萃幽並みの珍カップだったのか……
勇さとがアリなら勇こいだってアリでいいじゃないか……
というわけで軽く俺得勇こい超短編。短編というか、ほとんど四コマレベルの長さ? 練習・リハビリも兼ねてます。
エロもヤマもオチもないよ!
妖怪の山の緑巫女に聴いた。
こいしは最近、山をうろついているらしい。
さとりに聴いた。
こいしは一週間に一度は、地霊殿に顔を見せにくるらしい。
間欠泉地下センターで仕事をしている、空に聴いた。
「ふぇ? この前お燐と一緒に遊びにきたよ」だそうだ。
相変わらず橋の上で晩をしているパルスィに聴いた。
「昨日、ここで会ったけど」……
パルスィが橋でこいしと会ったのなら、地上帰りのこいしが、地霊殿にゆく前にふらりと立ち寄ったということだ。
姉や、彼女のペットたちが待つ地霊殿には、今夜、ゆくのだろう。
誰にも覚られないまま旧都の大通りを突っ切って、地底の奥へ、奥へ。
なんとなく、その道筋を辿ってみる。
ちょうど、紅白巫女や魔法使いが、殴り込みにきて使ったルートだ。
「よーぅ、勇儀の姐さん」
果物屋の不良倅に声をかけられた。
店先でつまらなそうに座り込み、売り物の林檎を弄っている。
「買ってかねえか。なにか。最近は地上の人里で買い込んでく贅沢者が多くていけねえ。地獄のお天道様じゃ、ろくに育ちやしねえからよ」
倅には悪いが、最近は私も人里の飯にありついている。丁重に断って、そのまま通り過ぎようとした。
「そういや姐さん、さっきそこで、地霊殿の覚姉妹の、妹のほうを見やしたぜ」
足が止まった。
一瞬、そのことばは嘘だろうと思い至ってしまい、その思考が眼の表面に浮かんだまま、彼を見つめてしまった。
「嘘じゃねえって。姐さんよ。客商売を舐めちゃいけねえや。『客の顔を決して忘れない程度の能力』くらい、標準装備ってもんよ。無意識おそるるに足らずってやつでさ」
「こいしが?」
「しばらくその辺うろついてやしたけどね。ほら、そこの分かれ道――」
「どっちへ行ったか、わかるか」
「さあて。客の顔は覚えていても、客がどこへ行くかなんてのは、おれぁ知ったこっちゃねえや」
「……林檎を、買おう。いくつだ?」
「へへ。妙な客やね。いくつ買うか、自分で決めずにおれに訊くのかい」
倅は、人差し指を一本、中空に立ててみせた。
代金を払うと、「毎度」、ひときわ大きな、赤というより朱に近い色の林檎を手渡された。
「地霊殿とは、逆のほうへ向かいやしたぜ。まだ、その辺にいるかもしれねえ。お姉ちゃんへの土産でも探してるんじゃねえですかね。羨ましいことやね。帰りを待ってくれる家族のいる、旅人ってのは……」
おれもいつか、こんな店放っておいて、幻想郷中旅してみてえな、と倅は独り言のように続けた。
大通りの人混みのなか、地底の薄暗がりでもはっきりわかる、明るい黄色の服を探した。
擦れ違う、輪郭のぼんやりした人影のなかに、闇のささやかな光を捉えてきらきらと流れる、青味がかった銀の髪を探した。
意識しようとすればするほど、その外側にいる彼女の存在は、手のひらから零れ落ちる鈍色の砂のように、私の感覚域から逸れていく。
それがわかっていても、私はどうしても、彼女の小さな小さな影を求めて、大通りの端から端に往復してしまう。
ただの小鬼であった頃、ひたすらに力に焦がれた。
落ちゆくすべてに鎖を巻いてひとまとめにして、それを引き摺ってどこまでも歩いていけるだけの力さえあれば、なにも諦めずに済む、なににも屈せずに済むと、信じた。
力を得れば得るほど、私が求める力の質には程遠いと、思い知らされた。
後に残されたのは、夥しい数の傷痕だった。
少女ひとり繋ぎ止める力もなく、ひとりでは大きすぎる部屋のなか、ただ帰りを待つことしかできない己を、何度、罵っただろう。
どれだけ力を得ようとも、結局のところ最後には、両手を組み合わせて瞑目し、祈ることしかできないのだ。
われわれに心などという無慈悲なものを与えた、かたちのない慈悲深いなにかに……あの小さな少女の、無事を。
「雪か」
気づくと、白く淡い光の薄片のような初雪が、旧都の上空に舞っていた。
音を柔く吸い込み、林檎を掴む拳の先端に降り立ち、すぐ、水になる。
なんとなく、疲れたような気分になって、苦笑した。
これではまるで、遊び癖のある旦那の帰宅を待つ女房のようだと、らしくもないことを思った。
道を逸れた。
大通りの端、商家と商家のあいだ、狭い裏路地にはいって、軒下を借りた。
ざわざわと、初雪に興味も示さぬ顔のない雑踏を、遠目に眺めた。
首を反らして、見上げた。
軒に寸断された、狭い空が見えた。
雪をちらちらと降らせて、冷たく、そのくせどこまでも緩やかに流れる、黒ずんだ雲が渦を巻いていた。
地底……住み慣れた闇。
かつては意志に反した逃亡の末、隔離されるように住むようになった空間とはいえ、住めば都だ。
そう――
地底の空も、実際、そんなに悪いものじゃない。
気づかぬうちに、まどろんでいたらしい。
手のひらから力が抜けて、林檎が、零れた。
踏み固められた土の上を、ぽん、ぽんと二度跳ねて、転がった。
どうせ食べるつもりもないのだからと、放っておこう、と思った。
陽炎のような、捉え難い香りがした。
腕のなかで、しゃり、と、軽い音がした。
転がってったはずの林檎が、どういう物理法則か、私の腕のなかに戻ってきていた。
間抜けなくらい、まっさらな秒が経過し、ようやく気づいたときには、こいしは私の腹に背を預けるようなかたちで、両手で持った林檎をしゃりしゃりかじっていた。
「やー、寒かった、寒かったあ」
明るい声が、明るい笑顔から放たれる。
「今年は暖冬だと思ってたのにねー。まさかこんな早く初雪になるとは思わなかったなあ。勇儀のからだって冬は便利だよね。熱くてさ、大きくてさ。もうちょっと柔らかければ完璧だったのに」
「こいし」
あらゆる疑念を突っ切って、私のからだは、私の心の赴くままに動いた。
こいしの肩を掴んで、こちらに向かせる。
小さい、あまりにも小さい、子供同然の背丈のせいで、唇を触れ合わせるには、不器用なくらい屈まなければならない。
実際にそうしようとすると、こいしの、半分袖に隠れた手がふわりと動いて、私の顔と彼女の顔のあいだに差し入れられる。
「血がついちゃうから、だめー」
彼女の手のなかにある林檎の、弱い陽光のように白い身に、絵筆でさっと弾いたような、紅い模様がついていた。
「きちんと歯みがきしてたのになあ。やっぱりまるかじりなんて、するもんじゃないねえ」
こいしのからだが、ぱっと離れた。
とん、とんとステップを踏むように、私のからだから遠ざかり、大通りの雑踏を背に。
「……いつから、傍にいたんだ?」
私が訊くと、
「ずっと。ずーっと。ずぅぅうー――……っ、と」
にこにこしながら、悪びれもせずに言う。
私は苦笑した。
自分勝手で気ままな猫のように、彼女の行動は、私の力では縫い止められない。
「意地悪だね。空や、燐や、パルスィには会っておいて。さとりにも、ちょくちょく顔を見せてるんだろう」
「えへへ。妬ましい? 妬ましい?」
「一ヶ月だぞ、一ヶ月。私がどれだけ待ったと思ってるんだ? 妬ましいとか、そんな領域は、とうに越えてしまってるよ」
「ごめんね。だって、放浪癖だもの。ひとところにはじっとしてられないの。根っからの旅人なのよ。待たせて、焦らして、それが丁度いい距離感なのよ」
「鬼の四天王にそんな仕打ちをできるのは、おまえくらいのものだろうよ。そうでなければ、手枷足枷首輪でもして、縛りつけておいてやるのに」
「私の心は自由そのものだもの。意識の下では、みんなそう。私はただ、ほんのちょっとだけ、剥き出しになってるだけ」
こいしに向かって、手を伸ばした。
掴めるわけがないと、わかってはいるのだ。
残像の手首を握った、私の拳は、力のやりどころを定められずに、なにもない空間の冷たい温度だけを握り締めた。
その上から、不意に――
祈るように、こいしの両手が添えられた。
「実を言うとね」ころころと、林檎がどこかへ、転がっていく。「だって、顔合わせるの、すごく恥ずかしいんだもの」
こいしのからだが離れた。
「鬼さんこちら、手の鳴るほうへ――」
中指と親指が貝のように合わされて、弾かれて、ぱちんと乾いた音が響く。
ステップに合わせて、くるくると踊るように、一歩、二歩、三歩。
そこで立ち止まった。
風を送るように両手を広げて、林檎のように紅く染まった満面の笑みで、雪の舞うなか。
「ただいま。勇儀!」
私は応える。「ああ。おかえり、こいし」
つづく?
コメント
「鬼さんこちら」は無意識です。無意識。……む、無意識ってよくわかりません!
倅のキャラは……ど、どこから来たんだ。こいつも無意し(ry
なんか距離があるのに、親密でいいような、こういうのすきです。