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2025/02/08 06:26 |
そらとあまみ 21
オリジナル。好き放題書いてく系ss。方向性は既に見失っていry


まあコツコツと続けていきます。一日10kb書けるくらい速筆だったらなあ……(遠い眼

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 大学案内を片っ端からめくってみても手がかりのひとつも掴めない。そろそろ春休みで、早い者などもう講習を受け初めているというのに。まだ余裕はあると嘯いてみても、勝手に焦り始める心の淵はどうにもならない。杏奈はいい加減泣きたくなってきた。

 「篠原さん?」
 「え?」

 声をかけられて顔を上げる。夕暮れの教室。もうみんな帰ったと思っていたが、まだ残ってる者がいたのか。そこにいたのはクラスメイトの裾野菜緒で、小さな眼鏡の奥からぱっちりした眼に見つめられていた。

 「篠原さんまだ帰ってなかったんだ。居残り?」
 特に用事はないのだが帰っても仕方がないのだ。「えー、ちょっとね。別になんでもないよ。裾野さんは?」
 「忘れ物。ついでに図書室に寄ってこうと思って。委員会の仕事が終わってなくてさ……」
 「あっと、風紀だっけ?」

 杏奈は慌てて資料を掻き集め、鞄に突っ込む。異性がいないぶん、水面下でえぐい猥談が行き交う教室であっても、曲がりなりにも女子高は女子高、校規は前時代並に厳しい。どうにかこうにか波風立てず過ごしてきた杏奈はこれからも平穏を享受したい。つまらないことでブラックリストに名が載るようなことだけは避けたい。

 「ごめん、すぐ出てくよ。悪さしてたとかじゃなくて、ちょっと受験のこと考えてたもんだから」
 菜緒はくすりと笑う。「焦りすぎじゃない? 勉強はしなくちゃだけど、志望校なんて夏休みからでも充分間に合うよ」
 「裾野さんは優秀だからそういうこと言えるけどさぁ……っ」杏奈は拳を握り締めて、「あたしなんか成績、下から数えたほうが早いくらいだしっ、期末テストも散々だったしっ、部活も委員会もやってないから推薦も望むべくもないし……っ」
 「そうだったっけ?」
 「そうだよ――中高一貫だから、小学生のときにちょっとがんばってみたけどさ、だんだんここのレベルに追いつかなくなって……高校で受験してたら間違いなく落ちてたよ! ああもうやんなっちゃう、身の丈に合わないことしたから――」はっと我に還ってぶんぶん手を振る。「いや、愚痴るつもりじゃなかったんだよ、もう帰るから。じゃあね、また明日!」
 「うん。またね、篠原さん」

 風紀委員に悪い印象を与えてもなんにもいいことはない。さっさと撤退するに限る。
 教室の敷居を跨いで廊下に出ると、西向きの斜陽に眼が眩む。息をつきかけて、はっと隣の気配に気づく。扉の横の壁に背を預けるようにして、また別の生徒が佇んでいた。ブレザーを着崩して、思いっきり胸元を開いたブラウス、必須なはずのネクタイを締めていない。両手をポケットに突っ込んで猫背気味ながら、思わず仰け反ってしまうほど背の高い、黒々とした長い髪の女。

 (――三年生、かな? なんで?)

 アンニュイな眼がぐらりと動き、見据えられ、杏奈は慌てて背を向ける。ほとんど動物的な本能から、背筋に厭な感覚が走る。そのままぎこちなく歩き出す。追い払われるように。
 背中で戸が開けられ、バタリと閉められる音を聞く。
 そのまま十数歩、がちがちのまま歩いて――
 振り返るともういまの女がいない。そもそも誰もいなかったようにしんと静まり返っている。
 教室に入った? なぜ? 杏奈は二年生で、ここは二年の教室だ。同学年にいまの女の記憶はない、が、なにかのイベントで三年生の列にいたのを見た、気がする。どうして? 見るからにスレた感じの冷ややかな表情……

 (ちょっ、と!? いま教室に裾野さんひとり――!)

 よくわからないが風紀委員は逆恨みを買うものでは? 特に素行のよくない生徒には。思い至ると、杏奈はさっと顔を蒼褪めさせて、教室のほうへ駆け戻る。
 なにかよくない気配があれば戸を蹴破るつもりで壁をこそこそ、腕っ節に自信はないがクライミングのせいで腕力はある、ひとを殴った経験はないけれどいまがそのときなら……もしそうなら――
 じりじりと戸に擦り寄り、そっとなかを覗く――




 「姫ちゃんいつまで不良やってんの?」
 紡にそう問われ、天見は眼を細めた。「不良やってるつもりはない。そう見られてるってだけ」
 「中学入ったら不登校やめる? あたし成績悪いからさー、姫ちゃん教えてくんないと困るんだよー! 体育だけで点数稼ぐのって無理でしょー?」
 「部活はバスケ部入るの?」天見は力技で話題を逸らす。「あそこ弱小って聞いたけど。女子も男子も。試合できる部員も揃ってないって」
 「姫ちゃん一緒にやんね? 廃部だけは避けたいなー、試合なんて助っ人連れてくればどうにかなるっしょ」
 「やだ」
 「そう言わずにさ! 名前だけ! 名前だけでいいから!」
 少しでも気を許せば最後まで連れて行かれることは明白だった。こと紡という女に関しては。「素行不良で退部させられるから無理」

 天見はすたすたと歩いて駅へ向かう。今日もクライミング・ジムへ向かうつもりだった。マンスリーパスを買ったのだから、とにかく行かねば元を取れない。自宅へ帰るのだって鬱陶しいのだ。両親は不登校に文句しかつけないから話にならない。
 不登校に理解のある者などただのひとりもいやしない。とにかく絶対悪のように見做され、解決すべき、悪しき事態だと徹底的にこきおろされる。学校へは行かなければならない。行けばすべてが良き方向へ進んでくれる。天見はいい加減、そんな価値観にうんざりしていた。

 「学校じゃ勉強ができない。どうでもいいこと詰め込まされるばっかで大切なことがなんにもできない」天見はそこで溜息をつく。「私の場合は」そう、自分だけがおかしいのだとわかっている。「だから行かない。それだけ」
 「へー」
 紡は妖精かなにかのようにぴょんぴょん飛び跳ねて天見に纏わりついている。後ろをついてきたり、まえを横切ってみたり、落ち着きがない。図体がでかいのにそうされると邪魔で仕方がない。

 ずっと考えている。『普通』から外れた子は学校でどう過ごせばいいのかと。ほんの少し外れたくらいなら、受け入れられるだろう。学校という場のキャパシティはあれでなかなか広くて大きい。教育現場の問題点が浮き彫りになり、あれこれ批判されるのが世の常だとしても、大多数の生徒はなんだかんだで巧くやるものだ。その先が大学だか就職だかにしろ、そう大きく外れさえしなければものの見事に誘導してくれる。
 しかし、だから余計に、外れからさえ外れたものはどうすればいいのだろう。根底から違う価値観を抱えている者は? 鬱屈した感情どころではない。あの日、男子を力の限りぶん殴って、身の裡よりももっと深いところに潜むなにかを見つけた。軋み、ひび割れた骨の内側。どす黒い獣染みたなにかが身を捩り、声のない声を上げて咆哮していた。その欠片。眼を逸らすのは卑怯だと思った。受け入れられることすら望んでいない、ただそこにあるだけですべての障害になる私自身……

 これをどう表現すればいいのだろう? 表現して、その先にどうなる?
 こいつを私が満足できるまで出し尽くしたい。でも、いまの私にはその術がない。こんなのは普通じゃない。学校じゃ、これを捨てろと矯正されるばかりだ。私はこれと向き合いたいんだ。
 少しがっくりきている自分もいる。普通に生きられれば良かったのにと後悔している自分自身が。

 「あたしさー、いま付き合ってるひといるんだけど」
 出し抜けに言われ、そのことばの意味に追いつくまで数秒かかる。「……ん?」
 天見は紡を見る。紡は照れ臭そうに頭の後ろを掻く。「やっとこっち見てくれた」

 初耳だった。それは考えもしなかったことだ。こいつが?「ふうん。どんな男?」
 「いや女。女」
 「……」
 「将来的には結婚したいんだよね。十六歳まであと四年くらいだし。最近フランスで同性婚の法案可決したって言うじゃん? っつっても姫ちゃん興味ないか。とにかく、日本でもそうならねーかなーってほんのちょびっと期待してるとこ」

 天見は考え、考え、考え、頷く。「そう」
 紡はちょこんと首を傾げてみせる。「ヘンかな?」
 「さあ。そういう判断は別の誰かに任せるよ。でも私よりずっとマシだと思うよ、鵠沼さんは」
 「姫ちゃんのそーゆーとこ好きだなァあたし!」

 照れ隠しなのかなんなのか思いっきりからだごとぶつけられ、天見は忌々しげに紡を睨む。




 そういうことかよチクショウ! と杏奈は思った。なにが風紀委員だよ死ね! バカ!
 真面目堅物で有名な裾野菜緒だったから油断した。心配して教室覗いてみたらど真ん中で抱き合って首と腰に腕を回し合ってるのだから溜まったもんじゃない。至近距離で見詰め合う眼と眼が熱くてこっちまでぞわぞわ、というかこういう場面に遭遇したのこれで何度目!? そういうのはもっと陰でこっそりやってろよ! 杏奈の精神は既にもうずたぼろだった。風紀委員までそんなんなのだから他の一般生徒に関してはお察し。

 杏奈は全力疾走しながら叫んだ。「女子高は魔窟だ! 魔物の棲み処だっ! なんだってあたしこんな学校通ってるわけ!? 格好つけずに普通の市立公立行けばよかったーっ!」

 後悔がいつも遅い。遅すぎる。だって仕方ないじゃないか、憧れの中高一貫校、小学生時代に中学受験を目指したときにはこんなところだなんて思いもしなかった。期待はしばしば裏切られる。狂ってるのはあたしか世界か。トゥ・ビー・オア・ノットなんとかかんとか。あたしは誰? あたしはなに!?

 「ウワーーーーー!!」

 思春期の臨界点に達し、杏奈はついに悲鳴を上げていた。雑踏の注目を一身に集め、駅の構内を駆け抜けていた。




 将来的には、と鵠沼紡は口にした。天見にとっては彼女の彼女云々などよりも、そちらのほうがずっと衝撃的だった。『将来』。私と同い年の鵠沼さんはもうそんなことまで考えているのか。

 「未来……」

 クライミング・ジムのベンチで壁の課題を見つめ、ぼんやりと口にする。
 あまりにも遠い光景のように思える。いくら考えてみても、手応えも、実感もない。稜線上から見渡す世界そのもののように。いまの自分の歩んでいる道と、ほんとうに繋がっているのだろうか?
 私はまだ十二歳、中学にも入学していない。これからどちらへ進むべきなのか、はっきり決めてすらいない。でも、ほんとうにこのままでいいの? 答えてくれる者はどこにもいない。このままこの道を進んだとしてどうなる?

 「エベレスト?……」

 それは地球上で最も高い山だ。
 常識としては知っていても、こうしてあらためて思ってみると眩暈がする。
 二番目に高いK2は最も厳しい山だという。
 八千メートル峰――十四座。この星に十四しか存在しない高峰……

 気の早いというか、大それたことだ。まだ登り始めて数ヶ月に満たない、リードを張ったこともない自分だというのに。
 (でも、なんか違う気がする。それはきっとすごい山々なんだと思う。みんなが知ってることだ。私はみんなが知ってることをやりたいの? なぞりたいの?)

 眼のまえの数メートル程度の壁をじっと見つめながら自分を覗き込む。私はなにがしたい? この道の先にあるもの。私の骨の内側に篭もっているこのなにかを、思う存分ぶちまけさせてくれること。その術。考えれば考えるほどわからなくなる。
 誰もなにも答えてくれない。いまはできることをやる以外にできない。
 もどかしい。自由の機能しないこの身分が。チョークバッグに手を突っ込み、炭酸マグネシウムの粉末で指を白くして、立ち上がる。課題と向き合う。この程度のレベルでさえ、いまの私はつっかえて、ろくに登ることもできない。

 将来ってなんだろう。私の手に届くものなの? この一手のホールドさえ、保持していられないほど弱々しいこの腕が――




 一心不乱に壁と向き合う例の少女を見つけて、ホッとするやらなんやら。やっと自分の世界に戻ってきたように感じ、杏奈は肩を落として深く溜息。更衣室でジャージに着替えて、クライミングシューズとチョークバッグをレンタルする。レンタル代が地味に堪える、突発的にきたのだから仕方がないが、これからはもういっそ学校に自分のギア持って行こうか。私物の持ち込みは校則で禁止されているがだからどうした。それを言うなら不純異性交遊だって厳しく禁じ――いやむしろ不純同性交遊のほうをなんとかしろよ! こっちは授業についてくだけで精一杯なんだからせめてあたしの眼の届かないところでやってくれよそういうの!
 ストレス解消に登ったってなんにもいいことありゃしない、けれどこれしかストレス解消の手段がないんだから仕方がない。ほんとはこんなことしてる場合じゃないってわかってるけど!

 ベンチに座って登る天見を観察する。まだからだの節々にぎこちなさがあるけれど、それが障害にならないくらい深く集中しているのがわかる。ストレス解消なんてくだらない理由からでなく、ただ登るために登っている。羨ましいなあ、と杏奈は思う。あたしが最後にああいう風に登ったのって、いつの話だっけ。
 天見は核心部を越える。が、そこで腕の保持が持たず、自分を支えきれずに落ちてしまう。マットに膝を撓めて着地。残りの二手が遥かに遠い。憎々しげに課題を見上げ、ぷいと振り返って戻ってくる。

 「やっ。こんばんは。最近よく会うね?」
 杏奈が声をかけると、天見の頬がひくつく。「……。こんばんは」
 「調子はどう?」
 「普通です」
 「いまのムーヴだけどさ、あたしが思うに――」
 天見は咄嗟に両耳に手のひらを押し当てて眼を閉じる。「自分で考えるんでやめてください」
 刺々しい口調だったが、杏奈は別段気にした風もなく、「あ、そう? 了解了解、ごめんね? そうだよねー、あたしの配慮が足りなかったよ、そういう過程がいちばん楽しいもんね!」

 天見は両手を下ろして眼を開く。
 ベンチにペットボトルとチョークバッグを置いて自分の席を確保しているのだが、その隣に杏奈が座っているのでいかんともし難い。仕方なく杏奈の隣に座る、が、学校でのときと同じように全身から激烈な構うなオーラを発散、それに加えて表情と仕草に全力で不機嫌を滲み出させる。これ以上なく絡みづらい女であることをアピールするのだ。相手が誰だろうと自分の時間に介入されるのはごめんだ。

 「もしかしてマンスリーパス買った系?」
 天見の目論見は完全な失敗に終わった。「……。はい」
 「ああそっかあ。だったらとにかく登らなきゃ損だよね。あたし来月から高三でさ、それどころじゃないから三時間料金でごまかしてるんだけど、もういっそ回数券でも買おうかなあ。でも十回分の値段で十一回って得してるか微妙なとこなんだよね、バイト代だってそんなまとめて稼いでるわけじゃないし――」
 「登ります」
 「おう、がんばれ姫ちゃん! あたしもどっかやってこよっと。あ、荷物ここ置いといていい?」
 だめだと言える権力が私にあるのか。天見は内心憤慨しながら言う。「どうぞ。あと呼び方――」

 やめてくださいと口にしかけたときにはもう杏奈は反対側の壁に向かっている。エンジ色の上下のジャージが遠い。喋ってから行動するまでのスパンが短すぎる……

 (面倒なのに眼ぇつけられた。このひとあれだ……鵠沼さんと同じタイプの女だ……)
 少し話せばそういうことはすぐにわかる。それはつまり、こうと決めたらまったく譲らず、一歩も退かず、徹底的に貫き通し、ひとの話なんかこれっぽっちも聞きやしないタイプの女ということだ。ということはつまるところ、天見という女が最も苦手とするタイプの女ということだ。

 これが空ならそれほど相性が悪くないのに。彼女も彼女でぶっ飛んだところのある人間だが、少なくともこいつらよりずっと静かで、こちらに深く干渉するということをしない。放っておけば放っておいてくれる。
 そういえば最近は空に会ってないな、と気がつき、どこかに登りに連れて行ってほしいと思う。ジムでなく岩に。山でもいい。クライミングでなくても縦走でもいい。とにかく、空がいないことには登れない。いまの天見にとってザイルパートナーと言えるほどの相手は空しかいない。
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2013/04/18 21:49 | Comments(0) | SS

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