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2025/02/08 00:50 |
(東方)
 
 闇黒片 ~Chaos lives in everything~
 

 
 Stage2 紅魔湖畔
 
 ――メイドのおしごと 撃滅編


後編 前編・中篇は上の記事に
 

拍手



 サクラが旧名を名乗ったのは、その女が名を支配して術中に誘い込むタイプの悪魔であることを警戒したためだろうと、橙は思った。仮に自分が相手をしたとしても、旧名で誤魔化しただろうから。
 小さな身に不吊り合いな竜骨砕きを重く振るうサクラを指差し、橙は隣に立つ桔梗に訊く。「彼女、大丈夫?」
 「駄目なようなら素直に言いますので。自分の仕事を横取りされることほど、メイドとして不快なことはありませんから」
 
 それは人間の得物としてさえ重すぎる代物だった。一撃ごとに地が爆ぜ、衝撃が風を伴って弾け、触手の肉はおぞましく潰れ、振り回されるようにサクラのからだが廻った。その勢いのままに二度三度続けて刃を返し、迫る触手を次々と薙ぎ払う。スカートが際どく捲れ上がったと見えた瞬間には、サクラの左手がその内側に入り込み、内側のベルトから投刃を抜いていた。
 
 「助かるよ。絣だけじゃ埒が開かなかっただろうから」
 「恐れ入ります」
 「それにしても、あなたの同僚は変わってるね。昔からああなの? 妖術じゃなく、肉弾戦なんて――」
 
 サクラの手元が閃くと、女は仰け反りながらも投擲された刃を回避した。触手の陰に入り込む、が、そう長くは隠れていられない。気がつくと、踊るように宙を跳び、油に落とされた火のように地を駆けるサクラの斜線上にいる。サクラはその機を逃さずに投刃を放つ。剥き出しの薄い鋼が女の頬に際どくかする。
 いまのメイド長がやってきてから、紅魔館メイドのナイフ技術は、昔とは比べ物にならぬほど向上している。最上位の悪魔を狩るために研ぎ澄まされた人間の技法を取り入れ、その鋭利さは館の食堂に出没する漆黒のアレの頭部を正確に射抜くほどだ。
 
 「……らしくないとお思いになるでしょうか。妖精は妖精らしく、冷気や――光や――そうしたものを使っていればいいのに、と。身の丈に合わぬ武器など握るべきではないと」
 「そう思うひともいるだろうね」
 「それは重々承知しております。われわれはレミリアお嬢様のお父上の時代から仕えておりますが、その頃にはもっと多くの従者とともに働いていました。従者の質も、ピンからキリまででした。他者を貶めることでしか自分の価値を向上させられない心無い者も多々おりました。サクラはよく陰口の対象になっていました、『妖精らしくもなければ女らしくもない、恥知らずのみっともないメイドがいる』と」
 
 女自身の霊弾が触手の隙間からサクラを狙う。サクラは竜骨砕きを盾代わりにしてその攻撃を防ぐ、が、質の悪いレプリカでしかない武器はそれで欠けてしまう。サクラは柄を手放し、左肩の肉切り包丁を抜き放ち様、地面に縦に叩き落す。震脚と同じ要領で広がった衝撃波が触手の動きを怯ませる。
 触手と真正面から切り結ぶ。その真下に滑り込むように身を沈め、柄を両手で支え、頭の上を通り過ぎていくに任せる。縦に寸断された肉が橙と桔梗の足元まで飛んできたときには、もうどんな動きをすることもない堆肥に成り果てている。
 
 「そういうのはどこにでもいるね。絣もよく言われるよ、今代の博麗はどう見てもオワコンだって」
 「『なんとからしさ』なんて言の葉はどこかの誰かが勝手にほざいたたわごとです。でも、どうしてもそう思えない時代遅れがいる。そういうやつに限って自分こそが正義の味方みたいに」剣を手に踊るサクラを示して――「けどそれでいちばん辛いのは、正義の味方じゃなく、サクラ自身です。彼女は見ての通り『剣術を扱う程度の能力』ですが、それは白玉楼の庭師様のように、恵まれた身体能力を持つような方々にこそ相応しい能力です。妖精のような種族がそれを持ってもいわば、MPが足りない、みたいなことにしかなりません」
 
 サクラは触手を激しくグレイズしつつ女に肉薄する。メイド服の切れ端を飛散させながら、肉厚の刃が女のすぐ真横に振り下ろされる。
 「おーおー、怖ろしい女ね! 随分とがんばること!」
 「私などそれほどでもありませんわ。紅魔館は私の百万倍は怖ろしい方々だらけですので」
 「……それマジで?」
 反撃の霊弾を回避するには包丁が重過ぎる。サクラは躊躇なく柄を手放す。回り込んで太刀を抜き、斬り払いつつ間合いを取る。それまでサクラが立っていた地面を触手の雨が粉砕する。
 
 「サクラは妖精のなかでもひときわ非力な妖精として生まれました。剣術を能力として生まれ持っても、それに必要な腕力がまるで足りませんでした。いまでも足りてません。長く鍛錬して、どうにかああした風に動けるようにはなりましたが、それでも妖精は妖精のままです」
 「でもまだ剣を振るってるんだね」
 「それしかありませんから。妖精として生きようとしても、湖の氷精のように自然の術を使えるわけではない。剣士として生きようとしても、生まれた種族の限界を越えることはできない。でも、サクラにとって幻想郷にきたことは僥倖以外のなにものでもないと思います。スペルカードルールは――本当は誰よりも剣士らしく生きたかったサクラにとって、なにより剣士らしい時間を与えてくれる、最高のゲームですから……」
 侍として主君に仕え、忠義を尽くし、刀を振るう――
 
 当然のことながら、重すぎるふたつの剣を捨てたことでサクラの動きは加速した。ウォーミング・アップの時間も終わりを告げた。銀閃の鮮やかな弧を描く太刀筋は美しい精彩を放った。触手の青紫の血飛沫が舞い散るなかで、彼女の周りだけが春の光を纏って輝いていた。対峙している女のほうが、思わず見惚れてしまうほど。
 投刃を使い尽くし、サクラはスカートの内側のベルトも外して捨てた。グレイズしたスカートに切れ込んだスリットから、ニー・ソックスの黒紫がしなやかに伸びた。その脚の先が地面を捉え、太刀が目視を許さぬ速度で煌くと、百分割に斬られた触手の肉がサクラの後方で塵と消えた。
 
 「サクラは能力と種族とが一致していない女です。自らの性質と、本当にやりたいことが、遠くかけ離れた妖精です。ですが、それらに一切の矛盾がない者のほうが珍しいのではないでしょうか。
 湖の氷精が規格外に強いのは、したいことと、していることと、内に秘めたものが完全に一致しているからです。それはとても貴重で、得がたいことです、文体とテーマとキャラクターとが完全に一致している小説のように」
 橙は少し考えて言う。「……絣もそうだね。巫女なのに、針も札も使えない。空を飛ぶのも苦手。それで結局、悪魔の契約に頼ろうとしている」
 
 
 
 太刀も遂には根元から折れた。サクラは最後の得物、メイド長自ら設計し、特注した、儀礼済みの銀のナイフに手をやった。悪魔の館に不吊り合いな、魔を祓うための神聖なる刃。が、それもまた紅魔館の抱える百の矛盾のひとつにすぎない。すべてを受け入れてなお色褪せぬのが紅色だ。
 
 女は疲れたように、けれど感心しているようにサクラを見やる。「しぶといね。それでやっと最後? 見たとこあんまり、頼り甲斐のあるような剣には見えないけど」
 「いいえ、悪魔さん。私の剣はすべてレプリカですが、これだけは本物のなかの本物です。ですからつまり、ここからが本番だ、さあかかってこい、ということになりますわ」
 「よくやるよ。でも、全部無駄」
 
 女は中指と親指の腹を重ね合わせ、高い音を立てて弾く。切り落とされた触手が持ち上がり、肉がぼこぼこと泡立つ。失われた箇所がプラナリアのように再生していく。
 十秒後には召喚されたままの姿を取り戻している。なにかしらの消耗も認められず、そのままのかたちに逆戻りしている。
 
 「まあ……」
 「ありきたりなものにはありきたりな力を。再生能力ってやつ? こいつは単純だけど、不死身。悪いことは言わないから、ひどい目に遭うまえにギヴ・アップしなよ」
 
 サクラの双眸が前髪の奥に隠れる。紅魔湖から吹き込む風にその姿は揺らめいて見える。いっとき置いて、薄い唇がゆっくりと半月のかたちをつくる。
 再び持ち上がった顔にはたがの外れた凄絶な笑みが浮かんでいた。
 
 「斬り放題じゃねえか!!
 
 魂のスカルプチュアを手に、サクラは敵陣へ突っ込んでいく。
 
 
 
 「……なにあれ?」
 「お気になさらず。少しこじらせているだけですから」桔梗はぷいとそっぽを向き、憎々しげに呟く。「……私と一緒にいるときより全然楽しそうなのがムカツク……」
 「え?」
 「いえなんでも」
 
 
 
 ナイフ一本にまで装備重量を絞ったサクラのからだは縦横無尽に奔った。もはや輪郭がおぼろげになるほどの速度で、鈍重な触手はもう完全に標的を見失っていた。斬り刻むたびに再生し、再生するたびに斬り刻んだ。血を浴び、サクラの精神が昂揚する、そうしてまたさらに加速した。
 妖精の笑い声があたりに響いていた。昔ながらの邪妖の、人間を迷宮の深奥に誘い込む、不穏で不吉で耳障りな歌声。敵将の首級を狙う戦場のサムライ。
 歩兵を薙ぎ払い、サクラは女の頭上に迫った。ナイフの銀色が稲妻のように墜ちた。女は咄嗟にサクラの腕を掴み、唐竹割りされる寸前でその刃を止めた。
 
 「楽しそうだね。こんな状況でさ。正直、羨ましいよ」と女は言った。
 「ええ、とても楽しいですわ」サクラはにっこりと笑う。「刀を生まれて初めて振るったときから、振るうたびに新しい喜びと発見がある。私はきっとこれが大好きなのでしょう。お嬢様のお傍にいると、いつでもなにかしらこんな物騒な事態に遭遇する。大抵は大負けしてしまいますが、こうした機会を得られるというだけでとても恵まれた気分ですわ」
 「マゾかよ……」
 「まあ、失礼な。苦痛を悦ぶ性癖はございません。むしろこうした状況をどう捻じ伏せるのか考えるほうが愉しいですわ」
 
 どうでもいいよ、そんなの。女の呟きとともに背から蝙蝠の翼が広げられ、白いローブの生地を破く。羽ばたきとともに霊弾が撒き散らされ、またふたりの距離は遠間に戻る。
 
 「悪いけど今回も負けてもらうよ。あたしもそう遊んでらんないんだ」
 「それは残念ですわ。……けれど」
 
 サクラはにやりと笑う。
 
 「先代の巫女様に札をたんと喰らって以来、負け越していましたが。今回ばかりは私の勝ちのようです。白星を拾わせていただきますわ」
 「え?」
 
 紅い魔力の奔流がその場を満たしていた。
 女は振り返った。湖面に立つように、赤一色のツーピースに身を包んだ絣が、深く身を屈めてなにかを求めるように両腕を差し出していた。歯を食い縛り、臨戦態勢の怒れる猫のように歪み切った蒼白い顔。足元から波紋が幾重にも広がり、不穏な温度の風が吹き荒ぶ。絣はその只中で身に吊り合わぬ膨大な魔力を纏い、それを抑え込むためにすべての霊力を注ぎ込んでいた。
 ――フェーズ100、スペルカード宣言……
 その手に不定形の紅い槍がかたちを成す。それがこの場で別格の気配を撒き散らす。
 
 「槍符『ネガ・グングニル』!」
 
 女は事態を悟ると、腰に手を当てて深く溜息をひとつ。火の点いていない煙草をくわえ、ちょこんと首を傾げてみせる。
 
 「……なにそれ?」
 
 絣は槍を投擲した。
 
 
 
 女は飛び退り、触手を盾に逃れようと試みた。内心無駄だとわかっていたとはいえ。
 穂先に触れるや否や、触手は貫かれるまえに跡形もなく蒸発していた。本来の持ち主が使う本来の術に比べれば百分の一の威力もなくとも、もはや充分すぎるほどには充分だった。再生さえ許さぬ、原子の細かさにまで分解し、なおも勢いを失わなかった。槍は周囲を巻き込みながらも絣の狙った場所まで突き進んだ。そうして、大爆発を起こした。
 ですよねー。女は早々に諦め、なにか憑き物の落ちたような晴れやかな笑みを浮かべた。吹っ飛んできた瓦礫が脳天に直撃し、撃墜。そのまま橙の場所まで吹っ飛んでくると、優しく受け止められて気を失った。
 が、爆発はもちろん、それだけでは収まらなかった。
 
 「へ?」
 
 絣は眼をまんまるに見開いた。爆発の勢いはやまず、投擲した当の絣の位置にまで迫ってきていた。ぽかんと口を開けてその様を見守るしかできない、それもそのはず、投げるのに全力を費やした彼女の拙い霊力はそれでもう底を突いているのである。
 不相応な力を手にした者への、相応の報い。レミリアが面白がってたっぷり篭めた魔力は、到底、絣に扱えるようなお優しい力ではなかったのだ。
 
 「ちょ、まっ――にゃあああああ!!!!!」
 
 槍は、槍に託されたおしごとを見事にやってのけた。敵を撃滅したのだ。ついでに仮初の持ち主も吹っ飛ばしたが、それは巻き添えにされたほうが悪いのである。
 素早く退避したサクラは、にこやかに笑って両手を胸前で合わせた。
 
 「昔からお変わりにならず、まことに素敵ですわ。お嬢様」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ふたり仲良く気絶してしまったが、オプションであるサクラが立っているのでとりあえず勝ちである。桔梗は軽い絣を、サクラは背の高い女を背負った。
 
 「私は後片付けしてくよ」と橙は言った。「そのままにしておくわけにもいかないし」
 弾幕によって――主にレミリアの槍のせいで――折角の美しい景観が台無しになってしまっていた。樹々は薙ぎ倒され、大地は隆起し、湖の水が流れ込んで蜘蛛の巣をつくっていた。橙の土地ではないが、幻想郷である。彼女としては放っていくわけにはいかない。
 
 サクラはそのあたりを見回し、眼を細める。「おひとりで大丈夫ですか?」
 「うん」
 「……お嬢様がわれわれふたりを遣わしたということは、つまるところそういうことです。もしよろしければ――」
 「信用されてないなあ。けど、大したことないと思うよ。確かに私はそりゃ、危機感みんな麻痺してるけど。それよりその子」
 橙がみなまで言うまえに、桔梗は頷いた。「わかっております。私にお任せください」
 
 午後の光は強みを増し、三つの影を薄く長く伸ばしている。そこからだと、紅魔館は巨大な影そのもののように見え、紅というよりは黒く見えた。あの館で誰かが、この一行の帰還を待って食事を拵えているのだろう。どこかの誰かが帰るべき場所……
 立ち去るまえに、サクラは言った。「お嬢様は八雲様を心配なされているのですわ。ことが終わったら、是非とも紅魔館へいらしてください。元気な姿をご覧になるだけで、お嬢様もお喜びになります」
 「八雲じゃないって。まあ絣を迎えには行くけど」
 
 ひとりきりになると、橙は袖口を合わせて手を隠し、漠然とそのあたりを見て回った。そんな風に破壊されてさえ、紅魔湖畔は居心地のいい静寂に包まれているように思えた。チルノや、大妖精や、他の妖精らが居つきたくなるのもわかるのだ。その中心部に、世にも怖ろしい吸血鬼の館がどんと建っているにしても。
 風に頬を撫ぜられ、橙は軽く眼を閉じて世界を感じた。紫の愛する幻想郷を、橙もまた愛していた。けれどそれは主の主の影響でそうなったのではなく、橙自身が橙自身の旅路によって思い、感じ、経験したことによってそうなったのだ。あの赤毛の悪魔もまた、そうなるのだろう。絣にしても。
 
 「最初の戦いとしては、上々だったかな」
 
 最後は締まらなかったが、収穫は多い。絣自身はわかっていないだろうが、今日の戦い方――敵の弾幕を捌き、耐え、然るべき後に大火力の砲撃によって撃滅する――は、橙が絣に会得させようとする、恐らくは彼女にもっとも適した戦法だった。オプションを利用できるなら、なおいい。この経験は、絣にとっては弾幕戦の雛形となるはずだ。
 というより橙にはどうも、レミリアが自分の意図を察して契約などに及んだようにしか思えないのだが。運命を操るというのが結局どういうものなのか、未だ理解の外側にあるが、レミリアにとって妹とは護るべきものだということだけはわかる。
 
 「妹扱いなんだよな……」
 
 なんだかがっくりきてしまい、頭を落として深く溜息。とりあえず槍は封印安定だ、そもそも使いこなすのに百五十年かかる武器を主砲にするわけにはいかないのである。それだけの年月を縮められるほど絣に才能があるわけでなし。
 物思いに沈みながら、随分と歩いたらしい。気がつくと陽光は仄かに茜に染まり、あたり一面を色濃く燃やしている。ふと振り返ると、夕陽が、紅魔館の尖塔にかかっている。
 
 「で」
 頃合だと思い、橙は不意に言った。
 「いつになったら出てきてくれるの? こっちはもう待ちくたびれてるんだけど」
 
 
 
 へし折れた樹と樹がつくる濃い影から、ぬかるみを踏んで、ハイヒールの爪先が光の下へ出てくる。そのブロンドに近い赤毛は膝のあたりまで伸び、その類の悪魔特有の、はっきりとくびれの目立った豊満な肢体を檻のように隠している。顔つきは絣とやりあった女と酷似してはいたが、いくらか大人びていて、女はしていなかった黒い口紅を薄く塗っていた。なにより、纏う空気が根元から違っていた。双眸は眠たげに細められ、指先は緩慢に首筋を撫ぜ……
 
 「いつから気づいていたの?」
 「いつ……?」橙は首を傾げた。「どうしてふたり組みなのに出てきてくれないのかなあとは思ってたけど、もしかして隠れてたの? ごめん、全然気づかなくて呑気に待ってた」
 悪魔はわずかに頬を歪める。
 
 橙は欠伸を噛み殺して眼の端に涙を浮かばせた。今朝、ルーミアのせいで二度寝しなかったため、もうずっと眠気が纏わりついてきている。そんなところだけ紫様に似て、と藍にはよく叱られたものだ。
 そのせいにするつもりはないのだけれど、恐らくは先程の女よりも遥かに上位であるはずの悪魔を見ても、自分のなかに危機感めいたものの欠片も浮かんでこないのだ。これは本格的にだめだな、と橙は自分について思う。これではかつて、初めて会った霊夢や魔理沙、咲夜らに挑んであっさり返り討ちにされたときのように、またいつか手痛いしっぺ返しを喰らうに違いない。明日から一から修行しなおそうかしら。そう考える橙は、いまがそのときかもしれないなどとはちっとも思わないのであった。
 
 「てか、あの子が淫魔っていうのはさすがに無理があると思う」と橙。「見ればわかるよ……美人かどうかって顔より空気だもの。あれは異性に欲情されるってより、同性と深い友情をかわすタイプだ。実際に絣とそうなっちゃってたし……触手にしたって、主とこれっぽっちも似合ってなかった。淫魔ってより、せいぜい――(本来の意味で)――小悪魔がいいとこ」
 「あの魔獣は私のペット」悪魔は憎々しげに言う。「粉々にされるとは思わなかったわ。まさかあんな切り札を隠し持ってるなんてね。先代の巫女は鬼畜で、今代の巫女は雑魚と聞いていたのに、逆だったかしら」
 「これまでたくさんの魚を食べてきたけど、雑魚なんて魚は見たことないよ」
 
 どうにか警戒心を呼び起こさなきゃ。橙は面倒ながらもそう思い、一応臨戦態勢のまま足を踏み出す。悪魔は橙の動きに呼応するかたちで、一定の間合いを保ったまま湖を背にする。太陽を。逆光のなかに隠れ、橙は眼を細める。
 
 「巫女がリタイアしちゃったから、私が後始末しようと思ってるんだけど。……訊いていいかな。どうしてわざわざ」紅魔館を指差し――「挑発するような真似? 仲間がいるって聞いて、嬉しくなっちゃったかな」
 「仲間? 精気を喰らうのをやめ、飼い慣らされることに甘んじた者など同胞でもなんでもない。我々の本来を思い出させてあげようとしたのに、まるで反応もない。それどころか悪魔にあるまじきことに、巫女などを差し向けてくる始末」
 「あっそう……じゃ、なに?」
 
 女もまた眼を細め、おもむろに首を巡らし、夕陽を鱗のように反射する鮮やかな紅魔湖を見やる。その表情がうっすらと緩む。「ここはいいところね」
 
 「気に入ってくれたんなら嬉しいけど」
 「ええ、とても気に入ったわ。噂には聞いていたけれど。極東のどこかに、平和ボケして弱体化した妖魔の集まる、桃源郷のようなささやかな郷があるって。毎晩毎晩酒ばかりで、見るも無惨なほど腑抜けてるって」
 
 いつの噂だそれは。橙は訂正する気も起きずに頭をがりがり。酒はおおむね合っているが、弱体化が目立っていたのは吸血鬼異変の頃で、スペルカードルール制定からは……手のつけられない凶暴で物騒なばかどもばかりが幻想入りしてきて、紫が涙目になりながら奔走している有様なのだが。彼女にはもう、最近は会えてすらいない。やれあっちで悪巧みだ、やれこっちで大喧嘩だ、やれそっちで結婚式だ、霊夢ー! たすけてー! カムバァーック!! 昨晩久し振りに訪ねてみるとそんな悲鳴が聞えてきたので橙は黙ってスキマを閉じた。
 
 
 
 「善意から忠告するけどさ」と橙はなだめるように言う。「幻想入りしてテンション上がるのはわかるけど、悪いことは言わないからやめときなって。例えば――」
 「ここはいいところね。でももっと棲み易くできるわ」
 「はあ」
 「長いこと人間を食いものにして生きてきた。妖魔としての格を上げ、このときを待ち望んできた。いい加減、世界のひとつでもこの手に収めていい頃だと思うの。手始めにあの館から潰すわ」
 「そーですか」
 「もう一手目は打ち終わった。間抜けなことね、とてもすんなり思い通りになったわ」
 
 橙は帰りたくなってくる。潰すもなにも、あの館はもううんざりするほどしょっちゅう崩壊している。だいたい当主と妹のせいで。たまにメイド長と門番のせいで。一時期、図書館の主が一年ほど留守にして、旅行に行っていた時期があったのだが、そのあたりはいちばんひどかった。橙の記憶が正しければ、その一年で五百回は爆発していたと思う。たぶん、リア充だったのだろう。
 
 「あの子とふたりで頑張るつもり?」
 「あれと? まさか」悪魔は急に苛立たしげな口調になる。「あれはただの使い魔。私が術式を重ねてゼロから産み出した、粗悪品のクローン。私の似姿。でも、性質は別物になってしまった。魔力は最下級クラスだし、命令にいちいち文句をつけるし、しまいには煙草の味を覚えて研究室を煙だらけにする。使えない、雑魚のなかの雑魚」
 「あんたの娘みたいなものなんだ?」
 「冗談でしょう? 汚らわしい。人形をそんな風に思ったりしないわ」
 
 橙は率直な不快感から口を閉じる。
 
 が、そこで悪魔はにんまりと笑ってみせる。「でも、役には立つ」なにかを求めるように橙に手のひらを向けて、「狙い通り、無様にやられてくれたわ。それであの館に連れて帰られた。なんとも都合のいいことに、気絶した巫女と一緒に」
 
 不穏な空気が満ち始めている。
 橙は重ねていた袖口を離し、だらんと腕を垂らす。もう少し辛抱しなさい、と自分に言い聞かせる。それでも気がつくと顎を上げて、同じほどの背丈にもかかわらず、悪魔を見下ろすようにしている。
 悪魔のほうでもそうした気配を感じ取ったのか、そのからだから魔力が漏れ始めている。彼我のあいだは大足で十五歩ほど、相当の距離がある。なにがあってもどんな対応もできるだろう間合い。先に動いたほうが不利なのは明らかだった。
 
 「あの子は」と橙。「巫女の友だちになってくれそうだったよ。どんなことばを交わしたのかは知らないけど、打ち解けて、楽しそうに笑ってた。彼女がそうなるなんて珍しいことなんだ。近しい者への劣等感に打ちひしがれて、自分なんてって思いから人見知りで内気で、人里じゃいつも誰かの影に隠れるようにしていた。ひとりぼっちなんだ。それもまた先代と違うところだけど、でも……あんたの似姿とやらは随分と外交的みたいだね」
 「そんなことはどうでもいいわ。でも、ますます好都合ね。美談になるじゃない? 友人と一緒に死ねるってのは」
 
 橙の指先がぴくりと動く。
 
 悪魔はゆっくりと腕を持ち上げ、自らの側頭部を指差してみせる――
 「あれは爆弾」そこで会心の嘲笑を浮かべる。「私の魔力をたっぷり詰め込んだ種を頭のなかに仕込んだ。私の遠隔操作、呪文ひとつで辺りを巻き込む大爆発を起こせる。一瞬よ! 即効性の猛毒を撒き散らすおまけつき! 安心なさい! あれはそんなことちっとも知らないわ、巫女とは本気で戦ってたから!」声が高く高く響くように掠れる。「さあ、次はあなた! 巫女の命が惜しくなければ――」
 
 
 
 それだけ聞ければもう充分だった。
 
 
 
 橙は
 先に動いたスキマを開き術式を編み霊力を開放し六十四枚の結界を張り十五歩の距離を一歩で詰め地が爆ぜ風が唸り湖面が弾け悪魔の魔力を突き破り悪魔の術式を封印し悪魔の四肢を縛りつけ悪魔の境界を弄り回し悪魔の口を塞ぎそこらじゅうを自機狙い型通常弾幕で埋め尽くし
 ――人を驚かす程度の能力――
 ルールに則り、スペルカード宣言をした。
 「仙符『鳳凰卵 孵化』」
 
 
 
 悪魔は喘いで言った。「あ、あなたは何者なの!?」
 橙はサクラと同じように、大昔の、ただの猫であった頃の名を言った。「黒」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「どうですか? 桔梗」
 「余裕。朝飯前。くだらない術。笑わせる」
 
 桔梗は気絶したままの女の頭に手のひらを乗せ、鼻で笑った。そうしたときにはもう、魔法をかけ終えていた。
 
 「こんなのも必要ないかもしれないけどね。橙さんが片つけてくれてるよ、たぶん」
 「でもやはり桔梗がいてくれると安心ですねー。私は魔法なんてさっぱりですから」
 「はい、おしまい。封印完了。妹様の部屋にかけてたやつとは別物だよ、これは内側からはそう簡単に開けない。帰ったら、本格的に解体の準備をしよう。私にできなくても、パチュリー様がやってくれる」
 
 伊邪那美桔梗。サクラと同期、メイド妖精のなかでは最古参。
 『魔法、主に結界と封印術を扱う程度の能力』。
 パチュリーがいなかった頃、フランドールの地下室に封印の術式を施していたメイドだった。それによって、幽閉の体裁を保っていた……
 
 「……ずっと、自分の能力をこんな風に使いたかった」
 桔梗はしみじみと言った。
 「妹様を封印するんじゃなく、誰かに喜んでもらえる魔法を使いたかった。霧雨魔理沙みたいに派手で綺麗な星を撒き散らして、夜空を美しく彩るような……メイドとして、主人に心からの安らぎを贈れるような」
 「妹様は地下室をお出になられるのですね」
 「うん。もう二度と、望まれたものを押し込むような魔法は使わない。それだけ仕事が減るから、図書館で勉強しなおそうと思うの。もっとたくさんの魔法を覚えたい。内に篭もっていく結界じゃなく、外へ開いていく結界を張ってみたい」
 「六百の手習いですわね」
 
 桔梗はにやりと笑い、絣を背負いなおした。「帰ろ、サクラ。お腹空いちゃった」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 もはや考えるまでもなく、あらゆる運命はレミリアに従属する。彼女にしてみれば送り出した妹が新しい妹をお持ち帰りしてきたぞくらいのものであった。
 
 「ふぅん。言われてみればこぁちゃんに似てるよーな似てないよーな」
 「羽根くらいしか似てないわ、レミィ」
 「そうね。で、どう? 図書館に人手いる?」
 「いらない」
 
 後ろ手に縛られて、床に座らされている女である。あーやだやだ、と思うのだ。だから悪いことはできないってあれだけ言ったのに、調子に乗るから。この分だとあいつもやられちゃったかな。詳しくはわからなかったけれど、後ろに佇んでいたあの猫の妖怪は、少なく見積もってあの可愛らしい巫女の百万倍は剣呑な気配がしたから。さらにその百万倍ヤバそうな気配がすぐそばでこちらを伺っているようだったから。
 
 「参りましたー。おみそれしましたー。煮るなり焼くなり好きにしてくださいー」
 「一ヶ月間タダ働きで」
 「え、そんなんでいいの? ごめんね、ありがと。私の名前は――」
 「ちっちゃいこぁちゃんということで、ここぁで」
 
 女改めここぁは愕然と固まってしまった。「えっ?」
 
 「どう? 咲夜! 我ながら完璧な名前だと思わない!?」
 レミリアがとてもいい笑顔を背後の従者に向けると、咲夜はにっこり笑って言った。
 「ええ、お嬢様。毎度のことながら、素晴らしいネーミングセンスですわ」
 
 パチュリーの後ろで小悪魔が物凄くイヤそうな顔をしていたのだが、ここぁ以外に気づく者は誰もいなかったのだった。
 
 
 
 
 
 橙は簀巻きにした悪魔を抱え、スキマに片足を突っ込んだ。
 
 「くっ、殺しなさい、いっそひと思いに殺しなさいよ! こんなの末代までの屈辱、恥辱よ! こんな生き恥を晒すくらいなら自分で腹かっ裂いて死ぬわ! 離しなさい、離してー!」
 「ああもううるさいなあ。紫様の労働力にしようかと思ってたけどなんか逆に迷惑そうだなあ。どうしようこれ」
 「それは食べてもいい妖怪?」
 
 不意に闇の帳が降り、橙の周囲は暗がりに包まれた。夜目の利く橙でも、一メートル先さえ見通せないほどの黒。
 悪魔はひっと息を呑んだが、橙は溜息をついて闇に爪を立て、無雑作に引っ掻いた。そこから一筋の淡い光が射し込み、ふたりのからだと、ルーミアの顔を照らした。
 
 「ルーミア。食べちゃだめだよ。こいつは――どうしよう?」
 「迷ってるなら、ちょうだいよ。お腹空いたなー。さっきまでチルノと遊んでたんだけどさ、疲れちゃって。彼女くらいだよ、私の封印が解けても変わらずに遊んでくれるのは……」
 「だぁめ。大人しく神社で酒でも漁ってなさい。ねえ、あんた」固まってしまった悪魔に――「とりあえずマヨヒガ送りね。紅魔館に迷惑かけたんだから、しばらく謹慎。適当に頃合見て解放してあげるけど、そうやたらめったら好き放題しないこと。いいね? あっちこっちで似たようなのが異変起こすんだから、まったく」
 
 橙のことばを聞き、ルーミアの眉がぴくりと動く。マヨヒガだって?
 
 「じゃあ、なに……。そいつしばらく橙と二人暮らしになるわけ?」
 「私もう最近はほとんど神社で寝泊りしてるんだけど。まあ、そうなるのか」
 「橙?」
 温度を一気に下げた声に、橙は頑なな視線で応酬する。「なに?」
 
 その場の温度が音速で冷え切っていく。ルーミアにしてみればまったく愉快なことではない、ただでさえ少しまえにはいなかった弟子を得て、橙は自分から離れかけているのに……。折角こうしてまた目覚めたというのに、肝心の彼女とちっとも距離を縮めていない。手段と目的が、ぼやけているのが気に食わないのだ。
 
 「ねえ、そいつ淫魔じゃん。そばに置いといたってろくなことにならないじゃん。本気なの?」
 「どんな妖怪だってろくなことにはならないと思うけど。あんたは闇で私は化け猫」
 「私も橙も全年齢向け。そいつは十八禁」
 「なにを言ってるのかよくわからないけど、そうだね。絣には近づけないようにしとくよ」
 「どうして私と話してるのにあの小娘の名前が出てくるの?」
 
 どうしてって。困惑するような字面に反して声音は普段と変わらず、橙はすまし顔だ。無視してスキマに両脚を突っ込みかけると、ルーミアの手が暗がりのなかからぐっと伸びて、橙の肩をしっかりと掴む。
 
 「ねえ、私を見なさいよ」
 「残念だけど、暗くてよく見えない。空腹で、機嫌悪いの? 自分の指でもかじってなよ」
 「そいつは食べてもいい妖怪」
 「いいえ違います」
 「橙を食べたい」
 「イ・ヤ」
 「性的な意味で」
 「イ・ヤ」
 
 じゃあもういいよ。ルーミアはぷいとそっぽを向いて離れ、闇に溶け込んで消える。射し込む茜色の光が勢力を増し、黒一色の視界に鮮やかな蜘蛛の巣をつくる。闇が晴れ、世界が真っ白に染まったかのように眼が眩むと、次の瞬間にはもう元の景色に戻っている。
 ルーミアの姿はどこにもない。が、橙はなにもないところに向かって言い放つ。
 
 「相手されたいならそれなりの準備をしてきなさいよ。忘れてるなら言っとくけど、私も女だよ?」
 「次は花束でも持ってくるわ」
 「それは逆効果だね、幻想郷じゃ……太陽の畑のアルルーナのせいで宣戦布告にしか取られない」
 
 ルーミアの気配が完全に失せると、橙は満足げににっこり微笑む。昔は散々弄ばれたが、今回はこっちが遊んでやる、と思うのだ。緑色の魔物じゃないが、嫉妬とやらはなかなか美味しいもののようだ。絣がルーミアを再封印し直すまで、楽しんでやるとしよう。もっともそれは、下手すれば五十年後の話になるかもしれないが……
 じゃ、行こうか。悪魔に向かって言うと、彼女はもう完全に硬直しきっている。
 
 「あ、あれ、あ、な」
 「穴じゃない。スキマ」
 「……ッ、っ!――なんなの、なんだってのよこの郷! 話に聞いてたのと全然違うじゃない、どうしてあんなのがひょこっと気軽に出てくるわけ!? なによあの化け物!」
 「私の好きなひと」言ってから、橙は苦笑してみせる。「イヤになるでしょ? もう二度と絶対にやりあうもんかって思ったもの。いまでも怖くてたまんないけど、それでも好きなんだよね……まあ……ああいうのがカオス的にごろごろいるのがいまの幻想郷。無秩序の秩序」だからね、と言い聞かせるように――「私んちでしばらく大人しくしてなさい。それが身のためってものだよ。あ、それと掃除しておいてくれると嬉しいな、放置気味で埃っぽくなってるから――落ちかけてる屋根の修繕と、庭のお手入れもお願い――たまに紫様が避難してくるから、寝室は特に念入りにね――メイドのおしごとよろしくってわけ。以上。到着。解散」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「終わった……」
 
 その日の業務をすべて終え、桔梗は自室に戻る。つくづく、あの触手とやりあわなくてよかったと思うのだ。サクラのように大暴れの弾幕戦に付き合っていたら、間違いなく体力が持たなかった。なにせ今日のシフトは中番、妖怪退治を終えてもまだまだ仕事は残っていたのである。
 扉を開くと、早番でもう上がっていたサクラが、寝間着姿でベッドに寝そべり、雑誌を開いてフィッシュ・アンド・チップスをぽりぽりやっていた。塩やらカレーソースやらウスターソースやら醤油やら、味付けだけはやたらと多く、サイドテーブルに無雑作に置かれている。食べ比べが好きなのだ。桔梗にしてみれば、寝床でそんなファーストフードを食べる神経が信じられないのだが。
 
 「あ、おかえりなさい、桔梗。お疲れ様でした。ビール飲みます?」
 「先にシャワー浴びてくる」
 「大浴場いま使えないですよ。水道管破裂したそうで、修理中です。飲み水のほうは大丈夫らしいですけど」
 「あっそう。じゃ、待とうかな」
 
 いつものことであった。
 が、桔梗はすっかり疲れていて、ベッドに横たわると急に眠気が迫ってきた。これはいかんと慌てて着替えを取り、じっと見つめてくるサクラにメイド服を投げつけて見てるんじゃねーと威嚇。ふうと息をついたときにはなんだかもうどうでもよくなってしまい、シャワーは明日の朝一でいいかと怠け者の理論を持ち出す。
 
 「寝ちゃうんですか?」
 「うん――明日は遅番だからのんびりできるな――」
 「私も遅番なんです」
 「へー」
 「あの……」
 「うん?」
 「……」
 「……なに。こっちくんな。私死にそうなくらい眠いの。放っておいて」
 「おやすみのちゅー……」
 
 代わりにその顔を無言で蹴飛ばした。
 サクラはすっかりしょげてしまった様子で、ぷーと頬を膨らませながら自分のベッドにダイヴ。しばらく不貞寝の姿勢を取ったが、少しして、むくりと起き上がって灯りに手を伸ばす。
 
 「おやすみなさい、桔梗」
 「うん……」
 
 暗闇が落ちる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 桔梗は静かに言う。「サクラ……? 起きてる……?」
 「はい」
 「……」
 「……」
 
 もぞもぞと衣擦れ。
 みしりとしなる床板。
 
 「そっち行く――」
 「はい、どうぞ」
 「……」
 「桔梗はいきなり素直になりますねー」
 「う、うるさい」
 
 首の後ろに噛みつくのお願いだからもうやめて、と桔梗は言ったが、サクラはどうも、聞いていない様子であった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 Stage2 CLEAR! to be continued……
 
 
 
 
 
 今回のスペルカード
 
 
 
 槍符『ネガ・グングニル』
 ※二度と撃たない
 
 
 舞符『ソードダンス -桜花-』
 『メイド長特製銀のナイフ』
 ※時間経過で加速 やってる本人はとても楽しい
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2012/03/23 22:50 | Comments(10) | 東方ss(長)

コメント

続編キタ━ヽ(ヽ(゚ヽ(゚∀ヽ(゚∀゚ヽ(゚∀゚)ノ゚∀゚)ノ∀゚)ノ゚)ノ)ノ━!!!!

今回も面白かったです。
それにしてもおぜうは槍符『ネガ・グングニル』に一体どれだけの魔力こめたんだw
次回も楽しみ~
posted by MORIGE at 2012/03/25 04:17 [ コメントを修正する ]
ヒャッハー!絣だー! ヒャッハー!サクラさんだー!
ヒャッハー!おぜうさまだー! ヒャ(ry

レミリアが何も変わってなくてよかった。
いや、このレミリアなら変わるわけが無いとは思ってましたが。
・・・契約、殴る必要も無かったんじゃないかなー。

サクラさんが相変わらずかっこいい。
というか、かっこよさがパワーアップしておりますぞ。
百分割とか、十分強いんじゃないかなー…。これでも蹴散らされるレベルだってのか、幻想卿は!
「斬り放題じゃねえか!!」
爆笑した。

イザナギさんと伊邪那美さんが夫婦すぎてやばい。
でも二人の名前がカタカナと漢字でちょっと違和感。
でもお互い漢字だと紛らわしい気がしてなんだか。
posted by Carrot at 2012/03/25 06:28 [ コメントを修正する ]
『KISS』の時の橙の台詞とかがこう、めぐりめぐってこういうところに行き着いてるんだなあと思うと感慨深いものがあります。
posted by NONAME at 2012/03/26 20:05 [ コメントを修正する ]
したいことしかできない。これほど不自由なことはない。
posted by NONAME at 2012/03/26 22:47 [ コメントを修正する ]
続編バンザイ!
橙が貫禄が出てきたけど、紫と藍のどちらにも似なかったようだ。

パチュリー様の小悪魔への愛を再確認できて満足。

こんなかわいいEXルーミアみたことないぜ!
posted by NONAME at 2012/03/27 06:52 [ コメントを修正する ]
『傲岸不遜と笑わば笑え
 我らが天命、天にはあらず』


てな感じでうおお続きキター!!
やっぱり紅魔館パートはテンション上がりますねぇ!みんな錬度が増してる!
またそんな紅魔の住人たちと対比するように絣ちゃんやここぁちゃんの
未熟さや奮闘に胸が熱くなります。

そしてそんな連中に挟まれて黄昏たりしながらもやっていく橙がいい味出してますね。何もかもを一通り過ごしてきたものの達観と、そこからなおどこかに行くもののまなざしを彼女から感じる気がします。ルーミアとの今後の関係やいかに。


あと、
≫橙の記憶が正しければ、その一年で五百回は爆発していたと思う。たぶん、リア充だったのだろう。
ああ……住人どもがこんなイチャこらばっかしてるせいですねパルパル(↑ ↑)
posted by TORCH at 2012/03/28 18:04 [ コメントを修正する ]
サクラ&桔梗がますます愛しく…紅魔待ってました!
夜麻産さんのパチュリーと小悪魔がめちゃくちゃ好きなのでまた読めて嬉しいです。
あれだけこじれたのに、なんだか無言で通じ合ってるような…。
しかしほんとレミリアはイキイキするキャラですよねw 

橙が自由気ままに幻想郷を飛び回り、愛しているのが伝わるようです。
サクラちゃんドSで戦闘は咲夜体質やで…(笑)

次回作も楽しみにしてます!
posted by とうま at 2012/04/01 00:33 [ コメントを修正する ]
皆様ご読了お疲れ様です&ありがとうございましたっ!

>>MORIGE様
お嬢様にとってはほんのお戯れです、本気でやったら塵も残りませんとも! しかしこういう扱いをしてしまうとなんとなく土下座したくなりますごめんなさいorz

>>Carrot様
お嬢様は変わらないまま成長しておられると非常に俺得。殴った? いえいえ、撫でただけですとも! そしてサクラはあくまでモブ妖精なので全自動ホーミングアミュレットで墜ちるレベルで(ry
ふたりのネーミングはおぜうなので適当かつダイナミックです。という脳内妄想ですw

>>3様
私自身執筆時には橙のキャラに迷っていたので、KISSではあまり踏み込めませんでしたが、実際に書いてみるとどうにも撤回できないので、自分でなにか感慨深い感じがします。小説書くって不思議だなあ。

>>4様
いろいろ考えてしまいますね……。したいことすら満足にできないこともあるので、ますます不自由です。結局やるしかねーんですけれども!

>>5様
らんゆか夫婦だと橙がなまぬるい眼でふたりを見てるような気がしてならない! 的な橙ですw そしてパッチェさんはこう、クールな感じで小悪魔ラヴで! EXルーミアは――これからどうしよう()

>>TORCH様
紅魔館を出すと私自身が一気に引き摺られるので諸刃の剣ですw おぜうが強キャラすぎんぜ……! お姉橙が描きたいのになぜか黄昏てしまうッ
私の書く紅魔館がこのまま行くとこうなだろーな、と思って爆発させました。リア充どもが跡形もなく吹っ飛べちくsy物書きは小説に私情を挟まない。冷静な眼差しで妄想した結果です。

>>とうま様
ぱちぇこぁは私自身大好きなキャラなので(嫌いなキャラを問われると困りますがw)、ほんの少しでも別の物語にも登場させたいところッ 小悪魔の台詞はありませんでしたが(汗
こんなキャラもアリだなーと思っていただければ、私自身すごく書く甲斐を感じます。


皆さんありがとうございました!
posted by 夜麻産 at 2012/04/12 20:37 [ コメントを修正する ]
別々に分けて書いていると、作者さんも、コメ返しが面倒にならないかそろそろ心配なみなもです。

桔梗さんとレミリアさんとの関係が、とってもイケメンですね(謎)。
ずっと汚れ仕事として仕えてきた、でもフランを封印するレミリアの事を気遣っているという絆がとてもまぶしく感じます。

ここぁと絣もいい味出していますね。この物語ではそんな友情が残っています。
posted by みなも at 2012/10/31 20:42 [ コメントを修正する ]
>>みなも様
コメ返しはこちらも楽しんでいるので大丈夫ですよー。楽しくなかったら最初からやらないのが私です。といっても最近は忙しくてすぐさま反応できないのですが(汗
桔梗やサクラはモブだからこそイケメンぽく書きたかったのです。他の妖精メイドもみんなだいたいこんな感じということで。雑踏を書くにはひとりひとり描写してくのがいちばんだと言いますから!(謎
posted by 夜麻産 at 2012/11/05 16:46 [ コメントを修正する ]

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