オリジナル登山微百合日常ぐだぐだ系ss。なお方向性は見失っている模様
百合と登山でジャンル的にシナジーが合わないですがそんなのは人生だって同じことだ(暴論
どっかで折り合い探ってますが難航中。そもそもだいたい百合の一般的イメージが可愛らしい制服着た女子高生あたりが『お姉様』とかやってる感じなのにそこへ山がドンと降ってくるだけですべてがズレる。これは最初に考えてたよりずっと厄介だぞ……!
その難しさが思考して楽しいのかもしれないのであった。文体とか作風とかも現状噛み合ってない感じなので、どっかで一皮剥けたい。二皮でも三皮でも剥けたい。あぅん
告白してきた少女は桐生シズという名だった。風紀委員のクラスメイト、裾野菜穂にそれとなく話を聞くと、見かけどおりの真面目な子、風評好きの女子高にありながら悪評判もないよくできた娘ということだった。委員会の仕事に一所懸命でサボることもなく、浮ついた話題のひとつもない(!)。付き合いが悪いわけではないが、格別仲の良いグループにも所属しておらず、それ以上詳しくは知らない、とのことだった。
「一緒に帰りませんか、先輩」
下駄箱で待ち伏せ――いや、ばったり会って、杏奈はびくりと背筋を伸ばした。「ひゃいっ」
夕焼けの燃えるような下校路を隣り合い並んで歩く。こうしたときどう対応していいのか引き出しを持っていない杏奈は緊張でがちがち、友だちからと言ったものの明白に好意を持っている相手にどう接するのが正しいのか。共通の話題など最初からひとつもなく、居心地の悪い沈黙が張り詰めて胃がズキズキ痛む。
(な、なに――なに話せばいいのコレ!? どうしようもなくない!?)
横目でちらりとシズを盗み見る。
近すぎもせず遠すぎもしない。腕は触れ合わず、かといって余裕のある距離でもない。
軽く俯くように歩くシズの顔。ハーフフレームの眼鏡に肩に垂らしたおさげ髪。誰もが想像する一昔まえの典型的な女子学生のようだ。日焼けのない、蒼白くさえ見える肌は見るからにきめ細かく、自分の指先と比べて溜息をつく。炭酸マグネシウムの白い跡、岩に擦れたクライマーの手はいつでもぼろぼろだ。
(うあーかわええ……つかなんであたしだよ――! もったいないってかさあ!)
素直な意味での友人だったらいくらでも歓迎なのに。そう思ってみても現実が変わるわけでなく、彼我の間合いを計るじりじりとした時間ばかりが過ぎる。相手の出方を窺って全神経が際どく毛羽立ち、無意味な集中力に心身が疲労していく。あたしはなにと戦っているんだ。
「先輩?」
「はいなんでしょう!?」
反射的な力強い切り返しにシズはくすり。「あの、そんなに緊張されなくとも。取って食べるわけじゃありませんので」
「い、いやわかってますわかってる……」失礼かもしれないと思いつつも正直に言う。「自分じゃどうにもならないもので……。こういう感じの仲って初めてだしっ! その、なんだ、あたしにゃ女子力溢れるような話題もないし、気を利かせるみたいなこともできないしっ、慣れるまでこういう――不快にさせるかもしれないけどっ、気長にお付き合いいただければと……っ」
しどろもどろで語尾が飛ぶ。緊張と情けないのとで顔が熱い。社交性がないとは思いたくないが残念ながらなす術なし。シズは唇を引き締めて頭を下げる。「こちらこそ。ご迷惑かと存じますが――」
「んなことないそんなことない!」
「手、繋いでもよろしいですか?」
「――。え、あ、はいどうぞ」
頭が現実に追いつかない。恐る恐る腕を向けると、手のひらに伝う急な温かみにびびる。誰かとこういうかたちで手を繋ぐなどいつぶりのことだろう?
(やぁらけぇええ……なんだこれ? うぁぁ無意味に罪悪感湧いてきた、逮捕されそうで怖い……)
頭を抱えたくても右手はシズ、左手はバッグで埋まっている。脇汗が気持ち悪い。
たぶん無骨な自分の手のひら、相手にどう思われているか考えるだけで緊張が嘔吐感染みる。震えるなよ、いいか震えるなよと自分に向けて語りかけ、ぎゅーっと眼を瞑っていろいろと噛み締める。状況が厳しい。
手を繋いでもからだが遠い。歩調を合わせるだけで一苦労、なんとかしたいと思うのだけれど杏奈の経験値ではどうしようもない。この童貞野郎!と自分を罵っても解決にもならず、心の淵で見覚えのある顔の天使と悪魔がバカにしたような眼でこちらを見ている。こういう世界で生きてこなかったあたしが憎い。
「篠原さん?」
「びゃっ!?」
予想外の方角から天使――いや天見の声が投げかけられ、杏奈は咄嗟に手を弾く。
振り向くとセーラー服にジャージの上下姿の天見そのひとが渋い眼でこちらを見ている。素っ頓狂な声を上げたことに気がつき、杏奈はますます顔を紅くする。なにもこんなとこに鉢合わせにならなくても。
「なにしてんですか、篠原さん」
「い、いや普通に下校するとこ……姫ちゃんは?」
「これから部活です。体育館使えないんでストバスに」
「部活?」
天見はひとりではなく、やや離れたところに、同じ制服姿がもう三人いる。自分よりでかいのがふたりに、同じくらいのがひとり。最近の中学生は発育いいなーと現実逃避気味に思う。こんな場面を見られるとはなんたる恥辱か。
「――あ、バスケ部入ったんだ? うんうん、いいことだ」
「なにがですか。山岳部もワンゲルもなかっただけです。登校拒否のタイミングを窺って」
「やっぱりそのつもりなんだ……いいけどさあ、後悔しないようにね……」
「真面目にやってたらどうせそれで後悔するんで。それじゃ、土曜に」
「おー」
ぺこりと後ろの三人にも頭を下げられ、会釈し返す。姫ちゃんやっぱりマイペースだなあ、と少し羨ましい。
天見の姿が見えなくなってから、シズが言う。「先輩、いまの子は?」
「え? ああ、友だち。……って見られてないだろーなぁ。知り合いの中学生」
「土曜に、って……?」
「ザイルパートナーだから。一緒に山やってる。放課後にクライミングジムとか、今週は湯河原のほうに岩やりに行くつもり。いい子だよ、髪染めてるし、不登校とかしてるけど」
「……」
シズの表情が眼鏡に隠れ、ん?と杏奈は首を傾げる。「桐生さん?」
「先輩。日曜日は空いてますか?」
「え、うん、まあいまのところ……」
「付き合ってくれませんか? どこか遊びに行きましょう」
声音が微妙に強い調子だった。杏奈は少し気圧されるように、「あ、はい」
え、いやなんで? 杏奈はなんだか怖くなる。
「姫ちゃんいまのひと誰ー?」
「篠原さん」
「――って?」
「山」
「あーはいはい! まえに会った空さんとは別のひとか! 女子高生でも山やったりするんだ!」
「私中学生なんだけど」
最近篠原さん挙動不審だなと思うものの彼女の私生活にはおおむね興味がない。
渓が首を傾げて、「山?」
「姫ちゃん登山やってるんですよー! クライミングだっけ? なんかそんな感じの!」
「え、意外――や、ごめんそーゆー意味じゃなくって!」
天見は紡を睨み、鼻から息を吐く。「自覚してるんでいいです」
外見だけ見ればとてもそんな女には見えないだろうな、と天見は自分について思う。常に山の匂いを纏う空と違って、まだにわかの域だ。芸事は十年目からというから、先が長い。
女子バスケ部は弱小のせいで、体育館の使用は金曜日しか認められていない。コートが使えないから、試合形式の練習ができず、それでまた弱小になる。無限ループを脱するために必死だ。それでもメンバーが四人いれば、ストリートバスケの場で助っ人をひとり誘って、どうにかチームとして参加することができる。
天見のポジションは確定していないから、流動した。
紡がセンターで渓がフォワード。助っ人のポジションに合わせて、氷月と天見がローテーションをする。チームといっても結成して間もないから、練度もなく、相手チームにいいように翻弄される。天見は一対一ではまず勝てない。紡や氷月がフォローに入ればそのぶんだけスペースが空く。得点力もディフェンス力もない。初心者は居心地悪いもんだと他人のように思う。
平日のうえにそれほど賑わいのないコート。ライト・アップされたゴールリングが遠い。練習にはうってつけだが成果があるかは微妙だ。オフェンスからディフェンスの展開の早さに、天見はついていけない。こればかりは身体能力よりは精神のリズム、もとよりやる気に満ち満ちているわけではないから余計に遅れる。他の四人でやっているようなものだ。
「ありがとうございました」
「おうよ、こちらこそ。女子中学生四人に囲まれてちょっとしたハーレム気分だったぜ」
「あはは。また今度お願いします」
「うん」
混じってくれた大学生風の気さくな男に礼を言って、四人はベンチに戻る。ぶっつづけで二試合やったせいでさすがに疲れた。天見は深く息をついて背もたれに身を預ける。
「ぼろぼろだったねえー」
紡の率直な感想に、氷月が、「まあ最初はこんなもんさ。いきなりうまくいくなんて、私だって期待してないよ」
「すみません」
「初心者だしな。でも、いい動きしてた」
褒められているのかどうか自信がない。天見は滅茶苦茶に走っていただけだ。
しかし、試合の流れのようなものは味わうことができた。不思議な心地がする。ひたすら登り続け、山という環境そのものと、あるいは自分の内面と向き合い続ける登山とは違い、プレイヤーの意識が雑多に交わり、目まぐるしく戦況が回転するライヴ感があった。スピーディで、追いつくのに精一杯。これはこれで得るものがあると思う。
(……)
じっくりと味わう。噛み締めるように。そこまで真剣にやるつもりがないとはいえ、この時間をロストする気もない。得られるものは、なんだって得てやるつもりだった。
「姫川んちってこっちだっけ?」
「はい」
「じゃあ私と同じ方向か。……ちょっと寄ってくところあるから、あんたもきて」
「え?」
氷月は曖昧に微笑んだ。「あんたには悪いことじゃないと思う」
紡、渓と別れ、天見は氷月についていく。すっかり真っ暗になっており、月灯りがぼんやりと霞んで、蒼白く柔い。住宅街で静かだ。ほとんど、物音ひとつしない。
「ゴールデンウィークの最初の日に練習試合を組めそうなんだ。なにか用事ある?」
まだ目的地は決まっていないが、杏奈と山行を約束していた。しかし、すべての休日を使うわけではない。「最初の日じゃなければ無理でした」
「あはは。ありがと。で、どうやってもメンツが足りないから、助っ人が必要なんだけど、直接頼みに行こうと思って」
「私いらなくないですか」
「そいつ生徒会役員なんだ」曲がり角の先を指差して――「不登校やるかもって言ってたろ? 別になにもかも話せとは言わんけど、ひとりでも知り合いいたほうがいいと思って。余計なお世話?」
どう判断すればいいのか天見は迷った。「……まあ」
「ウチの部員があんまりおいたしても、ほら、私も立場あるからさ」
天見は少し身構えた。無意識よりも先に、氷月のことばに咎めや糾弾の有無を窺っている。なによりも敏感な彼女の一部がささくれだち、上位者からの“審判”へ無条件に抵抗する獣染みた欠片が目覚め始める。
しかし、氷月の声音にそうした調子はなかった。
住宅街の一角で氷月は立ち止まった。天見はその家を見上げた。なんの変哲もない、なんの変わったところもない家だった。少し背伸びして塀のなかを覗くと、繋がれた犬が間抜け面を晒して横たわり、ぼんやりと欠伸をしていた。天見と眼が合うと、尻尾がぱたりと力なく振られる。お世辞にも番犬の役割を果たせそうには見えなかった。
氷月はインターホンを押した。ややあって、扉を開いたのは、はっとするほど細いからだつきをした女で、氷月を認めると軽く微笑んだが、天見を見て首を傾げた。
「氷月?」
「遅くにごめんよ。部活帰りだからさ」
「あんただったらいつでもいいけど。そっちの子は?」
「新入部員」
天見は頭を下げた。「姫川天見です」
「――。ああ、なるほど――三年の水無葛葉です、よろしく。生徒会役員やってます」
氷月は天見の肩に手を置いた。「この子の他にもうひとり入ってくれたんだ。で、ゴールデンウィークに練習試合やろうと思ってる。助っ人よろしく」
「私だけ?」
「サッカー部の柊にも頼もうと思ってる」
葛葉は鼻を鳴らした。「あんたの頼みだったら断れない。でも毎回言ってるけど、バスケは門外漢だからね」
「充分だ」天見に――「こいつとは幼稚園からの付き合いだけど、去年まで新体操やってたんだ。全日本に選ばれるくらい、大したもんだったんだよ。だから運動神経はいいんだ」
「結局ドロップアウトしたけどね」
ふたりのあいだには気兼ねがないように見えた。幼馴染か、と天見は思い、自分をひどく場違いな女のように感じた。
葛葉は天見を――染めた金髪を――眺めて、少し考えるような眼つきをした。天見は身構えたが、むしろ不遜な態度のまま葛葉を見返した。私という女がわかりやすいように、と染めた髪だったが、なかなか効果があるようで満足だった。一抹の後悔もあるにはあったが。
しかし、葛葉が天見に言ったことばは予測の外側だった。「姫川さんって言ったよね。出身は○○小?」
「――え? はい」
「妹が二組にいたの。たぶんあなたと同じクラス。水無って苗字、覚えがない?」
天見は考えて、「あんまり話さなかったと思います」
「だろうね。でも、妹のほうはあなたのことをよく覚えてる。ときたま話してくれたよ、クラスメイトの男の子を殴って、不登校を起こした女の子がいるって。で、中学でも一緒のクラスになったって」
氷月は驚いた顔をした。「本当?」
天見は黙りこくった。
「間違えてたら言ってほしいんだけど」と葛葉は言う。「殴られた男の子は、そのクラスで蔓延してたいじめの主犯格だった。そうであることを巧みに隠して、先生方は誰ひとり事態を把握していなくて、結局、ことが明らかになることは遂になかった。いじめられてた子も転校したから。全面的にあなたが悪者ってことになって終息したけど、だからこそ最後までクラスの雰囲気はずたぼろのままだった。ここまではいい?」
天見は黙ったままだった。
右手が強く疼くのを感じた。握り締めた拳が記憶を取り戻し、皮膚の裏側で神経が暴力的な血を巡らし始めた。自分が自分であることを思い知る瞬間がある。いっとき、天見の精神はあのときのどす黒い衝動の奴隷に先祖がえりし、紡に投げ飛ばされて収まるまでの闇雲な心へと後戻りする。拳に伝わった人間の頭蓋骨の感触をまざまざと思い返し、眼許が霞がかって淀む。
けれど、それも葛葉がしんみりとした声でことばを続けるまでのことだ。「あなたは勇気ある行為を取ったと思うよ」
「――」
「妹は後悔してる。そのいじめに関与しない立場にいて、加害者側となんの変わりもない位置にいたことについて。で、あなたに感謝もしてる。あなたのとった行動が自分の眼を覚まさせてくれたことについて。殴りつけたことの良し悪しは置いといて」
天見は深く息をつき、ようやく喋った。「キレただけです」
「そうするのって、実はものすごく難しいことだよ。たしかに、立場が下の相手には簡単なことだよ。親が子にそうしたり、姉が妹にそうしたりする限りは。でもその反対の立場にいると、そうそうできるものじゃない。まして自分が悪者になる覚悟をしたうえでそうするのは」
天見は首を振った。「そこまで深く考えてやったことじゃないです」
「そうかもね。でも、びっくりしたな。その当人が氷月のバスケ部に入るなんてね」
そうした風に自分の行いを評価されるのは初めてだった。まして、初対面の相手にそう言われる日がくるなど予想だにもしていなかった。親には罵倒され教師には見離され、友人は失いクラスメイトには怖れられ。あの行為が自分にもたらした良きことなどなにひとつないと思っていた。空と出会い、山に関するようになったこと以外はなにひとつとして。
氷月は困ったように頭をかいた。「参ったな。私は姫川が不登校やるかもしれないって言うから、先に葛葉に話して、味方になってもらおうと思ってたんだけど」
「ふうん。姫川さんは中学でもそうするつもりなの?」
天見は頷いた。「はい」
「私もあんまり推奨できる立場にいないんだけど。頭ごなしにやめろって言うこともできないね」
葛葉はそう言って微笑んだ。邪気のない自然な代物で、天見は彼女に対して素直な好感を覚えた。ふっと肩の力が抜けるのを感じた。まあ、悪くないことだとは思う。
百合と登山でジャンル的にシナジーが合わないですがそんなのは人生だって同じことだ(暴論
どっかで折り合い探ってますが難航中。そもそもだいたい百合の一般的イメージが可愛らしい制服着た女子高生あたりが『お姉様』とかやってる感じなのにそこへ山がドンと降ってくるだけですべてがズレる。これは最初に考えてたよりずっと厄介だぞ……!
その難しさが思考して楽しいのかもしれないのであった。文体とか作風とかも現状噛み合ってない感じなので、どっかで一皮剥けたい。二皮でも三皮でも剥けたい。あぅん
告白してきた少女は桐生シズという名だった。風紀委員のクラスメイト、裾野菜穂にそれとなく話を聞くと、見かけどおりの真面目な子、風評好きの女子高にありながら悪評判もないよくできた娘ということだった。委員会の仕事に一所懸命でサボることもなく、浮ついた話題のひとつもない(!)。付き合いが悪いわけではないが、格別仲の良いグループにも所属しておらず、それ以上詳しくは知らない、とのことだった。
「一緒に帰りませんか、先輩」
下駄箱で待ち伏せ――いや、ばったり会って、杏奈はびくりと背筋を伸ばした。「ひゃいっ」
夕焼けの燃えるような下校路を隣り合い並んで歩く。こうしたときどう対応していいのか引き出しを持っていない杏奈は緊張でがちがち、友だちからと言ったものの明白に好意を持っている相手にどう接するのが正しいのか。共通の話題など最初からひとつもなく、居心地の悪い沈黙が張り詰めて胃がズキズキ痛む。
(な、なに――なに話せばいいのコレ!? どうしようもなくない!?)
横目でちらりとシズを盗み見る。
近すぎもせず遠すぎもしない。腕は触れ合わず、かといって余裕のある距離でもない。
軽く俯くように歩くシズの顔。ハーフフレームの眼鏡に肩に垂らしたおさげ髪。誰もが想像する一昔まえの典型的な女子学生のようだ。日焼けのない、蒼白くさえ見える肌は見るからにきめ細かく、自分の指先と比べて溜息をつく。炭酸マグネシウムの白い跡、岩に擦れたクライマーの手はいつでもぼろぼろだ。
(うあーかわええ……つかなんであたしだよ――! もったいないってかさあ!)
素直な意味での友人だったらいくらでも歓迎なのに。そう思ってみても現実が変わるわけでなく、彼我の間合いを計るじりじりとした時間ばかりが過ぎる。相手の出方を窺って全神経が際どく毛羽立ち、無意味な集中力に心身が疲労していく。あたしはなにと戦っているんだ。
「先輩?」
「はいなんでしょう!?」
反射的な力強い切り返しにシズはくすり。「あの、そんなに緊張されなくとも。取って食べるわけじゃありませんので」
「い、いやわかってますわかってる……」失礼かもしれないと思いつつも正直に言う。「自分じゃどうにもならないもので……。こういう感じの仲って初めてだしっ! その、なんだ、あたしにゃ女子力溢れるような話題もないし、気を利かせるみたいなこともできないしっ、慣れるまでこういう――不快にさせるかもしれないけどっ、気長にお付き合いいただければと……っ」
しどろもどろで語尾が飛ぶ。緊張と情けないのとで顔が熱い。社交性がないとは思いたくないが残念ながらなす術なし。シズは唇を引き締めて頭を下げる。「こちらこそ。ご迷惑かと存じますが――」
「んなことないそんなことない!」
「手、繋いでもよろしいですか?」
「――。え、あ、はいどうぞ」
頭が現実に追いつかない。恐る恐る腕を向けると、手のひらに伝う急な温かみにびびる。誰かとこういうかたちで手を繋ぐなどいつぶりのことだろう?
(やぁらけぇええ……なんだこれ? うぁぁ無意味に罪悪感湧いてきた、逮捕されそうで怖い……)
頭を抱えたくても右手はシズ、左手はバッグで埋まっている。脇汗が気持ち悪い。
たぶん無骨な自分の手のひら、相手にどう思われているか考えるだけで緊張が嘔吐感染みる。震えるなよ、いいか震えるなよと自分に向けて語りかけ、ぎゅーっと眼を瞑っていろいろと噛み締める。状況が厳しい。
手を繋いでもからだが遠い。歩調を合わせるだけで一苦労、なんとかしたいと思うのだけれど杏奈の経験値ではどうしようもない。この童貞野郎!と自分を罵っても解決にもならず、心の淵で見覚えのある顔の天使と悪魔がバカにしたような眼でこちらを見ている。こういう世界で生きてこなかったあたしが憎い。
「篠原さん?」
「びゃっ!?」
予想外の方角から天使――いや天見の声が投げかけられ、杏奈は咄嗟に手を弾く。
振り向くとセーラー服にジャージの上下姿の天見そのひとが渋い眼でこちらを見ている。素っ頓狂な声を上げたことに気がつき、杏奈はますます顔を紅くする。なにもこんなとこに鉢合わせにならなくても。
「なにしてんですか、篠原さん」
「い、いや普通に下校するとこ……姫ちゃんは?」
「これから部活です。体育館使えないんでストバスに」
「部活?」
天見はひとりではなく、やや離れたところに、同じ制服姿がもう三人いる。自分よりでかいのがふたりに、同じくらいのがひとり。最近の中学生は発育いいなーと現実逃避気味に思う。こんな場面を見られるとはなんたる恥辱か。
「――あ、バスケ部入ったんだ? うんうん、いいことだ」
「なにがですか。山岳部もワンゲルもなかっただけです。登校拒否のタイミングを窺って」
「やっぱりそのつもりなんだ……いいけどさあ、後悔しないようにね……」
「真面目にやってたらどうせそれで後悔するんで。それじゃ、土曜に」
「おー」
ぺこりと後ろの三人にも頭を下げられ、会釈し返す。姫ちゃんやっぱりマイペースだなあ、と少し羨ましい。
天見の姿が見えなくなってから、シズが言う。「先輩、いまの子は?」
「え? ああ、友だち。……って見られてないだろーなぁ。知り合いの中学生」
「土曜に、って……?」
「ザイルパートナーだから。一緒に山やってる。放課後にクライミングジムとか、今週は湯河原のほうに岩やりに行くつもり。いい子だよ、髪染めてるし、不登校とかしてるけど」
「……」
シズの表情が眼鏡に隠れ、ん?と杏奈は首を傾げる。「桐生さん?」
「先輩。日曜日は空いてますか?」
「え、うん、まあいまのところ……」
「付き合ってくれませんか? どこか遊びに行きましょう」
声音が微妙に強い調子だった。杏奈は少し気圧されるように、「あ、はい」
え、いやなんで? 杏奈はなんだか怖くなる。
「姫ちゃんいまのひと誰ー?」
「篠原さん」
「――って?」
「山」
「あーはいはい! まえに会った空さんとは別のひとか! 女子高生でも山やったりするんだ!」
「私中学生なんだけど」
最近篠原さん挙動不審だなと思うものの彼女の私生活にはおおむね興味がない。
渓が首を傾げて、「山?」
「姫ちゃん登山やってるんですよー! クライミングだっけ? なんかそんな感じの!」
「え、意外――や、ごめんそーゆー意味じゃなくって!」
天見は紡を睨み、鼻から息を吐く。「自覚してるんでいいです」
外見だけ見ればとてもそんな女には見えないだろうな、と天見は自分について思う。常に山の匂いを纏う空と違って、まだにわかの域だ。芸事は十年目からというから、先が長い。
女子バスケ部は弱小のせいで、体育館の使用は金曜日しか認められていない。コートが使えないから、試合形式の練習ができず、それでまた弱小になる。無限ループを脱するために必死だ。それでもメンバーが四人いれば、ストリートバスケの場で助っ人をひとり誘って、どうにかチームとして参加することができる。
天見のポジションは確定していないから、流動した。
紡がセンターで渓がフォワード。助っ人のポジションに合わせて、氷月と天見がローテーションをする。チームといっても結成して間もないから、練度もなく、相手チームにいいように翻弄される。天見は一対一ではまず勝てない。紡や氷月がフォローに入ればそのぶんだけスペースが空く。得点力もディフェンス力もない。初心者は居心地悪いもんだと他人のように思う。
平日のうえにそれほど賑わいのないコート。ライト・アップされたゴールリングが遠い。練習にはうってつけだが成果があるかは微妙だ。オフェンスからディフェンスの展開の早さに、天見はついていけない。こればかりは身体能力よりは精神のリズム、もとよりやる気に満ち満ちているわけではないから余計に遅れる。他の四人でやっているようなものだ。
「ありがとうございました」
「おうよ、こちらこそ。女子中学生四人に囲まれてちょっとしたハーレム気分だったぜ」
「あはは。また今度お願いします」
「うん」
混じってくれた大学生風の気さくな男に礼を言って、四人はベンチに戻る。ぶっつづけで二試合やったせいでさすがに疲れた。天見は深く息をついて背もたれに身を預ける。
「ぼろぼろだったねえー」
紡の率直な感想に、氷月が、「まあ最初はこんなもんさ。いきなりうまくいくなんて、私だって期待してないよ」
「すみません」
「初心者だしな。でも、いい動きしてた」
褒められているのかどうか自信がない。天見は滅茶苦茶に走っていただけだ。
しかし、試合の流れのようなものは味わうことができた。不思議な心地がする。ひたすら登り続け、山という環境そのものと、あるいは自分の内面と向き合い続ける登山とは違い、プレイヤーの意識が雑多に交わり、目まぐるしく戦況が回転するライヴ感があった。スピーディで、追いつくのに精一杯。これはこれで得るものがあると思う。
(……)
じっくりと味わう。噛み締めるように。そこまで真剣にやるつもりがないとはいえ、この時間をロストする気もない。得られるものは、なんだって得てやるつもりだった。
「姫川んちってこっちだっけ?」
「はい」
「じゃあ私と同じ方向か。……ちょっと寄ってくところあるから、あんたもきて」
「え?」
氷月は曖昧に微笑んだ。「あんたには悪いことじゃないと思う」
紡、渓と別れ、天見は氷月についていく。すっかり真っ暗になっており、月灯りがぼんやりと霞んで、蒼白く柔い。住宅街で静かだ。ほとんど、物音ひとつしない。
「ゴールデンウィークの最初の日に練習試合を組めそうなんだ。なにか用事ある?」
まだ目的地は決まっていないが、杏奈と山行を約束していた。しかし、すべての休日を使うわけではない。「最初の日じゃなければ無理でした」
「あはは。ありがと。で、どうやってもメンツが足りないから、助っ人が必要なんだけど、直接頼みに行こうと思って」
「私いらなくないですか」
「そいつ生徒会役員なんだ」曲がり角の先を指差して――「不登校やるかもって言ってたろ? 別になにもかも話せとは言わんけど、ひとりでも知り合いいたほうがいいと思って。余計なお世話?」
どう判断すればいいのか天見は迷った。「……まあ」
「ウチの部員があんまりおいたしても、ほら、私も立場あるからさ」
天見は少し身構えた。無意識よりも先に、氷月のことばに咎めや糾弾の有無を窺っている。なによりも敏感な彼女の一部がささくれだち、上位者からの“審判”へ無条件に抵抗する獣染みた欠片が目覚め始める。
しかし、氷月の声音にそうした調子はなかった。
住宅街の一角で氷月は立ち止まった。天見はその家を見上げた。なんの変哲もない、なんの変わったところもない家だった。少し背伸びして塀のなかを覗くと、繋がれた犬が間抜け面を晒して横たわり、ぼんやりと欠伸をしていた。天見と眼が合うと、尻尾がぱたりと力なく振られる。お世辞にも番犬の役割を果たせそうには見えなかった。
氷月はインターホンを押した。ややあって、扉を開いたのは、はっとするほど細いからだつきをした女で、氷月を認めると軽く微笑んだが、天見を見て首を傾げた。
「氷月?」
「遅くにごめんよ。部活帰りだからさ」
「あんただったらいつでもいいけど。そっちの子は?」
「新入部員」
天見は頭を下げた。「姫川天見です」
「――。ああ、なるほど――三年の水無葛葉です、よろしく。生徒会役員やってます」
氷月は天見の肩に手を置いた。「この子の他にもうひとり入ってくれたんだ。で、ゴールデンウィークに練習試合やろうと思ってる。助っ人よろしく」
「私だけ?」
「サッカー部の柊にも頼もうと思ってる」
葛葉は鼻を鳴らした。「あんたの頼みだったら断れない。でも毎回言ってるけど、バスケは門外漢だからね」
「充分だ」天見に――「こいつとは幼稚園からの付き合いだけど、去年まで新体操やってたんだ。全日本に選ばれるくらい、大したもんだったんだよ。だから運動神経はいいんだ」
「結局ドロップアウトしたけどね」
ふたりのあいだには気兼ねがないように見えた。幼馴染か、と天見は思い、自分をひどく場違いな女のように感じた。
葛葉は天見を――染めた金髪を――眺めて、少し考えるような眼つきをした。天見は身構えたが、むしろ不遜な態度のまま葛葉を見返した。私という女がわかりやすいように、と染めた髪だったが、なかなか効果があるようで満足だった。一抹の後悔もあるにはあったが。
しかし、葛葉が天見に言ったことばは予測の外側だった。「姫川さんって言ったよね。出身は○○小?」
「――え? はい」
「妹が二組にいたの。たぶんあなたと同じクラス。水無って苗字、覚えがない?」
天見は考えて、「あんまり話さなかったと思います」
「だろうね。でも、妹のほうはあなたのことをよく覚えてる。ときたま話してくれたよ、クラスメイトの男の子を殴って、不登校を起こした女の子がいるって。で、中学でも一緒のクラスになったって」
氷月は驚いた顔をした。「本当?」
天見は黙りこくった。
「間違えてたら言ってほしいんだけど」と葛葉は言う。「殴られた男の子は、そのクラスで蔓延してたいじめの主犯格だった。そうであることを巧みに隠して、先生方は誰ひとり事態を把握していなくて、結局、ことが明らかになることは遂になかった。いじめられてた子も転校したから。全面的にあなたが悪者ってことになって終息したけど、だからこそ最後までクラスの雰囲気はずたぼろのままだった。ここまではいい?」
天見は黙ったままだった。
右手が強く疼くのを感じた。握り締めた拳が記憶を取り戻し、皮膚の裏側で神経が暴力的な血を巡らし始めた。自分が自分であることを思い知る瞬間がある。いっとき、天見の精神はあのときのどす黒い衝動の奴隷に先祖がえりし、紡に投げ飛ばされて収まるまでの闇雲な心へと後戻りする。拳に伝わった人間の頭蓋骨の感触をまざまざと思い返し、眼許が霞がかって淀む。
けれど、それも葛葉がしんみりとした声でことばを続けるまでのことだ。「あなたは勇気ある行為を取ったと思うよ」
「――」
「妹は後悔してる。そのいじめに関与しない立場にいて、加害者側となんの変わりもない位置にいたことについて。で、あなたに感謝もしてる。あなたのとった行動が自分の眼を覚まさせてくれたことについて。殴りつけたことの良し悪しは置いといて」
天見は深く息をつき、ようやく喋った。「キレただけです」
「そうするのって、実はものすごく難しいことだよ。たしかに、立場が下の相手には簡単なことだよ。親が子にそうしたり、姉が妹にそうしたりする限りは。でもその反対の立場にいると、そうそうできるものじゃない。まして自分が悪者になる覚悟をしたうえでそうするのは」
天見は首を振った。「そこまで深く考えてやったことじゃないです」
「そうかもね。でも、びっくりしたな。その当人が氷月のバスケ部に入るなんてね」
そうした風に自分の行いを評価されるのは初めてだった。まして、初対面の相手にそう言われる日がくるなど予想だにもしていなかった。親には罵倒され教師には見離され、友人は失いクラスメイトには怖れられ。あの行為が自分にもたらした良きことなどなにひとつないと思っていた。空と出会い、山に関するようになったこと以外はなにひとつとして。
氷月は困ったように頭をかいた。「参ったな。私は姫川が不登校やるかもしれないって言うから、先に葛葉に話して、味方になってもらおうと思ってたんだけど」
「ふうん。姫川さんは中学でもそうするつもりなの?」
天見は頷いた。「はい」
「私もあんまり推奨できる立場にいないんだけど。頭ごなしにやめろって言うこともできないね」
葛葉はそう言って微笑んだ。邪気のない自然な代物で、天見は彼女に対して素直な好感を覚えた。ふっと肩の力が抜けるのを感じた。まあ、悪くないことだとは思う。
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百合の匂いがちらちらと。
杏奈ちゃんかわいい。杏奈ちゃんは完全に百合要員になっちゃいましたね。
杏奈は犠牲になったのだ……。