オリジナル登山微百合日常ぐだぐだ系。まったり進行中。
執筆の合間にダクソ対人続行中。こんなヘタレでも勝たせてくれるモアツヴァイショーテル様はマジイケメン。でもほんとうは見た目が好みなガゴ斧槍で勝ちたいのにR1空振ってから尻掘られ余裕という現実。対人はケツの狙い合いやで……!
左手にガゴ斧持って両手持ちしたときの尻尾感が素晴らしい。ガゴ盾の物理カット率は激しく微妙だけれど実際担いでみて対人じゃ充分だった。 ガゴ兜騎士篭手亡者兵士腰巻で強靭21、狼指輪で61。ガゴコス完璧にするためにSL少しあげて呪術になぎ払う炎と火炎噴流装備しようか迷う。まあSL110だろうと120だろうとマッチング変わらない気もするのだが、120まで上げると100勢に侵入できるのかどうか。
みたいなことを考えすぎて別のことがおろそかになっている現実……! いい加減リアルに戻ってこなければ!
その日、天見がクライミング・ジムに寄ると、見覚えのある男の背中が壁の一角を登っていた。ほとんど地面と平行になっている角度から、上半分は百二十度ほどかぶっているかなりきついエリアで、アクロバティックで複雑なムーヴを強いられる課題が集中していた。男の捉えているホールドの横には灰色のビニールテープが貼ってあり、それは三段のグレードを示すものだ。このジムでは最難関クラスの課題だった。
力任せのムーヴ。男の腕が撓み、一瞬の溜めを置いて、全身が跳ねた。ランジ――腕を伸ばしても取れないホールドを、ジャンプして取る、アルパイン・クライミングではまず見られない技術だ。ぎちりと腕の筋肉が鳴った音が聞こえた気がした。そして、男はそのまま登り切る。
芦田だった。ベンチに戻ってきて、ようやく天見に気づく。ひくりと頬の肉が引き攣り、天見が会釈すると、ぶっきらぼうに頭を下げて返す。
「ザイル使った登山はもうしないんじゃなかったんですか」
芦田は天見の隣に座り、不機嫌そうに鼻を鳴らす。「使ってねえだろうが」
「三段。すごいですね。芦田さん、そんなに登れたんだ」
「こんなもん――」言いかけて、「ああ、そうだよ。ガキの頃からやってりゃ、クソほどしか才能なくたってこんくらいにはなる」
「空さんとどっちがうまいんですか?」
「櫛灘と比べんじゃねえよ。あいつはおれとは違う次元で登ってる。グレードの上下じゃねえんだ」
槍で見た、空の登り方を見れば、それも納得がいくようだった。ああした登り方ができれば楽しいだろうなと思う。自分のクライミングが下手くそだとわかっているから、羨ましいような妬ましいような、複雑な気分だ。
黙々とそれぞれの課題を登る。ふたりとも、親しげにコミュニケーションを図る人種ではない。ぶっきらぼうと無愛想、自然に話題が生まれればそれは奇跡というものだ。お互い、空を通じてという以外には、あまりに希薄な繋がりしか持っていなかった。
空とは違う登り方をする――と、天見は芦田のクライミングを見て思う。空の、しばしばこちらの認識から異次元へズレ込むようなムーヴではない。杏奈のように、お手本にも使えそうな自然で落ち着きのある動きでもない。力強くホールドを捉え、背中の筋肉が小刻みに隆起し、激しさを押し殺すように登る。目線は天井よりももっと上を見据え、ボルダーというよりはマルチピッチを想定しているかのようだ。ジムよりも長く本チャンをやり続けてきたクライマーの――
ベンチに座ってタオルを顔に押しつけ、スポーツドリンクを飲み干す。芦田も戻ってきて腰を降ろす。天見は横目で芦田を見た。ここでない場所に心を奪われているような、どこか捉えどころのない眼をしていた。そうして不意に言われる。「姫川さんは親とうまくいってないんだったか?」
「はい?」
「櫛灘がそんなことを言ってた。……不躾な質問だったら悪ィな、謝るよ」
天見はタオルを置いた。「問題児が親と仲良しだったら色々とおかしいです」
「はは。かもな。けど櫛灘のやつも学校サボリがちだったけどな、父親とはうまくやってたんだよ。片親だったからかもしれねえ。そのへんの家族よりずっと深い繋がりで結ばれてた」
芦田の声音には虚ろなところがあった。天見は眼を眇めた。「……へえ」
「櫛灘さん――櫛灘の親父は高校の教師でもあった。父親で教師って、そりゃもう最悪の組み合わせみたいなもんだ。そうは思わねえか?」
天見は笑いかけ、唇をへの字に曲げてどうにか耐えた。「これ以上ないってくらい」
「だろ? でも、不思議なもんだ。おれは櫛灘さんの影響で山やり始めたんだよ。それと、櫛灘さんのザイルパートナーだった篠原さん――杏奈ちゃんの親父さんの。どういう経緯だったかなんて忘れちまったが。ほんとうの親父みたいなもんだった……」
天見には芦田がひどく不安げに見えた。自分を喪失し、戸惑っているかのように思えた。なぜ?
「芦田さん?」
「ああ、悪ィ。こんなこと姫川さんに話したって仕方ないとは思うんだがな。真衣が妊娠してたんだよ」
「――。……おめでとうございます」
「ありがとな。避妊はしてたんだがな。あんな薄っぺらいクソゴム膜なんか頼りにするんじゃなかった。まあ、それはいいんだよ、どっかで覚悟はしてたから」
「……芦田さんも、家族とはうまくいってないんですか?」
「いってなかった。親父もおふくろもずっとまえに死んじまったよ」
「……」
芦田は頭を掻いた。どうして自分が話し始めているのか、彼自身よくわかっていないようだった。「おれの親父は正義の味方だった。それはもちろん、おれの敵って意味でだ。おれはずっとあのひとに人間として認められていなかった。半人前以下の未熟者、ろくな苦労もせずに親の脛だけかじってる考えなしの愚か者として見られてた。侮られ、見下されていた。
あのひとにとっちゃそういう態度もみんな親としてあたりまえの行為だったのかもしれないが、おれは――おれは辛くて苦しくてたまらなかった。なにをどうやっても男として認められない。どれだけベストを尽くしても、ひたすらそれ以上を要求されて及第点に到達できない。底なし沼みたいなもんだった。溺れかけて助けを求めても、なんの手も差し伸べてくれない。おふくろはそんな親父を愛していておれは二の次だった」
芦田は苦しげに笑い、なおも続けた。「おれは息子だから、親父たちを客観的な眼で見れるなんて思っちゃいないが。まあ、子供にとってはそういう親だったんだよ。で、そういう日々もいつか終わりがくる。親父は消防士だった。放火があって、どこかの家族の家一軒が丸々燃え上がったとき、親父は逃げ遅れた子供を救い出そうとして崩れた柱に下敷きにされた。おれと同い年の男の子だった。しばらくは新聞やテレビに悲劇の英雄みたく祭り上げられた。学校でおれは同情の対象になり、クラスメイトからは気遣われ、教師どもからは涙混じりのお優しいことばをかけられた。立派なお父様に恥じないよう云々。
おふくろは葬儀のすぐあとに寝込んだ。ずっと看病してたんだが、その二年後に親父の後を追ってぽっくり逝っちまった。最後に親父の名前を小さく呟いて、おれのことなんか見てすらいなかった。負けたって思ったよ。なんの勝負だったのかもわからねえが。
おれは……そんな風になっても、親父をどうしても尊敬することができないでいる。世間サマに祭り上げられて世界の英雄になった親父が、どんな風に子供に接していたかについて、まだ憎んでる。だから、親父の側にはどうしてもつけない。自分を正義の味方に対する悪者のように思っている」
天見はなにも言えないでいる。
「そんなおれが父親になる。正直なとこ怖くてたまらん。息子だか娘だかにおれと同じ想いをさせるのかもしれない。そうなったら――」
芦田はそこでふっと肩の力を抜いた。正気に戻り、いつもの自分を取り戻した。
「姫川さんにぶん殴ってもらうか」
天見は肩を竦めた。「あんまり……空さんのまえでは言えないんですけど」
「なにが?」
「私お父さんもお母さんも大ッ嫌いです。クラスメイト殴ったって事実ばっかり見て、どうしてそうなったかなんて考えもしない、クソ正義のクソ奴隷。両親なんかクソくらえだ」
芦田はにやりとした。「そりゃ櫛灘のまえじゃ言えねえな。ああ、そうだ。両親なんかはクソくらえだ」
天見は地図を広げた。五万分の一――エアリア図。茶色から緑へと変化する標高の移り変わりのなかで、登山路を示す赤いラインが蜘蛛の巣のように広がっていた。湖と沢、電車の路線、下界の街。神奈川県と山梨県と静岡県。ミニチュアの世界。
(ゴールデンウィークのまえに――)
やりたいことなど山ほどあった。しかし、そのなかからひとつ抽出するとなると困難だった。現状を顧みて、私に足りないものはなによりタフネス、あるいは身体能力、あるいは粘り、あるいは年齢、あるいは熱意。なにもかも足りない。けれどまず、私はまだ山のなかに自分を置ききれていない。そう思う。
登山路の横に記されたコースタイムを見つめる。この数字の基準は、四十から五十歳にかけての登山経験者数名のパーティによる夏山の晴天時、山小屋泊を前提とした装備によるタイムだ。そもそも体力や技術の個人差が強すぎて当てにしすぎるわけにはいかないが、参考にはなってくれる。私はどうだろう? 彼らに比べて、早いか遅いか? またこの時期、この山域に雪は残っているか? 天候は最後まで持ってくれるか?
(想定しなければならないことが多すぎる。でも、最初からなにもかもうまくいくとも思っていない。まずはやってみること。見る限り、エスケープルートならたくさんある)
携帯の計算機を開き、コースタイムを加算していく。イメージのなかで稜線を伝う。縦走だから、クライミング・ギアはいらない。食糧はどうだ? 装備は足りているか? なにより、私のテンションは?
天見の眼が細められ、ある種の光を帯びる。「……良し」
印刷しておいた計画書を取り出し、書き込んでいく。日程は平日。メンバーは――
「お父さん、どうしても訊いておかなきゃならないことがあるんだけど」
娘に出し抜けに言われ、篠原は新聞を脇に置き、表情を引き締めて身構えた。「なんだ、杏奈」
「もしお母さんが男だったらそれでも結婚してた!?」
「えっ」
まったく予想外のことを問われて顎がかくんと落ちる。なんのことだかわからずに数秒間思考停止、質問の意味に追いつくまでさらに数秒。しかし、追いついてもいまいちよくわからない、額面どおりの意味でなくなにか象徴的な問いかけなのかと脳髄をフル回転させる。もちろん杏奈にそういうことを言われたのは初めてである。
「……。えーと。よくわからんが、おれみたいな男に付き合ってくれたのは、美奈子しかいなかったから――」
「消去法でお母さんと結婚したワケ!?」
「いや違う、違う! そんなことはないぞ! きちんと――その――あ、愛してたし、一緒になるならこのひとしかいないと思ってたんだ。おれには勿体ないとも思ってたが、少なくとも後悔なんか微塵もしてない。そりゃ、まあ、おれはこんなんだから、いろいろと考えることもあったが――」
「お母さんが男だったらどうしてた!?」
「え……いや、そういう風に考えたことはなかったが」
「はっきりしろよバカ親父! なんの参考にもならねーじゃねーか!」
「山行? どこの?」
杏奈は深く腰を落とし、存分に勢いと速度が乗ったローキックを放った。足が弧月を描き、相手の脛に正確にヒット、篠原はたまらず呻きを上げて転がり倒れる。あまりの理不尽さに涙が出てくる、おれがいったいなにをした。
「もういいよ! お父さんはなんの役にも立たない、もう二度と訊かないからこんなこと! それとゴールデンウィーク山に行くからね! まだどこやるか決めてもないけど!」
「あ、ああ、そうか、気をつけてな。ぅ、痛てて……誰と?」
「姫ちゃんとだよ!」
「姫ちゃ……誰だっけ?」
「知らなくてもいいよ! そういうことだから桐生さんが連絡してきたらそう伝えといて! あたしからも言っておくけどさ!」
「桐生さ……誰だ?」
「と、と、と、友だちだよチクショウ!」
杏奈はぷいと顔を背けて二階へどたばた駆け登っていく。娘の交友関係についてなんの知識も持たないことに溜息、篠原は涙目のままよろよろと立ち上がった。まったく、父親なんかなんの役にも立ちやしない。櫛灘さんはよくもまあ空を見事に育てたもんだと、もう地上のどこにもいない男について思う。師のようには、なかなかうまくいかないものだ。
執筆の合間にダクソ対人続行中。こんなヘタレでも勝たせてくれるモアツヴァイショーテル様はマジイケメン。でもほんとうは見た目が好みなガゴ斧槍で勝ちたいのにR1空振ってから尻掘られ余裕という現実。対人はケツの狙い合いやで……!
左手にガゴ斧持って両手持ちしたときの尻尾感が素晴らしい。ガゴ盾の物理カット率は激しく微妙だけれど実際担いでみて対人じゃ充分だった。 ガゴ兜騎士篭手亡者兵士腰巻で強靭21、狼指輪で61。ガゴコス完璧にするためにSL少しあげて呪術になぎ払う炎と火炎噴流装備しようか迷う。まあSL110だろうと120だろうとマッチング変わらない気もするのだが、120まで上げると100勢に侵入できるのかどうか。
みたいなことを考えすぎて別のことがおろそかになっている現実……! いい加減リアルに戻ってこなければ!
その日、天見がクライミング・ジムに寄ると、見覚えのある男の背中が壁の一角を登っていた。ほとんど地面と平行になっている角度から、上半分は百二十度ほどかぶっているかなりきついエリアで、アクロバティックで複雑なムーヴを強いられる課題が集中していた。男の捉えているホールドの横には灰色のビニールテープが貼ってあり、それは三段のグレードを示すものだ。このジムでは最難関クラスの課題だった。
力任せのムーヴ。男の腕が撓み、一瞬の溜めを置いて、全身が跳ねた。ランジ――腕を伸ばしても取れないホールドを、ジャンプして取る、アルパイン・クライミングではまず見られない技術だ。ぎちりと腕の筋肉が鳴った音が聞こえた気がした。そして、男はそのまま登り切る。
芦田だった。ベンチに戻ってきて、ようやく天見に気づく。ひくりと頬の肉が引き攣り、天見が会釈すると、ぶっきらぼうに頭を下げて返す。
「ザイル使った登山はもうしないんじゃなかったんですか」
芦田は天見の隣に座り、不機嫌そうに鼻を鳴らす。「使ってねえだろうが」
「三段。すごいですね。芦田さん、そんなに登れたんだ」
「こんなもん――」言いかけて、「ああ、そうだよ。ガキの頃からやってりゃ、クソほどしか才能なくたってこんくらいにはなる」
「空さんとどっちがうまいんですか?」
「櫛灘と比べんじゃねえよ。あいつはおれとは違う次元で登ってる。グレードの上下じゃねえんだ」
槍で見た、空の登り方を見れば、それも納得がいくようだった。ああした登り方ができれば楽しいだろうなと思う。自分のクライミングが下手くそだとわかっているから、羨ましいような妬ましいような、複雑な気分だ。
黙々とそれぞれの課題を登る。ふたりとも、親しげにコミュニケーションを図る人種ではない。ぶっきらぼうと無愛想、自然に話題が生まれればそれは奇跡というものだ。お互い、空を通じてという以外には、あまりに希薄な繋がりしか持っていなかった。
空とは違う登り方をする――と、天見は芦田のクライミングを見て思う。空の、しばしばこちらの認識から異次元へズレ込むようなムーヴではない。杏奈のように、お手本にも使えそうな自然で落ち着きのある動きでもない。力強くホールドを捉え、背中の筋肉が小刻みに隆起し、激しさを押し殺すように登る。目線は天井よりももっと上を見据え、ボルダーというよりはマルチピッチを想定しているかのようだ。ジムよりも長く本チャンをやり続けてきたクライマーの――
ベンチに座ってタオルを顔に押しつけ、スポーツドリンクを飲み干す。芦田も戻ってきて腰を降ろす。天見は横目で芦田を見た。ここでない場所に心を奪われているような、どこか捉えどころのない眼をしていた。そうして不意に言われる。「姫川さんは親とうまくいってないんだったか?」
「はい?」
「櫛灘がそんなことを言ってた。……不躾な質問だったら悪ィな、謝るよ」
天見はタオルを置いた。「問題児が親と仲良しだったら色々とおかしいです」
「はは。かもな。けど櫛灘のやつも学校サボリがちだったけどな、父親とはうまくやってたんだよ。片親だったからかもしれねえ。そのへんの家族よりずっと深い繋がりで結ばれてた」
芦田の声音には虚ろなところがあった。天見は眼を眇めた。「……へえ」
「櫛灘さん――櫛灘の親父は高校の教師でもあった。父親で教師って、そりゃもう最悪の組み合わせみたいなもんだ。そうは思わねえか?」
天見は笑いかけ、唇をへの字に曲げてどうにか耐えた。「これ以上ないってくらい」
「だろ? でも、不思議なもんだ。おれは櫛灘さんの影響で山やり始めたんだよ。それと、櫛灘さんのザイルパートナーだった篠原さん――杏奈ちゃんの親父さんの。どういう経緯だったかなんて忘れちまったが。ほんとうの親父みたいなもんだった……」
天見には芦田がひどく不安げに見えた。自分を喪失し、戸惑っているかのように思えた。なぜ?
「芦田さん?」
「ああ、悪ィ。こんなこと姫川さんに話したって仕方ないとは思うんだがな。真衣が妊娠してたんだよ」
「――。……おめでとうございます」
「ありがとな。避妊はしてたんだがな。あんな薄っぺらいクソゴム膜なんか頼りにするんじゃなかった。まあ、それはいいんだよ、どっかで覚悟はしてたから」
「……芦田さんも、家族とはうまくいってないんですか?」
「いってなかった。親父もおふくろもずっとまえに死んじまったよ」
「……」
芦田は頭を掻いた。どうして自分が話し始めているのか、彼自身よくわかっていないようだった。「おれの親父は正義の味方だった。それはもちろん、おれの敵って意味でだ。おれはずっとあのひとに人間として認められていなかった。半人前以下の未熟者、ろくな苦労もせずに親の脛だけかじってる考えなしの愚か者として見られてた。侮られ、見下されていた。
あのひとにとっちゃそういう態度もみんな親としてあたりまえの行為だったのかもしれないが、おれは――おれは辛くて苦しくてたまらなかった。なにをどうやっても男として認められない。どれだけベストを尽くしても、ひたすらそれ以上を要求されて及第点に到達できない。底なし沼みたいなもんだった。溺れかけて助けを求めても、なんの手も差し伸べてくれない。おふくろはそんな親父を愛していておれは二の次だった」
芦田は苦しげに笑い、なおも続けた。「おれは息子だから、親父たちを客観的な眼で見れるなんて思っちゃいないが。まあ、子供にとってはそういう親だったんだよ。で、そういう日々もいつか終わりがくる。親父は消防士だった。放火があって、どこかの家族の家一軒が丸々燃え上がったとき、親父は逃げ遅れた子供を救い出そうとして崩れた柱に下敷きにされた。おれと同い年の男の子だった。しばらくは新聞やテレビに悲劇の英雄みたく祭り上げられた。学校でおれは同情の対象になり、クラスメイトからは気遣われ、教師どもからは涙混じりのお優しいことばをかけられた。立派なお父様に恥じないよう云々。
おふくろは葬儀のすぐあとに寝込んだ。ずっと看病してたんだが、その二年後に親父の後を追ってぽっくり逝っちまった。最後に親父の名前を小さく呟いて、おれのことなんか見てすらいなかった。負けたって思ったよ。なんの勝負だったのかもわからねえが。
おれは……そんな風になっても、親父をどうしても尊敬することができないでいる。世間サマに祭り上げられて世界の英雄になった親父が、どんな風に子供に接していたかについて、まだ憎んでる。だから、親父の側にはどうしてもつけない。自分を正義の味方に対する悪者のように思っている」
天見はなにも言えないでいる。
「そんなおれが父親になる。正直なとこ怖くてたまらん。息子だか娘だかにおれと同じ想いをさせるのかもしれない。そうなったら――」
芦田はそこでふっと肩の力を抜いた。正気に戻り、いつもの自分を取り戻した。
「姫川さんにぶん殴ってもらうか」
天見は肩を竦めた。「あんまり……空さんのまえでは言えないんですけど」
「なにが?」
「私お父さんもお母さんも大ッ嫌いです。クラスメイト殴ったって事実ばっかり見て、どうしてそうなったかなんて考えもしない、クソ正義のクソ奴隷。両親なんかクソくらえだ」
芦田はにやりとした。「そりゃ櫛灘のまえじゃ言えねえな。ああ、そうだ。両親なんかはクソくらえだ」
天見は地図を広げた。五万分の一――エアリア図。茶色から緑へと変化する標高の移り変わりのなかで、登山路を示す赤いラインが蜘蛛の巣のように広がっていた。湖と沢、電車の路線、下界の街。神奈川県と山梨県と静岡県。ミニチュアの世界。
(ゴールデンウィークのまえに――)
やりたいことなど山ほどあった。しかし、そのなかからひとつ抽出するとなると困難だった。現状を顧みて、私に足りないものはなによりタフネス、あるいは身体能力、あるいは粘り、あるいは年齢、あるいは熱意。なにもかも足りない。けれどまず、私はまだ山のなかに自分を置ききれていない。そう思う。
登山路の横に記されたコースタイムを見つめる。この数字の基準は、四十から五十歳にかけての登山経験者数名のパーティによる夏山の晴天時、山小屋泊を前提とした装備によるタイムだ。そもそも体力や技術の個人差が強すぎて当てにしすぎるわけにはいかないが、参考にはなってくれる。私はどうだろう? 彼らに比べて、早いか遅いか? またこの時期、この山域に雪は残っているか? 天候は最後まで持ってくれるか?
(想定しなければならないことが多すぎる。でも、最初からなにもかもうまくいくとも思っていない。まずはやってみること。見る限り、エスケープルートならたくさんある)
携帯の計算機を開き、コースタイムを加算していく。イメージのなかで稜線を伝う。縦走だから、クライミング・ギアはいらない。食糧はどうだ? 装備は足りているか? なにより、私のテンションは?
天見の眼が細められ、ある種の光を帯びる。「……良し」
印刷しておいた計画書を取り出し、書き込んでいく。日程は平日。メンバーは――
「お父さん、どうしても訊いておかなきゃならないことがあるんだけど」
娘に出し抜けに言われ、篠原は新聞を脇に置き、表情を引き締めて身構えた。「なんだ、杏奈」
「もしお母さんが男だったらそれでも結婚してた!?」
「えっ」
まったく予想外のことを問われて顎がかくんと落ちる。なんのことだかわからずに数秒間思考停止、質問の意味に追いつくまでさらに数秒。しかし、追いついてもいまいちよくわからない、額面どおりの意味でなくなにか象徴的な問いかけなのかと脳髄をフル回転させる。もちろん杏奈にそういうことを言われたのは初めてである。
「……。えーと。よくわからんが、おれみたいな男に付き合ってくれたのは、美奈子しかいなかったから――」
「消去法でお母さんと結婚したワケ!?」
「いや違う、違う! そんなことはないぞ! きちんと――その――あ、愛してたし、一緒になるならこのひとしかいないと思ってたんだ。おれには勿体ないとも思ってたが、少なくとも後悔なんか微塵もしてない。そりゃ、まあ、おれはこんなんだから、いろいろと考えることもあったが――」
「お母さんが男だったらどうしてた!?」
「え……いや、そういう風に考えたことはなかったが」
「はっきりしろよバカ親父! なんの参考にもならねーじゃねーか!」
「山行? どこの?」
杏奈は深く腰を落とし、存分に勢いと速度が乗ったローキックを放った。足が弧月を描き、相手の脛に正確にヒット、篠原はたまらず呻きを上げて転がり倒れる。あまりの理不尽さに涙が出てくる、おれがいったいなにをした。
「もういいよ! お父さんはなんの役にも立たない、もう二度と訊かないからこんなこと! それとゴールデンウィーク山に行くからね! まだどこやるか決めてもないけど!」
「あ、ああ、そうか、気をつけてな。ぅ、痛てて……誰と?」
「姫ちゃんとだよ!」
「姫ちゃ……誰だっけ?」
「知らなくてもいいよ! そういうことだから桐生さんが連絡してきたらそう伝えといて! あたしからも言っておくけどさ!」
「桐生さ……誰だ?」
「と、と、と、友だちだよチクショウ!」
杏奈はぷいと顔を背けて二階へどたばた駆け登っていく。娘の交友関係についてなんの知識も持たないことに溜息、篠原は涙目のままよろよろと立ち上がった。まったく、父親なんかなんの役にも立ちやしない。櫛灘さんはよくもまあ空を見事に育てたもんだと、もう地上のどこにもいない男について思う。師のようには、なかなかうまくいかないものだ。
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コメント
無題
正義の奴隷かぁ、考えさせられますね(´・ω・`)ムムム
posted by NONAME at 2013/07/16 00:57 [ コメントを修正する ]
うちの家族は皆仲良しでむちゃくちゃ言わないし私は本当に幸せ者だなあと思う今日このごろ。
姫ちゃんパートと杏奈ちゃんパートの落差がひどいw。
姫ちゃんパートと杏奈ちゃんパートの落差がひどいw。
posted by 無題 at 2013/07/16 22:29 [ コメントを修正する ]
ゆるゆると読ませていただいてます。
山は門外漢で専門用語もさっぱりですが、読み専特有の行間埋めスキルが十分通用するのでむしろ面白いです。
氏には(勿論ご無理のない程度に)続けていって頂きたいです。応援しております。
あ、でも突然紡ちゃんカポーのいちゃいちゃとか書いてくれてもいいのよ?
山は門外漢で専門用語もさっぱりですが、読み専特有の行間埋めスキルが十分通用するのでむしろ面白いです。
氏には(勿論ご無理のない程度に)続けていって頂きたいです。応援しております。
あ、でも突然紡ちゃんカポーのいちゃいちゃとか書いてくれてもいいのよ?
posted by 446 at 2013/07/21 03:37 [ コメントを修正する ]