オリジナル、登山、微百合、ぐだぐだな日常。
MHF、ハンターランクやっと240。いま無料で秘伝書コース開放されてるけど全然縁のない話であった。しっかし剛種、元気のみなもと服用してやっといい戦いができるレベルってorz
古龍種の稀玉ゲットしたのでオディバ腕と脚をつくったはいいものの、スロット数の関係でまだ実戦投入できんなこれは。当分トリア神楽かー。強化素材マゾすぎで笑える。毎日得点のNポイント使えというのか。
しかしMHFの双剣は楽しい。かなり調整されてるらしいけれど、現状かなりの良武器だなあ。真鬼人解放は思考停止できないし定点攻撃できないことに引き換えDPSは頭ひとつぶん抜けてる、か。うーん、MH4もこれくらい……
眼が覚めるような月夜だった。椿希は伯母と従妹、従妹の先輩とかいう女との食事を終えると、早々に席を立って玄関に出た。だだっ広い庭は水底のように蒼白く染まっていた。煙草に火を点けると、紫煙さえ月灯りを透かして輝いた。
いまこの場所にいる意味。いまはいい顔をしている人々さえいつかはそうではなくなる。椿希はそのことを自らの体験から思い知っていた。そして、決して忘れなかった。そのことを深い教訓として胸の内側に道標として刻み込んでいた。そうは思っていても、茫漠とした虚しさはどうしても過ぎ去ってくれず、記憶の氾濫に心臓が引き裂かれそうに感じた。煙を深く肺に入れ、ぼんやりと呟く。「我が門の 片山椿 まこと汝(なれ) 我が手触れなな 地に落ちもかも」
空は煙草の火を雪に突っ込んで消すと、携帯灰皿に納めてヤッケの胸ポケットに片付けた。
五月の剱沢はまだ積雪期だ。北アルプスの富山県側、立山を挟んで黒部湖の北に位置するこの山域には、まだまだ厳冬期の残滓が色濃く残っている。見渡す限り、白、白、白の雪原で、月灯りを反射して茫洋と輝いている。夜でも、そうした天気では真昼のように明るい。向かいで雪の上にあぐらで座る美奈子のにこにこと笑っている顔まではっきりと見えた。
篠原美奈子は娘の杏奈と瓜二つの顔をしていたが、杏奈よりもさらに小柄で、明朗な性格がそのまま顔立ちに現れ、纏う空気もひどく柔らかかった。若い母親だった。二十で杏奈を妊娠して二十一で産んでいた。夫とさえ山で知り合い、山で交友を深め、山で彼を選んだ、生粋の登山家だった。心が折れた空や、膝を壊した夫などと違い、山から離れたことなどただの一度もなかった。妊娠中でさえ登り続けようとするので、その時期は夫が顔を青くして落ち着きを失っていたと、空は芦田から聞き及んでいた。
「空ちゃんは明日からどうするの?」
問われて、空は剱岳のほうに顔を向けた。「とりあえず登れるだけ片っ端からやってみようと思ってます。池ノ谷側に移って……小窓尾根に剱尾根……とにかく、チンネ左稜線だけはやっておかないと。もうリハビリって時期じゃないけど、まだ実力が戻ってない感じがするんで」
「いいなあ! いーなー!」美奈子は駄々っ子のように叫んだ。「あたしも仕事さえなけりゃーなー! もう有給取るだけでイヤな顔されるもんだから、なかなかこんなとこまでくる時間確保できなくて! 杏奈ちゃんの学費も稼いどかないとなんないしー! 明日で下山するの悔しーよー! まだ全然やり足りない!」
空はつられて微笑んだ。「また来年きましょうよ。あたしも、もう二度と山から離れるつもりはないんで」
「ほんとにぃー?」
「まあ、できるだけ……」
このひとは昔からなにも変わらないな、と空は思った。美奈子は子を産んで子育ての激烈な過程に削られても、まるで奇跡のようにずっと美奈子のままだった。
「寂しかったんだからねー」と美奈子は唇を尖らせた。「あたしと同じ時期に山を始めて、まだ残ってるの、もうあたししかいないよ。みんな仕事とか子育てとかで離れてそれきり。あたし以上にやる気のあった子は遭難しちゃったし。杏奈ちゃんはいまの高校入ってから、お勉強で頭いっぱいっぽくて、中学の頃ほど一緒に登ってくれなくなっちゃったし」
「あはは。思春期で、難しい時期なんでしょうよ。山が嫌いになったわけじゃないから、いいんじゃないですかね」
「誘っても、なにかと理由つけて断られちゃうもん。やっぱり子供はあんまり親と登りたくないものなのかなー。空ちゃん、槍であの子どうだった?」
「強かったですよ。きちんと天見の――年下の子の面倒をよく見て、目的を見失うこともなかった。ずいぶんと助けられました」
「よかった。その天見って子も、なんだか難しい子なんだって?」
「まあ」空は頬を掻いた。「でもいい子です。分別があって自分の実力をよくわきまえてる。たしかに、愛想みたいなのはないですけど、情熱がある。たぶん勘違いされやすい子なんでしょうけど」
「ふむふむ。杏奈ちゃんと明日から入山するらしくて、心配してたけど、空ちゃんがそう言うなら大丈夫だねー。いいことだ! なんだかんだで、弟も妹もつくってあげられなかったから、そういう関係は大事にしてもらわないと!」
妹。たしかにそれくらいの歳の差だと、空はくすりと笑った。天見にそう言えば彼女は唇をへの字に曲げるだろうが。
空自身、杏奈とはぎりぎり姉妹の差だが、天見とはぎりぎり母娘ほど離れている。近しいとは、言えなかった。どういう関係に例えられてもしっくりこない。いちばん近いのは師弟だろうが、空は自分を師とは思えなかった。それほど自分を信頼できる気はしなかった。父親と篠原、あるいは父親と芦田ほど、鍛え鍛えられている関係ではなかった。だったら、なんだろう?
「導いてやれないのはもどかしいですけどね……」
顔を上げて月を見やった。信じられないほど煌々と照り輝き、虹の輪を背負って掛け値なしにうつくしい。星が色褪せるほど大きい。
丹沢で向き合った天見の眼は獣のようだった。あらゆる関係性を遠目に見つめ、拒絶さえし、離れたところからありのままを映すだけの鏡。不気味さと不可解さを併せ持った透明だった。あたしに踏み込むことができる? できないだろう、と思う。精一杯近づいて、ときどき寄り添うことができるかできないか、それくらいの距離感だった。それは天見自身の、というより、空自身の性質からくる感覚かもしれなかった。
「導こうなんて考えないことだよ」
美奈子に言われ、空は視線を戻した。美奈子は笑顔のままだったが、その表情に母親の色が滲んでいた。
「どうせ違う人間なんだから、できることは限られてるよ。どっちかが正しくて、どっちかが間違ってるなんて、ありえないことでしょ? 全否定して、頭ごなしに侮らないだけで精一杯だよ、母親なんか。それだけでもすごくすごく難しいことだけどさ!」
空はふっと息をついた。「そうですね」
この母親にしてあの子ありだな、と思った。
「おーい。飯できたぞー」
テントから篠原の呑気な声が聞こえ、ふたりは立ち上がった。
夜行バスの予約が取れたのは、はっきり言って運だった。新宿駅から上高地に直通するバスは、シーズンになれば一ヶ月以上まえから満席になり、アプローチすらままならない。ゴールデンウィークとなればなおさらだった。
ひとつだけ心に引っ掛かって取れない棘がある。幼少からお年玉や小遣いなどで貯蓄していた金を、これで使い切ってしまった。どうにかしたいと思うがこの年齢ではアルバイトもできない。先のことはこれから考えればいいと思ってはみても、一抹の不安は去らなかった。屈辱を押し、両親にたかる羽目になるのだろうか?
「姫ちゃん忘れ物ない? 大丈夫?」
杏奈に言われ、天見は頷いた。「はい」
「いやー、あたしもひとりでは何度もきてるんだけどさ、パーティのリーダーってほとんど経験なくって。まあ姫ちゃんなら平気だと思うんだけどさ。しっかし新宿って何度きても慣れないなー、ひと多すぎ! 下界なのに、もう酸素薄い感じがする。飲み物買っとくか、高速で二回は休憩取るだろうけど」
新宿駅西口バスターミナル。もう店は閉まっている時間で、それでもバスを待っている者があまりにも多く、立ちっぱなしで時間を埋めるしかなかった。十分置きに、行き先の違う高速バスがやってくる。どこにでも行けてしまうのだ。
ポケットが震えて、天見は携帯を見た。葛葉からのメールだった。簡素な文章で、応援と、気をつけて。少し考えて短く返した。ありがとうございます。
下山したら一応連絡しておいたほうがいいだろう。そう思うと面倒くさい一方で少し心が緩む。まさか丹沢のときのように出迎えなどにはこないだろうが。手持ち無沙汰で、何度もメールを見返した。葛葉の文章は素直な気遣いを表現しながらも必要以上に踏み込んでこず快かった。人柄が、滲み出ているのだろう。
「お、きたきた」
杏奈の声に顔を上げると、上高地行きのバスが右手からやってきて、誘導員の指示に従って窮屈そうに止まった。
車内アナウンスが終わるとすぐに静かになり、灯りが消された。杏奈が通路側で天見が窓側の席だった。満員だが話し声もない。
「あたし寝るねー。おやすみ」
「はい」
疲れているのだろうか、杏奈はすぐに寝息を立て始めた。座ったままでそんな風にリラックスできるのが羨ましい。
(慣れてるんだろうけど)
天見は寝る気になれず、窓に頭を預けて外の景色が流れていくのを見つめた。
高速道路に入ると、スピードが上がり、オレンジ色の照明が線のように後方に流れていく。真っ暗で、それ以外に展望がない。防音壁というのだろうか、そればかりが眼に映る光景で、だいぶつまらなかった。明るければJR中央線沿いの山々が見えたりするのだろうか。
携帯のバッテリーを温存しておかなければならないから、電源を切る。
暗く、本を読むのもままならない。車内の穏やかな振動に身を任せながら、眠気が訪れるのを待つ。途中、二度、サービスエリアに止まったが、杏奈は寝っぱなしだった。天見は他の客と同じようにトイレに行く。夜はまだ、さすがにひんやりとしていた。
またバスが走り出しても、眠れる態勢が整わず、ひたすらぼんやりと外を眺めて過ごした。上高地へは二度目だが、空と行ったときはバスが運行していなかったから、中央線で松本まで行き、そこから乗り換えて新島々駅へ、長い電車の旅だった。時期がくればこうして新宿からバス一本で行けるのだからありがたい。アプローチの面倒さも含めて冬山なんだろうと思う。
夜が白み始める頃、沢渡で乗り換え、シャトルバスで上高地へ向かう。雪が見えると興奮した。梓川から大正池。冬にはすべてが埋もれていた景色も、さすがに融け始め、以前よりはずっと楽しんでいる。そもそもまえのときは山に引き摺られてきたようなものだった。今回は自分でゆくと決意している。
上高地バスターミナル。登山者だけでなく観光客の姿も多い。単純に、観光地なのだ。すでに穂高の懐にいる。見上げれば、穂高の険峻な稜線が雪を抱いて屏風のように広がっている。これほどに、近い。
「準備おーけい?」
ザックを背負って杏奈が言う。天見は頷く。「はい」
「っしゃ、へへ、行くべ! まえに櫛灘さんときたんだって?」
「十二月に」
「そんときよりかは楽だよ。岳沢までは散歩みたいなもんだ。姫ちゃん先頭で!」
登山靴の重量感。心地良い感触。もうすっかり慣れたものだ。天見は歩き、人混みのなかを突っ切る。河童橋から、横尾方面の道と分かれ、雪解けでじっとりと滲んだ湿原のなかに延びる木道を経て、樹林帯のなかへ……
朝の陽射しに樹木の枝葉の夜露が輝いている。登山道は濡れそぼっているしばらく登ると、滑りやすい残雪が現れ、ピッケルを突いてぐいぐいと距離を稼ぐ。上高地から離れれば、もう山の匂いしかしない。
標高二千二百メートル……
雪原の斜面にある岳沢小屋は、平成二十二年度に開かれた、真新しい、小さな山小屋だ。岳沢にはそこ以外に小屋はない。以前は、もっと大きな、二百名もの宿泊が可能な山小屋だった。数年まえの記録的な豪雪――後に平成十八年豪雪と呼称された――により、大規模な雪崩が発生し、小屋が全壊して再建も困難になったところを、最近になってようやく再建されたのだった。このあたりの地形はそういうところだ。穂高から明神岳の稜線がぐるりと周りを取り囲み、切れ込んだ圏谷となっている。
すでにたくさんのテントがずらりと張られていて、天見たちは自分たちのテントを張れる場所を探すのに右往左往する羽目になった。
斜面だから、しっかりと整地をしなければ、テントそのものが傾いてしまう。スコップでざっくりと掘り下げたところを踏み固めながら、杏奈が言う。「槍も登った姫ちゃんだから大丈夫だとは思うけど、どうする? 明日は雪訓でもする?」
「はやく登りたいって気はありますけど」
「前穂だけ登って、奥穂の南稜は明後日にしようか、計画どおりに。天気よさげだね。上のほうちょいガスってるけど」
天見は少し微笑んで言う。「槍のときみたくなんの展望もないのはイヤですけど」
「あはは。そればっかりは運だねー」
天見は穂高を見上げた。まえに空ときたときはただのテントキーパーだった。いまは違う……登ろうとしている。それが単純に嬉しい。登りたいと願う心が岩のように強い。熱く篭もったような息を吐き出し、ザックからテントを出して広げる。
下山する篠原たちを剣御前小屋まで見送った。空は室堂を見下ろし、芦田に言う。「帰りで事故るなよ? 安全運転でな」
芦田は不機嫌な顔のまま鼻を鳴らした。「てめえに言われるまでもねえよ」
「あと、真衣に伝えといて。妊娠おめでとう、って。楽しみにしてる。何年かして、立派な山屋の卵に育ってることを」
「絶対にやらせねえ。こんなクソみたいなことさせてたまるかってんだよ。もっと安上がりで楽しいことなんざ山ほどあるんだから」
「そのクソみたいなことにガキの頃から夢中だった男が言うこと?」
芦田はぎりぎりと歯を鳴らした。「てめえの親父殿にそそのかされて、引っ張りまわされたんだよ、おれは。たしかにそのおかげで生きちゃいるがな」
「だったらあたしがそそのかしに行こうか」
「おいやめろクソが」
方角を転じ、空は南側を見つめた。幾多の稜線に阻まれて槍の穂先を見ることは叶わなかったが、そのさらに先にある穂高を想い、溜息をついた。天見と杏奈のことを案じる。同じ北アルプスという山域にあっても、彼我の距離はあまりにも遠い。北アルプス自体があまりにも大きな山脈なのだ。
なにかがあっても、駆けつけることはできないだろう。空ほど素早く登れる女でさえ。心配するに及ばないと理性でわかってはいても、感情は心で制御できるものではなかった。気にかかるものはいつでも手の届かない場所にある。
「美奈子さん」と空は呼びかける。「お疲れ様でした。お気をつけて。篠原も」
「うん、空ちゃんも。また一緒に登ろうね!」
篠原は苦笑いした。「美奈子はおれと登るより空と登ってたほうが楽しいらしい」
「だってー、武さん気を遣ってばっかりでちっとも自分で楽しもうとしないんだもん。武さんだって芦田ちゃんと登ってたほうが楽しいでしょ?」
「まあ芦田はな」
芦田は肩を落とした。「篠原さん勘弁してくださいよ。おれはもう山はこりごりなんですって」
「おまえは昔から素直じゃないなあ」
ひとときの休憩が終わり、三人はザックを担ぐ。
晴れ晴れとした天気で、絶好の下山日和だった。室堂まで、もう滑落するような場所もない。眼下の雷鳥沢までグリセードで一気に下れるくらいだ。空に手を振って、美奈子は飛ぶように駆け下りていく。篠原も妻の後を追った。
芦田はもう一度鼻を鳴らし、ぽつりと呟く。「あしひきの 八峯の椿 つらつらに 見とも飽かめや 植ゑてける君」
「なんだって?」
芦田は信じられないような顔をして空を見た。「櫛灘さんは国語の教師だったろうが。なんでてめえがピンとこねえんだよ。万葉集だ」
「あたし高校のときずっと国語の成績“2”だったよ」
「この脳筋女が。櫛灘さん泣いてるぜ。小学生からやり直してこいアホんだら。バカたれ」
芦田がゆくと、空は頭を掻く。「いや、親父は爆笑してたよ。ついでに保健体育も“2”だった。チームプレイがからっきしだったから」
バカであることを自覚するのは少しキツい。
MHF、ハンターランクやっと240。いま無料で秘伝書コース開放されてるけど全然縁のない話であった。しっかし剛種、元気のみなもと服用してやっといい戦いができるレベルってorz
古龍種の稀玉ゲットしたのでオディバ腕と脚をつくったはいいものの、スロット数の関係でまだ実戦投入できんなこれは。当分トリア神楽かー。強化素材マゾすぎで笑える。毎日得点のNポイント使えというのか。
しかしMHFの双剣は楽しい。かなり調整されてるらしいけれど、現状かなりの良武器だなあ。真鬼人解放は思考停止できないし定点攻撃できないことに引き換えDPSは頭ひとつぶん抜けてる、か。うーん、MH4もこれくらい……
眼が覚めるような月夜だった。椿希は伯母と従妹、従妹の先輩とかいう女との食事を終えると、早々に席を立って玄関に出た。だだっ広い庭は水底のように蒼白く染まっていた。煙草に火を点けると、紫煙さえ月灯りを透かして輝いた。
いまこの場所にいる意味。いまはいい顔をしている人々さえいつかはそうではなくなる。椿希はそのことを自らの体験から思い知っていた。そして、決して忘れなかった。そのことを深い教訓として胸の内側に道標として刻み込んでいた。そうは思っていても、茫漠とした虚しさはどうしても過ぎ去ってくれず、記憶の氾濫に心臓が引き裂かれそうに感じた。煙を深く肺に入れ、ぼんやりと呟く。「我が門の 片山椿 まこと汝(なれ) 我が手触れなな 地に落ちもかも」
空は煙草の火を雪に突っ込んで消すと、携帯灰皿に納めてヤッケの胸ポケットに片付けた。
五月の剱沢はまだ積雪期だ。北アルプスの富山県側、立山を挟んで黒部湖の北に位置するこの山域には、まだまだ厳冬期の残滓が色濃く残っている。見渡す限り、白、白、白の雪原で、月灯りを反射して茫洋と輝いている。夜でも、そうした天気では真昼のように明るい。向かいで雪の上にあぐらで座る美奈子のにこにこと笑っている顔まではっきりと見えた。
篠原美奈子は娘の杏奈と瓜二つの顔をしていたが、杏奈よりもさらに小柄で、明朗な性格がそのまま顔立ちに現れ、纏う空気もひどく柔らかかった。若い母親だった。二十で杏奈を妊娠して二十一で産んでいた。夫とさえ山で知り合い、山で交友を深め、山で彼を選んだ、生粋の登山家だった。心が折れた空や、膝を壊した夫などと違い、山から離れたことなどただの一度もなかった。妊娠中でさえ登り続けようとするので、その時期は夫が顔を青くして落ち着きを失っていたと、空は芦田から聞き及んでいた。
「空ちゃんは明日からどうするの?」
問われて、空は剱岳のほうに顔を向けた。「とりあえず登れるだけ片っ端からやってみようと思ってます。池ノ谷側に移って……小窓尾根に剱尾根……とにかく、チンネ左稜線だけはやっておかないと。もうリハビリって時期じゃないけど、まだ実力が戻ってない感じがするんで」
「いいなあ! いーなー!」美奈子は駄々っ子のように叫んだ。「あたしも仕事さえなけりゃーなー! もう有給取るだけでイヤな顔されるもんだから、なかなかこんなとこまでくる時間確保できなくて! 杏奈ちゃんの学費も稼いどかないとなんないしー! 明日で下山するの悔しーよー! まだ全然やり足りない!」
空はつられて微笑んだ。「また来年きましょうよ。あたしも、もう二度と山から離れるつもりはないんで」
「ほんとにぃー?」
「まあ、できるだけ……」
このひとは昔からなにも変わらないな、と空は思った。美奈子は子を産んで子育ての激烈な過程に削られても、まるで奇跡のようにずっと美奈子のままだった。
「寂しかったんだからねー」と美奈子は唇を尖らせた。「あたしと同じ時期に山を始めて、まだ残ってるの、もうあたししかいないよ。みんな仕事とか子育てとかで離れてそれきり。あたし以上にやる気のあった子は遭難しちゃったし。杏奈ちゃんはいまの高校入ってから、お勉強で頭いっぱいっぽくて、中学の頃ほど一緒に登ってくれなくなっちゃったし」
「あはは。思春期で、難しい時期なんでしょうよ。山が嫌いになったわけじゃないから、いいんじゃないですかね」
「誘っても、なにかと理由つけて断られちゃうもん。やっぱり子供はあんまり親と登りたくないものなのかなー。空ちゃん、槍であの子どうだった?」
「強かったですよ。きちんと天見の――年下の子の面倒をよく見て、目的を見失うこともなかった。ずいぶんと助けられました」
「よかった。その天見って子も、なんだか難しい子なんだって?」
「まあ」空は頬を掻いた。「でもいい子です。分別があって自分の実力をよくわきまえてる。たしかに、愛想みたいなのはないですけど、情熱がある。たぶん勘違いされやすい子なんでしょうけど」
「ふむふむ。杏奈ちゃんと明日から入山するらしくて、心配してたけど、空ちゃんがそう言うなら大丈夫だねー。いいことだ! なんだかんだで、弟も妹もつくってあげられなかったから、そういう関係は大事にしてもらわないと!」
妹。たしかにそれくらいの歳の差だと、空はくすりと笑った。天見にそう言えば彼女は唇をへの字に曲げるだろうが。
空自身、杏奈とはぎりぎり姉妹の差だが、天見とはぎりぎり母娘ほど離れている。近しいとは、言えなかった。どういう関係に例えられてもしっくりこない。いちばん近いのは師弟だろうが、空は自分を師とは思えなかった。それほど自分を信頼できる気はしなかった。父親と篠原、あるいは父親と芦田ほど、鍛え鍛えられている関係ではなかった。だったら、なんだろう?
「導いてやれないのはもどかしいですけどね……」
顔を上げて月を見やった。信じられないほど煌々と照り輝き、虹の輪を背負って掛け値なしにうつくしい。星が色褪せるほど大きい。
丹沢で向き合った天見の眼は獣のようだった。あらゆる関係性を遠目に見つめ、拒絶さえし、離れたところからありのままを映すだけの鏡。不気味さと不可解さを併せ持った透明だった。あたしに踏み込むことができる? できないだろう、と思う。精一杯近づいて、ときどき寄り添うことができるかできないか、それくらいの距離感だった。それは天見自身の、というより、空自身の性質からくる感覚かもしれなかった。
「導こうなんて考えないことだよ」
美奈子に言われ、空は視線を戻した。美奈子は笑顔のままだったが、その表情に母親の色が滲んでいた。
「どうせ違う人間なんだから、できることは限られてるよ。どっちかが正しくて、どっちかが間違ってるなんて、ありえないことでしょ? 全否定して、頭ごなしに侮らないだけで精一杯だよ、母親なんか。それだけでもすごくすごく難しいことだけどさ!」
空はふっと息をついた。「そうですね」
この母親にしてあの子ありだな、と思った。
「おーい。飯できたぞー」
テントから篠原の呑気な声が聞こえ、ふたりは立ち上がった。
夜行バスの予約が取れたのは、はっきり言って運だった。新宿駅から上高地に直通するバスは、シーズンになれば一ヶ月以上まえから満席になり、アプローチすらままならない。ゴールデンウィークとなればなおさらだった。
ひとつだけ心に引っ掛かって取れない棘がある。幼少からお年玉や小遣いなどで貯蓄していた金を、これで使い切ってしまった。どうにかしたいと思うがこの年齢ではアルバイトもできない。先のことはこれから考えればいいと思ってはみても、一抹の不安は去らなかった。屈辱を押し、両親にたかる羽目になるのだろうか?
「姫ちゃん忘れ物ない? 大丈夫?」
杏奈に言われ、天見は頷いた。「はい」
「いやー、あたしもひとりでは何度もきてるんだけどさ、パーティのリーダーってほとんど経験なくって。まあ姫ちゃんなら平気だと思うんだけどさ。しっかし新宿って何度きても慣れないなー、ひと多すぎ! 下界なのに、もう酸素薄い感じがする。飲み物買っとくか、高速で二回は休憩取るだろうけど」
新宿駅西口バスターミナル。もう店は閉まっている時間で、それでもバスを待っている者があまりにも多く、立ちっぱなしで時間を埋めるしかなかった。十分置きに、行き先の違う高速バスがやってくる。どこにでも行けてしまうのだ。
ポケットが震えて、天見は携帯を見た。葛葉からのメールだった。簡素な文章で、応援と、気をつけて。少し考えて短く返した。ありがとうございます。
下山したら一応連絡しておいたほうがいいだろう。そう思うと面倒くさい一方で少し心が緩む。まさか丹沢のときのように出迎えなどにはこないだろうが。手持ち無沙汰で、何度もメールを見返した。葛葉の文章は素直な気遣いを表現しながらも必要以上に踏み込んでこず快かった。人柄が、滲み出ているのだろう。
「お、きたきた」
杏奈の声に顔を上げると、上高地行きのバスが右手からやってきて、誘導員の指示に従って窮屈そうに止まった。
車内アナウンスが終わるとすぐに静かになり、灯りが消された。杏奈が通路側で天見が窓側の席だった。満員だが話し声もない。
「あたし寝るねー。おやすみ」
「はい」
疲れているのだろうか、杏奈はすぐに寝息を立て始めた。座ったままでそんな風にリラックスできるのが羨ましい。
(慣れてるんだろうけど)
天見は寝る気になれず、窓に頭を預けて外の景色が流れていくのを見つめた。
高速道路に入ると、スピードが上がり、オレンジ色の照明が線のように後方に流れていく。真っ暗で、それ以外に展望がない。防音壁というのだろうか、そればかりが眼に映る光景で、だいぶつまらなかった。明るければJR中央線沿いの山々が見えたりするのだろうか。
携帯のバッテリーを温存しておかなければならないから、電源を切る。
暗く、本を読むのもままならない。車内の穏やかな振動に身を任せながら、眠気が訪れるのを待つ。途中、二度、サービスエリアに止まったが、杏奈は寝っぱなしだった。天見は他の客と同じようにトイレに行く。夜はまだ、さすがにひんやりとしていた。
またバスが走り出しても、眠れる態勢が整わず、ひたすらぼんやりと外を眺めて過ごした。上高地へは二度目だが、空と行ったときはバスが運行していなかったから、中央線で松本まで行き、そこから乗り換えて新島々駅へ、長い電車の旅だった。時期がくればこうして新宿からバス一本で行けるのだからありがたい。アプローチの面倒さも含めて冬山なんだろうと思う。
夜が白み始める頃、沢渡で乗り換え、シャトルバスで上高地へ向かう。雪が見えると興奮した。梓川から大正池。冬にはすべてが埋もれていた景色も、さすがに融け始め、以前よりはずっと楽しんでいる。そもそもまえのときは山に引き摺られてきたようなものだった。今回は自分でゆくと決意している。
上高地バスターミナル。登山者だけでなく観光客の姿も多い。単純に、観光地なのだ。すでに穂高の懐にいる。見上げれば、穂高の険峻な稜線が雪を抱いて屏風のように広がっている。これほどに、近い。
「準備おーけい?」
ザックを背負って杏奈が言う。天見は頷く。「はい」
「っしゃ、へへ、行くべ! まえに櫛灘さんときたんだって?」
「十二月に」
「そんときよりかは楽だよ。岳沢までは散歩みたいなもんだ。姫ちゃん先頭で!」
登山靴の重量感。心地良い感触。もうすっかり慣れたものだ。天見は歩き、人混みのなかを突っ切る。河童橋から、横尾方面の道と分かれ、雪解けでじっとりと滲んだ湿原のなかに延びる木道を経て、樹林帯のなかへ……
朝の陽射しに樹木の枝葉の夜露が輝いている。登山道は濡れそぼっているしばらく登ると、滑りやすい残雪が現れ、ピッケルを突いてぐいぐいと距離を稼ぐ。上高地から離れれば、もう山の匂いしかしない。
標高二千二百メートル……
雪原の斜面にある岳沢小屋は、平成二十二年度に開かれた、真新しい、小さな山小屋だ。岳沢にはそこ以外に小屋はない。以前は、もっと大きな、二百名もの宿泊が可能な山小屋だった。数年まえの記録的な豪雪――後に平成十八年豪雪と呼称された――により、大規模な雪崩が発生し、小屋が全壊して再建も困難になったところを、最近になってようやく再建されたのだった。このあたりの地形はそういうところだ。穂高から明神岳の稜線がぐるりと周りを取り囲み、切れ込んだ圏谷となっている。
すでにたくさんのテントがずらりと張られていて、天見たちは自分たちのテントを張れる場所を探すのに右往左往する羽目になった。
斜面だから、しっかりと整地をしなければ、テントそのものが傾いてしまう。スコップでざっくりと掘り下げたところを踏み固めながら、杏奈が言う。「槍も登った姫ちゃんだから大丈夫だとは思うけど、どうする? 明日は雪訓でもする?」
「はやく登りたいって気はありますけど」
「前穂だけ登って、奥穂の南稜は明後日にしようか、計画どおりに。天気よさげだね。上のほうちょいガスってるけど」
天見は少し微笑んで言う。「槍のときみたくなんの展望もないのはイヤですけど」
「あはは。そればっかりは運だねー」
天見は穂高を見上げた。まえに空ときたときはただのテントキーパーだった。いまは違う……登ろうとしている。それが単純に嬉しい。登りたいと願う心が岩のように強い。熱く篭もったような息を吐き出し、ザックからテントを出して広げる。
下山する篠原たちを剣御前小屋まで見送った。空は室堂を見下ろし、芦田に言う。「帰りで事故るなよ? 安全運転でな」
芦田は不機嫌な顔のまま鼻を鳴らした。「てめえに言われるまでもねえよ」
「あと、真衣に伝えといて。妊娠おめでとう、って。楽しみにしてる。何年かして、立派な山屋の卵に育ってることを」
「絶対にやらせねえ。こんなクソみたいなことさせてたまるかってんだよ。もっと安上がりで楽しいことなんざ山ほどあるんだから」
「そのクソみたいなことにガキの頃から夢中だった男が言うこと?」
芦田はぎりぎりと歯を鳴らした。「てめえの親父殿にそそのかされて、引っ張りまわされたんだよ、おれは。たしかにそのおかげで生きちゃいるがな」
「だったらあたしがそそのかしに行こうか」
「おいやめろクソが」
方角を転じ、空は南側を見つめた。幾多の稜線に阻まれて槍の穂先を見ることは叶わなかったが、そのさらに先にある穂高を想い、溜息をついた。天見と杏奈のことを案じる。同じ北アルプスという山域にあっても、彼我の距離はあまりにも遠い。北アルプス自体があまりにも大きな山脈なのだ。
なにかがあっても、駆けつけることはできないだろう。空ほど素早く登れる女でさえ。心配するに及ばないと理性でわかってはいても、感情は心で制御できるものではなかった。気にかかるものはいつでも手の届かない場所にある。
「美奈子さん」と空は呼びかける。「お疲れ様でした。お気をつけて。篠原も」
「うん、空ちゃんも。また一緒に登ろうね!」
篠原は苦笑いした。「美奈子はおれと登るより空と登ってたほうが楽しいらしい」
「だってー、武さん気を遣ってばっかりでちっとも自分で楽しもうとしないんだもん。武さんだって芦田ちゃんと登ってたほうが楽しいでしょ?」
「まあ芦田はな」
芦田は肩を落とした。「篠原さん勘弁してくださいよ。おれはもう山はこりごりなんですって」
「おまえは昔から素直じゃないなあ」
ひとときの休憩が終わり、三人はザックを担ぐ。
晴れ晴れとした天気で、絶好の下山日和だった。室堂まで、もう滑落するような場所もない。眼下の雷鳥沢までグリセードで一気に下れるくらいだ。空に手を振って、美奈子は飛ぶように駆け下りていく。篠原も妻の後を追った。
芦田はもう一度鼻を鳴らし、ぽつりと呟く。「あしひきの 八峯の椿 つらつらに 見とも飽かめや 植ゑてける君」
「なんだって?」
芦田は信じられないような顔をして空を見た。「櫛灘さんは国語の教師だったろうが。なんでてめえがピンとこねえんだよ。万葉集だ」
「あたし高校のときずっと国語の成績“2”だったよ」
「この脳筋女が。櫛灘さん泣いてるぜ。小学生からやり直してこいアホんだら。バカたれ」
芦田がゆくと、空は頭を掻く。「いや、親父は爆笑してたよ。ついでに保健体育も“2”だった。チームプレイがからっきしだったから」
バカであることを自覚するのは少しキツい。
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