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2025/02/08 02:24 |
そらとあまみ 9
オリジナル・登山小説・微百合表現アリ(諦めた

クリスマス? 年の瀬? 知りませんよそんなん(開き直り




折角だからどっか小説投稿できるサイトないかなーと探してみるもののなんかどこも場違い気味で挫折。
ううん、細々やるにしてもだいたい夜伽からのリンクなのでここでさえ場違い気味……
グーグル先生にも滅多に引っ掛かりませんし。

そそわにしろ夜伽にしろ投稿場所としてホント素晴らしいところなんだなあと再確認。
これからどうしましょ?

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 雪が紅く白い。
 西の空から茜色の光が強い。眩しい夕暮れだ。最後の陽が総てを影に呑む。
 網膜に珠のようなフレアが刻むなか、凍える脚が黙々と雪面を踏む。ある一定の面積を行ったり来たりする。整地しないことにはテントも張れない。何度も踏み固める。何度も。登山靴の下でごりごりと雪が緊まる。斜面を水平にする作業。
 
 時間が遅い。四時十五分。天気図は四時からの放送だから、もう取れない。本当は三時には行動を終えていたかった。
 ラッセルが予想以上にきつかったからだ。手間取った、ただ歩くだけの行為に。雪はところどころ腰まで埋まった。いや、そういうんじゃない。ただ単に、それに耐えうるからだができていなかっただけのことだ。体力不足? それが敗因。敗因? なにに対して?
 夕陽なんてすぐに沈む。いいからテントを張るんだ。
 
 意識しなくてもからだは自然に動く。ポールを伸ばして……外張りをセットして……手作りの竹ペグを雪のなかに埋めて……ピッケルをペグ代わりにして……そういう一連の行為はすぐに終わる。それでも寒く、動作がぎこちない。
 ザックの雪をたわしで擦り落として、テントのなかに突っ込む。風がないのは嬉しい。もたもたしてるとなにもかも吹っ飛ぶ。整然とした世界。耳の奥にくぐもった衣擦れがこもる。
 ガス缶にガスヘッド。青くてちっちゃい火が灯る。テントのなかは暗い。ヘッドライトの円い光だけがあり、コッフェルのなかで湯が沸く。ぼこぼこと水泡が弾ける。
 火の音がごおごおと静かだ。
 
 ザックの中身を全部出して、その上に座っている。
 寒くて……さっさとシュラフを出して、カバーに突っ込んで、下半身を収める。
 がさごそと装備を整理する。天井に張った綱に手袋や帽子なんかを吊るす。飯。ひとりだと面倒で、アルファ米と滅茶苦茶に砂糖をぶちこんだコーヒーだけ。食べると腹が空く。もっとくれとからだが言っている。無視。
 
 火を点ければ暖かくなるけれど、消すと一気に寒い。シュラフのなかで身を丸めても、どんなにダウンの性能が良くても、寒いものは寒い。冷えていく。
 ヘッドライトを消す。
 暗い。
 
 腕時計のデジタルは十九時になっている。
 四時に起きるから、夜は九時間もある。
 眠りは浅い。そして寒い。一回は用を足しに出なけりゃと思うけれど、億劫で面倒くさい。どうして女の排泄器官は立ってできないようになってるんだと恨めしい。寒空の下でケツを出すのは腹が冷えて辛い。生理が近いとそれだけで死にそうになる。というか誰でもいいから死ねと思う。ああチンポが欲しい。皮被りのふにゃまらで構わないから。どうせ排泄以外じゃ使わない。
 
 長い夜。待つのは嫌いだ。大嫌いだ。
 そういう大嫌いなことができるのだから大した忍耐力だと思う。……
 
 もぞもぞと動き出してヤッケを羽織る。
 外に出る。用を足すより先に夜を見上げる。
 星がきらきらと凄い。
 凄い。
 
 
 
 櫛灘空の周りで夜が明け、光が緩やかな熱を持ち始める。薄く眼を伏せ、枯れかけたブナに背を預けている。マルボロを口に咥え、舌で歯の裏を湿らせ、ポケットに手を突っ込んでライターを取り出す。カチカチと何度も指を上下させる。火は点かない。
 「――電子式だ、コイツ。あたしは莫迦か」
 
 気圧が変わればその形式のライターは簡単に機能を失う。そう思い至ったところではっとする。この標高ではそこまで薄くない。単純に湿気っているだけだ。
 頭がごちゃごちゃする。明白でない思考が混然としている。
 樹林帯のなか。雪の白銀に埋もれ、世界全体が白んで見える。音さえ吸収され、異様に静かだ。トレースが樹木の合間を浅く縫っている。
 その一帯で彼女だけが吐息を白く凍らせている。もはや山稜は遠く、下山の途、目的を失して道を消化するだけの無為な時間。体力は充分に残っている。が、からだの節々が痛んでいる。登山靴のなかで締めつけられた足首が痺れ、ザックの重量を長く支えてきた後背筋がずきずきと撓る。悲鳴を上げている。休み休み、誤魔化しながら下山している。
 
 煙草を噛んだままザックを背負い直し、下り始める。どこか遠くで、枝から落ちた雪がばさりと重く音を立てる。思考の鈍る感覚が残る。
 冷たく寒い。痛い。苦しい。
 ピッケルの石突を立てながら歩いていく。古いワカンの輪が雪を踏み、ぼそりと重く緊まる。
 
 
 
 肉体の声を聴いているとあたしも弱くなったと思う。
 とはいえ、いつに比べて? それが明白ではない。
 二重の手袋に覆われた指先が震える。寒さに、と、タールとニコチンの不足に。少なくとも五年前までは煙草を吸ってはいなかった。山を一度辞める以前は。
 再開しても煙草を止めるつもりはない。いまのところは。それを言うならいま、酒は止めている。昔は飲んでいた、それも男のように。酒と煙草、からだに悪いのはどちらだろう。いちばん害悪だったのは、山に登っていなかったということだけだ。
 まぶしたような白髪が徐々に黒くなり始めている。いま、染め忘れているかのように頭頂部だけが黒い。
 
 振り返ると自分がいま下ってきた山の全容が明らかになっている。低山だ。いちばん高いところでせいぜい千五百メートルほどしかない。予測以上のラッセルがあったとはいえ、危険と言えるところもなかった。ただ歩き続けてきただけだ。
 それでも山は山だった。なにを以って敗北とするのか。敗退とするのか。食糧の許す限り此処にいた。目的はなかったにしろ。
 
 そういう計画を立てたこと自体が敗北だったのかもしれない。自己満足の領域を出ない。勝利していないという感覚があるということ自体が。
 勝利と敗北の二元で考えれば、不毛だ。対戦者も観客もいない戦い。戦いにもならぬ。
 山が相手か? なにを。こんなにも大きな地を相手に個人がなにをどう戦って……
 
 そういうことももう何度となく考えたことだ。
 今年で三十路になった。これから先を続けてなにをどうなるのか。なにも為さず、なにも護らず、なにも産み出さず、なにも扶養しない。この人生。ただ登る。
 
 そういうことを考える。パートナーのいない単独登山。考える時間だけが有り余る。長い夜のなか。長い昼の徒歩。
 空は下り、ワカンを登山靴から外してザックに外付けする。アスファルトの舗装された道に足をつき、バス停を目指して下る。ぽつぽつと畑を挟むように人家が建っている。人影は見えない。電線さえも寂しそうに見える、この空間。世界と地続きの世界。
 
 なにかを思い、考えている。けれど傍目にはただ、歩いているようにしか見えない。
 
 
 
 駅近くの日帰り温泉。中高年が多く、家族連れは少ない。ひとりの空は場違いに目立つ。ノースフェイスのヤッケにしろ、マムートのフリースにしろ、シモンのピッケルにしろ。六十リットルのザックにしろ。とはいえ、山が近い。登山客には慣れているのだろう、奇異の眼はない。
 温泉というよりは広々とした銭湯のようで、適度にくつろいでさっさと出る。食堂でビールをジョッキで飲む。半分だけ一気に飲み干し、残り半分をちびちびとやる。そこで思い出して携帯を取り出す。スマートフォンの貧弱なバッテリーは既に10%を切っている。
 
 受話器越しの天見の声は、低くくぐもって耳に快い。空は眼を瞑って小さく言う。「下りたよ」
 『お疲れ様です』
 
 余計なことをあれこれ訊いてこないから気が楽だ。詮索も愛想もない。飾り付けたようなことばも。ビジネスライクな態度。相手にするには疲れなくて済む。
 
 「あんたはちゃんと帰れた?」
 『はい』
 「そう、よかった。ごめんね、ひとりで帰しちゃってさ。家まで送ってあげるのが礼儀なんだろうけど……ママはなんて言ってた?」
 『駅で別れたって言ったんで』
 「あら、そう。抜け目のない子だね、ほんとに小学生?」
 『あと三ヶ月で中学生なんで』
 
 斜陽が窓を貫き、食堂全体を眩く染め上げた。ビールがより色濃くなり、テーブルの上に長い影を落とす。空は一気に呷った。喉がぐびりと鳴り、意識が根底から一瞬震えた。
 「学校へは行った?」
 『いえ』
 「そう」
 
 電話を切ると同時にバッテリーが尽きた。空はしばらく手のなかで携帯を弄び、揺れる思いに身を任せた。天見は十二歳、前途にはまだ膨大な時間が残っている。残りすぎているほど。だったら、あたしは? 三十歳……再び山を始めて、けれど、子供だった頃のように盲目で登り続けるわけにはいかない。これからどう生きる?
 
 
 
 酔うほどには飲んでいない。ロータリーの横断歩道を渡ると、古びた公衆電話が眼に入る。この時代に誰か使う者がいるのだろうか。おもむろに近づいてザックを下ろし、ボックスのなかに入る。
 舌で唇を濡らし、しばらく佇む。頭に思い浮かぶ電話番号がひとつ。
 心地良い疲労と背中の痛みのせいかもしれない。ただ、その番号が正しいかどうかも明白ではない。まあいいかと吹っ切り、立て続けにボタンを押す。よそよそしいコール音。ややあって相手が出る。
 
 「茜?」
 息を潜める音が聞こえる。空は眼をしばたたかせ、柔く苦笑して続ける。「あたし……櫛灘。覚えてる?」
 溜息をついたような間。『先輩……』
 
 ガラスに頭を預け、陽光が次第に力を失っていくのを見つめている。夜が訪れる。思いがけず、記憶の氾濫が脳裏に揺さぶりをかけ、ノスタルジックでセンチメンタルな気持ちが波をつくる。震えるような切なさ。
 「久し振り。元気してた?」と空は言う。
 『久し振りすぎますよ、もう何年経ったと――先輩こそ。まだ登ってるんですか?』
 「しばらくやめてた。でも、またやり始めた。ごめんいま大丈夫? 仕事は」
 『終わったところです』
 
 少し考える。自分でも回顧の気持ちが湧き上がっているのがらしくないなと思う。「いまから会える? 積もる話があるようなないような」
 数秒の間がある。『ええ。どこにしますか』
 「一時間後に新宿はどう」
 『大丈夫です』
 「じゃあ、小田急の改札で」
 『はい』
 
 受話器を置く。
 
 
 
 茜は二十七歳、生まれてこのかた山とまるで縁のない女だ。ハイキング程度にしろ、ちょっとしたレジャー程度にしろ。というよりは、どんなスポーツとも。
 スーツ姿が様になっていた。マフラーとストールも。社会人がこうあるべきだと想像するなりをしていた。尋常でなく細い指に――5.7の岩場さえ登れなさそうな傷のない指に――シンプルな銀の指輪を嵌めており、空がそれに気づいて見下ろすと、ばつが悪そうに顔を傾けて頬にかかる髪を弄る仕草をした。「虫除けです」
 そういう妙なところで見栄を張るところも変わっていなかった。空は苦笑した。「いまはフリー?」
 「……微妙なところ」
 「そう。よかった」
 
 なにが“よかった”なのか。判然としない物言いそのものが微妙だ。けれど少なくともまるで無しの自分よりはずっと“よかった”だと思う。空はごちゃごちゃと考えて、茜の腕を軽く叩いた。ザックはコインロッカーに預けてしまったから、肩が軽かった。
 「行こ。お酒飲めたっけ?」
 茜は唇だけで微笑した。「飲めないと付き合い悪いなって厭な顔されるんですよ」
 「ああそう……面倒くさいね会社員。でも、なに? 行きつけのバーみたいなのあるの?」
 「わりとどこでも。先輩は?」
 「ほんとうに酔いたいときは家飲み。おまえは男みたいに呑むなって昔言われたけど、あたしより飲める男ってあんまり見たことないね……」
 
 人混みがうるさく、声の通りが悪い。連れ立って歩くと逆に押し黙るようになる。空の装いは当然山帰りのもので、茜と並ぶと不釣り合いにも程がある。空は自分の野暮ったさを自覚していた。とはいえ、その程度のことを気に病む空でもなかった。
 
 
 
 「で、何年振りだっけ」
 「七年……」
 「そんなに? 冗談みたいだね、ごめん。電話番号変わってなくてよかった」
 
 ほんとですよ、と茜は恨みがましそうに言う。
 必要以上に薄暗く狭苦しいバーで、駅から随分と離れたビルの五階にあった。年齢の読みにくい男のみのグループが反対側でダーツに興じており、空にはよくわからない銘柄のボトルが列をなしている向こう側で、バーテンがカウンターのなかをゆっくりと行き来している。壁はいっそ清々しいほど飾り立てがなく、見る限りそうした時間と空気を味わうための店のようだった。
 薄暗く狭苦しい酒場の最も奥の、よりきつく黒々としたブースにふたりはいる。互いの顔さえぼやけて見えるほどには照明が弱い。ヘッテン欲しいな、と空は思う。
 
 「元気だった?」
 「そこそこ」茜は涼しげな印象を与える顔に儚げな笑みを浮かべた。「なにか話そうとすると……仕事の愚痴しか出てこない。怒鳴り散らす以外にまともなことをしない上司に、誰かの足を引っ張ることしか考えていない同僚。なるべく目立たないようにばかり、どこにも棘を向けないことだけで疲れ果ててしまう自分。まるで倦怠期ですけど」
 「転職したほうがいいんじゃない」
 「簡単に……」
 
 会話が途切れかけると、誘ったの先輩ですよと囁かれる。空は肩を竦め、つい最近まで山から離れていたことを話す。病気をして。倍の年齢に見られかねない白髪を示し、だいぶよくなったと、黒くなり始めた生え際に指を立てて言う。
 
 「先輩が? 山から? 学校行事も男子からの誘いも全部断って登ってばかりいたのに」
 空は苦笑する。「いろいろあったんだよ」背もたれに身を深く沈めて――「人間性丸ごと否定されることばっかで、おまえは山に登る資格がないとか。どうしてそこまで言われてやり続けなきゃならないんだ、って思って。苦しいこと以外になにもなくなってモチベーションずたずたにされた」
 「――仕事と同じですね」
 「こっちは収入ないけどね。愉しみのためだけにやってたはずなのに」
 「いまは?」
 「いまは……」
 
 煙草吸っていい? と空は訊く。茜は無言で灰皿を空のほうへ押す。火と紫煙が薄明かりのなかで揺らめく。
 
 「少しずつ戻り始めてる。少しずつね……」
 「またひとりで?」
 「それなんだけど」軽くビールを呷る。「ちょっとした縁で変な子と知り合ってさ」泡の抜けた苦い味がする。「無愛想で、なに考えてるのかよくわからない子なんだけど、親御さんから一緒に連れてってもらえませんかって言われて。入院してたときお世話になった看護師さんの子。問題児らしいけど、よくわかんない。で、その子と一緒に登る機会がちょこちょこある。十二歳の女の子なんだけどさ」
 「――教えてるんですか」
 「うん、そうなるのかな」
 
 教えられるほど大したやつじゃないけどね、あたしは。空は煙草を灰皿に押しつけて言う。姫川天見について、なにかできると思うほど自分を信じていない。自然と触れ合うだけで不登校が収まるのなら、そんなに簡単な話はないけれど、空自身、真面目とは言い難い娘だった。高校はお情けで卒業したが、大学には行かなかった。
 茜は空が中学三年のときに、一年生だった。同時に、高校三年のときに、一年だった。同じ学校の最上級生と新入生。
 
 「今度ロッククライミングでも教えてみようかと思ってる」と空。
 茜は驚いたように眉を上げる。「危なくないんですか」
 「最近じゃ珍しくもないよ、それくらいの歳から始める子は……子供はバランス感覚がいいから、センスがあればびっくりするくらいひょいひょい登れる。物は試し」
 
 天見がどう選択するかはわからないが。彼女が山を楽しんでいるかというのは、空には計り知れない。わかりにくい子供の典型を理解できるほど、空の意識は洗練されていない。結局、やれる限りをやるしかないのだとわかるのだが、少なくとも、このあたりで終わりという風にはさせたくなかった。
 気に入っているのだと思う。天見を。自分の人生に静かに割り込んできた少女。そして、そう、あたし自身も人生を取り戻さなくちゃならない。奪われたままにしておきたくない、無為な時間を過ごすだけのままでは……
 
 「これまでなにをしてきたかは忘れることにする。これからなにをするかってだけ考えるよ」
 茜は唇を尖らす。「七年も放っておかれた私は?」
 「……あ、それはごめん。だってほら、充実してると思ってたから」
 「心配してたんですよ。こっちから電話かけてもちっとも出てくれないし。そりゃ確かに、私は……ただの後輩ってだけでしたけど。悔しかったな、中高って、ほんのふたつみっつしか離れてないのに、一年しか一緒にいれなくて」
 「うん?……うん」
 
 空は残ったビールを飲み干す。
 
 
 
 帰路に就く人混みが密集して擦れ違う。行き交う人々が波のようになる新宿駅。空は改札のまえで振り向く。
 
 「今日はありがと。いきなりでごめん」
 「また誘ってください。ていうか私から連絡するんで、ちゃんと出てください」
 「それは難しいかも。ほら、山んなか圏外だからさ」
 「山にばかりいるってわけでもないでしょ?」
 
 茜は眉のあたりに指をやり、目許にかかる前髪をのけて軽く睨むような視線を送る。コンタクトでも入れているのか、眼の色がどこか不自然なように見え、空は困ったように顔を逸らす。彼女に咎められると、弱い。昔から。
 正論しか言ってこないからだ、と思う。感情が先行しがちな自分に比べて、いつも理屈っぽい言で対応してくる。苦手と、いうわけではない。むしろ話しやすいのだが、いちいち遅れを取ってしまう。
 
 「ごめんて……。これからはなるべく出るようにするから」
 「山に行くまえに一言でもメールしてくれるとありがたいです」
 「ええ? あんたが鬱陶しいでしょ、家族でもあるまいし……」
 「帰ってこないことに誰も気づかなかったらどうするんですか。どこに行ったのかもわからなかったら? どうせ登山計画書なんか出し忘れちゃうんでしょう。メールなんか仕事で何十件もチェックしてるんだから、一件くらい増えたところでなんとも思わないです」
 空は降参する。「はい、はい」
 
 なんにせよ、放置していたことのひとつが軽くなったように思え、空は息をつく。七年。長い時間だ、と思う。長すぎて眩暈がしてくるほど。なのに、過ぎてしまえば一瞬より短いことが怖ろしい。病んだような五年は、あたしにとってなんだったのか……この女と話す機会さえままならずに――
 
 「じゃあね、また」
 空が背を向けかけたとき、茜が躊躇いがちに声を上げる。「いま」
 「ん?……」
 「女の子と付き合ってる。年下の」
 空はほとんど瞑るように眼を細める。「……え? ああ、……そう」
 茜は手のひらに顔を押しつけるようにする。「未成年の……犯罪すれすれですよ、もう。私もいっぱいいっぱいで、仕事の同僚にこういう話するわけにはいかないんだから、また一緒に飲んでください。お願いだから」
 ぎこちなく頷いて言う。「わかった」
 
 空が改札を通るより先に茜に背を向けられる。
 軽くなったはずの肩がどこか苦くなったようになり、不器用な生き方ばかりしてるな、と思う。考えておかなければならないことが多すぎて歪に厳しい。当たりまえのように見えて、容易く暮らしているやつなんかいないんだ、きっと。電車が見えたと思うと行ってしまい、テールライトの引き摺る光を見ながら、空はザックを下ろす。列のいちばんまえにぽつんと立っている。
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2012/12/28 18:01 | Comments(6) | SS

コメント

こんな小説投稿サイトを見つけました。

http://yomou.syosetu.com/rank/list/type/daily_total/

もう見つけていたら忘れてください。

しかし、やはり、東方SSの世界は偉大ですね。コミケとかの関連でおおきいところないのでしょうか?
posted by みなも at 2012/12/29 13:02 [ コメントを修正する ]
仕事してるとふとした時に、こんなとこで何やってんだろ…俺…って思ってタヒにたくなったりしますね…

これでいいのか自分?!みたいな。
こんな辺鄙なとこにある大したこともない会社で、大したことも出来ない社員のまま生きていくのか?!みたいな。

まあつってもまだ社会人1年目の餓鬼でして、新社会人の3人に1が3年以内に辞めてしまう現代、僕が抱いてるような感情も、同世代のあらゆる新人たちが抱いてるようなものと同じで、珍しいものでもなんでもなく、時間が経てば自然と消えていくものなんだろうってことは分かっているのですが、それでも当事者である自分にとってはやっぱり無視できるような感情でもなく、自分の人生とは何なのだろう……と、思春期や就活中にずっと考えてたことを、最近また考え続けております。 

とはいえ、今年ついに、自分が親戚の子供達にお年玉をあげる側の立場になることが、ひどく嬉しく感じます。
やっと大人になれた!って気がします。


……ああ、やっぱり自分はまだまだ思春期なのかもしれない。
posted by NONAME at 2012/12/29 14:20 [ コメントを修正する ]
待ってました。百合展開待ってました!!
posted by NONAME at 2012/12/29 14:42 [ コメントを修正する ]
>>みなも様
むむむ、そのサイトも検討してはみたのですが、どうにも方向性というかジャンル的なものが違うようで躊躇しているのです。そそわや夜伽ならキャラやカプなどでふんぎりがつくのですがががっ
東方はものっそ巨大なジャンルですからすごいですね。これだけ二次が溢れている作品はなかなか……っ

>>2様
就職しても就職しなくても悩みは尽きないんですよね……かくいう私は就活時点で放棄したギリギリ系のフリーターですがっ
お年玉与える親戚の子もいないわ、本当の意味で社会人というべきなのかもわからないわ(ry
まあいまのところはやれるだけやるのみ……っ

>>3様
ううん、これは果たして百合という範疇に入るのかどうかと(ry
posted by 夜麻産 at 2012/12/29 17:19 [ コメントを修正する ]
人生をとりもどすですか。

なんだか、読んでてわくわくしました。なくしていた山とのかかわりも古い友人とのかかわりも、すこしづつとりもどしている空がよかったのかもしれません。

サイト、お役に立てなくてすみません。やっぱ、ここまでSSにかけている人だったらもうらしていますよね。いいサイトがみつかるように祈っています。
posted by みなも at 2012/12/31 00:12 [ コメントを修正する ]
>>みなも様
空に関しては少しずつ書いてこうと思っています。どうなるのか私にもわからな(ry
サイトはいえいえ、お気遣いいただいてありがとうございますー! ピクシヴあたりもいいかなーとは思うのですが、うむむ。うむむ。
posted by 夜麻産 at 2012/12/31 17:42 [ コメントを修正する ]

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