オリジナル。登山小説っぽいような。百合表現は抑え目。
登山小説ったってリアリティよりはエンタメ性を重視したいという願望。
つってもいまいち両者のバランスがわからず。テニヌとか黒バスとか表現的に普通に好きなんですががが。コークスクリューツモとかロン(物理)とかかか。
登山モノってーとなんだかすぐに滑落とか遭難とか雪崩とかザイルを切った切らないとかさあ……ひとつくらいアストロ球団的なノリでぶっ飛んだ作品があってもいいと思うんですがね! 私のノリじゃないですけどね!
それと。pixvに地味ーに短編ぶっこみました。東方でもオリジナルでもないですしほんの掌編なのですが、一応報告までにー。これから書き続けられるかもわかんねー。
宮守女子は天使×5で非常にバランスが悪い。もっと魔王を見習うべき(プンスカ
登山小説ったってリアリティよりはエンタメ性を重視したいという願望。
つってもいまいち両者のバランスがわからず。テニヌとか黒バスとか表現的に普通に好きなんですががが。コークスクリューツモとかロン(物理)とかかか。
登山モノってーとなんだかすぐに滑落とか遭難とか雪崩とかザイルを切った切らないとかさあ……ひとつくらいアストロ球団的なノリでぶっ飛んだ作品があってもいいと思うんですがね! 私のノリじゃないですけどね!
それと。pixvに地味ーに短編ぶっこみました。東方でもオリジナルでもないですしほんの掌編なのですが、一応報告までにー。これから書き続けられるかもわかんねー。
宮守女子は天使×5で非常にバランスが悪い。もっと魔王を見習うべき(プンスカ
遥かに近い位置で触れ合うことができるようになっても、大切に思いすぎてまだぎこちなさがある。その意味ではプロポーズするより以前のままの自分でしかなかった。キッチンで洗い物をする妻にどう話しかけようか迷っているときに携帯が震え、芦田はぎりぎりと歯を鳴らしながら空の声を聞いた。
『今度の日曜。アシよろしく』
「このヤロォ……!」
『広沢寺か幕岩か、日帰りじゃキツイけど城山か城ヶ崎考えてるんだけど、初心者教えるんだったらどこがいいと思う?』
「知らねえってんだよ」
芦田は電話を切った。が、直後にメールが届き、待ち合わせの場所を指定されてしまっていた。
「姫川天見です。よろしくお願いします」
「……あァ、うん」
芦田は少女を見下ろした。クライミングというからもっと上の歳の子を想像していたのだが、若い。ずっと若い。明らかに小学生で、どう穿って見ても中学生くらいにしか見えなかった。
後部座席に空と天見が座る。空っぽの助手席を横目で見て、ここに妻が座っていればどれだけ幸福だろうと思う。やや荒っぽくアクセルを踏み込むと、新車のカローラは忠実に応答し、スタッドレスタイヤがアスファルトと噛み合った。
バックミラーをちらりと見る。少女は石のような無表情で、背筋を伸ばして座っていた。腹の立つ微笑で窓ガラスに頭を預ける空と対照的に。「ええーっと、なんだ、姫ちゃん?」
「その呼び方はやめていただけますか。嫌いなんで」
「……。はい。姫川さんでいいか? 櫛灘とはどうして?」
「母が看護師で」
ああ、と納得する。空の、ほとんど灰色の白髪を見やる。頭頂部は徐々に黒く染まってきてはいたが、“闘病中”の名残はまだあった。若い頃はあれだけ長く伸ばしていたのに、いまでは男のように短かった。
「櫛灘が教えるとはね」
「なに?」
「似合わねえな」
「知ってる」
見る限り姫川天見なる少女は登山をやるような娘には思えなかった。活発であったり、腕白であったり、若さ特有の体力を持て余しているような子には見えなかった。たとえば、空と同じタイプの女であるようには。とはいえ普通の女の子のようにも感じなかった。
芦田はともすれば自分が街のチンピラに見えてしまうような男だと自覚していた。ゲームセンターでたむろしていたり、パチンコ店の駐車場で警備員に憂さ晴らしで突っ掛かっている、軽薄な男のように見られてしまうような。外見だけである種のレッテルを貼られてしまうような。事実はどうであるにしろ。
しかし、この子はおれを怖がる様子もない。おどおどしたり、できるだけ自分が良く見られるようにしているところもない。というより、おれをどういう風な眼でも見ていない。どういう興味も向けていない。それが当たりまえのことであるかのような無表情。
カローラを未舗装の駐車場に入れる。ザックを背負う空を小突き、簡易トイレに向かう天見を示して言う。「なんなんだ、ええ? なんだってんだあの子」
「うん、なにが?」
「てめーのことだからどうせ……ろくな理由じゃないんだろうが。どういう経緯で親御さんから預かってるんだ?」
「ン……登山って教育的なメリットがあると思う?」
「そりゃ程度ってか場合によりけりだろ。体力だけは間違いなくつくだろうけどな、おれやてめーが健全とか言えるクチか?」
空は肩を落とす。「あの子ね。クラスメイトに暴力振るって絶賛不登校中なんだってさ」
「ああ?」
「だから……」
天見が帰ってくる。だからそういうことなんだよ、と空は言い、手のひらを上に向けてみせる。
車の乗り入れの禁止されている林道を少し登ると、右手に岩が見える。
高さ五十メートルほどの、花崗岩の一枚岩で、陽に当たって緩やかに輝いている。冬とはいえそのあたりは暖かい。すでに取り付いているパーティもちらほらいて、ザイルが簾のように垂れ下がっている。
「少し遅かった。左側空いてる?」
「トップロープ張るか」
「いや、セカンドやらせたいね。登り方よりもビレイと支点を覚えさせときたい。ジムでもできるようなことを外でやらせてもね……」
天見には自分の新しいハーネスを使わせ、空は古いハーネスを身につけた。左のギアラックが千切れかかっている代物で、しかし、それ以外の部分はきちんと製作者の意図を守り続けていた。クイックドローのセットが多少手間取るとはいえ。
空自身がひどく小柄で、天見はそれなりに背の高いほうだった。サイズはほとんど変わらなかった。ルベルソにザイルを通させ、ダブルロープで登る態勢を取る。
「ザイルをひたすら繰り出して。登攀中に下から引っ張られちゃたまんないから。まあ、地震でもこない限り墜ちないよ」
手早く確保を教えた。できるだけ岩壁から離れないこと……ルベルソの上下を間違えないこと……ルベルソに通す側のザイルから手を離さないこと。あらかじめ、一応一通りは教えてあった。天見は舌で唇を濡らして手順を追った。
「芦田は見てやってて」
「おい、ぶっつけ本番で大丈夫か?」
「平気だって。この子あたしらよりずっと頭いいよ」
「そういう問題か」
空は上着を脱いだ。
芦田にはその腕が彼女の全盛期よりもずっと女らしく見えた。筋肉が削がれているように。露骨な凹凸はなく、細い骨の上にうっすらと脂肪が乗っている。柔らかく見えた。それはつまり、櫛灘空らしくないということだ。
指先にテーピングも巻かれていない。フラットソールを履く、はっきりと骨の浮き出た足首にしても、力強さを感じさせるものではなかった。ほんとうに登っていなかったんだな、と思う。が、しかし……
「登るよ。よろしく」
「はい」
そのルート。グレードは5.8、二十メートルほどしかない、短い1ピッチだ。
フリークライミングのグレードにおいて、一般的に――純粋なムーヴに限定すれば――5.10dくらいまでは初心者でも身体能力次第で登ることができるとされている。
5.4でジャングルジム程度。
5.9に上がるにつれて難易度が上がり、
5.10から上はa・b・c・dと細かく刻まれていく。
5.10a、5.10b、5.10c、5.10d――5.11a、といった風に。
感じ方に個人差異があるし、ひとつのムーヴをとっても得意不得意があるから、厳密というほど厳密ではないが、5.13クラスになると、相当の上級者であろう。
空はゆっくりと登る。目的は彼女自身のクライミングでなく、天見の練成だ。滑るように腕を伸ばし、ホールドに触れ、クイックドローをピトンにセットしてザイルを通す。一連の動作を、教科書にでも載せられそうな手本としてなぞる。
ルベルソを通してザイルを繰り出す天見に、芦田は言う。「これからほんとうにクライミングを続けていくつもりなら」
天見は振り返りかけ、ここは空の確保が最優先だと気づいて留まる。
「櫛灘の動きをよく見とけ。一挙一動がためになる。技術書がことばにできない全部をあいつの選択が体現してる。これは大袈裟にじゃなく、控えめに言ってることだ」
言うまでもなく天見は見上げている。ほとんど睨みつけるように。が、芦田の言い方に含みを感じ、ほんの一瞬だけちらりと彼に眼を向ける。「それは……?」
「姫ちゃ――姫川さんは知らんだろうが、あいつは少しまえまではそれはもう狂ったみたいに登ってた。ほとんどソロだし、山岳会には入ってないしネットもしない、写真も記録も残さないから知名度なんかはないけど、知ってるヤツのあいだじゃ都市伝説みたいに言われてた。魔女だの雪女だの山姥だの。本職が雪山のバリエーションだからコンペなんかには出ないけど、フリークライミングにしたってそりゃもうアホみたいなもんだ」
「アホ?」
「見ての通り」芦田は空を示す。「あいつは昔っからガキ――子供みたいな体格で、女だ。男じゃない。他のスポーツと同じように、クライミングにしたって基本的にゃ力のあるほう、タッパのあるほうが有利に決まってる。でもまったく癪なことに、あいつよりおれのほうが登れたって機会はこれまでただの一度もない。たったの一度もない」
天見はそのことばの意味について考える。芦田……この男は鵠沼紡よりも一回り大きい。紡は学年でいちばん背が高く、百七十五センチだから、彼は少なくとも百八十五センチはある。腕や脚も相応に長く見える。
一方で空は自分と同じ程度で、姿勢がいいから、むしろ小さいくらいだ。百六十あるかないか。下手すれば百五十前半。
「櫛灘はおれがどうやっても取れないホールドを当たりまえみたいに掴む。おまけに、それでほとんど体力を使わない。勘違いしないように言っておくと、単純な腕力であいつがおれより強かったことは一度だってない。持久力なんかは別だけど」
「はあ」
「まあ登山だのクライミングだのって自体おかしなスポーツだがよ……観客も対戦相手もいないんだから。ときどき勝ち負けさえなくなっちまうんだから」
梯子を登っているかのようだった空の動きが止まる。流れるような速度で素早くカラビナとスリングを操り、潅木の根元で荷重分散をつくる。支点ができあがるとメインザイルでセルフビレイを取り、デイジーチェーンでバックアップ……「ビレイ解除!」
芦田はピトンを示して言う。「支点回収忘れんなよ。ここじゃつくってねえが、マルチピッチだったらギアをトップに渡す。ザイルを通してあるクイックドローも全部だ。片手で操作することになるから、落とさないように気をつける」
「はい」
「トップがおまえのザイルを引き上げてるから、セカンドは墜ちても大したロスにはならん。思い切って行け。でももちろん、ルートやザイルの流れによっちゃ右に左に振られることもある」
天見は頷き、空を見上げる。「登ります!」
屋根のように突き出た枯れ枝に遮られ、空の姿は明白に見えない。が、天見のハーネスに結ばれたふたつのザイルの撓みがなくなり、引き上げられる感覚と返事がくる。「OK!」
ことばで教えられてはいても結局は見様見真似でしかない。ハーネスの背中側に引っ掛けられているチョークバッグに右手を突っ込み、チョークボールを掴む。引き抜かれた指先は炭酸マグネシウムの白い粉で染まっている。
それが汗を吸収し、滑り止めになるという。両手のひらを打ち合わせて余計な粉を飛ばす。
クライミング・シューズ――フラットソールの靴底はゴムに覆われ、強い摩擦力を生んでからだを支える。が、天見にはそれをどれだけ信用していいのかわからない。見るからに異常なつくりで、普通の靴とは比べようもない風に思える。
足裏感覚を保つために、裸足の上から直接履いている。小さな痛みさえ感じるほどサイズに余裕がない。イメージとしては纏足に近く、地面を歩くのすら苦労するほどだ。歩くのを阻害する靴を履くことになるなど思ってもみなかった。
(一歩目……一手目?)
どう踏み出していいかもわからないが、梯子の要領で、とりあえず眼についた突起に右手をかけてみる。
剥がれかけた瘡蓋のように、上を向いて突き出ている。軽く掴めるほどだ。
足はまだ地面についている。ここからどう登ればいいのだろうと少し途方に暮れる。
「三点支持っていってな。両手両足のうち三つでからだを支えて、残りひとつを持ち上げる。左手が空いてるよな? それを左上のホールドに」芦田の指が岩の一点を差す。「かける」
天見は言われたとおりにする。
「右足を上げる。膝のところがバンド状になってる」
そっと持ち上げ、横向きに置く。
「それじゃだめだな。爪先がいちばん摩擦が効いて、土踏まずは滑るんだ。真っ直ぐに置け。
そう。そうしたら左足も上げろ」
地面から両足が離れる。「――、……」
「難しく考えるな。梯子登るのとおんなじだ。四肢のうちどれかひとつだけ動かして、登っていけ。三点支持を保っている限りは墜ちないから。膝を伸ばせ。フットホールドに立ち込むんだ。自然にからだが持ち上がって、次のホールドに手が届く」
「次……?」
「蜥蜴みたいにへばりついてりゃ、見えないよな。からだを壁から離せ。遠ざけろ。支えは両手両足の先端三つで充分だ。それで視界が広がる」
恐る恐る体重を後ろに逸らす。
梯子……
足が滑るのではないかと心配になる。ちょっとした突起に、爪先を引っ掛けているだけなのだ。梯子だったら土踏まずをかけるのだろうが、そんな形状にはなっていない。しかも丸みを帯びて、いまにもつるりといきそうなのだ。
「大丈夫だっつの。ホラ」
「うわっ」
首根っこを掴まれて引っ張られる。
思わず眼を瞑る、が、墜ちるより先に手のひらで背中を支えられ、体勢が止まる。顔と壁の距離が一気に離れる。
これでからだを支えることができている? 両手両足の先端。指先と爪先。左手はがっしりと掴むことができているが、右手は指先が置かれているだけだ。
「ガバホールドだな。右手が心配だろうが、大したことねえよ。摘まむくらいのがあれば人間は登れる……自分で確かめてみろ」
顎を上げて上方を見る。
左手で取れそうなところが少し白く染まっている。さっき空が使って、チョークの粉がついたところに違いない。あるいは先人が幾度となく触れて、磨り減ったところか。
左腕を伸ばす……届かない……肩を入れ、腰を捻り、壁に近づいて伸ばす……触れる……
(掴める? こんなのを?)
掴めない。が、引っ掛けることはできる。
そろそろと触ってみて、丁度良い具合になったところで固定する。
それを頼りに左足を上げてみる。急にバランスが崩れ、視界がぶれる。
「――っ!」
いや、墜ちたわけじゃない。
両手はしっかりとホールドにある。ただバランスが揺らいだだけだ。左足が壁から離れている。そっと持ち上げて、膝のあたりにある、突起に置く。
「いま左手を伸ばして、それに体重かけてるよな。四肢の対角線でバランス取ると具合がいいんだわ。左手のときは右足、右手のときは左足って。で、残りのうちひとつを添える。最後のひとつを持ち上げる」
そんな風にいろいろと言われてもわからない。
空はもっと軽々と登っていた気がする。力が全然違う、とわかってはいるが、あんな風に? どうするのだろう。が、いまとにかく、地面から離れつつある。
この要領で。
肉体の感触を確かめれば、左手で主に体重を支えている。対角線? 右足を持ち上げ、楽そうな場所を探して置いてみる。
(あ……)
不器用なからだがいきなり楽になる。
左足が少し邪魔だ。もう少し外側へ。左手と右足で、左右にぶれそうになるからだを、左足を壁に添えて支える。いい感じじゃないか?
よくわからないが、こうなると右手が遊んでいる。離しても大丈夫? 右手の力を抜いても墜ちそうになる気配はない。だったら右手を伸ばしてみる。ホールド――らしきところへ。
(届かない)
左腕を折り曲げ、右膝を伸ばし、からだを持ち上げる。
届く。
そのままでは体勢が悪い。左足を上げてホールドに置く。腰を少し動かし、左手と右足で支えていた体重を、今度は右手と左足に預ける。右足を開き、壁に添える。フラットソールの摩擦。そうなると左手が遊ぶ――左手を伸ばす――
「いいぞ。そしたらクイックドロー回収しろ」
芦田の声が少し遠退いている。
ハーネスから上方に伸びているふたつのザイルの、片方が、すぐ上にある中間支点にかけられたクイックドローに通っている。ピトンからカラビナを外して、ハーネスのギアラックに引っ掛けるのだ。
落としてはならない。使えなくなるし、下に芦田がいる。
クイックドローは、ふたつのカラビナを、スリングで繋ぐかたちをしている。ヌンチャクともいうが、まさに文字通りの形状で、一方のカラビナは壁に打ち込まれたピトンに、もう一方のカラビナは空と天見を繋ぐザイルにかけられている。
トップが登る際には、それによって確保する。落下してもクイックドローがザイルを支える。セカンドはそれを回収しながら登る。
(ザイルが通っているカラビナを先に外すと、ピトンから外して持ってくるあいだに落とすかもしれないから……)
三点支持だから、片手だけで回収しなくてはならない。当然、バランスがふらつく。
天見は自分をそこまで信用していない。ピトンにかけられているほうのカラビナに手をかけ、手のひらと人差し指で本体を支え、親指と中指でゲートを開く。それで外して、手を離しても、ザイルにも引っ掛かっているから、落とすことはない。
ザイルのほうは外さないまま、ピトンから外したカラビナを、先にギアラックに引っ掛ける。それからザイルのほうを外す。
回収した。
(よし)
この要領で登ればいいだけだ。三点支持はできているから、残った右腕を伸ばして次のホールドを掴む。
左足。
荷重を移動させ、
右足。
左腕――
クイックドローの回収――
「お疲れ」
「えっ?」
天見ははっと我に還る。次の一手が空の足に届いている。
終わりか。もう。そこでようやく、いまのいままで自分が没入しきっていたことに気がつく。終了点が見えなくなるほど。
登れている。指先が熱くなったように痛む。皮が削れたように。もう一手持ち上げ、空のつくった支点にセルフビレイを取る。
「マルチピッチだったらギアの受け渡しをして、同じようにあんたがビレイして、また登る。でもこのルートはこれでおしまい。懸垂下降ね」
「はい」
「ほんとはあたしが先に降りて、あんたの安全を確かめる。でも今回はあんたの下降を見ておかなきゃね。この距離で危険もクソもないし、下に芦田がいるし」
残置のリングにザイルを通し、ふたりで引き上げる。それぞれの末端を結び、肩で折り畳む。
「ザイルダウン!」
芦田の声がする。「おう!」
少しタイミングをずらし、投げ落とす。
ざざざ……と音を伴って、地面に届く。ザイルを引いて、弾いて、流れに問題ないことを認めると、空は天見を促す。
教わったとおりに、エイト環にザイルを通し、手にはグローヴ。セルフビレイを外す。コールとともに、壁に対してほぼ垂直に立つ。
(懸垂下降――)
テレビでよく見る、消防士や軍人なんかが壁から伝い降りる、アレだ。まさか自分がすることになるとは思いもしなかったが。
テレビほどぴょんぴょん跳び下りず、するすると、後退りするように下降する。二十メートルほどのルートで、高度感もほとんどないが、天見の体感的には垂直近い壁だ。それなりに怖いが、なかなか気分がいい。
自分が一手ずつ登ってきたところを、一息に下ってしまうのは、達成感もある。
「お疲れ」と芦田。「どうなると思ったけど、わりとすんなりいけたな」
「ありがとうございました」
「おう」ぺこりと頭を下げる天見の顔を見下ろして、「姫ちゃ――姫川さんさ、笑わねえの?」
「はい?」
「ああいや。面白かったか?」
「わりと」
「あーそう……」
無愛想に徹する天見に、なんか扱いにくい子だな、と芦田は思う。そういうのが最近流行ってるのか? キャラつくってでもいるのか?
「笑いたかったら笑いますけど」
「そうっすか」
ひたすらに妻が恋しくなる。折角の休日、おれには愛しい嫁がいるというのに、こんな女どもとわざわざなにをしているんだ。
嘆いていると空もすぐ降りてくる。例の腹の立つ微笑を浮かべて。
「楽しかった?」
「わりと」
「そりゃよかった」
空の手が天見の頭をぽんとはたく。
ザイルを回収すると、天見は自分の手をしげしげと見つめる。岩に触れて、二十メートル分、体重を支えた皮膚。こういう痛みは初めてだ。腕の筋肉も少し、張ったように熱い。パンプアップした……とでも言うのだろうか。まだ余裕ありげな感じはするが、そもそも限界がどこなのか経験したことないからわからない。
しかし、一度やってみただけではザイルワークもモノにできない。空を見つめると、意図を察したのか、ふと顔を上げて他のルートの様子を見る。
「芦田。中央空いてる?」
「みたいだな」
「じゃあスラブやろっか」
芦田は眉を上げてみせる。「5.9だっけか。つったってそりゃ、足の使い方わかっててのグレードだ。スラブは初心者の壁だろ。なんでもかんでも腕の力でなんとかしようとするから」
「いけるでしょ」
「そりゃ男だったらおれだってなんも心配しねえよ。小学生の女の子っておまえ……」
「天見。やりたい?」
天見は頷く。「はい」
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いやまあニュアンスは伝わるけどw