文章の練習がてら。日記の代わりに。
短く短く切り刻むにはどうすりゃいいねん。
一次創作・オリジナル。東方と無関係。非百合。
二次創作と違ってキャラクターの設定から描写しなきゃならないってことか。距離感そのものが違うのかな。むむむ。ムムム。
短く短く切り刻むにはどうすりゃいいねん。
一次創作・オリジナル。東方と無関係。非百合。
二次創作と違ってキャラクターの設定から描写しなきゃならないってことか。距離感そのものが違うのかな。むむむ。ムムム。
櫛灘空は山頂を踏むとヤッケのフードを後ろに回し、メットを外した。ゴーグルも外してポケットに突っ込んだ。目出帽も外し、素肌を厳冬期の乾いた風に晒した。口許をネックウォーマーに埋め、ねめつけるように三百六十度のパノラマを見渡した。
四日振りの晴天は凄まじい速度で流れていく雲に刻まれていた。太陽が驚くほど大きく、白い月がその隣で光を失っていた。背筋が引き攣るほど寒く、空気は冷たく、晒した素顔がみるみるうちに冷えていった。その感覚がひどく懐かしかった。およそ五年ものあいだ、彼女はこの世界から遠く離れていた。
山頂から広がる雪原の上で、風に浚われる表層の粉雪が、煙のようになびいている。
持ち得るものをすべて失ったいま、空は再び山頂の光を吸収すべく眼を閉じて顎を上げた。が、その一方でわかってもいた。ここにはなにもない。なにも。登り続けても答えはもたらされず、歩き続けても得るものはなにもない。それでもひたすらに愛おしかった。ただその心だけが五年前と変わらずにそこに残っていた。三十歳という一区切りに達したいまでも。
姫川天見は水をつくっていた。四十リットルのビニール袋にありったけの雪を積め、テントまで引き摺り、コッフェル(鍋)に突っ込んで火にかけていた。ガスヘッドの赤熱する金属を見ながら、時折コッフェルの汗を雑巾で拭き取り、延々とポリタンに溜めていく作業。途中で飽きがくると、火を消してガス缶を片付け、ヤッケを羽織って外に出た。
羽毛のたっぷり詰まったテントシューズも、雪に触れると足先から冷えてくるようだった。そろそろと歩き、山のほうを見上げた。今朝、空がつくったトレースが長々と伸びており、順調であれば、その奥から彼女がそろそろ降りてくるはずだ。そして、人影が見えていた。彼女の赤いヤッケは雪原の上でよく目立った。
天見はぶすっとして空を迎える態勢をつくった。天見に与えられた役割、テント・キーパーはただひたすらに退屈だった。退屈すぎるほど。それでも彼女にはそれくらいしかできないのだ。なんといっても天見は今年で十二歳、中学の制服を着るまであと三ヶ月はあるのだから。ヤッケも登山靴もザックもすべて、彼女には大きすぎるくらいのサイズなのだから。
「ただいま」
天見のもとまで帰ってくると、空は乾いた声で言った。長い年月、風雪に削り取られてきた聞き取りにくい声だった。天見は頷いた。「お帰り」
「良い子にしてたかい」
「知りません。コーヒーつくってあります、砂糖と練乳たくさん突っ込んで……。あっためるだけで飲めます」
「ありがと。もらっていい?」
天見はもう一度頷くとテントに入り、ガス缶にヘッドを取り付けてつまみを捻った。テルモスを開けて中身をコッフェルに注ぎ、火の上に置いた。
外で空がアイゼンを外しているのが、テントの壁越しにシルエットとして映る。かちゃかちゃと金属音がここまで聞こえてくる。
「どうでした」と天見は訊く。
「なにが?」
「久し振りだったんでしょ、ここまでくるの。懐かしかったとか、なんかないんですか」
「ああ、そうだね」空は首を振る。「懐かしかったよ。懐かしかったし、楽しかった。それとやっぱり寒かった、風が強くて……」
月並みな答えしか返ってこない。天見は苛立たしげにコッフェルを断熱マットの上に置いた。
空が雪をはたいてテントに潜り込んでくる。開いた入り口から風が吹き込み、ガスの火が際どく揺れた。個装を整理するより先にコップを両手で支え、中のコーヒーに口をつけた。とても熱く、少しずつ舐めるようにして飲んだ。
「甘くて、からだがあったまる。ありがとう、あまみ」
「そらさんは」空が俯いて飲む仕草をぼんやりと眺めながら、天見は虚ろに訊いた。「どうしていまさらここに帰ってこようと思ったんですか」
「どうして?……」
空は苦笑した。
「どうだろうね。いまは疲れててうまく物事が考えられない。昨日全然眠れなかったんだ。最後に時計見たのが零時前だった、二時起きだってのに……」コーヒーを飲み干し、ぺろりと唇を舐めた。「さあ、荷物をまとめなよ。待ちに待った下山のときだ。あんたもせめて、日が変わるよりは先に我が家に帰りたいだろ?」
空のザックは百リットルの代物だったが、それでも中身がぱんぱんに膨らんでいた。四十キロ近くにはなるだろう。天見のものはその半分以下だったが、彼女の年齢を考えれば明らかにオーヴァーウェイトだった。それでも天見は文句のひとつも言わなかった。
天見を先頭に下りていく。十本爪のアイゼンが雪を締める音。ピッケルの石突が雪を抉る音。針葉樹に降り積もった雪が崩れ、落ちていく音。下山の山道はひどく静かだった。
木漏れ日が少しずつ傾いていく。途中で二度休憩を挟み、息が荒れる頃には、上高地に帰ってきていた。氷結した梓川、河童橋を渡る。
観光地だが、冬季は閉鎖されており、誰もいない。登山者の姿も見えない。徒歩でさらに下り、中ノ湯までゆく。
静謐そのものの空間。徐々に青空が消え、重い白雲に沈む天空。太陽の光が滲み、細い針のような明かりが降りてきている。平地になると、空が先頭に立つ。ザックのせいでほとんど倍加した体重、足を踏み出すたびに雪がざくりと沈む。
「空さん」天見は不意に言う。
空はゆっくりと振り返る。肩に食い込む重みのせいで、そのようにしか動けない。ふたりの視線の位置は大して変わらない。空の背丈は成年女性としてはひどく小さく、天見の背丈はその歳の少女にしてはひどく高い。
「なんだい」
「どうして……」少し躊躇い、意を決したように口を開く。「母さんの頼みなんか聞いたんですか」
「それを聞かないと安心できない?」
「私だったら」天見は無表情のまま眉をひそめる。わずかに。「他人の娘なんか預かりたくない。それでこんなとこまできたくない。お荷物抱えて辺境までてくてく歩いてきたりしない」
「ガキの言うことかい」空はけらけらと笑う。「大人には大人のしがらみがあるの。あたしだってできることなら遠慮したかったけどね……」
天見は表情を変えもしない。無愛想にもほどのある、可愛げのない眼で空を見つめている。ここ数日のあいだ、空は天見の笑ったところを見た覚えがない。微笑みさえ見ていない。
「あんたのママは看護師で」と天見は言う。「入院してるとき散々世話になったから。ハイキングとトレッキングの違いもよくわかってないだろうけどね……実際こんなとこだってわかってたら、ママもあんたをあたしに預けたりはしなかったろうけど――」
空はバス停の時刻表を覗き込んだ。次のバスが最後の便で、それがくるまでに一時間以上あった。舌打ちして、西の天を見上げた。日は既に大きく傾いて、眼の眩むほど真っ白に大きかった。
ザックを下ろし、その上に腰かけた。ポケットを探ってマルボロを取り出し、咥えた。湿気っていてうまく火が点かなかった。どうにかして一口吸い、ほとんど肺に入れずに吐き出した。
手袋を外して、指先を見つめた。ゆっくりと開き、閉じた。
五年振りの冬山だったが、すべて、あらゆる動作をからだが覚えていた。思考を交えず滑らかに動いていた。目覚めてパッキングし、アイゼンを装着し、ピッケルを突いて歩き出す、山頂を目指すまでの一連のプロセスをやり遂げることができた。自分が病床に横たわっていたとは、逆に信じられない。
ただ一度の休憩すら挟まず、なんの消耗も表に出さず動き続けていられる“特殊能力”も、五年前のまま劣化していなかった。雪の放つ乾いた冷たさを吸収して無限の熱を放つ心のへりも。いまこの時になってはたったひとつの想いだけが残っていた。登り足りない。そう、まったくもって登り足りない。
登りたい。
両腕の十指が、両脚の十指が、ちりちりと疼いている。
そう、登りたい。
「天見」隣の少女に声をかける。「食糧どれくらい残ってる?」
「三日分くらい。予備日含めて、五日分くらいです」
「ふうん。ねえ、あんたひとりで帰れる?」
「え?」
空は苦笑した。「……冗談だよ」
天見は空を見た。小柄な女は実年齢よりも遥かに若い顔立ちで、むしろ幼くさえ見えた。十代と言っても通用しかねない顔つきをしていた。その髪の色以外は。
男のように短く刈った髪は、地毛よりも白髪のほうが目立っていた。雪をまぶしたように。ここしばらくの闘病生活が彼女の容姿をそのように変えてしまっていた。というより、山に登ることのできなかった年月がそのようにしていた。
「……帰れますよ」不安を沈めて天見は言った。「登ってきたらいいんじゃないですか、どこへでも」
空は苦笑の苦みを深めて首を振った。結局のところ、天見はまだ小学生だった。
彼女自身、ブランクがあまりにも長すぎた。ここが退き時だった。
「家に電話しときな。下山したって。ここだったら電波届くだろ、ぎりぎり」
「はい」
が、天見は携帯を取り出そうとはしなかった。愛おしげに穂高のほうを見上げる、空の顔を見ていた。穂高はガスがかって見通すことができなかった。どこまでも白い塊のような雲があるだけだった。
「で」
と空は不意に言った。天見はバス停から眼を離した。
「どうだった? 山は」
「私登ってません。テントの周りでうろついてただけです」
「そこも山だ」
「つまらなかったです」
空は苦々しげに笑った。煙草の煙がその顔の周りを覆った。
「いろいろ教えてくれてありがとうございました」天見はぺこりと頭を下げた。「でも、二度ときたいとは思わないです」
「いまんところはね。ガキが最初にくるとこじゃなかった。いちばん上まで登れば、また登りたくなるさ」
「母さんには……」
天見は遠い眼をした。自然に触れれば少しはまともな人間になるでしょ、と、半ば放り出されるように空に押しつけられていた。天見は問題児だった。少なくとも、学校でも家でもそのように見られていた。
「あんたのママの期待には添えないよ」空は先んじて言った。「まあ、いまはそういうことはいいよ。次は登れるところに登ろう? 雪面の歩き方も散々やったしね……」
「まだやるんですか」
「時間はあるんだろ?」空はにやにやしていた。「義務教育ってのはいいね。サボり放題でも、退学させられないわけだ」
天見は溜息をついた。
バスがやってきた。ずんぐりした車体が、蛇行するカーブにさしかかるたびに危うげに揺れていた。
重い荷を背負ったままでは乗車することも大変だった。こんなところまで引っ張ってきた空を恨めしげに見つめて、天見はいちばん後ろの席まで向かった。
数日振りの暖房が音を立てて温風を吹き出しており、その匂いがひどく人工的でなんとなく厭だった。
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百合じゃないだと…!
1ってことは続くんですね?楽しみです。
空の過去…気になります。
全裸で待ってます!