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2025/02/08 15:29 |
そらとあまみ 24
オリジナル。一応登山小説。全年齢向け(あたりまえだ)


次回の更新は木曜日になります。槍の頂上まではこのペースでいきたいです(フラグ

小刻みにアップしているのは私が楽だからです。精神的に! 何週間も放置しておくよりは気分がいい。
夜伽でウン百キロバイトやってたときの三ヶ月以上の沈黙と比べることはできないけれど、このブログは生存報告も兼ねているのでまあ、アレです。
……これもこれで現状三百キロバイトオーバーという。というかこのss自体が日記のようなもので、槍登ったらそのまま中学生ですし、そしたら季節ごとに山行やりつつ色々試しつつ。終わりませんね! 気軽にどうぞ!

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 芦田は不機嫌の限界を越えかけていた。なんだって折角の休日に櫛灘なんぞを松本くんだりまで送らなければならないのか。こんな日は女房の真衣を愛車の助手席に乗せ、普段ぎこちないコミュニケーションしか取れないぶん、ポイントを稼がなければならないのに。休日くらい愛しい真衣の相手だけしていたいのに。その真衣本人に、櫛灘さんのお手伝いしてあげてくださいねなどと懇願されれば、もうどうあっても断るわけにはいかなかった。真衣にとっての優先順位がそもそも芦田<<<櫛灘というわけなのだった。
 愛車のボンネットにもたれ、あの憎らしい空と、例の女の子、天見が近づいてくるのを見つめていた。が、ふたりだと思っていたらまだもうひとりいる。空より年下で天見より年上の。巨大なザックを背負ったその格好を見れば、その女がどういう女か、わかるより先にわかってしまった。

 「増えてんじゃねーかクソッ!」

 芦田は思わずドアフレームを蹴飛ばした。まったく面白くもないことに、“櫛灘一族”は近頃になって増殖することを覚えたらしい。
 憤然とする芦田に、空と天見はちっとも動じる様子もなかったが、杏奈はびくりと肩を震わせ、なぜか怒っているチンピラ風の男を見た。

 「杏奈。こいつは芦田。今日の足」芦田に――「彼女は篠原杏奈。わかるよな?」
 それで納得いった。「ああ……そうかよ、篠原さんの娘さんか。蛙の子は蛙ってわけだ」ドアフレームを軽く叩いて、「さっさと乗れ。ザックはふたつトランク、ひとつは後部座席だ。大人しくしてろよ」

 助手席に空が座り、後部座席に天見と杏奈が並んで座った。走り出すと、空はちらちらと後ろのふたりを観察した。天見のザックがあいだに入り、ふたりの距離は開いていたが、天見は微妙な顔を浮かべていた。改札口での反応は?

 「てかさ、天見と杏奈は知り合いだったわけ?」
 空は率直に訊いた。天見は唇をへの字に曲げたが、杏奈は気楽そうに頭の後ろを掻いた。
 「いやー、クライミングジムで何度か会ってたんですよ。歳の近い子いるなと思ってあたしから声かけたんですけど、櫛灘さんの――えー、知り合い?とは思わなかっ……てかふたりのほうこそどういう関係なんですか?」
 「あたしがお世話になった看護師さんの子。山に連れて行ってやってくれって頼まれたから、こうしてときどき誘ってる。最初は年末の岳沢で、登山歴は三ヶ月程度だけど、小学生にしてはパワーあるよ。あ、もう中学生になるのか」

 高速道路に入ると、流れは閑散としており、快適なスピードで進める。ラジオの音量を上げても、事故の情報などは入ってきていない。芦田は空を――というより助手席を横目で見た。ここにいるのがこのクソ女などでなく、最愛の女房であったら!

 「ちょっと芦田、事故らんように頼むよ。山に行くまえに下界でクラッシュするとか、冗談にもならない」
 「急かされたって事故るような真似はしねえよ。こっちは嫁が家にいるんだからな、どんなに空いてたって制限速度遵守だ。安全運転厳守だ」眠気覚ましにガムを噛んで、「集中してるんだ、おれの気を逸らすんじゃねえ」
 杏奈が身を乗り出した。「あ、奥さんがいらっしゃるんですか?」

 見た目が怖くてあんまり想像できないけど、と杏奈は思った。少し警戒心が和らいだ。恐怖はおおむね未知からくるものだから、知れば知るほど容易くなるというものだ。
 空が頷いた。「こいつのヨメさん超美人だよ」携帯をいじって――「見る?」

 芦田の左手がハンドルから離れ、空の携帯に向かって素早く伸びた。プライヴェートを曝されるのはごめんだとでも言うように。が、空の手はそれ以上に素早く動き、杏奈に携帯を放っていた。
 杏奈は表示されている画像を見つめた。
 「……」

 天見は首を伸ばし、あまり興味なかったが、暇を紛らわすつもりで携帯を覗き込んだ。杏奈が固まっていて、少し怪訝に思う。光が反射して、うまく見れなかったが、ややあって、やっとまともに見ることができた。
 「……うわ」

 杏奈は空に携帯を返し、すっかり縮こまって溜息をついた。身の程を思い知り、完全に打ちのめされていた。「……女として……自信をなくしました……」
 空は笑った。「とんでもないだろ?」
 「あたし山なんて行かずに頭からっぽの恋がしたいって思ってたんですよ……あきらめます……華々しい恋愛なんて、こういう顔のひとがやるべきなんですよね……」
 芦田はいらいらして、ハンドルをばんと叩いた。「顔なんざオマケみたいなもんだ。言っとくけどな、おれは真衣の顔に惚れたんじゃねえよ」
 「二十年近く片思いだったもんな? あたしのほうが見てられないくらいだったよ、こいつ顔の良し悪しなんか判断もつかないガキの頃からずっと――」
 「殺すぞ!」

 そういう風にして、松本駅まで辿り着いた。




 「このパーティで大丈夫かよ?」
 「だめだったら下りるだけだよ。ありがと、芦田。で、真衣の子供はいつ見せてくれるの?」
 「死ね」芦田はそこで天見と杏奈に向きなおった。「じゃあな。姫川さんに杏奈ちゃん。櫛灘の判断なんかあてにせずに、自分で撤退を決めろよ。こいつって女は魔女みたいなもんだ、黙ってついてくとどこまでも連れてかされちまう」
 カローラのエンジンが唸りを上げ、きた道を戻っていく。

 松本駅のバスターミナル。新穂高温泉へは特急があれば一本だが、いまの時期は高山まで行ってしまい、平湯温泉で一度乗り換えてゆくことになる。天気がよく、北アルプスが近い。眼を凝らせば槍ヶ岳の穂先まで見えそうなほど空気が澄んでいる。

 「懐かしいね」と空は言う。「あたしはちっちゃい頃、茅野に住んでたんだ。高校もそこに通った。電車でここまで近いから、よく遊びにきてたよ。もちろん山に登りにさ」ザックを担ぎ、バス停まで歩いていく。「新穂高には一時ごろかな。槍平まで行ければいいけど、ブドウ谷かチビ谷あたりで終わりかもね。ラッセルはこの時期どうかな。天気はいいけど……」

 バスの車中、当然のように隣に座る杏奈に、天見は唇をむずむずさせる。黙っているのだが、話しかけられるのだろうと思うと、億劫な気しかしない。
 しかしそれにしても、空の言っていた“もうひとり”がこの女とは。よりにもよって、苦手意識を植えつけられたそばから。

 (静かに登れると思ったんだけどな……)

 やかましい女であることは散々思い知らされた。こっちがどれだけ構うなオーラを振り撒いても、まるで気にしやしない女であることも。私がどういう女か知れば少しは黙るかもしれないが、さすがにそこまで、杏奈に自分を打ち明けるつもりはなかった。

 「ねえねえ姫ちゃん姫ちゃん」
 そら早速きた。小声で囁かれ、天見は眉をひそめた。「なんですか」
 「姫ちゃんは櫛灘さんと何度か登ってるんだよね。だから訊くんだけど……あたしは今回が初めてだし……櫛灘さんってどんなひと? なんていうかな、信頼できる?」
 「さあ」天見は投げやりに答えた。「少なくとも厭なひとだったら私ここにきてないです」
 「ふーん」思い出したように苦笑して、「そういやあたし姫ちゃんのこともよく知らないや。まあ、別にいいね。さっきの芦田さんが言ったみたいに、自分で進軍か撤退か決めればいいや」

 杏奈はそこでぺちんと天見の肩をはたいた。「今回はよろしくね。ザイル・パーティってことで!」
 天見はとりあえず頷いておいた。「はい」

 国道158線――野麦街道、あるいは飛騨街道――を、山に向けてバスが走る。
 天見には、見覚えのある道だった。それは上高地へ行く道でもあり、中の湯で道を違えると、新穂高温泉ではなく上高地へゆく。上高地からは穂高連峰を望むことができ、それはつまり、年末に空と行った岳沢がそこにあるということだ。行きも帰りも、この道を通ったのだった。
 今回は中の湯は通り過ぎ、平湯温泉までゆく。そこからバスを乗り換えて、新穂高温泉まで。胸まですっとするような蒼い快晴で、山嶺にガスも見えず、雪が輝いて明るい。幾度もトンネルを潜り抜ける。梓川に沿うように伸びる道で、左右は壁のようにそそりたち、渓谷を走るような感じだ。峠道でぐねぐねと折れ曲がる。

 「昨日さ、実は楽しみでちっとも寝れなかったんだ」と杏奈。「眼に隈できてない? 鏡見るのも怖くてさーあ、今日のあたしめちゃくちゃ不細工かもしんない。まあいつも大したことないんだけど。姫ちゃんは? 昨日きちんと寝れた?」
 寝れていなかった。天見は放るように言った。「寝ました」
 「ううー、あたしだけ子供みたいだ。恥ずい」
 バスがブレーキをかけるたびにふたりの頭もぐらぐら揺れる。寝不足の脳髄が疲労を訴えてうるさい。天見はぼんやりと窓に頭を預け、外を見やる。太陽の光を浴びても気分は夜中のようだ。

 そうして、ぶつくさ言う杏奈を横目で盗み見る。空は……彼女の父親が、空のザイルパートナーだと言っていた。あのクライミング・ジムで見かけた“黒シャツ”か。たしかに、彼が登っていた最初の印象は、空と同類の人間だという感覚だった。にしたってそのものズバリとは。世間は狭い。
 父と娘。……思うこともなくもない。天見の父は――母も――知っている親戚みんな――山とはまるで関係のない人間たちだ。普通の会社員、普通の主婦、普通の学生、普通の大人たち。暴力とも反社会的行為とも無関係な、健全で、みんなが正しいと思う人間たち。そういう血族だった。天見だけが突然変異のように、不登校となり、山と関係していた。

 「最初」と天見は言った。「あのジムで、篠原さんがお父さんに声をかけて、引っ張ってったとこを見ました。篠原さんが制服で入ってきたとき」
 「ああ、あのときか。ヴァレンタイン・デーだったっけ? お父さんったらお母さんほったらかしにして壁なんか登ってるんだもん、腹立つッたらないよ。おかげでまだ一人っ子だし。てかさあ、膝ぶっ壊して、最近までせいぜいハイキングくらいしかやってなかったのに、いきなり復帰しだして……もう五十歳なんだよ? 定年まで大人しくしてりゃいいのにさあ……」

 文句が次から次へと出てくるものだ。しかし、杏奈の声音には気軽なものがあった。父親というよりは、友人を責め立てているように思えた。
 それだけで、自分と父親との関係とは根底から違うということが、天見には感じられた。山屋の父親――単純に羨ましいと思う。彼女は山をやっていて、厭な顔をされるということはないのだろう、たぶん。そもそもこの山行自体、彼女の父親から空に打診されたものだというし。私は……

 「仲がいいんですね」
 「は?」杏奈は眼をまんまるに開いた。「そういう風に聞こえた? いやいやいや……お父さんなんてうざったいだけだって。いらんことしいだし、だいたいバカで間抜けだし、加齢臭やっばいし――」
 「私は最近はもう口をききもしないんで」
 「うぇ?」

 天見は座席に身を沈め、たっぷりと鼻息を吐いた。




 栃尾温泉から、蒲田川沿いに遡行する岐阜県の県道475号線をバスに揺られる。温泉街を抜ければ、もう山しかない。時折、穂高や笠ヶ岳、槍ヶ岳の頂が、見えそうでなかなか見えない。
 新穂高温泉は標高1000、通年運行の新穂高ロープウェイの存在から、穂高連峰、特に西穂高岳への登山基地として有名だ。ロープウェイで一気に高度を稼ぎ、2140メートルまで上がることができるが、槍ヶ岳へは方角が違う。蒲田川沿いをさらに歩き、右俣林道を地道に歩いてゆく。穂高平避難小屋や、滝谷避難小屋を通り抜け、槍平までは、夏のコースタイムで四時間半。

 白出沢出合までは林道で、ほとんどラッセルもない。眩いくらいの好天。山道に入ってからも、トレースがばっちり残っており、ラッセルはほとんどない。
 「あたしが先頭で次が天見」と空。「最後が杏奈だ。できるだけ踏み固めて進むけど、早かったら言っておくれ。特に天見。ワカンがはずれかけたりしたらすぐに言うんだよ。気づいたことがあったら、黙っていないように。まあ何度か一緒に登ってるしわかってるよね」
 「はい」
 「杏奈も、後ろから天見を見てやってて。信用してるぜ?」
 杏奈は少し溜息。「あたしがお父さんの娘だからですか?」
 「あたしが篠原を信用してるのはあいつが親父のザイルパートナーだったからだ」くすりと笑って――「最初はね。そのうちあいつがあいつだから信用するようになった。まあ、人間なんてそんなもんさ」

 空は道の先に視線を向け、一瞬だけ震えるような仕草をすると、そっと眼を細めた。様々な想いが湧き上がってきた。あたしがまたここにきた意味。
 想いを呑み込み、微笑んで言う。「さあ、行こう。山行の始まりだ」
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2013/04/29 19:35 | Comments(2) | SS

コメント

全年齢向けでなくてもいいんですよ?チラッ
そして終わる必要は全くないです。いつまでも読んでいたいので。
自分の好きなことを文にできるなんて素敵です。

>>どうか心身ともにお気をつけて!
お気遣いありがとうございます。
まだジムの筋肉痛が……。
慣れたらわかりませんが週一くらいが無難ですね。
お金との相談もありますが。
posted by 無題 at 2013/04/29 23:36 [ コメントを修正する ]
>>無題様
頭がエrモード()に入らないのです最近(汗
とりあえずネタのある限りは……ッ

週一で継続的にやり続けられれば理想ですね! 私は近頃まったく登れずorz
本気で取り組んでる方は平日に二度、トレーニングとしてジムに寄り、週末にホンチャンをやりにいくそうです。とんでもねえっ!
posted by 夜麻産 at 2013/05/02 19:18 [ コメントを修正する ]

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