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2024/05/17 21:24 |
(東方)
 闇黒片 ~Chaos lives in everything~
 
 
 
 Stage5 マヨヒガ
 
 
 
 ――愉しいことと気持ちの良いこと



 1/4
 

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 「『光耀励起』!!」
 
 妹のラストワードが発動した。
 
 「えっ」
 
 絣は唖然として紡を見上げた。
 
 「ちょっ、ちょっちょっちょっちょっと待って紡! いつそんなのつくったの!? 初めて見るよこんなときに使って大丈夫なの!? ってか使えるの!?」
 「うんにゃ即興演奏。ア・ド・リ・ブ」
 「だめじゃん! 危ないよ! ぅ、あ、きっきた……紡、勝てるの!?」
 「うーん。いやーちょっときっついかなーほら背中ぞわぞわーってすげー鳥肌止まんないもん。こりゃ冒険しないとどうしよーもないかなーってさ。うんうん。だからほいほい、お姉ちゃんバックバック。逃げたほうがいいと思うよー、あれちと規格外っぽいし、なにもかもうまくいってたぶん五分五分いくかいかないか? だし」
 「え、あ、そんなっ……だめ、だめだよ! 紡だけ置いて逃げらんないよ、私もやるっ!」
 「んもーお姉ちゃんったらいちいち可愛いこと言うんだからもー。よーしここはつむっちゃんいっちょ張り切って織っちゃうよ! お姉ちゃんは後ろにいて! 流れ弾に当たんないよーにねっ!」
 
 
 
 ふたりが、八歳のとき。
 紡が博麗の巫女に見出されるなど考えてもいない頃だった。異変の最中だったというのは、後で天狗の新聞を見て初めて知った。そうしたなかだと、通りすがりの妖怪も異変の張本人と同じように、道を塞いだという理由だけで巫女に叩きのめされる宿命にあるんだよと、ずっと後になって橙に教えられた。
 Stage1 BOSS……『紡』。絣はオプション扱いで名前も載らなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 トラウマが開かれる。
 さとりの妖力には微塵の隙もなかった。模倣ではなくそのものだと、彼女を中心に集まる光を一目見てわかった。
 
 「――『カラードネイル』!」
 
 爪符を宣言はしたが、タイミングはここではないとわかる。指を越えて腕全体に広まる術式を感じながら、撃たずに溜めるにとどめた。
 妹のラストワードは撃ちながらかわせるほど生温いものではない。まして自分の技量では。まずは全霊で回避する! 絣はこちらを見下ろしてくるさとりに意識を集中させた。
 
 「ふむ」さとりは一瞬思案の顔を浮かべ、「燐、空! そこでは近い! もっと離れなさい、一度地霊殿から出ます!」
 
 意図を察した燐が外へと続く門を蹴り開く。絣はステップを踏んでそこから飛び出す。
 旧地獄を覆う紫色の雲の下。硫黄の匂いが鼻をつき、夕暮れ色の岩と土くれの荒野が世界となる。地霊殿のなか、さとりの発する白い光が白を越えて不可視の色へと変貌していく。太陽そのものとなったさとりがふわりと飛び出し、絣は眼を細めて必死で逸らさないようにする。
 イィィ……と、耳を塞ぎたくなるような音が満ちている。膨大な霊力が――さとりの場合は妖力だろうが――一点に凝縮されて激しく震えている。外へ外へと飛び出そうとする力を、なおも抑え込んでさらなる負荷をかけている。そうすることで威力はより加速する。火力だけを特化した――
 
 (第一波、『放射』……!)
 
 放たれる瞬間、絣は横ではなく後方へ飛ぶ。
 極大の閃光、柱のように太いエネルギーの奔流が薙ぎ払われる。直視できるルクスを越え視界が光に埋まる。撒き散らされる風は嵐の域に入り込み、絣はそれだけで吹き飛ばされそうになる。
 絣は見たことがなかったが、それはかつて誰もが一度は体験したひとつの弾幕に似ている。燐や空、放ったさとり自身は一発で連想する。マスタースパーク――
 
 が、それは確かに違うものだ。
 距離減衰が著しい。素早く退避した絣のもとへ届く頃には、ゆるやかに萎んで威力がなくなっている。絣の思ったとおり、千の星に分裂して拡散し、当たり判定を失う。さとりの足元は地表がごっそり削られてその威力を示していたが、それも射程距離分だけだ。
 きらきらと、力の残り香がうつくしく弾けている。いっとき、すべての音がなくなる。
 
 当然ラストワードはそこで終わりではない。
 (第二波、『拡散』っ!)
 
 残った星が広がる。ビッグバン直後の銀河のように、瞬きながらもその軌跡を渦状に残していく。
 いっとき置いて、
 
 「――ッっ!」
 
 星のひとつひとつが連鎖的に爆発する。
 スイッチは視認しにくい小さな星。射程範囲は第一波とは比べ物にならぬほど広がっている。ただ単純に距離を離すだけではかわしきれない。爆発順序も位置もまったくのランダム、事実上安地はなく咄嗟の判断でグレイズするしかない。
 まったく関係ない場所で破裂した火に気を取られ、背中の不穏を感じ取れない。衝撃が真後ろから絣を叩く。絣は歯を食い縛って耐え、次の爆発を見極めようとする。
 
 (一発で気を抜くな! 抜いたら次に呑まれる!)
 
 体勢を崩しかけたところに集中的な連鎖爆発――
 
 「――っ、は!」
 
 息を。
 肺を。
 肩が熱い。吹き飛ばされ、地面にめりこむように着地する。なおも爆発は続く。一発目の閃光に篭められた妖力が、あますところなく弾けているのだ。指向性を放射から拡散に変えて、そのすべてを使い尽くすまで止まらない。
 爆風さえも光だ。その絶大な火力にかかわらず、周囲は幻想的にきらきらと白く輝き、ただうつくしい。混じり気のない純白に照らされ、地獄が天国のように見える。太陽の、紫外線の色ではない。ただの白、眩い色。
 
 が、それも無限に続くわけではない。爆発は次第に収まり、再び静かになっていく。
 絣はまだどうにか立っている。息を切らしながらも耐え切っている。それでも、
 
 (第三波)すっと息を溜めて、地を蹴って飛ぶ。(『集束』!)
 
 光がさらに指向性を変える。
 外へ外へと流れ続けていたものが、百八十度転換する。撒き散らされたすべてが一点に集まっていく。花畑に舞い散る花びらが竜巻に吸い込まれていくように、その威力を保ったまま流れていく。
 その光に当たることさえ痛い。絣は身を捩りつつ流れに乗り、ひとつひとつの弾丸と並走するように、その一点へ飛ぶ。
 
 踏み込み、自分の弾幕を叩き込む機はそこ!
 ラストワードのスキマ。収縮していく先には紡の本体――いや、さとり。上に向けた手のひらの一点、そこがホワイトホールの中心部だ。弾幕の軌道はそこへうねりながら集まる網模様。
 当然、絣からさとりへ射線が開く。
 
 「ぃやぁぁぁぁぁあああああっ!!」
 
 渾身の気合とともに爪の軌道を描く弾幕が光に混じる。さとりへ向かって鋭く飛ぶ。
 このラストワードの弱点がそのタイミングだ。火力で突き破るのではなく、その機会を捉えるか否かで勝負が決まる。紡のスペル全体に共通する特徴、そうしたパズルのような抜け道をあえてつくることで、他の九割全体の火力を増加させている。
 その瞬間は、紡自身も無防備だ。もとより弾幕をかわすより織ることに特化した能力のために、霊力を放ち続けるあいだは身動きを取り辛い。以前はそれでも絣の弾幕はかわされていたが、この爪符なら――!
 
 「当たるはずだ、ですか。ふむ確かに私でなければそうなったでしょう」
 「え、あ!」
 
 第三の眼が絣のタイミングを察知していた。少し半身になるだけで、その爪のあいだをグレイズしていた。
 通常の弾幕であれば、幾重にも重ねることで、読めてもかわしきれないという位置に追い込むことができただろう。さとりの能力が弾幕において絶対の有利にあるわけではないのは、大抵の被弾がそういう理由からくるものだからだ。だが、その刹那を捉えるという一点については、第三の眼はまさに神の如き力を発揮する。
 スペルカードの弱点が相殺されていた。
 
 「なるほど。どうもこのスペルは――」さとりはサディスティックな笑みを浮かべる。「私向きの。あつらえたような弾幕ですね。気に入りました」
 
 絣は慌てて後退する。
 (リピート……二撃目!)
 
 そこからが紡のラストワードに篭められた真骨頂だった。
 第一波と同じく極大の閃光、が、その威力は一撃目と段違いだ。第三波によって集束した光のすべてが、その閃光に上乗せされていた。爆風も爆発も。エネルギー保存の法則とかなんとかかんとか。文字通りそこで発揮されたすべてを集めている。単純に二倍、が、それだけではない。
 
 夢想天生が、博麗と霊夢自身の『なにものにも縛られない』という特性を最大限に発揮したひとつの形態であるように、紡のそれも、また彼女自身の特性の一点特化だった。『すべてを受け容れる』。そうした究極のかたちのひとつ。
 さとりの手元に、一撃目の光だけでなく、それが崩した地獄の岩、土くれ、硫黄、紫の雲、それらが持つ強い障気が集っていた。また、絣の放った弾幕さえも吸収していた。霊力と変質した毒。全部が全部ごちゃ混ぜになって小さなカオスを形成し、より強い光を放っていた。
 普通であれば暴走してしまうであろう力の奔流を、紡の才能は難なく操る。すべてを受け容れてなお色褪せぬ光耀。さらに力を上乗せされて、放たれる。
 さらに強く、さらに激しく――
 本体が落ちない限り何度でも繰り返される。そのたびに威力を倍増しして。青天井の無限大まで。
 
 (――っ、やっぱり、やっぱり――)
 
 ほとんどなすすべなく、押し流されるようにグレイズしながら、絣は、
 
 (やっぱり、紡は、すごい……!)
 
 なにか吹っ切れたように笑っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 橙が博麗神社に戻ると、出迎えるように、一陣の爽やかな風が駆け抜けた。
 陽は高かった。神社の周りの樹木がさわさわと枝葉を鳴らし、石畳に落とす木漏れ日をちかちかと揺らした。橙は眼を細めながらスキマから身を乗り出し、境内を歩いて、縁側へ向かった。
 風の匂いを嗅ぎ、ふと顔を上げた。はっとするような思いで、黒いほど澄んだ青空を見上げた。
 
 「そうだ、忘れてた。そろそろだっけ、彼女が――」
 
 だとしたら、少し急がねば。
 縁側では、淫魔が座って本に眼を落としていた。腋の空いていない、オーソドックスな巫女服に身を包んで、すっかり熱中したようにページをめくっている。掃除をさぼっているのはまだいいとして、その本がなぜ絣のグリモワールなのか。橙は溜息をついた。
 橙の影が手元に落ちると、淫魔は気だるげに顔を上げた。そうして顔を引き攣らせた。
 
 「ひっ……!」
 「ただいま。さぼってるんじゃないの。絣もすぐ帰ってくると思うから、留守番はもういいよ。マヨヒガに帰還」
 
 そのまますたすたと縁側を伝い、閉じてあるスキマのへりに手をかける。が、淫魔はぱっと飛び退いて庭に降り、憎々しげに顔を歪めて橙を指差した。
 
 「ここで会ったが百年目――! もうあんたの思い通りにはならないわ! いまここで私と決闘なさい、凶兆の黒猫!」
 「はあ?」
 「リヴェンジよ!」
 
 巫女服の背中が引き裂かれ、蝙蝠の翼が広げられた。舌で軽く濡らした唇から小さく呪文が紡がれると、複数の魔方陣が折り重なって頭上、足元、前面に三、後方に六、紅から紫に発光して展開。満ち満ちた魔力に地面が連続して隆起し、ひび割れてしなった。
 橙はただもう面倒そうに眉間に皺を寄せ、頭をがりがり。
 
 淫魔は絣のグリモワールを左手に携え、「このまえの私とは違うわよ! あんたのスペルは把握済み!」
 「いやまあいいんだけどさ。疲れてるんだよなあ……」
 「そんな顔してられるのもいまのうちよ! 不意打ち喰らわなけりゃそう易々と負けたりしない! あんたを倒して、再び自由と栄光を――」
 「ふたりとも逃げろ逃げろー――ッ!!」
 「えっ?」
 
 唐突に真後ろから胴タックルを喰らい、淫魔はへぶっと仰け反って天を向く。集中が途切れて魔方陣がちりぢりになり、そのまま橙の足元に飛び込んで額を殴打。勢い止まずに障子を突き破り、畳にバウンドしてうつ伏せに倒れる。
 尻を高く上げた姿勢のまま二度ひくつき、しかし淫魔はよろめきながらも立ち上がった。畳に強く擦れて顔がすごく痛い。涙目が唖然とする橙と、軽やかに着地した白と褐色の小柄な人影を捉える。
 
 「ミケちゃん……! あなただけは味方だと思っていたのに! そうよねあなたも所詮猫だものね橙の味方よねどうせどうせッ! チクショウ! ふたりまとめて吹っ飛べ!」
 「それどころじゃねーよ隠れろ! あっだめだ手遅れ……」
 「え――」ミケの様子に首を傾げ、庭のほうを見やると、「……ひぃっ――」
 
 先ほどまで淫魔が立っていたところに、一条のレーザーが走る。
 ワンテンポ遅れてその軌道上が大爆発。完全な耐震設計が施された神社の土台さえ揺らぐほどの威力に、地面が激しくめくれ上がり、きのこ雲が大きく立ち昇り、三人の衣服がはためいて砂埃が渦を巻いた。樹木は薙ぎ倒され、ところどころ炎上し、押し潰されたようにへし曲がるものも。
 空の色が青から禍々しい赤へと変わっている。ちりちりと針のように肌を刺す空気が満ち、まるで世界の終わりのように、風が轟音とともに吹き荒んでいる。
 
 淫魔は愕然と呟いた。「なに、これ……」
 「ルーミアだ」
 
 ぱちぱちと紅い雷光に似た妖力を纏い、庭の中央にルーミアが降り立つ。それだけで風が軋み、叩きつけられるような風に淫魔は咄嗟に腕で顔をかばう。眼を細めてなんとか状況を見ようとすると、桁違いの気配に鳥肌が立った。
 真っ白に染まったルーミアの顔。にこにこと笑っていた、が、額に青筋が浮かんでいた。眼から光が消え、紛れもなく闇そのものの色をして橙を見ている。軽く腰の後ろで手を組み、上体を曲げ、問いかけるように首を傾げて――体格さえ、いつもより大人びているように見えた。
 明らかに、怒り狂っていた。
 
 「ちぇーんっ?」
 軽やかな声。まるで子供が遊びに誘うような声音に、だが、どう聞いても普通ではなかった。
 「ねえ、私丸々一話分放っておかれたみたいなんだけど」
 橙はただもうひたすら面倒そうに顔をしかめていた。「なにを言ってるのかまったくわからないけど、へえ、そうなの」
 
 恐らくその場でいちばんの安全地帯であろう橙の背中に、ミケは淫魔を引っ張って退避する。淫魔は震えながらもルーミアを指差し、ミケに疑問の顔を向ける。
 
 「ねえねえなにあれなにあれなにあれなにあれ」
 「橙があんまりにも放置しておくもんだからキレちまった。はっきりしてるのはいまいちばんヤバイのは間違いなく絣だってことだな。ルーミアにしてみれば絣が橙を独占してるみたいなもんだから」
 橙はますます顔をしょぼくれさせながら、「独占もなにも私だって地底じゃ数えるくらいしか構ってないんだけど。ってか最近じゃ実際ルーミアのほうに時間割いてるくらいだし。あーめんどくさ」
 「『私以外のコと仲良くしないで!』ってやつなんだろ。オレは知らねーぞー。だいたい橙のせいなんだからおまえがなんとかしろよな」
 「小学生かよッ!」
 
 そうこうしているうちにルーミアのヴォルテージはますます高まっていく。淫魔はざっと彼我の戦力差を推し量り、ルーミアひとり対こちら橙と自分とミケ。あらやだこれちょっと桁が五つくらい違くない!? 絶望の序曲が高らかに響く。
 
 「ねえ、橙? どうして私には構ってくれないのにあの小娘にばかり気を向けるの?」
 「弟子だし」
 「以前のあなたはそんなんじゃなかったわ。私だけを見てくれて、私だけを好きでいてくれて、私だけのものだったのに」
 「そんな時期は一秒たりともなかったと思うんだけど」
 「あんなに激しく求め合った日々は所詮幻想に過ぎなかったのね。あなたは私に飽きてしまったのね。もう二度とあの美しい時代に戻ることはできないのね。私の橙。いえ、もう私のものですらないのね」
 「藍様のだし」
 淫魔は嘆いた。「おいこらちょっと少しくらいなだめる努力しなさいよ!」
 
 ルーミアが一歩近づくごとに威圧感が加速する。淫魔とミケはもうそれぞれの尻尾を股の下にくぐらせて抱き寄せ合い、必死こいて橙の背中で身を縮めることしかできない。橙は鬱陶しそうに自分の尻尾でぴしぴしふたりのからだを叩いて離そうとするが、命の危機に追いやられたふたりもただもうひたすら橙にしがみつこうとする。
 
 「橙が私を見てくれないなんて間違いだわ。私のものにならない橙なんか橙じゃないわ」
 「滅茶苦茶だなー」
 「橙が私のものにならない世界なんか滅びてしまえばいいのよ」
 「そーなのかー」
 「あなたを殺して世界も消して私も死ぬわ」
 「ルーミアの嫉妬で世界が危ない!」
 
 ルーミアの力がさらに膨れ上がる。もはや次元が三つほど違う。これは世界の終わりかと淫魔もミケもはらはらと涙を零し、無力卑小な我が身を嘆いて祈りのことばを口にする。ああ死ぬまえにいっぺん海魚食ってみたかったな。私もう五十年くらいセックスしてない。おいおいおまえそれでも淫魔かよミケさんびっくりしたぜ。仕方ないじゃない人間どものフェチズムに全然ついてけなくなっちゃったんだから! マジどん引きよあいつら、エロっつーかあそこまでいくとグロよグロ! ありえねーわほんとあれで気持ち良くなれるのが信じられない普通に気持ち悪い。私古いタイプの淫魔だから適応できなかったのよ……人間に影響受けた若い同族どもと違ってさ……おかげでコミュニティ吹っ飛ばして幻想入りする羽目になっちゃったし……幻想入りしてきたらこんな目に遭ってるし! おまえも苦労してんだなあ同情するぜ……
 「背中がうるさい」
 
 橙はふたりを押し退けて庭に降り、ルーミアのまえまでゆく。嵐のなかを突き進むように衣服がはためき、帽子のなかに押し込んである髪が解け、腰のあたりまでちりぢりになった。
 危機感が麻痺しててよかったかな、とは思う。ぶつけられる殺気をひょいひょいと掻き分け、腕を伸ばしてルーミアの頭に。
 
 「橙! 私と一緒に死にましょう!?」
 「やだっつーの」
 
 特大の妖力が魔砲のかたちで放たれた。やや斜め上に、博麗神社の屋根をかすめ、空気を引き裂きながら雲を穿つ。空を支える巨大な柱のように。
 橙は軽くグレイズしてルーミアの額にちょこんと指を置く。
 轟音が世界を貫き、闇を越えて暴力的な光が満ち、妖力が爆発してすべてが渦巻くなか、橙はどうにか言う。
 
 「じゃあ、デートしよっか。とりあえずふたりきりで」
 
 世界は救われた。
 
 
 
 橙とルーミアがいなくなってしまった神社で淫魔は頭を抱えた。
 「どうしてこうひょいひょい世界の危機が訪れるのよ……」
 眼前には開きっ放しになったマヨヒガへのスキマ。帰れということなのだろう、赤黒い眼が空間の裂け目のなかでぎょろぎょろ。私の家じゃないのに。帰るべき場所が他人の住処であるということになんだかもう疲れ果てる。私に平穏の地はないのか。
 
 「お互い生きてて良かったなあ。命拾いしたなあ。オレはもう帰って寝るぜ」
 
 慰めるように淫魔の肩を抱いて背中をぽんぽん、ミケはそれで帰ってしまう。小さな褐色の背中をぼんやりと見送りながら、淫魔は私ももう寝ようと溜息。スキマに足をかけ、ふとそこで立ち止まる。
 
 「ごめんください――」
 
 社務所のほうから消え入るような高い声がする。ここ数日間で初めての来客。でもこれ私が出るべきなのかしらと顔をしかめ、帰ってくる気配のない本来の巫女に心のなかで悪態をつく。放置して橙に小言を喰らうのもごめんだ、仕方なくそちらのほうへ向かう。
 がらがらと戸を開ける。
 ふと眼についたのは赤紫色の立派な翼。自分の蝙蝠のものとは違う、背中をすっぽりと隠してしまう、豊潤な羽根の覆う大きな代物だ。当然の如く持ち主の背中は少女。
 
 「こんにちは」
 「ええ、こんにちは」
 「……博麗の巫女じゃありませんよね?」
 「そうよ残念ながら。私は留守番、服は借りてるだけ」
 
 淫魔は胸の下で手を組み、用を聴く気はねえよとばかりに不遜な眼を少女に向ける。
 妖怪だろうから実年齢は知らないが、だいたい十六・七前後の若い顔つき。翼と同じく濃い赤紫の長い髪が膨らむように縦ロールに伸び、胸元辺りで先端がふたつ揺れている。背丈は自分より少し高いくらいの――つまり平均よりも少々高い。大きな翼に反して、とても華奢なからだつき、青い袴の下で足首が細い。
 瞳が見えないほど眼を細め、それが自然であるかのように開かない。あら残念ね、と反射的に淫魔は思う。顔立ちは悪くなさそうだから、ぱっちりと眼を開いて、大きく見えるようメイクすれば化けそうなものなのに……
 
 「博麗になにか用?」
 「ええ、まあ。絣さんはいらっしゃらないのですね? いつごろお帰りになるかわかりますか」
 「もうすぐ帰ってくるそうだけど。言っとくけど、私もいまから帰るとこだからね。急ぎだったら勝手に上がりこんで待ってればいいわ」
 「はあ」
 「参拝だったら賽銭箱はあっち。……って顔でもないわね。一応聞いてあげてもいいけど、書き置き残すくらいならしてあげるし。まあ巫女への頼みごとなんて――」
 「いえ、待ちますよ。ありがとうございます」
 「そ」
 
 淫魔は背を向けかけ、ふと立ち止まる。
 
 「……巫女が『絣』だって知ってるのね。珍しいわね、『零無』の名ばかり広まってると思ってたわ」
 現に自分は橙に聞くまでその名を知らなかった――
 「個人的に一度面識がありますので」
 
 少女は社務所の端に座布団を寄せ、背筋を伸ばして正座する。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 結局、絣は三撃目の『放射』によって撃墜された。
 二撃目よりも遥かに威力を増した一撃であった。霊力の帯自体は回避したが、そこから溢れる風圧に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。それで残機が尽きた。
 
 「あいたたた……」
 
 さとりは手のひらを軽く振った。過度に凝縮された霊力を、彼女は見事に制御しきったと言えるだろう。ただ使い慣れぬスペルゆえに、発射台となった手のひらに軽度の火傷を負っていた。八卦炉でも持つべきね、と内心で溜息。
 絣も、まあよくそこまで耐えたといったところだ。二撃目の『拡散』時点で、グレイズしきれない爆発に何度も巻き込まれた。以前ならそこで終わっていただろうが、潜り抜けることができたのは、確かな成長だ。それでも結局は負けたのだが。
 
 「ぁりがと――ございま、したっ!」
 
 さとりのところまで行き、絣は頭を下げた。満身創痍で息も絶え絶えだが、表情は晴れ晴れとしていた。
 
 「満足しましたか?」
 「はい! 久し振りに妹に会えました!」
 「……まったく私の妹といい、紅魔館当主の妹といい、あなたの妹といい、どうしてこう妹という人種は滅茶苦茶な女ばかりなのでしょう。このスペルもいい加減でたらめな代物ですね。相手が強ければ強いほどその分の魔力を喰らって成長する――正直、あなたのほうが巫女であるということに安心しますよ」
 「先代さまほどじゃないですよ!」
 「霊夢はまあ霊夢ですし」
 
 さとりは絣の肩に手を置いた。さとりもかなり小柄な部類だが、絣はさらに二回り以上に小柄で、上のほうから見下ろされるかたちになった。
 
 「妹と会えない――その辛さは知りすぎるほど知っているつもりです。ですが同時に、あの子なら私から離れても強くやっていくだろうという信頼もある。そしてそれは恐らく、あなたの妹があなたに抱いている想いでもある」
 「――」
 「あなたのなかの妹を視てなんとなく感じ取りました。あなた自身はあなた自身をまったく信頼していないようですが、妹があなたに向けていた信頼はこの世の誰よりも強い。姉を紛れもなく姉として思っていた。それは誇ってもいいことでしょう、なにせ『博麗の巫女の』信頼ですから」
 
 こいつは信頼できる、という勘……
 思いがけず強いことばをかけられ、絣ははっとする思いでさとりを見上げる。
 
 「妹が幻想郷を飛び出してしまったのも、あなたがここにいるからこそですよ。あなたが縛られているから、妹はなにものにも縛られない。そのことを胸に留めておいてください」
 「わ、私、は」
 さとりは絣に地上のほうへ向かせ、背中をはたく。「さあ、障気が押し寄せてきました。急いで帰りなさい、気分を悪くするまえに。
 巫女業はまあ辛いことだらけでしょうが、がんばりなさい。いつか報われることもあるでしょう。では、またの機会に」
 
 
 
 絣が飛んでいくと、燐がさとりのもとへ駆け寄る。氷水をいっぱいに放り込んだ水桶を抱えて。
 「さとり様、お疲れ様です! お手をどうぞ!」
 「うむ」
 火傷した手を突っ込むと、ひんやりした気持ちよさが腕に伝わった。
 
 「結構迫力あるスペルカードでしたね! 威力だけならお空クラスだったかも。でもあれが次巫女さんのトラウマですか? その割にはなんだか妙に動きが良かったように見えましたけど」
 
 さとりの想起は、トラウマの弾幕を引っ張り出して模倣するだけではない。苦手意識の弾幕だからこそ、常のスペルよりも、回避する側の動きも鈍るというものだ。迷いはからだを硬直させ、怖れは踏み込むべき機をみすみす逃す。
 が、先ほどの絣には、そういったぎこちない動きがほとんど見られなかった。むしろ活き活きとしたようにグレイズし、見切られはしたものの自らの爪を思い切りよく放った。
 
 さとりは首を振った。「確かにトラウマにはかわりませんが、対峙したトラウマではありませんでしたから」
 「え?」
 「あの娘がこのスペルを見たのは敵対の位置からではなく、背中からです。オプションとして……。味方だったのだから、苦手もなにもないでしょう」
 「だったらどうしてトラウマに?」
 「これほど強大なスペルカードが、真っ向から撃ち合って敗れ去った、というショックですよ。あの娘は妹を自分の何百倍も強い女だと考えていた。それでも負けた。それがこの世界のレヴェルだというなら、私はもうなにをやったって追いつけやしない――そういう想いが無意識に刻まれていた。自分が見ているものは本当は全然大したことなくて、私はそのさらに下の下なのではないかと……」
 「負けたんですか? あれが。わお」
 「はっきり言って」さとりはふうと息をついて言う。「彼女はそんなに悪いほうじゃないですよ。確かに霊的な才能は乏しいですが、それでも一般の基準からしてみればかなりのもの。世界には弾幕を放つことさえできない者もいますからね。ただ周りが少しばかり異次元すぎた。
 彼女が前に進み続けられるかどうかは彼女自身の問題。こればかりはトラウマを取り除けばその場でどうにかできる類のものではない。やり続けること。潰されても立ち上がること。さあ、今代の巫女は――『永遠の巫女の次』は、これから先どうなることやら」
 
 
 
 地上の光が絣を出迎えた。
 昼の陽――数日振りの光耀に眼が眩み、視界が紫色に染まった。
 ゆっくりと深呼吸をして、肺を清かな空気で満たす。障気がすうっと抜け出て、からだじゅうの血が入れ替わるような心地がした。地底に潜るまえの体調に戻る。以前と違うのは、左手の先に施された紅と黒の花びらの紋様。そこから染み込む毒の気。
 花乃の術式はどうにかものにすることができた。だが……
 
 「――うん。とりあえず帰ろう!」
 
 なにはともあれ一段落したのだ。考えることも、増えたが……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 よくも悪くも、絣はスペルカードルール制定後に生まれた人間だった。
 いつ弾幕のなかに飛び込んだのか覚えていない。物心ついたときにはもう生傷の絶えないからだになっていた。
 未熟な術で空を駆け抜け、けぶるような火花をまとい、眼の眩むような霊力の糸を織る。
 それが当たりまえのことだと思っていた。そして、思っている。
 
 相手は大抵、妹の紡だった。
 霊力の総量に絶対的な差があったから、自然に、紡が撃ち、絣がかわす、そういう構図ができあがっていた。勝率は一対九。負けてばかりの戦い、それでも楽しかった。気持ちよかった。自分に許されたままに踊るのは、あるべき場所にある喜びを感じさせてくれた。
 妹は強い。その事実を、嫉妬ではなく誇りとして感じていることができた。
 
 だから、妹が敗北する様を目の当たりにしたあの日は、ショック以上のショックだった。傷だらけになって地べたに墜落し、ふたつの弾幕が交差する情景を見上げていた絣は、妹が撃ち落されて自分の隣に墜ちてきた様に、愕然としていた。
 妹はそれでも笑っていた。すっげーの。なにあれなにあれ、うわあー、とんでもないもの見ちった! ね、お姉ちゃん見てた!? すごいねえー、いろんなひといるんだねえーっ!
 屈託なく笑顔を浮かべて、はしゃぐ妹に反して、絣は熱いものがこみ上げてきて、顔を覆って俯いたのだった。涙が後から後からぽろぽろ出てきた。悔しくてたまらなかった。どうして自分が負けるより辛いのか、まったく理不尽なようで、わからなかった。
 
 霊夢が妹を迎えにきたのは、その三日後だった。
 見込みのある者がいる――と、妹を撃墜した女に聞いて、見にきたらしかった。当てになるかもどうかわからない家系図で、遠い血縁関係にあることはわかっていた。それで、即決だった。紡は博麗の巫女の弟子となった。
 
 「こんにちは」
 「――ぁ。はい……こんにち、は……」
 「お久し振りです。確か絣さん、でしたね。覚えておられますか。一度紡さんも交えて、異変の折、撃ち合っているのですが」
 
 開け放した戸から、強い風が吹き込み、社務所のなかを渦巻いた。女の巨大な赤紫の翼から羽根がいくつか抜け落ち、滑るように舞った。
 袖を切り離した独特の巫女服に、青い袴。かなり背丈の差があり、絣は女の顔を見上げるかたちになっていた。糸のように細められた眼に、笑っていない小さな唇。薄く色味のない白い頬に、胸元まで伸びるふたつの縦ロール。
 
 絣はぎこちなく頷いた。「……守矢、千早――さん」
 
 千早は――絣のトラウマの元、紡を撃墜した女は、ほっとしたように、かすかに唇を曲げた。笑みのように。
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2012/06/30 21:04 | Comments(0) | 東方ss(長)

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