日常登山微百合ぐだぐだss。まったりと。
つくづくこのブログで政治の話なんかしたくないと思うのだけれど、事故収束もせず原発推進、TPP不参加言うといてTPP参加、増税、改憲からの人権及び自由弾圧、ブラック企業公認、歴史の過剰な美化。
これが民意ってやつかぃ。へええ。わかっちゃいたけど私ゃとことんマイノリティらしい。いや、まあ、わかっちゃいたけど。
心が荒んだときはKORNを聴いて心を取り戻す。上から元気づけようとしてくる歌なんかいらない。
――『俺が築いたこの人生が嫌になる時がある/いつもすべてが間違っている/前に進むしかない、逃げることなんてできない/俺の方にやってくるものすべてに取り憑かれて、時間を奪われる』
「いろいろやりたかったっていうのもある」と葛葉は言った。「新体操だけじゃなくて。……そう、こういうこととかね。部活の助っ人。バスケだけじゃなく、サッカー、ソフトボールにバレー。メジャーな球技。個人技じゃなく、チームプレイを必要として、相手と戦う……みたいな。ただひとつのことに集中したくなかった。たくさんの経験をしたかった。だって、もったいないじゃない?」
贅沢なんだね、と葛葉は微笑んだ。邪気のない代物で、天見は引き摺られるような感覚に浚われた。女の天見から見ても、彼女の相貌には非凡な美しさがあるように感じられた。空のように痛いくらい鮮烈なものではなく、丸みを帯びて柔らかい、一緒にいて安らぐような空気だった。
「移り気で飽きっぽいんだろうね。登山もやってみたいなって思うよ、いつか。小学生のときから興味はあった。膝を壊したりするかもしれないから、とんでもないことだって、お母さんには叱られたものだけど」
「爪先の骨が歪むかもとかはありますね。私、靴擦れして、踵の皮がたんこぶみたいになりました」
「ハーフシューズ履けなくなるかな。ねえ、登るのって楽しい?」
天見は迷いなく頷いていた。「はい」
「そっか。羨ましい」
他人からそうした風に言われるのは初めてだった。自分のしていることについて、手放しに羨望されるのは。少し途方もなく思う。私のやっていること……私のしたいこと。でも、私なんか全然まだまだだ。
(実際、連れて行きましょうかって誘うこともできない。まだ)
空や杏奈だったら気兼ねなく誘うだろう。そう思うと素人の実感が果てしなく湧き上がってくる。いつこの感覚から脱することができるのだろう。いつ。
遠野で少しのんびりしすぎたかな、と空は思う。休暇モードに入ったからだで、夜勤のバーテンから、日勤のスポット派遣の倉庫作業という連チャンはさすがにしんどかった。冷蔵庫から350ml缶のチューハイを一本取り出し、欠伸混じりに卓袱台に置いて言う。
「勝手にやらせてもらうけど、いい?」
「どうぞご自由にっ!」
「あんまり大声出さないでおくれ。このアパート壁うっすいんだ。せっかく明日日曜なのに、おやすみ中に邪魔されて、いい気になるやつなんかいないだろ?」
立てた人差し指を唇に当て、もう片方の手のひらを下に向けてひらひら。ボディーランゲージで、『ヴォリュームを下げろ』。しかし相手はこちらを見ているかも定かではない。
空はぐびりとアルコールを喉に流し込んで、「で、なんだっけ?」
杏奈の声はほとんどヒステリーになりかけていた。「自分に好意を抱いてくれてる女の子の扱い方がわかりません! 助けてください!」
知らんわ。心のなかで一刀両断し、横を向いて溜息をひとつ。こうして頼ってくれるのは嬉しいのだが、領分というものがある。空は自分がこうしたことに向いていないと自覚していた。「そういうことをあたしに訊くなよ……」
「他に誰に訊けって言うんですか!?」
杏奈は卓袱台に手のひらをバン!と叩きつけ、涙目でこちらを見ている。
「篠原……親父さんとか、美奈子さんでいいと思うけどね。話してみた?」
「なんて言えっていうんですか! こんなこと両親に話せやしませんよ! お父さんなんかお母さん以外にこれっぽっちも経験なさそうなウドの大木なのにっ!」
「あたしよりはマシな相談相手だと思うけど」
「そんなこと言わずになんとかしてください! もう緊張で全身ガタガタして限界なんですっ!」
それは見ればわかった。しかし、空には答えの持ち合わせがない。立ち上がって窓を開けに行き、煙草に火をつけて紫煙をぷかぷかさせる。月灯りで明るい夜空はどこまでも穏やかで、平和だなあ、と大きく欠伸をする。
「まあ、そうだね。真正面から衝突するしかないと思うけど。下手に回り道して、うまいやり方探そうとしたって、大抵は下手打ってぐずぐずになるだけだ。器用な立ち回りできるやつのことは知らんけど、あたしはそうしてきたよ。結果は全然アレだったけど」
「うぎぎ」
「逃げっ放しでいいことなかったのは確かだ。向き合ってどうしようもなかったら、そりゃ仕方ない。偉そうに言える立場じゃないけどさ」
いろいろやらかした失敗例を思い返し、空は頭をがりがり。山ばかりの人生とはいえ、さすがに三十年人間やってりゃそれなりに経験はある。それを活かせているかといえば微妙だが。
「まあ、人間関係ほど難しいものもないよな。山だって、ソロでやるより、パーティでやったほうが難しくなるときもあるし。いろいろ気を遣わなきゃならなかったり、ペースを合わせなきゃならなかったりで、全然別の神経使うからね……」
「うぅ……櫛灘さん、これっぽっちも知らない相手とザイル繋ぐときどうしてます? 考えることばっかで頭ぐにゃぐにゃしてるんですけどっ……!」
「海外でクライミングやってたときは一期一会だったからなあ。お互い、割り切ってるところはあったよ。そうだね、覚悟だけは決めてた。ザイル繋いで、その結果がどうなっても悔やまない。相手を恨まない。恨まれてもその感情を返したりしない、とか。諦めてたとも言えるけど。あたしのほうが落ちたらそりゃ、申し訳なくも思うけどさ。
仕方ないことだ、って受け容れることだね。あたしはなんでもできる万能人間じゃないし、実力には限りがある。それは思いやりみたいなことだっておんなじだ。いつでもなにもかもうまくやれるわけじゃないんだ。できることは、いまのあたしにできることだけ」
それで、人格丸々否定されたこともないわけではない。若い頃はそれでいちいち深く傷ついてもいた。やれるだけやってもまだ足りない。どれだけ思いやってもまだ思いやれと催促される。キリがない。
「うまいアドヴァイスできりゃいいんだけどね。まあ、あたしは根本的にソロ志向の女だから」
「貴重なご忠告どうもありがとうございますっ!」
「はい、どういたしまして。役立たずでごめんよ」
本格的に行き詰っているのだろう、杏奈はぎゅっと両拳を握り締めて胸前で腕をぷるぷる。悪いとはわかっていても空はくすりと微笑む。
「青春やってるみたいでいいね。あたしが女子高生だった頃は、山ばっかで、そういうイベントには鈍感もいいとこだった」
「相手が可愛い女の子じゃなかったらよかったんですけどねっ!」
「いいじゃない。そのうち普通のことになるよ、時代遅れの日本でも。上から下までみんな右に倣え式のやつなんだからさ……」チューハイが空になり、もう一本、今度は500ml缶を持ってくる。それで今日はしまいにするつもりだった。が、ふと思いついて、「飲むかい?」
「あたし未成年ですよ!」
「いいじゃない、何事も経験ってことで。篠原は十二のときには飲まされてたって言ってたよ」
「なにやってんだよクソ親父……!」
杏奈は缶をひったくり、そのままぐいと呷る。「くぅ~っ、不味い!」
「美味くて飲んでるわけじゃないからいいの。まあ無理はすんな」
空はもう一本、自分のぶんを持ってくる。
やけくそといった風に飲む杏奈に、空は言う。「そういう悩みもいまのうちだ。しなかったことを悔やむより、やって後悔したほうがずっといい。でも、気持ちはわかるよ。やりたくもない苦労なんか最初からごめんだよな」
「そういう……わけじゃ……っ。桐生さんは悪い子じゃないですしっ、ただ自分が――」
「そう? じゃあ、こう言ったほうがいいかな。過渡期はツライよな。変わってく自分と、変わらないままでいる自分がごっちゃになって、両側から引っ張られて引き裂かれるような心地がする。そんな状態で他人とぶつかって、嫌な想いするのもさせるのもツライ。ツライことだらけで答えは遠い。それでもって誰も助けてくれやしない」
杏奈は唇を歪める。「……ゥウーッ」
空は自分のぶんの酒を啜る。「間違いには取り返しのつかないこともある。なにをどうしても取り戻せなくなることも、リトライできずにそのまま終わってしまうことも。人間関係なんかその最たるものだ。山よりもずっと怖い。山はあたしらがしくじってもまだそこにいてくれるけど、人間は消えてしまう」
杏奈はぶるりと震える。
空はさらに言う。「やることなすこと全部裏目に出る。昔の自分の行いがいまさら自分に牙を剥く。悪いことが重なって重なって重なってまだ重なる。いいことなんかなにひとつない。死にたいと思う。死にたいと思うこと自体が悪いことのように罵られてもうどこへも行けなくなる。身動きひとつ取れなくなってなにもかもが詰む」
「もういいですもう! わかりましたー! どうしてそうネガティヴなことがぽんぽん出てくるんですか!
「共感できそうなこと片っ端から言ってみた。あたしって飲むと結構バッドトリップするタチなんだ」
杏奈は眉をひそめ、両手で缶を盾のように持ち、咎めるように空を見やる。「……経験談ですか、いまの」
「そうかもね。どうでもいいことだ。いまはどうにか抜け出したよ、そういうのから」
「山やめてたって――」
「そうだから山をやめたのか、山をやめたからそうなったのか。両方だよ。いまになっても、なにをどうすればよかったのかわからない。おんなじこと繰り返してもいい対応はできないと思うね。結局はみんなあたしなんだ」空はふっと笑う。「YESかNOか、いつでも選択肢があるわけじゃない。あったのはほとんど絶望みたいな自由だけ。それでもまあ、いまはここにいる。
これでよかったかなんて知らんけどね。人生の折り返し地点がどこかもわからない。三十年も生きてわからんことだらけだ」
親子の確執はもうどうにもならないところまできていた。天見は計画書を食卓に放って言う。「山行くから」
陽子は娘の顔を見ずに答える。「そう」
「計画書置いとく」
そうして階段を登り、自分の部屋に戻る。
開け放ったカーテンから月灯りの蒼白い光が射し込んでいた。電気をつけなくても部屋を見渡すことができ、水底のように光が揺らいで安らかだった。天見はパッキング済みのザックのまえに座り込み、しばらく自分が背負うことになる重荷と向き合った。
(二十キロ……)
クライミング装備はないが、食料が多い。予備日のぶんも含めて、選定にはだいぶ苦労した。これでよかったのかどうかいまいち自信がない。しかし、考えるだけ考えたつもりだ。
(なにかしら間違えることになるんだろう。上等だ。最初からみんな正解できるなんて、考えちゃいない。想定外のことが起きて、無様にたじろぐこともあるんだろう。みんな、私に起因することだ)
どれだけ覚悟していけばいいのかもわからない。初めてだらけで眩暈がする。
しかし、不安以上に強い高揚があるのも確かだった。初心者特有の猛烈な憧憬。こうした気持ちから抜け出したいと思う一方で愛おしくすら思っている、この矛盾。じっとしていてもからだの芯から震えがくるようだ。
(帰った後のことは帰ってから考えればいい。言い訳はしない。良い子振りもしない。私は私でしかないってだけのことだ)
立ち上がり、ベッドのなかに潜り込む。眠ろうとして眼を閉じる。夢のまどろみのなか、泥のような強張りと緊張、際限なく高鳴る心のきわが交じり合って揺りかごになる。眠っているのかわからない。眼を開ければそのまま目覚めてしまいそうだった。
少なくとも、と思う。私は私がなりたい女になりたい。純粋培養のなかで鋳型に嵌められたくない。それが過渡期特有の反抗だとしても、まだ、それに殉じていたい。
眠りのなかで吼える。自分に向けて。
つくづくこのブログで政治の話なんかしたくないと思うのだけれど、事故収束もせず原発推進、TPP不参加言うといてTPP参加、増税、改憲からの人権及び自由弾圧、ブラック企業公認、歴史の過剰な美化。
これが民意ってやつかぃ。へええ。わかっちゃいたけど私ゃとことんマイノリティらしい。いや、まあ、わかっちゃいたけど。
心が荒んだときはKORNを聴いて心を取り戻す。上から元気づけようとしてくる歌なんかいらない。
――『俺が築いたこの人生が嫌になる時がある/いつもすべてが間違っている/前に進むしかない、逃げることなんてできない/俺の方にやってくるものすべてに取り憑かれて、時間を奪われる』
「いろいろやりたかったっていうのもある」と葛葉は言った。「新体操だけじゃなくて。……そう、こういうこととかね。部活の助っ人。バスケだけじゃなく、サッカー、ソフトボールにバレー。メジャーな球技。個人技じゃなく、チームプレイを必要として、相手と戦う……みたいな。ただひとつのことに集中したくなかった。たくさんの経験をしたかった。だって、もったいないじゃない?」
贅沢なんだね、と葛葉は微笑んだ。邪気のない代物で、天見は引き摺られるような感覚に浚われた。女の天見から見ても、彼女の相貌には非凡な美しさがあるように感じられた。空のように痛いくらい鮮烈なものではなく、丸みを帯びて柔らかい、一緒にいて安らぐような空気だった。
「移り気で飽きっぽいんだろうね。登山もやってみたいなって思うよ、いつか。小学生のときから興味はあった。膝を壊したりするかもしれないから、とんでもないことだって、お母さんには叱られたものだけど」
「爪先の骨が歪むかもとかはありますね。私、靴擦れして、踵の皮がたんこぶみたいになりました」
「ハーフシューズ履けなくなるかな。ねえ、登るのって楽しい?」
天見は迷いなく頷いていた。「はい」
「そっか。羨ましい」
他人からそうした風に言われるのは初めてだった。自分のしていることについて、手放しに羨望されるのは。少し途方もなく思う。私のやっていること……私のしたいこと。でも、私なんか全然まだまだだ。
(実際、連れて行きましょうかって誘うこともできない。まだ)
空や杏奈だったら気兼ねなく誘うだろう。そう思うと素人の実感が果てしなく湧き上がってくる。いつこの感覚から脱することができるのだろう。いつ。
遠野で少しのんびりしすぎたかな、と空は思う。休暇モードに入ったからだで、夜勤のバーテンから、日勤のスポット派遣の倉庫作業という連チャンはさすがにしんどかった。冷蔵庫から350ml缶のチューハイを一本取り出し、欠伸混じりに卓袱台に置いて言う。
「勝手にやらせてもらうけど、いい?」
「どうぞご自由にっ!」
「あんまり大声出さないでおくれ。このアパート壁うっすいんだ。せっかく明日日曜なのに、おやすみ中に邪魔されて、いい気になるやつなんかいないだろ?」
立てた人差し指を唇に当て、もう片方の手のひらを下に向けてひらひら。ボディーランゲージで、『ヴォリュームを下げろ』。しかし相手はこちらを見ているかも定かではない。
空はぐびりとアルコールを喉に流し込んで、「で、なんだっけ?」
杏奈の声はほとんどヒステリーになりかけていた。「自分に好意を抱いてくれてる女の子の扱い方がわかりません! 助けてください!」
知らんわ。心のなかで一刀両断し、横を向いて溜息をひとつ。こうして頼ってくれるのは嬉しいのだが、領分というものがある。空は自分がこうしたことに向いていないと自覚していた。「そういうことをあたしに訊くなよ……」
「他に誰に訊けって言うんですか!?」
杏奈は卓袱台に手のひらをバン!と叩きつけ、涙目でこちらを見ている。
「篠原……親父さんとか、美奈子さんでいいと思うけどね。話してみた?」
「なんて言えっていうんですか! こんなこと両親に話せやしませんよ! お父さんなんかお母さん以外にこれっぽっちも経験なさそうなウドの大木なのにっ!」
「あたしよりはマシな相談相手だと思うけど」
「そんなこと言わずになんとかしてください! もう緊張で全身ガタガタして限界なんですっ!」
それは見ればわかった。しかし、空には答えの持ち合わせがない。立ち上がって窓を開けに行き、煙草に火をつけて紫煙をぷかぷかさせる。月灯りで明るい夜空はどこまでも穏やかで、平和だなあ、と大きく欠伸をする。
「まあ、そうだね。真正面から衝突するしかないと思うけど。下手に回り道して、うまいやり方探そうとしたって、大抵は下手打ってぐずぐずになるだけだ。器用な立ち回りできるやつのことは知らんけど、あたしはそうしてきたよ。結果は全然アレだったけど」
「うぎぎ」
「逃げっ放しでいいことなかったのは確かだ。向き合ってどうしようもなかったら、そりゃ仕方ない。偉そうに言える立場じゃないけどさ」
いろいろやらかした失敗例を思い返し、空は頭をがりがり。山ばかりの人生とはいえ、さすがに三十年人間やってりゃそれなりに経験はある。それを活かせているかといえば微妙だが。
「まあ、人間関係ほど難しいものもないよな。山だって、ソロでやるより、パーティでやったほうが難しくなるときもあるし。いろいろ気を遣わなきゃならなかったり、ペースを合わせなきゃならなかったりで、全然別の神経使うからね……」
「うぅ……櫛灘さん、これっぽっちも知らない相手とザイル繋ぐときどうしてます? 考えることばっかで頭ぐにゃぐにゃしてるんですけどっ……!」
「海外でクライミングやってたときは一期一会だったからなあ。お互い、割り切ってるところはあったよ。そうだね、覚悟だけは決めてた。ザイル繋いで、その結果がどうなっても悔やまない。相手を恨まない。恨まれてもその感情を返したりしない、とか。諦めてたとも言えるけど。あたしのほうが落ちたらそりゃ、申し訳なくも思うけどさ。
仕方ないことだ、って受け容れることだね。あたしはなんでもできる万能人間じゃないし、実力には限りがある。それは思いやりみたいなことだっておんなじだ。いつでもなにもかもうまくやれるわけじゃないんだ。できることは、いまのあたしにできることだけ」
それで、人格丸々否定されたこともないわけではない。若い頃はそれでいちいち深く傷ついてもいた。やれるだけやってもまだ足りない。どれだけ思いやってもまだ思いやれと催促される。キリがない。
「うまいアドヴァイスできりゃいいんだけどね。まあ、あたしは根本的にソロ志向の女だから」
「貴重なご忠告どうもありがとうございますっ!」
「はい、どういたしまして。役立たずでごめんよ」
本格的に行き詰っているのだろう、杏奈はぎゅっと両拳を握り締めて胸前で腕をぷるぷる。悪いとはわかっていても空はくすりと微笑む。
「青春やってるみたいでいいね。あたしが女子高生だった頃は、山ばっかで、そういうイベントには鈍感もいいとこだった」
「相手が可愛い女の子じゃなかったらよかったんですけどねっ!」
「いいじゃない。そのうち普通のことになるよ、時代遅れの日本でも。上から下までみんな右に倣え式のやつなんだからさ……」チューハイが空になり、もう一本、今度は500ml缶を持ってくる。それで今日はしまいにするつもりだった。が、ふと思いついて、「飲むかい?」
「あたし未成年ですよ!」
「いいじゃない、何事も経験ってことで。篠原は十二のときには飲まされてたって言ってたよ」
「なにやってんだよクソ親父……!」
杏奈は缶をひったくり、そのままぐいと呷る。「くぅ~っ、不味い!」
「美味くて飲んでるわけじゃないからいいの。まあ無理はすんな」
空はもう一本、自分のぶんを持ってくる。
やけくそといった風に飲む杏奈に、空は言う。「そういう悩みもいまのうちだ。しなかったことを悔やむより、やって後悔したほうがずっといい。でも、気持ちはわかるよ。やりたくもない苦労なんか最初からごめんだよな」
「そういう……わけじゃ……っ。桐生さんは悪い子じゃないですしっ、ただ自分が――」
「そう? じゃあ、こう言ったほうがいいかな。過渡期はツライよな。変わってく自分と、変わらないままでいる自分がごっちゃになって、両側から引っ張られて引き裂かれるような心地がする。そんな状態で他人とぶつかって、嫌な想いするのもさせるのもツライ。ツライことだらけで答えは遠い。それでもって誰も助けてくれやしない」
杏奈は唇を歪める。「……ゥウーッ」
空は自分のぶんの酒を啜る。「間違いには取り返しのつかないこともある。なにをどうしても取り戻せなくなることも、リトライできずにそのまま終わってしまうことも。人間関係なんかその最たるものだ。山よりもずっと怖い。山はあたしらがしくじってもまだそこにいてくれるけど、人間は消えてしまう」
杏奈はぶるりと震える。
空はさらに言う。「やることなすこと全部裏目に出る。昔の自分の行いがいまさら自分に牙を剥く。悪いことが重なって重なって重なってまだ重なる。いいことなんかなにひとつない。死にたいと思う。死にたいと思うこと自体が悪いことのように罵られてもうどこへも行けなくなる。身動きひとつ取れなくなってなにもかもが詰む」
「もういいですもう! わかりましたー! どうしてそうネガティヴなことがぽんぽん出てくるんですか!
「共感できそうなこと片っ端から言ってみた。あたしって飲むと結構バッドトリップするタチなんだ」
杏奈は眉をひそめ、両手で缶を盾のように持ち、咎めるように空を見やる。「……経験談ですか、いまの」
「そうかもね。どうでもいいことだ。いまはどうにか抜け出したよ、そういうのから」
「山やめてたって――」
「そうだから山をやめたのか、山をやめたからそうなったのか。両方だよ。いまになっても、なにをどうすればよかったのかわからない。おんなじこと繰り返してもいい対応はできないと思うね。結局はみんなあたしなんだ」空はふっと笑う。「YESかNOか、いつでも選択肢があるわけじゃない。あったのはほとんど絶望みたいな自由だけ。それでもまあ、いまはここにいる。
これでよかったかなんて知らんけどね。人生の折り返し地点がどこかもわからない。三十年も生きてわからんことだらけだ」
親子の確執はもうどうにもならないところまできていた。天見は計画書を食卓に放って言う。「山行くから」
陽子は娘の顔を見ずに答える。「そう」
「計画書置いとく」
そうして階段を登り、自分の部屋に戻る。
開け放ったカーテンから月灯りの蒼白い光が射し込んでいた。電気をつけなくても部屋を見渡すことができ、水底のように光が揺らいで安らかだった。天見はパッキング済みのザックのまえに座り込み、しばらく自分が背負うことになる重荷と向き合った。
(二十キロ……)
クライミング装備はないが、食料が多い。予備日のぶんも含めて、選定にはだいぶ苦労した。これでよかったのかどうかいまいち自信がない。しかし、考えるだけ考えたつもりだ。
(なにかしら間違えることになるんだろう。上等だ。最初からみんな正解できるなんて、考えちゃいない。想定外のことが起きて、無様にたじろぐこともあるんだろう。みんな、私に起因することだ)
どれだけ覚悟していけばいいのかもわからない。初めてだらけで眩暈がする。
しかし、不安以上に強い高揚があるのも確かだった。初心者特有の猛烈な憧憬。こうした気持ちから抜け出したいと思う一方で愛おしくすら思っている、この矛盾。じっとしていてもからだの芯から震えがくるようだ。
(帰った後のことは帰ってから考えればいい。言い訳はしない。良い子振りもしない。私は私でしかないってだけのことだ)
立ち上がり、ベッドのなかに潜り込む。眠ろうとして眼を閉じる。夢のまどろみのなか、泥のような強張りと緊張、際限なく高鳴る心のきわが交じり合って揺りかごになる。眠っているのかわからない。眼を開ければそのまま目覚めてしまいそうだった。
少なくとも、と思う。私は私がなりたい女になりたい。純粋培養のなかで鋳型に嵌められたくない。それが過渡期特有の反抗だとしても、まだ、それに殉じていたい。
眠りのなかで吼える。自分に向けて。
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問題は何も解決していないけど。
杏奈ちゃんはもう少し落ち着きを覚えるべき。
全てさっぱりする日は来るのだろうか。
先は長そうですがのんびりと頑張ってください。