山ガールと呼ぶには可愛げのなさすぎる山姥どものお話。女子力総じてゼロ以下()
……ほんとうは私だってプリキュアみてーなかわいー女の子書きたいん(ry
……ほんとうは私だってプリキュアみてーなかわいー女の子書きたいん(ry
天見は電車を乗り継ぎ、目的地に到着すると財布の中身を確認する。お年玉の残りはたっぷりとある、そもそも使っていないのだから。こんな自分にさえそんなものを寄越す親戚連中の気持ちはまったく理解できないのだが、ありがたく使わせてもらおうと思う。両親に許可は取った。当然、嫌な顔はされたが。
単線の路線で、自動改札ではない。少し驚きながら切符を駅員に渡す。目的地は、すぐ駅前にある。
「……入れてくれるのかな」
それが少し心配だ。
こじんまりとした、小さな倉庫を改修したようなつくりで、入り口から中がはっきりと見渡せる。側面をすっぽりと覆うように建てられた、前傾した壁に、夥しい数、色取り取りの手がかりが設置されており、分厚いマットが下に敷いてある。平日の放課後。客が次第に集まり始めているようで、何人かの男女が、床に座ってストレッチしている。思っていたより雰囲気はずっと柔らかく、躊躇いながらも、天見はなかに入った。
クライミング・ジム――
受付の、体格のいい白髪の壮年男性は、天見を見下ろして不思議そうな顔をする。
「ン……君ひとり?」
「はい」
「親御さんは?」
「許可が必要だったら、電話しますけど」
そういうこと事態、そうないことなのだろう。困った風に頬を掻くので、天見は少し申し訳ない気持ちになる。
書類に必要事項を記入し、会員証を貰う。書類は持って帰って、次に親御さんのサインを貰ってきてね、と言われてほっとする。
「クライミングは初めて?」
「いいえ。道具もあります」
「へえ」
大学生以上に比べて、半分の金額で嬉しい。とはいえアルバイトもできない身では辛いことに変わりはないのだが。注意事項を一通り聞いて、奥に進む。できるだけ目立たないところで登ろうと思う。
垂直の壁は少なく、ほとんど、かなり前傾していて、見るからに辛そうだ。小さなジムで、ザイルを使って登るところがない。数手で上まで届いてしまう、ボルダリング壁に特化していた。
周りを見渡しながら、ストレッチをする。どういう流れでやればいいのかと。壁を見てみると、手がかりの横に、ルートごとにビニールテープが張ってあり、かたちがルートを、色がグレードを示しているのがわかった。白が八級、黄色が七級、ピンクが六級――
(フリーとはグレードの表記が違うんだ……)
このまえ登ったのは確か5.9のルートだったか。ボルダー表記だとどれくらいになるのだろう?
他の客は、それぞれ勝手に登っているようだった。注意書きを読み返し、できるだけひとのいない場所にゆく。真ん中に置かれているベンチで待機して、ルートを眺め、どれに登るか決めた。
とりあえずいちばん簡単そうなところ。八級。
決められたホールドに沿って登る。四級より上はフットホールドも限定されるようだが、それ以下では自由でいいらしい。
足を使えるところが選べるからか、楽なように思われた。岩とは勝手が違うが、八級であれば難なく登れた。最後の一手を両手で掴んで、少しクライム・ダウンし、マットに跳び下りる。
(これくらいなら登れる、けど……)
徐々にグレードを上げていく、が、六級で早速つまづいた。次のホールドにまったく手が届かない。あまりにも遠い。そこで力尽き、落ちる。
(――、っと)
意図しないところで落ちるのは初めてだ。フリーだったら、ザイルにテンションがかかっている。そう意識すると、胸が強張った。
再び挑戦したが、同じところで落ちる。右腕を必死で伸ばし、腰を回すようにして肩も入れたが、まったく届かない。左腕に限界がきた。
(単純に腕力がないのかな。私の力で登れる?)
ベンチに戻り、じっとルートを見つめる。ホールドはがばりと掴めるくらいで、多少指が痛むが、掴んでしまえば登れてしまえそうに思われた。だったら、どうする? ジャンプでもしてみる? いやでも、六級なのだ。一番下から三番目程度……
迷っていると、他のクライマーがそのルートに取り付いた。はっとして、観察する。
自分の父親より年上なくらいの、黒いシャツにジャージといった男だった。二の腕に、はっきりとわかるくらい引き締まった筋肉がある。凹凸がはっきりしていて、いっそ細いくらいだ。
しかし、筋肉を使ったようには思えない。ウォームアップか、クールダウンなのだろう、ゆっくりとした動きで、さっさと登ってしまった。自分がつまづいたところも、ふわりと、なんでもないように行ってしまう。
少し考えて、気づいた。足の置き場が違う。それに、以前芦田が言っていた、四肢の対角線でからだを支えるというのが徹底されている。そのせいか、動きそのものがひどく滑らかに見えるようだ。
(あんな感じで――)
イメージを脳裏に焼きつけて、“黒シャツ”が別のルートへ離れたところで、もう一度挑戦する。
自分の荷重がどこにあるかを意識する。安定するように。落ちても平気だから、三点支持よりは、左手と右足、右手と左足のバランスを考える。足は自由に乗せていいのだから、ホールドを掴んでから探す。少しぎこちないが……
先ほどの位置までくると、左腕でからだを支え、右足をできるだけ高く保つ。ぶれそうになるところを、左足を伸ばして支える。
そこで歯を食い縛る。思いっきりからだを伸ばし、右腕を。届く? 届け。届け、届け――
思ったより簡単だった。
なんでつまづいたんだろうと首を傾げながら、残りの数手を登る。指がきつくなる。手と肘のあいだの筋肉が、ぱんぱんになっている。クライムダウンする余裕もなくて、終わった途端に跳び下りた。マットに尻餅をつく。
(……指。皮が削れたみたいに痛い。まだ一時間も経ってないのに)
要は未熟ということだ。
ベンチに戻って、スポーツドリンクを飲む。でも、楽しいかもしれない。岩と感触がまったく違うが、気軽に取り付けるし、高度感がないからムーヴに集中できる。岩で、恐怖を感じずにこうした動きができるようになれば、行動範囲が一気に拡大するのだろうが……
指が痛いが、払った代金は一日分だ。一時間やそこらで撤退するのは損だと思い、回復するまで待つ。
自分以外の客も増えてきた。女性も多い。ほとんど地面と平行になるほど前傾している、とんでもないルートを難なくやりこなしてしまうクライマーもいれば、自分と同程度のグレードに何度もチャレンジしている者もいる。疎外感が多少薄れ、天見は息をつく。
みな、自分よりもずっと長く経験しているのだろう。見ていると参考になる。いかにも簡単そうに登っているところでも、三級や二級だったりして、驚いてしまう。なんだか自分までできそうな気もしてくるが、錯覚だとわかっている。巧いひとは楽そうにやってしまうのだなあと、感心するような気分だ。
“黒シャツ”のクライマーは次々と登っている。腕力というよりはバランスで登っているような動きで、初心者の自分には参考になる。失礼かもしれないと思うけれど穴の開くほど見たくて、彼の姿を眼で追う。
五十代の、半ばくらいだろうか? 自分の父親よりも年上に見えるくらいなのに、印象は随分と違うものだ。疲れ果てたような顔をしている父と違い、落ち着いてはいるが、背中が活き活きしている。空と似たような人間であるように見えた。そう、同種の。
(参考にしよう)
そう思い、再び登り始める“黒シャツ”を眺めた。指の痛みが多少マシになってくると、天見も登り始めた。
そのとき、天見は杏奈という女を初めて見たのだった。指と腕の痛みがいよいよ限界になって、そろそろお開きにしようと思ったときに。“黒シャツ”はまだ登っていて、天見は彼を観察し、少しでもその動きを自分の内側に取り込もうとしていた。
滑るような動きで、ひとりの女が座る天見のまえを通り過ぎていった。天見は一瞬、気にも留めなかったが、ふと違和感を覚えて“黒シャツ”からその女に注意を移した。ブラウンのブレザーとチェックのスカート、黒のハイソックスという制服姿の少女で、学校指定のものらしきバッグを肩にかけていた。あれ、と思ったのは、少女がその格好のまま壁を見ていたからだ。
(高校生? 着替えないのかな)
右肩でひとつに結って前に垂らした、豊かな黒髪がいかにも清楚で、ブルーのネクタイはブラウスのいちばん上まできっちり留められていた。ブレザーの胸ポケットの、派手な校章は見覚えのないもので、近場の学校ではないようだ。
少女は“黒シャツ”を見ていた。眉をひそめて、いまにも咎めようとするかのように。“黒シャツ”が降りると、滑るように近づいて、その腕を取った。
「お父さん――」
“黒シャツ”が驚いたように振り返った。「おまえ」
「ちょっと、もうっ。こっちきてよ」
少女が“黒シャツ”を引き摺るように歩いて、天見のまえを通り抜けた。その一瞬、ふと見上げた天見の眼に、少女の頬の奇異な色が映った。うっすらとほとんど消えかけていたが、顎から目許にかけて、傷痕のように白く色が走っていた。
なんだろうと思う。が、よく見る間もなく、ふたりは戸を開いて外に出て行ってしまった。
篠原武士は困ったように眼を逸らした。父親がそういう反応をすること自体にひどく腹が立って、杏奈はローファーの踵で彼の足を思いっきり踏んづけた。「とにもかくにも今日がヴァレンタイン・デーだってこと、ほんの少しでも思い出す気があった?」
篠原はそういうことには疎い男だ。なにせ若い頃はそうしたイベントの日は大抵山に篭もっていて、ラジオパーソナリティが話題に持ち出してようやく気づくのが常だったのだから。当然、思い出す気があるとかないとか、そうした次元の話ではなかった。だから、正直に言った。「少しはあった」
杏奈は殊更強く踵を捻じ込んだ。「お母さんが待ち惚けてるよ。さっさと帰る!」
「もう少し――」
「怒るよ」
篠原は肩を落とした。
車のところまで歩くと、未練がましくジムのほうを向いた。仕事帰りのサラリーマンなどが集まりつつあって、ここからが本番といった風に空気が昂揚し始めていた。腕はまだまったく余裕があって、そうでなくてもクールダウンもしておらず、結局、練習にもなっていない。もう一度娘を見た。杏奈は憎々しげに睨み返した。
「なあ、杏奈。美奈子はこんなことで怒らないと思うんだが」
「怒る怒らないの問題? だからお父さんって! こんな日くらい少しでも長くお母さんといてあげて、あたしに弟でも妹でもつくってみせてよ」
「いや……この歳で二人目は経済的に」
「殴っていい?」杏奈は拳を握り締めてみせる。「男女関係って損得?」
篠原は降参するように両手を上げる。
運転席に押し込まれ、仕方なくイグニッション・キーを回す。エンジンが蘇り、震える鼓動を漏らす。そこでふと気づき、ドアの外の杏奈を見上げる。
「おまえは? その……誰かと予定は」
「ねえ、お父さん。あたしの通ってる学校のことちゃんとわかってる? 女子高で出会いなんかあるわけないじゃん、いい加減にして! このやり取り去年もやった!」
ローファーの爪先がドアを蹴飛ばす。篠原は逃げるようにアクセルを踏む。
杏奈はむすっとしてテールライトを見送る。実際、わざわざこんな日に両親の仲を取り持つなどしていることに、情けないような苛立ちはあった。色気のある話のひとつもないことに。杏奈は今年で十七歳、来年度は受験だから余計に遠ざかるのだろう。そう思うともう溜息も出てこない。
(志望校だって決まってないのに!)
気がつくとのっぴきならない位置にまで達している。進路志望になにも書けなかったことをかえりみ、あの父親じゃ頼りにもならないと思う。
踵を返しかけ、ふとジムの灯りが眼につく。じわりと胸の内でぬるいものが滲む。
(……だめ、だめ)
首を振って、後ろ髪を千切るように歩き出す。
(そんな暇はないし。バイト代もらえるの月末だし、だいたい制服しかないし、こんなとこクラスメイトに見られたら――)
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コメント
無題
あら、この子ももしかして山女…?
posted by NONAME at 2013/02/20 20:38 [ コメントを修正する ]