オリジナル登山百合ss……え、なにこのジャンルは()
一年間ありがとうございました! これからもよろしくお願いします!
……えと、あ、特にないです。いつも通りです申し訳ありませんorz
ぶっちゃけ改めてどうこうするほど格式ばったブログでも作者でもな(ry
(初恋、だったんだろうなあ)
一年間ありがとうございました! これからもよろしくお願いします!
……えと、あ、特にないです。いつも通りです申し訳ありませんorz
ぶっちゃけ改めてどうこうするほど格式ばったブログでも作者でもな(ry
中学のときと同じように、一足早い山の紅葉を携帯で見せられ、思うのは、三度目はないだろうということだ。空が大学へ行かないのなら。
「茜はどうするの……上京する?」
「まだ決めてません」
「ああ、だよね。まだ一年か。でも、高校ってあっという間だしな。二年の終わりからもう進路どうするんだって周りがうるさくて、遊んでる暇もなくなる」
このまえ受験したと思ったらこれだ。いい高校に入るために中学で勉強して、いい大学に入るために高校で勉強して、いい企業に就職するために大学で勉強する。それが普通のことで、そうした仕組みが合理的なものなのだろうが、釈然としない一部があるのを認めないわけにはいかなかった。『なぜ』。『どうして』。結局、そのことがまったく明確ではないのだった。
「でも、大学には行くんだと思います」
「それがいいよ。流れにはとりあえず乗っとけ乗っとけ。後で思う存分後悔しとけばいいんだしさ」
「後悔なんて……反省は必要だってわかりますけど」
「後悔は悪いことだよ。でも、悪いことだって大切だ。どっちにしたってこんなクソ人生一回きりしかないんだから。おっ死んでおしまいなんだから、悪いこともしとかないと」
おばさんみたいだねあたし。と、空は笑う。いまの親父の受け売りね。私立高校の先公だったんだけどさ。
「先輩は卒業したら――まえ言ったみたいに、海外に?」
「うん。出席日数ぎりぎりだし、卒業できるか知らんけど」
「帰ってきたら、仕事どうするんですか」
「どうするかなあ」
「……い、いかがわしいことはやめてくださいねっ? 堅気がいちばんですよ?」
「んー?」
壁に背をもたれ、顎を上げて仰け反り、ぷっと噴き出す。こんな貧相なからだで無理に決まってるだろ。そう言って自分の薄い胸を鷲掴みにする。
「これで腹筋割れてんだぜ。需要ある?」
「知りませんけど……」
「百万回のセックスより一晩のビヴァークが好きだなあ」
「……あの、先輩って彼氏とかいるんですか」
「処女だようるせーな。なに? ホッとした? いまホッとした? 自分のほうが先にゴールできると思って優越感に浸っただろいまてめー」
「ちょ、やめ、やめてください!」
ぐいぐいと肩を揺さぶられ、茜は悲鳴を上げる。
そうしたかたちの安穏。空の手のひらで、携帯の画像が雪混じりになる頃、ようやく下界の紅葉が色づく。金に、紅に、色鮮やかに。ひらひらと散り積もる足元で乾いた音を立てる。
歳相応のあらゆる苦悩がある。将来への不安、人間関係、手応えのない虚ろな『勉強』、両親との軋轢。肉体の変質。青春は充分に暗い。暗すぎるほど暗い。学校という狭い世界だけが居場所の少女は、ただ時間をやり過ごすだけで無様なほど惨めな想いを味わう。
はっきりと眼に映るわかりやすいもの以外はまるで問題にされない。自分自身以外には。わかりやすい問題を抱えた生徒に心を砕く熱血教師や、優秀な生徒をちやほやして自分の点数にしたがる職業教師にとって、茜はあまりにも魅力に乏しい生徒だった。劣等生でもなく優等生でもない平均的な、月並みな、どこまでも普通で面白味のない少女。どれだけ多大なストレスを抱えていても表に出なければなんの課題にもならない。誰の手にも汲み取られない。
「知らんし」
「ですよね」
空に一刀両断にされ、茜は心の底から笑う。
近すぎも遠すぎもしない距離が心地良い。茜自身、空にはなんの期待もしていない。自分のことをわかってほしいなんて思わないし、守ってほしいとも、気をかけてほしいとも思わない。
それを言うなら、巨大なザックを背負って山に行こうとする空の気持ちもわかりたくない。これからは雪の季節だ。山が急速に埋もれ、限られた者にのみ許された世界となる。そこに立ち入っていこうとは思いもしない。
「でも寂しくなりませんか、ときどき……」
空は頬を掻く。「どうだろうね。そういうのが好きなんだと思うよ、あたし」
結局のところ、孤独を辛いと思うのは孤独が辛い者だけだ。それが普通のことだとしても、普通の人間の思うことでしかなく、違う価値観をまえにすればそれらは一息に価値を失う。人間性が疑わしいんだろうね、と空は自嘲気味に言う。でも、仕方ないよ。
「ここであんたと話してるだけで満足しちゃう。他はいいかなって」
「……あの、ずっと訊きたかったんですけど。私鬱陶しくありませんでした? なんとなくここに……何度もきて」
「は?」
いまさらそれを訊くの? 空はおかしそうに口許に手の甲を当て、眼を眇める。愉しむような眼がこちらを向き、茜はむっとして顔を背ける。自分でも、変だと思う。まるで追いかけるようにして同じ高校を受験して。
「正直さ」空はどこか湿った声で言う。「あたしずいぶん救われたと思うよ。こんなこと言うの変かもしれんし、もしあんたとこうやって話してなかったら、ってのと比較なんてできないけど。
親父死んでさ、あたしひとりになっちゃって。それで登って、山のなかで寝ると、もう帰らなくてもいいかなって思うんだよ。気が抜けて……。それってすごく危ないよね、いっぺん下山しない限りは次の山もできないし、そのまま野垂れ死んでも構わなくなっちゃんだから。自分でもガチでやばいなってわかるんだけど、思うもんはどうしようもなくてさ。学校くるのもダルくなって」
去年はずっとそんな感じだった。と空は頭を懺悔のように前傾させる。
「四月に……あんたが入学してきたのはびっくりしちゃったけど。下界に戻ってくる理由ができた……」
ありがとう、と空は錆びついたような声を出す。
あまりにも率直に言われ、茜は胸が重くなったような心地がする。『理由』。登る理由ではなく、下山するための。夢のなかで見つけた山頂の空を思い出して息が詰まる。もしかしたらあのイメージは、もしかしたら、そう間違ったものではなかったものではないのかと。もしかしたら……
クリスマスにひとりでいるのが恥だという風潮。テンプレート的にからかいの対象となる。ただひたすらにどうでもいいことが周囲の視線の力のみによって変質する。自分のことばを持たない者たち。
クラスメイトの男子に誘われ、迷いながらも結局、茜は跳ね除ける。友人たちの誘いも断る。ひとりで街を歩く。ある傾向一色に染まり、保守的な、排他的でさえある空気のなかを。あるいはそういうのも妬み嫉みからくるただの錯覚なのだろうが。
ホワイト・クリスマスなどもう何年も見ていない気がする。それでもふと顔を上げれば、かすかに見える遠い稜線に白化粧が乗っている。それを眼にしては空のことを思う。彼女はいまごろ剱の早月尾根とかいうところにいるはずだ。
ぼんやりと駅近くを通り、見慣れた後姿を発見したように思えてはっとする。巨大なザックを。が、それさえも錯角で、空ではない登山者の一団でしかない。
大学生と社会人のグループがひとつずつ。大学生のほうはいつもの空ほどのザックで、赤布のペナントやピッケル、断マットやワカンを外付けしているのがひどく不恰好だ。一方で社会人のほうはそれほど荷物はない。山小屋泊まりなのだろう。
しかし、ソロではない。大学生のほうは五人。社会人のほうは十人。
真冬にソロは自殺行為すれすれの行いだ。さすがに茜もそのことはわかる。
(仲間いねーし)
それでも登りたい者はどうするのだろう、と思う。仲間を探すのが先か、登るのが先か。答えは明白だ。その逆を行っているのが空だ。愚者。
ひたすら空のことを考えて過ごす。ひとりでいるはずが心のなかに常に他人を置く冬。待ち続けてもなかなか携帯に連絡は入らず、結局空の下山を知ったのは、年が明けてかなり後になる。爆弾低気圧に掴まってさ……ラジオで箱根駅伝まで聴いちゃって……いやーしんどかった。そう言う空の声は思ったとおり楽しげでしかなく、茜はもう溜息しか出ない。
「下山したよ」
「はい。……お疲れ様でした」
分厚く着込んで膨れ上がったセーラー服姿の空が、茜の隣にザックを下ろす。頭の後ろで髪を束ねている紐を解くと、どこにそんなに詰めてあったのかと思うほど豊潤に溢れ、先端がふくらはぎのところまで落ちる。
伸びましたね、髪。そう言うと、空は苦々しく笑う。失恋の機会がなかったから。でも、あったかいんだよ。邪魔ではあるけどさ。
「でも切らなくちゃね。風呂がよく詰まって困る」
卒業式の日。空は結局、中退にはならなかった。成績も出席日数もぎりぎりで足りたらしい。そう、ぎりぎりで。茜は実のところ、それ以外の理由で卒業できなくなることばかりを危惧していた。二度と会えなくなる理由で。
「明日からアメリカに?」
「うん」
「急ですね」
「いや、全然。ずっと決めてたって言ったろ。もうすっかり準備も済んでるし、アパートも引き払って、荷物は全部親父の妹さんのとこに送った。会ったことないけど」
空の声音にはいつもの調子しかない。茜の声は節々が震え始めてさえいるのに。
卒業式は終わり、ホームルームも済んでいた。サボリではなく、放課後にここへ立ち寄るのは初めてのことかもしれない。ずっと遠くからざわめきが聞こえてくる。別れを惜しみ、前途を願う、多くの生徒が校門のまえで祝いあっている。祝祭の様相。
とはいえ、そこに混じらない生徒もいくらかはいるのだろう。空のように。卒業アルバムの寄せ書き不参加者。誰とも繋がりをつくろうとしなかった、あるいはつくれなかった生徒。彼ら彼女らにとって、この三年間は……
あたしは楽しかったよ、と空は言う。わりと思う存分登れたから。
「他人がどう思うかなんてどうでもいい――ってがんばって考えてる自分がいるね。そういうのがヤらしくて惨めだ。でも、まあいいや。しゃあない。人間ってクソ社会的な生き物らしいから。あんたはこんな女になっちゃだめだよ」
「なれませんて」
「そうだね。あんたはなんだかんだで世渡り巧そうだ。いい男見つけて乗っかってなよ、お金せびりにいくかもしれんから」
「またそういうこと……」
こんなくだらないやり取りも最後になるのだろう。突如としてそう思い至り、茜は息を呑んだ。切ないような苦しみが胸の奥から湧き上がってきて、手足の末端に向かって侵食を始めた。指先が痺れるような感覚が走った。
中学のときと違い次がない。空がいなくなってからの中学時代を思い返し、その無色さにぞっとするしかない。一年と……三年。どうしてもう二年早く産まれてこなかったのだろう。
「……連絡ください。たまには」茜はどうにか言う。
「うん。帰ってきたらする」
「いつ?」
「金が続くまで。向こうでバイトできればいいんだけど。葡萄農園で働いたってバックパッカーの話とか聞いたけどなあ」
「騙されて永住する羽目になったりしないでくださいね? 先輩英語の成績壊滅してるでしょ」
「ないない。まだ小川山のルート全部登りきってないし、冬の北アルプスだって全然……」
気がつくと、太陽が上天を横切る様を咎めるように睨んでいる。もう少しがんばっていてよ、と。辛い時間はいつまでも留まるのに留まってほしい時間は流星のように過ぎ去る。それが茜にはひたすら恨めしい。強く冷たい陽射しに、そのあたり一帯が星を撒いたようにおぼろげに見える。校舎の影に埋もれ、異世界のような静寂に包まれている。
無意識に空の姿を眼に留めようとしていた。生傷の目立つ指先に、日焼けしてなお歪に白い素肌。柔らかみに乏しい、細いからだの線。長い髪の乾いた黒。纏う空気に反して幼くさえ見える胸から腰まわりにかけての、……
ひたすら話す。思う存分話したいことを話す。それが尽きると、沈黙を友として安らかな時間を埋める。ふたりのあいだには慎み深いかすかなスペースが開き、縮まることも遠ざかることもなく一定の距離を保ち続けている。凍りついた冬の香りが春の気配を孕んでぬくい。
携帯の写真を見せるときにだけその距離が薄まる。額を突きつけるようにしてひとつの液晶を覗き込み、そこに映る絶壁と風の色を共有する。眼の眩むような高度が、携帯の小さな画面の奥へ……奥に……
「あたしはすごく……生きていたいんだと思う。こういうとこくるたびにそう思う」切り取られた時間から眼を離さず、空は虚ろに言う。「そういう思いが物凄く深いところから湧き上がってくるのがわかる。ああ、あたしにもまだそう思える機能が残ってるんだなって、安心する。でもだったらこんな怖いとこにこなけりゃいいのに。不器用なもんだよ」
「怖いんですか」
「当たりまえだろ。怖くてたまんない。死ぬほど怖い。でも大好き」
空は微笑にかすかな淫らさを滲ませる。
「悪い男に引っ掛かるバカな尻軽女みたいだね。相手が山でよかった」
「じゃあね。元気で」
「はい。さようなら」
できるだけ軽いことばを選んで別れる。空の背中――あのザックが遠ざかっていくにつれ、茜は眼のまえが揺らぐような感覚を憶える。
視線を引き剥がすようにして振り返り、帰路に着く。既に陽が傾き、夕暮れの色に染まり始めている。
(終わったんだ……)
ふと思う。なにが? もう高校で空と話す、あの時間を味わうことはないのだと思う。
失うと急に惜しくなるのがいやらしい。心底、自分のことを子供だと思う。十六歳になった。過ぎていく時間の尻尾を掴もうとして腕を伸ばし、その指先すべてが空を切る感覚が残る。
遠くから遮断機の音が聞こえてくる。
河川敷を歩く。グラウンドで幼い子らがボールを蹴って騒いでいる。車の通りは少なく、川の流れは斜陽の魚鱗を映して眩しい。冬だ、虫の声はしない。見上げれば藍色混じりの空が高い。
胸が痛い。
強烈に痛い。
気がつくと立ち止まり、遥か彼方の稜線を見上げている。太陽と正対している真っ白な山稜。視線だけでこの川の源流を追って、ふと思う。やっぱりあんなところを登ろうという気にはなれない。ほんのちょっぴりでもなれない。
高校生活はあと二年も残っているのに、それをやり遂げられる気がしない。やるしかないとわかってはいても。空虚な穴が胸に開く。冬の風が吹く。心の内と外に。
(――、)
心がことばを喪い、黒ずんで爛れ落ちる。ことり、と刻むような音がする。夕焼けが最後の光を燃やすなか、茜は遂に立ち止まる。茫然と世界を見やり、震える。
寒い。
やっと、ようやくわかる。想像していたのとかけ離れすぎていたから気づかなかった。結局、振り回され、翻弄されていただけだ。自分の愚かさ加減にほとほとうんざりする。
(初恋、だったんだろうなあ)
心の一部がすっと色を失くす。
PR
空の、怖いけど生きていたという事を実感する
というセリフを聞いて、
山でも下山しても何のために生きているのかを探しているのかもしれないと思いました。
この前、崩壊学級を立て直すことで有名な先生が言っていたことを思い出しました。
「私の教育は成績ではなく、子供たちに生きがいと、学級での役割、居場所を作ることだといっていました。
学校で生徒が求めていることって、いい大学に入ることではなく
空が言っていたように
「生きたい」と思える事なのかもしれませんね。