オリジナル・登山系()ss・ひゃ……百合?
年度最後の足掻き。
三日連続とかないと思うじゃ(ry
い、いやマジで意味はないのですががが
いろいろと思考中ぅ。
年度最後の足掻き。
三日連続とかないと思うじゃ(ry
い、いやマジで意味はないのですががが
いろいろと思考中ぅ。
山帰りでも構わず登校してきた。大きく遅刻して。そうしたときの空の格好は一応制服で、黒を基調としたセーラー服だったが、大抵はザックを背負っていた。多数の生徒が行き来する廊下で背負い、歩いている姿は、異様というよりいっそ壮観だった。視線はひそひそ話やくすくす笑いを伴い、周りの空気そのものを引き摺っているかのように見えた。
恥ずかしがるでもなく、ひどく愉しんでいるかのような笑みを浮かべて応じるのだ。教師相手にさえ。見る限り、もう誰も彼もから諦められているように感じた。彼女を初めて見る新入生に、気さくに手を上げて挨拶し、階段を横切っていく。
昼休みには大抵その場所にいた。茜は中学のときと同じように、頻繁に会いにいった。巣に帰ってしまうように。彼女の隣でその日ようやく呼吸を取り戻したかのように息をついた。
「もう大学行くつもりもないからさ」
ますます“自主休講”が増えていることについて、空は言った。
「中退でもいいんだ。学歴ないと就職きついって言うけど、あたしじゃそれ以前の問題だしね……頭悪いし、要領も――」
山にだけ登れればいい――と、心の底からのように言う。それで稼げなくても、ただの一文にもならなくても。
「卒業したらいっぺん、アメリカ行こうと思ってる。ヨセミテとか。ヨーロッパでもいいね。クライミング・トリップってやつ。でも永住する気はないかなあ、やっぱり故郷離れるのって辛いんだよ、帰らなくていいやって思うと……ほんとうに帰ってこれなさそうで」
「ひとりで……?」
「仲間いねーもん」
びっくりするくらい協調性ないんだよ。なんかどうでもいいやって思っちゃう。誰かから話しかけられるってこと自体ほとんどないから、自分から話しかけるってこともない。
感化されて、私もやる、と言い出せればなにか変わっていたのかもしれない。なにか。そういう風に言うには、あまりに――わざとらしすぎ、自分の性質に会わなさすぎた。茜には自分が山を登っている姿など想像もつかなかったし、空はあまりに――ひとりの女だった。誰かがそばに立てる風には見えなかった。
一度、空が男子に誘われている場所を見たことがある。遠巻きに、夕暮れの廊下、ふと窓を見下ろすと巨大なザックがいやでも眼についた。校門を横切る瞬間に立ち止まり、視線の先に男子がいたのだ。きっちりと制服を着こなした、長身で生真面目そうな生徒だった。いかにも人気のありそうな。
どきりとして、走り出しそうになった。いきなり胸が張り裂けそうな心地がし、そうした感覚を味わったということ自体に動揺した。どうしようか迷い、結局足が固まったようになって、窓に額をつけて見下ろすだけに留まった。
男子の唇が動き、ことばが紡がれているのは見えた。が、なにを……?
雰囲気でわかった。いや、わかっているように錯覚しただけかもしれない。しかし、見てる人は見てる、と茜ははっきりと気づいたのだった。もてはやされるタイプの女に比べれば圧倒的にわかりづらくとも、櫛灘空は鮮烈な女だった。そう、鮮烈な。
茜は空が歪んだ微笑を浮かべるのを見た。ほんの一瞬だけ。夕暮れのつくる影に入り混じり、一瞬にしろ、それは淫らにさえ見えた。心臓が早鐘を鳴らし、ある種の焦燥が胸をよぎった。
が、空は何事かを言って首を振り、その男子の胸を押して遠ざけた。校門を跨ぐと、もう振り返りもしなかった。
男子の顔がショックから諦めに変わり、落ちるような苦笑になった。それが見えると、いままで息を止めていたかのように、からだの芯から力が抜け出た。膝が笑い、腰が抜けたように座り込んでしまった。
誰もいない廊下で、茜は思いがけず涙ぐんでいた。なぜかはわからない、ただ感情だけが針を振り切って溢れ出ていた。胸に手を押し当て、たった一言呟いた。「ばかみたい」
夢を見た瞬間に夢と気づく夢。
ほんの十歩ほどで横切ることができる円状の地面が、真っ白な雪で覆われていた。尖塔の頂上のように。三百六十度の天上は青く、ひたすらに蒼く、黒ずんでさえいた。巨大な太陽と輝きを失った月が並んで昇り、眼の眩むような明るさが満ちていた。
山頂だ、と思う。夢だと気づくのは、茜自身、生まれてこのかた積雪期の山頂になど立ったことがないからだ。それが夢に出てきたのは、映画かなにかの影響だろうと思う。たまたま見かけたポスターの。
その中心部に空が立っている。やはり夢だと思うのだ。ザックにダブルアックス、夥しい数のギアを装備したハーネス、着膨れしたからだなのに、顔の周りになにもつけていない。帽子も、ゴーグルも、目出帽もない。膝までの黒い髪が風に弄られ、マントのように広がっている。寒いはずなのに、冷たいはずなのに、微動だにしない。震えもしない。
こちらに背を向けてどこかを見ている。波打つ髪だけが動いていて、その周りを、舞い飛ぶ粉雪で白く染められた風が吹き荒んでいる。
(先輩?)
呼びかけた。が、返事はなかった。夢だから。いまの自分はただの視点でしかないのだろうと思う。
茜は首を巡らし、世界を見渡した。夢のはずが怖ろしく生々しく、大した想像力だと思う。昔乗った、飛行機からの視点をフィードバックしているのかもしれない。見渡す限りの雲海に、ところどころ鮫のヒレのように突き出る岩峰。山塊。雲海の千切れ目から覗く、巨大な高速道路のような、氷河の流れ。
山頂……
生命の気配がまるで感じられない。怖ろしく高い場所だった。薄い空気に、見るものさえなにか剥き出しであるかのように迫ってきた。地上で見る視界がすべて、フィルターがかっているかのように。
見下ろせば絶壁に、虚空。ぞっとするほどの角度だった。真下になにもないのだ。落ちたらどうなる? 落ちたら……
(先輩――)
まさか、と思う。こんな山が日本にあるものか。仮にあったとして、それを空が登っているものか。彼女はまだ十八歳、自分と三つしか違わない、少女と形容できるぎりぎりの歳だ。こんな怖ろしい光景のなかにいるなど信じられない。信じられないと、無理に思う。
それでも空なら、と思ってしまう。思ってしまうような危うげな空気を纏っていた、彼女は、出会ったときから。傷だらけの素肌に、愉しむような――いっそ淫らにさえ見える笑みを張りつけて。
圧倒的な光景に、夢にもかかわらず腰が抜けそうになる。想像がそのままの情景になり、視覚化されて気圧される。夜の夢がもたらす不可思議な作用。私の心のはずなのに、私の心をいとも容易く打ち砕く。
山頂――雲の上。
絶空。
がちがちと歯が鳴り始める。心の底からの恐怖と、身を引き千切るような寒さに。なのにどうして彼女は……彼女は……笑っているのか。淫らに。
『ああ、親父ね。死んじまった』
死ぬ。なんでもないようにそんなことを言う。いや、なんでもないはずがないのに、いとも容易く口にする。その意味。
(――あなたも死ぬんですか、先輩)
その考えに思い至ると、茜は首を振って拒絶した。死。それは日常からあまりにかけ離れたところにあることばだった。学校生活からは。決してないわけではない。が、夢という曝け出された場所で、そのことばは怖ろしく生々しく響いた。そうしてこの雪山を異様に感じる意味がわかった。命の気配がまったくの希薄なのだ。そして登るという行為で、その領域に踏み込んでいく。自分から進んで。ほんのお遊びであるはずが。
外野の勝手な想像かもしれない。それでも夢から醒めたとき、寒々とした孤独が身を包んでいるのを、茜は茫然と感じていた。
夏休みで、部活の練習があるとはいえ、人影はずっと少ない。バレー部の友人に付き合って立ち寄ったはいいものの、退屈で校舎を歩く。ふと思いついて屋上にゆく。
ジャージの後姿が柵の外側にいる。背中に、咄嗟にぞっと悪寒が走り、顔から血の気が引く。自殺!?
「――待ってーっ!!」
「え?」
走り寄って柵に手を叩きつけ、そこで気がつく。空が心底驚いたような顔をする。
「先輩!?」
「茜? おはよう、奇遇だねえ。ああ、いや別に物騒なことするわけじゃないから。先生にはきちんと許可取ってるし、安心して」
言うや否や空のからだが傾き、足元のない場所に晒される。茜は余計に青くなり、反射的に伸ばした手が虚空を掻く。
が、空のからだが壁を地面にして止まる。柵にかけられたスリングがぎちりと鳴り、カラビナがザイルを支える。
校舎の壁に垂らされたザイル。五十メートルを二本、末端で繋いで、一本にしている。地面にまで届いており、空はそれにハーネスからルベルソを通して、するすると、懸垂下降していく。
茜は表情をひくつかせる。なにをしているのかわからないが、練習。つまりはそういうことだと。
途中でザイルにスリングを絡ませ、ザイルだけを頼りに登ったり、また降りたりする。声が出せないでいると、空が声を上げる。セルフレスキューってやつー。
「驚かせて、もう!……」
どうしてこんなことができるのか。まるで怖れる様子もなく。茜はそっと柵の上から真下を見下ろし、すぐに眼を逸らす。だってこんなもの、柵が、ロープが、腰の器具のどこかがおかしくなれば、一発で落ちてしまうじゃないか。山をやってるひとってみんなこうなの? 消防士かなにかみたいに。
いちばん下に降りた空がザイルを引き、茜もぶつくさ文句を言いながら屋上を後にする。理屈ではわかるが、なんとなくむかつく。一応は体育会系の部活、夏休みに練習は当たりまえ……
「部活?」と空は茜に訊く。
「友だちの付き合いです。びっくりした……」
「大事なことだからさ。ザイルワークって。ゲレンデでやれればいちばんだけど、ひとつのルート占領してるわけにもいかんし」
「他に部員いないんですか?」
「いたけど、逃げられた。ワンゲルと探検部に取られちまった。人望ないね」
「人望っていうか」
仮に自分が入るとしたら? と考え、茜は自分を嘲笑する。無理に決まってる。こんなのは絶対にごめんだ。
「明日から北アルプス行くんだ。全山縦走するつもり。楽しみでさ、居ても立ってもいられなくて学校きちゃった」
「全山?」
「三週間くらい」
ぐらっと眩暈がする。「……ひとりで?」
「仲間いねーし。ぼっちだよぼっち」
空はけらけらと笑う。茜は心底呆れたように溜息をつく。三週間。ひとりで、山に。そんなのは絶対に……絶対にごめんだ。
それから三週間、茜は空のことを考えながら自分の部屋で時間を埋めた。冷房の効いた過ごしやすい場所で。心のなかがじくじくと沁みて、苛立ちと切なさが交互に行き来した。自分がこうしているたったいま、先輩は……そう考えるとどうしようもなく胸がざわめいた。焦燥も感じた。ほとんど無意味に。
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