難題だっつの。相手も金も魅力もない三十路女がどうにかなるほど、社会は発展してないよ。なによりそんな気がまったくないしね……」
 「えー勿体ない」
 「あたしは登れればそれでいいの。少子化対策なんかは別の人間に任せるようにしてる。ひとには領分ってのがあるんだから」
 「結婚願望ないんですか?」
 「ないねえ」

 杏奈は唇を尖らせるようにして息を吐く。魅力など、彼女と少し話せば伝わりそうなものなのに。世の中はわかりやすい価値ばかり求めてわかりにくい価値を簡単に見逃す。『可愛いもの』が氾濫しすぎて、『可愛くないもの』を探そうとする努力に欠けすぎている。
 などとひねくれ気味に杏奈は思う。
 物心つかぬ頃から山と接してきたからそう思うのかもしれない。しばしば登山者を断罪する声を耳にしてきた。生産性のないマゾヒズムに溢れた行為だと、正義の側から批評するネット上の顔のないことば。野球害悪論に始まり、ゲーム脳を経て、児ポ法に受け継がれる一連の血族。
 おまえたちはなにひとつわかっていない。

 同性愛もまた、そうした、批評される側の行いかもしれないと思う。そこまで考えて少しへこむ。
 別に大多数に迎合したいなどとも考えないけれど。

 空は携帯を見つけ、画面を覗き込む。「あれ……不在着信入ってる。陽子さんから?」
 「陽子?」
 「天見のお母さん。……もしもし? はい、おはようございます。……はい。え?」少し困惑した表情をして、「落ち着いてください。なんですか?……はい。……いえ、ええ。……天見が? いえ……」

 なにかあったのだろうか? 空の表情が険しくなる。というよりは、戸惑っているかのように眼が泳ぐ。

 「――わかりました。すぐに行きます。……いえ、警察ってほどのことじゃないと思いますけど。計画書はあるんですよね?……はい。とにかく、陽子さんは待っててください」
 空が通話を切るのと同時に杏奈は言う。「櫛灘さん? 姫ちゃんがどうかしたんですか」
 空は杏奈を見て言う。「天見が山に入ったらしい。単独で。それも、日帰りのハイキングじゃない。計画書には今日から一週間分の日程がたっぷりと書き込んであるそうだ」
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2013/08/04 08:22 | Comments(5) | SS

コメント

そろそろシリアス展開になりそうな感じ。
ギャグ要員は杏奈ちゃんくらいでほぼシリアスなはずなんだけど杏奈ちゃんの色が強すぎてそう感じない。杏奈ちゃんはオアシス。
杏奈ちゃんのコメントばかりしていますが登場人物全員好きです。
もっと言えば夜麻産さんの作品が大好きです。

モチベ上がらないときに書くのは苦痛では。
自分のペースで頑張ってください。
いつも似たようなコメントでごめんなさい。
posted by 無題 at 2013/08/04 22:09 [ コメントを修正する ]
ふと夜伽の過去作読んでたら早苗さんのとこに空っぽい方が出ていた。
そういや世代的にも合うけど…

最近韓国登山者遭難とかで作中で言われてるような登山を責める風潮がにわかに立ち上りつつあります。
氏の作品を読んでなければその風潮に乗って登山者を叩いてたであろう自分がいたり。
こういうことに気づくと自分が社会に飼いならされてる感じでもよもよします。
ままならないもんですねえ…

まあ、それはそれとして天見っちゃんの単独行に期待です。順調に獣化してるなあ。
posted by 446 at 2013/08/04 23:53 [ コメントを修正する ]
>>「可愛くないものを探す努力」
効率化された社会に浸っている人々には難しいでしょうね、時間が無さすぎる、というより追われている感覚に囚われてるひとが多いのか、「気付く」という事がなかなかできないのでしょうね
自分ももう少し落ち着いて周りを見てみます、空さんみたいなひとに会ってみたい
posted by NONAME at 2013/08/05 18:07 [ コメントを修正する ]
446さんのコメ見てss短編の「雲」を読み返した
昔から人を惹きつける人だったんですね

毎日ほんとうに暑いので、お体お大事にお過ごし下さい
posted by NONAME at 2013/08/10 11:07 [ コメントを修正する ]
>>無題様
毎度ながらコメありがとうございますっ……一区切りついてから纏めてコメしていただいても大丈夫ですよー! こちらも似た展開しかないもので……っ!
書くの休むとまたじわじわと書きたくなります。遅筆の上に集中力散漫で進行速度壊滅しておりますが……っ

>>446様
このブログの「雲」ですね。一応別の物語なので、設定的にはあんまりつじつまは合わせてないです。紡の年齢とあわせると、たぶん四十路くらいになるんじゃないかと。
韓国人登山者にしろ日本人登山者にしろ、無謀な登山だけはほんとうに……教師だかなんだかが、真夜中に子供何人も引き連れて、結局山小屋のひとに救助されたって場面に遭遇したときには、さすがにぞっとしました。山小屋って通常営業だけでも修羅場なのに。

>>3様
現実には空以上に凄まじいひとたちだらけなんですが、もどかしい感じはありますね。エベレスト最高齢登山者って話題は結構報道されましたけど、ピオレドール受賞した日本人パーティのことをどれだけのひとが知ってるんだろう?

>>4様
惹きつける、というよりは、遠ざける、って印象です。早苗さんもこっちの世界じゃ浮いてたと思うんだ……!
ほんとうに猛暑って感じになってきましたね! そちら様もどうかお気をつけて! 涼しげな山の上が恋しい……
posted by 夜麻産 at 2013/08/11 12:28 [ コメントを修正する ]

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