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2025/02/07 22:38 |
(東方)
 闇黒片 ~Chaos lives in everything~
 
 
 
 Stage5 マヨヒガ
 
 
 
 ――愉しいことと気持ちの良いこと



 4/4
 

拍手



 火柱の勢いが弱まっていくと、ディーは目を細めた。龍の尾のように細くなった火の根元に、先ほどまで絣がいた場所、当然影もかたちも見えない。塵も残さぬ温度。巨大なクレーターだけが山を穿つようにできあがっている。
 さよならよ、と思ったのは、絣にか自分にか。橙がどう言ってくるのかはっきり想像できるが、もうどうでもいい。
 火の尾がゆっくりと立ち昇っていく。
 黒い煙が辺りを覆っている。サフィが茫然とこちらを見上げているのを、視界の端に捉えていた。
 
 巫女になどならなければ生き残れたろうに。妖怪を相手取るような仕事、才なき者には荷が重過ぎる。詐欺、裏切り、日常茶飯事。最後まで耐えられる者がどれだけいる?
 哀れな零無。
 立ち昇り消えていく火の尾を見送り、ディーは上空を見上げた。噴煙に月も白く霞んでいた。涙のような光が滲み、広がっている。火の粉がちりちりと木の葉のように舞っている――
 
 絣の顔が真正面に。
 今度はディーが唖然とする番だった。「え」
 「爪符『カラードネイル』ッ!!」
 
 弾幕がディーを捉えた。その全身を光に埋めた。
 そこでやっと気づいた。
 (――かわした、っての!? どうやって!? いや、そもそも回避しようって、発想が――!)
 
 よくも悪くも、絣はスペルカードルール制定以後に産まれた人間だった。いつ弾幕のなかに飛び込んだかすら覚えていない。もっぱら妹を――ほんとうの博麗の巫女を相手にし、物心つく頃にはもうすでに全身に生傷を負い、常に痛みを感じ続け、傷の上から傷を負い治り切ることさえなかった。
 先代の博麗が創り出したルールを生まれるより先に享受してきた。空を見上げれば異変解決に奔走する紅白の巫女、読み書きよりも先に弾幕を覚え、弾幕によって人格さえ形成された。
 博麗霊夢の幻想……
 一度は巫女の重責に押し潰され、砕け切った絣の精神は、妹と『再会』したことによりついに自らの本来を取り戻していた。自分よりも遥かに強大な妹を相手にし続けてきた『弾幕女』の心は、絶望や諦めといった風には動かないのだ。その魂は常にシンプルに動く。いかな試練がこの身を襲おうと、回避する。そして、撃墜する!
 
 (毒が)
 
 ディーのからだが硬直する。一瞬よりも短い時間すべての魔力が停止し、無防備な隙をさらす。
 絣の左腕がしなった。弧を描いて振られ、自らの心臓を鷲掴みにするかたちで焦げかけたさらしを掴んだ。
 
 「黒符――」
 
 が、そのときにはサフィの爪が彼女を襲っていた。咄嗟に身を捩って避けながらも、ディーの硬直が終わっていた。
 やはりサフィを先になんとかしないとだめだと悟り、絣は低空へ自由落下していく。全身が熱い。服がもう役立たずなほど焦げてしまっている。そこで初めて、絣はディーの火が穿った地表のクレーターを見つけた。
 その凄まじい威力を知り、眼を見開いた。
 
 「……――っ、ほんとうに、すごい――!」
 絣がディーに向けたのは、まるで屈託のない感激の笑顔だった。ディーの顔のほうが引き攣ってしまうほど邪気がなかった。
 (一歩間違えれば死んでたってところでなんでそんな顔するのよ!?)
 
 ディーにはその自由な心の動きが理解できないのだ。ただ恥じ入るような後悔が襲い掛かり、歯を噛むように表情を歪めて俯く。上空で立ち尽くし、両腕をだらんと垂らして拳を握り締める、肩が怒ったように上下する。
 回避してくれて良かったとまで思ってしまう。いっときの感情に押し流された結果にならなくて済んで。熱の排気された頭がすっと冷えていく。
 ほんとうにそうなっていたら私はつまらなくて気持ちの悪い女に成り下がっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 人里からの灯りだろうか。鳥居全体がうっすらと輝いているように見える。その脚に背を預けて座り、ぼんやりと階段の下方を眺めているここぁの顔も。
 なんと言えばいいのか、ミケは途方に暮れる。野良のままに生きてきた彼女には心の機微がわからない。ただ眼の奥がじんわりと熱くなっていくのを感じている。
 
 ここぁはふっと笑う。「――ごめ、困らせてるね。やっぱ酒はだめだわ、変な風にバッドトリップしてる」言いながらも銚子に手を伸ばして杯に注いでいる。「気にしないで。って言っても遅いよね。大丈夫だよ、みんな終わったお話だ」
 唇を杯に寄せる。が、飲みはしない。ひたひたに溜めた酒の、薄く張った表面を舐めるだけ。
 「いまが楽しくて気が抜けてさ、ちょこっと愚痴りたくなっただけだから」
 ミケの頭が傾けられる。ここぁのまえに屈みこんだまま、懺悔するかのように。実際のところ、いまの心模様はそうしたかたちにいちばん近い。けれどもなにを悔いているのか、自分自身にはわからない。「なあ」
 「うん?」
 「……オレはこういうときなんて言ったらいいんだろう」
 ここぁは後悔したような顔をする。感じ入ったように杯を覗き込み、控えめに微笑する。「あんたがそういう風に苦しんでるの見てちょっとスッとしてたり」
 「てめこの」
 
 ミケが殴りかかる真似をすると、ここぁも腕で頭をかばう真似をする。互いの腕が行き場を失って揺らいだ後、ミケの腕がここぁの胸ポケットから煙草をぶんどる。
 
 「火」一本くわえて言う。
 「ほい」
 マッチの火が薄く光の線を描く。ちりちりと揺らめいたオレンジ色は責務を果たすと地面に落ち、石畳を焦がしてすぐに消える。
 
 ここぁはミケがぎこちなく吐き出した煙を見上げて、「終わってるからさ、ホントに」
 ミケはどうしても硬い声音でしか応えられない。「そうなのか」
 「あいつが全部吹っ飛ばしちゃった。もう誰もいないよ。そういうことするなんて、あたしも意外だったけどさ」ミケが驚いたようにここぁを見る。「そのときはいよいよ魔が差したんだろう。あたしは見えるところも見えないところもずたずたにされて、髪を鷲掴みにされて引き摺られてた。こいつはそろそろ廃棄物にしてもいい、って思われたのか、あたしがなにか本格的に癇に障るようなことをしたのか、いまとなっちゃわからないけど。たくさんのコミュ連中に囲まれて、意識はあったけどからだの感覚がなくなってたのは覚えてる。勢揃いの嘲笑を向けられてたのも。あいつがきたのは、そういうときだったんだ」
 
 扉が開かれると、一気に静寂が広まった。ルビィはなにも見ることができなかったが、現れたディーの気配を感じることはできた。彼女が淫魔を押し退け、自分のところまでやってきたことも。
 薄く眼を開くと、なにを考えているのかわかりにくい表情でディーが自分を見下ろしているのが見えた。ルビィの胸に最初に浮かんできたのは申し訳なさで、次に浮かんできたのも申し訳なさだった。ディーがひどく苦しんで自分を創造したのはわかっていた。そういう風にして創ったからだをぼろぼろにしてしまったのが哀しかったのだ。ルビィは頭を傾け、『ごめん』と一言だけ言った。
 周りの淫魔が再び嘲笑を浮かべ、その低く沈むような声が波のように広まった。彼女らは序列四位とはいえこれだけの数を相手にディーがなにかをするとは思わなかったのだった。固まったようになっているディーの肩を叩き、あなたも混ざる?と問いかけたのは一位の淫魔だった。ディーは無言のまま嘲りの笑みを浮かべるその顔を鷲掴みにし――
 一瞬後には一位は一位だったものになっていた。後には黒ずんだ消し炭だけが残っていた。
 
 「あいつがチャームの魔法を篭めて人間を誘惑する顔を見たことがあるよ。でも、同族を焼いたときに浮かべた笑顔はもっともっと凄艶だった。Aセクのあたしがちょっとぞくっとしちゃうくらい。
 なんであいつがそういう風にしたのかわからない。どうしてそんな感じに心が動いたんだろうね。あたしへのちょっとした同情からだったのかもしれないし、あいつ自身淫魔って種族にもううんざりしてたのかもしれない。痛めつけて興奮するって性癖にもうついていきたくなかったのかもしれない。ただの気まぐれかも。とにかく、あいつは水をぶっかけたみたいに静まり返った同族連中に傲然と言ってのけたんだ。『私は快楽と淫蕩の悪魔として愉しいことも気持ち良いことも愛しているけれど、おまえたちはまったくつまらないし、物凄く気持ちが悪い』。
 後はもう、戦争だったね。あいつ対全世界って感じの。結果がどうなったかは、あたしがここでこうしてるってことでわかるよね」
 
 
 
 いつからこんなにつまらなくなった? とディーは思う。
 意思のない淫獣を創造して人間の精神に熱を吹っかけて発情させる。そうして魂を喰らって生き続ける。それだけで満足だった。満足できなくなったとき、不意に冷めてしまうものがあった。
 なにをしているんだろう、と。生きていること自体にもどかしさを感じた。
 どうして限界を越えてみたいと思ったのだろう。『創造』の次の段階へ。淫魔として、あの娘を産み出すことはまったくの無意味だ。反抗ばかりしていとも簡単にこちらの命令を無視するあの娘を利用して人間を堕とすことなどできないし、あの娘自身で楽しむこともできない。快楽を得るだけなら触手かなにかでまったく充分だったのだ。
 なのに、あの娘を産み出したときに感じたのは、自分でもまったく予期しなかったことに、この上ない充足感だった。なにか途方もない楽しさを感じたのだった。あの娘が自分の意図に従わないこと自体に。
 
 サフィが巫女と撃ち合って飛んでいる。
 まるでこの郷に影響を受けたような能力。既に三度絣を落とした。プラクティスモードなのだから、絣が満足するまで続けられる。コンティニュー、もう一度コンティニュー。飽き飽きしてもいいのに、サフィはやはり楽しそうなのだ。それがディーには不快だ。
 不快のはずだ。こんなのは……
 
 
 
 絣はようやくわかった。
 (こんな風になんべんやったって駄目だっ!!)
 
 地力で遥かに劣る私が綺麗に勝とうという考え自体が甘いんだ。青い四肢から放たれる爪を掻い潜りながらも近づけない、自分よりも軽々と上位へと昇っていくサフィ、撃ち合いながらもさらに成長している感じだ。まるで消費の見えない魔力! こちらはもう底を突き始めているというのに!
 不相応な道を進もうとする者へ相応の犠牲を。激情に突き動かされ、絣はぼろぼろになった衣服をもぎ取って捨て去る。さらしにスカートのみの装いのまま吼え、下へ。低空からさらに下へ、地表に降り立つ。
 爪が地面を抉り削り、土埃が舞うなか、絣は脚を踏み締めて深く腰を落とした。
 
 「もっと鋭く!」
 
 上空のサフィに向けて半身になり、左腕を後ろに回す。襲いくる爪をほんのわずか軸をずらすだけでグレイズ。それでも魔力の刃に皮膚が削れる。痛みを完全に無視する。
 左手を目一杯広げる。残されたものをありったけ篭める!
 花びらの紋様の紅と黒が混ざり合う。二色から一色へ。闇の色そのものになりながら肌との境界を失っていく。花びらは解け、その輪郭線から色が染み出た。肌色が消えていく。左腕だけが別物のように影に熔ける。
 ここから一連の射撃が今宵最後の術ということになるだろう。放出される霊力にスカートが激しくはためき、表情はより醜く歪んでいく。見開かれた眼、食い縛られた歯、唇は頬を裂いて両端に吊り上げられる。獣の顔。真っ黒な左腕。
 
 「獣ぅう……爪ぉおお……――!」
 
 サフィの爪筋二十をすべて蹴散らせなくていい。ほんの一ドットでいい。彼女にただ一閃だけ届けばいい。
 
 「『マァ――ジっ――ナル――」
 
 草履が地面に食い込む。指先が土に黒く汚れる。みしみしと軋む左腕、痛みを覚えるほど霊力が濃密に集束する。間断なく降りてくる白と白金の爪を睨みながらも、もう飛んで逃げようとはしない。
 
 「ビィィィストぉ……!」
 
 月がただ明るい。眼が眩むほど黄金色が濃い。それ以上に弾幕の灯りが強い。スペルカードの応酬にそのスキマを縫う少女、破裂し緊迫する空気、前後不覚に酔いしれ、没頭する無我夢中の心。
 幻想郷の夜!
 絣は力いっぱい左腕を振るう。
 
 「イン、サイ――ド』ぉぉおおお――!!!」
 
 
 
 白と白金に埋め尽くされた一面のほんの一点、中心部が黒く染まる。薙ぐのではなく、突くように放たれた爪がそこだけを打ち破る。ガラスの破片が舞うように、サフィの霊弾が散った。そこから真っ直ぐにサフィへと弾道が走った。
 その弾丸を見つけたとき、サフィはますます笑顔を深めていた。
 ああ、まだ上があったんだ。これ以上に変化させることができたんだ。生まれたばかりの私よりもずっと小さな霊力なのに、こんな風にしぶとく撃ち合って、しかも突破することができるんだ。不思議なことだなあ! なんて不思議で、謎めいていて、捉えがたくて、素敵なことなんだろう!
 未知の事柄がサフィをざわめかせ、昂揚させる。あの小さな霊力がこちらに届いてしまうという不可思議。青い頬をほんのりと赤く染め、この遊びを心の底から楽しく、面白く思う。そんな世界に自分が生まれたことに幸運以上の幸運を感じる。幸福。そう、サフィはいま間違いなく幸福の裡にいた。弾幕を能力として生まれ持った者の臨界点に。
 
 闇色の弾丸がサフィを貫いた。
 篭められた毒に硬直する一瞬、絣はサフィの真横を飛び抜け、その向こう側にいるディーへ迫っていた。
 
 
 
 闇色の腕が絣の心臓を掴む。「黒符!」
 ディーは一瞬、まともに迎撃しかける。
 
 (練習)
 
 その単語を思い出し、ディーは思い留まる。この娘はサフィを突破した。だったら、好きなように一発撃たせてやってもいいんじゃないか? この子が思い描いている動きをして、その結果がここなら、練習の意義はきちんと達成できてるじゃないか。
 向けかけた指先を下ろす。スペルカードを撃たせてやろうという気になっているということに、自分自身、ひどくはっとするような思いだった。いつから私はこんなに甘くなったのだろう、と思う。
 
 絣の顔。埃だらけ、生傷だらけになりながらも、その活力は一点も損なわれていなかった。少なくともディーにはそう見えた。どうして? 散々墜とされ、力の差を思い知りながら、それでもコンティニューし続ける。パターン作りに躍起になる。
 その上、墜落していくサフィの顔ときたら。どうして勝つより負けるほうが楽しそうな顔をしているのかまったくワケがわからない。
 
 自らに与えられた能力を思う存分振るい、縦横無尽に空を駆け抜け、やりたいことをやりたいようにやる。それがこの弾幕の場なのだろう。先代の巫女が産み出したルール。彼女はなにを思ってこんな枠を創ったのだろう。なにをこの幻想に託したのだろう。
 ひとつの幻想がひとつのルールを産み、ひとつのルールがひとりの少女を形作った。絣はその典型的な肖像の一なのだろう。博麗の巫女であるまえに骨の髄まで弾幕女。そうしてその弾幕女が、弾幕を展開する……
 
 (ああ)
 ディーはようやく納得いった。
 (そりゃ物凄く愉しくて、物凄く気持ちの良いことよね。弾幕女にとっては
 
 絣は宣言した。「『カオス・リヴズ・イン・エヴリシング』!!」
 
 
 
 ここぁは表面張力の張った杯を見ながら言う。「身分も、住処も、平穏な生活も――土壇場のところで、大切に溜め込んだものでひたひたになった器を、全部ひっくり返してくれたんだ。あいつは。自分がどうなるかなんて考えもせずに、居場所がなくなってしまうのも全部承知で、自分を屠るように堂々と捨て去ってくれた。私のために……それがすごく嬉しかった。あいつが次から次へ火の柱を立ち昇らせるとこ、見てて心底胸がスッとした。でも結局、それでどこにもいられなくなって幻想郷にきちゃったんだね。SNSとかで一気に広まっちゃったからさ、同族殺しって。
 あいつの本性はヒーローだよ、きっと。私はそう思ってる。だから悪ぶって悪魔らしくなんてしてる限りずっとヘタレて、負け続けるんじゃないかなあ。このまえの紅魔湖畔でみたいにさ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 スペルカードが放たれると、ディーは回避体勢を取った。そうして難なくかわした。
 はずだった。
 
 「――!?」
 視界が紫色に染まった。気づいたときには、ディーは頭を下に向けて落下していた。
 (何、が……起き――)
 
 どうにかして絣を見ると、彼女もまた落下し始めていた。被弾ではなく、全霊力を放出した反動だった。
 スペルを思い返し、気づいた。『そういう弾幕』。ああ、なるほど、と思う。確かに自分のような者には効果的なのかもしれない。
 ひどい初見殺しだ!
 
 「はぶぁ」
 
 地面は沼地だった。底は浅く、膝まで程度の深さしかない。あっという間に泥だらけになってしまい、素肌にまとわりつくぬめった感触が気持ち悪い。頭から突っ込んだせいで口のなかが不味い。
 
 「ディーさん! 大丈夫で――はぅん……」
 
 尻から墜落した絣が慌てて近づいたが、泥に足を取られた上に満身創痍疲労困憊、力尽きて膝を突いてしまった。
 毒の硬直が終わったサフィも降り立ったが、さすがに泥に塗れるつもりなどないのだろう、ディーの真上でちょこんと首を傾げる。が、ふたりの有様を認めると思いっきり大爆笑、泥だらけのふたりの耳にさやかな笑い声が届いた。
 
 「……」
 
 ディーはイラッとして立ち上がった。事実を直視するとなんとも受け容れがたい状況。この私が。純種の気高き淫魔たるこの私が取るに足らぬ小娘の弾幕に被弾して泥を噛む……だと……。その上自分の産んだやつにげらげらと笑われ――
 
 「……――にぃぃいいやぁぁああああああ!!!!!!」
 
 ついにディーの精神は臨界点を突破し、大絶叫の奇声を上げた。泥に両腕を突っ込んで団子を形成、唖然とする絣の顔と、笑い続けるサフィに向けて全力投擲。
 絣の顔には命中したが、サフィは楽しい弾幕ごっこの続きだと思ったのだろう、軽やかにグレイズするに留まらずかたちの崩れやすい泥団子を空中でキャッチするという芸当を見せ、見事極まりない美しいフォームで投げ返した。ディーの顔面に鋭くぶち当たり、仰向けにぶっ倒れ、またもやサフィの呵呵大笑が沼地に満ちた。
 
 月の光が白く綺麗だ。
 「ディ、ディーさん」
 なんとかして立ち上がった絣がディーのところまでくる、が、
 「ぅにゃあぁああああッ!!!」
 「ウワーッ!!!」
 もはや完全にブチ切れたディーに胴タックルを喰らい、慌てて振り払って背を向け全力疾走。浅いところまできて追いつかれ、押し倒される。
 
 淫魔に寝技で敵う者などそうはいないだろう。
 泥に塗れて絡まり合う半裸のふたり。黙っていれば美女とほとんど幼女。絣は馬乗りされて往復ビンタを喰らい(泥のせいであんまり痛くなかった)、さらしを剥ぎ取られてベアバック、大外刈り裏投げスープレックスからのブレーンバスターなど好き放題された後に一瞬の隙をついて寺子屋秘伝の頭突きをかまして魔の手から逃れた。が、逃れきれずにやっぱり馬乗りされた。
 
 「変態ー! けだものー! 淫魔ーっ!!」
 「淫魔よ!」
 「えっ」
 「きぃぃぃいいいこの私が! 屈辱だわっああまったくの恥辱だわっ、離反流離の魔王とまで怖れられたこの私がーっ! こんな辺境まで追いやられた末にこんなちっぽけな小娘にーっ!」自分の股のあいだで茫然とする絣をびしっと指差して、「あんたなんかッあんたなんか私が本気出せばイッパツなんだからね! 練習に付き合ってあげただけなんだからね! あんたなんかあんたなんか練習でさえなければ本番だったらっ!!」
 「知ってますーっ! 離してくださいーっ! さらし返してーっ!」
 
 ディーは凄まじい速度で絣を抱え上げ、ヘッドロックの体勢を取った。弓なりに仰け反った絣の首に腕を回し、その豊満な胸をエプロン越しに背中に押しつけ、絣のほうは苦しくて胸を手で隠すこともできない。差が歴然である。いろいろと。
 
 「劣等感に溺れて死ねッ!」
 「橙さまのほうがっ、橙さまのほうがおっきい!」
 「なわけねーだろッ今頃ルーミアにかじられてるわよアレな意味で!」
 「うわあああああぁぁぁぁぁあああああん!」
 サフィの腹筋はもう限界だった。
 
 
 
 たっぷり三十分は徹底的に仕返しされた。
 「ぅう……もうお嫁に行けない……」
 
 さらしはもう使い物にならなかった。そのままでいるとさすがに倫理的にまずいのでなにか代わりになるものを探したが、スカートのポケットに突っ込んであったルーミアのリボンくらいしかなかった。仕方なく巻いてみたがなんだか余計にまずい気がする。泥だらけなのもあいまって、裸でいたほうがマシなんじゃないかとさえ思えてくる。
 封印されないか心配になったが、もともと封印するものもないのだ。羞恥心以外には。
 
 「あの、ディーさん」話しかけた相手は腕を組んでまだ不機嫌そうに顔を背けている。「最後のスペルカード、どうでしたか」
 「どうって?」
 「だから……」
 ディーはふっと表情を緩め、腕を解いた。「弾幕のことはまだよくわからないから、私個人の感想でいい? 私だったら百回やって百回引っ掛かってる。他のやつのことは知らない」後ろを浮遊しているサフィを見て――「例えば相手がこいつだったら、とか。そこまではなんとも言えない」
 絣は神妙に頷いた。その後で微笑んだ。
 
 夜が深まってきていた。弾幕の光が消え失せると、月の光が勢力を増し、沼地の立ち昇る白い煙を、降り注ぐ粉のように照らしていた。世界全体が霞んでいるようだ。鈴のような、虫の鳴き声が響いている。
 そろそろ帰らなくては。霊力を使い切った以上、しっかり眠っておかなければ明日に差し支える。練習で疲れ果てて本番で力を発揮できないなどナンセンスだ。
 
 「私、そろそろ行きますね」ディーの手を両手で握り締めて、「ありがとうございました、ディーさん! サフィさんも! こんな楽しくてスリリングな弾幕、私久し振りでした! また一緒に遊んでくださいっ!」
 ディーはしかめっ面で絣を見下ろしていた。が、ついには微笑んでいた。ひどく穏やかな声音で言った。「……あんたたちの『お遊び』は激しすぎて、私みたいなババァにはしんどすぎるの。次は別の相手を探しなさいね」
 
 ディー自身は気づかなかったが、それは幻想郷にきて初めての微笑だった。心の底からの。
 サフィがぶんぶんと腕を振るのに応えながら、絣はマヨヒガへ走っていった。胸のなかがじんじんと熱くなるような快さがあった。自らの弾幕への手応え。黒符はいま、完成とは言えないまでも、使用に耐えうる段階に入ったのだ。
 樹木の合間を猫のように駆け抜け、絣は不意に立ち止まった。心臓がどきどきしていた。
 
 ディーを思い返して、
 (……なんか物凄くきれいなひとだったなあ)
 最後の微笑の瞬間までそんなこと思いもしなかったのに、泥だらけに汚れて初めてそう思えたことが、不思議といえば不思議だった。思ってしまうと、なにか顔の根から熱くなってくるように恥ずかしくなってきた。慌てて首を振って、マヨヒガのスキマに向けて走り出した。
 もろにチャームをくらってしまったことに絣は気づいていなかった。
 
 
 
 絣の姿が見えなくなると、ディーは深く息をつき、泥にぬめつく前髪を掻き上げた。ひどく疲れていた、創造に焼熱、魔力にはまだ余裕があるが精神的にしんどい。弾幕はもうこりごり。
 「行くわよ――」
 サフィに言いかけ、その様子に気づいた。サフィは月を見上げていた。
 
 帯のように降りてくる柔らかい光を浴び、青い肌とあいまって、サフィのからだは幻想的に揺らいでいるように見えた。指先は絡まって腹のまえで組まれ、浮遊しながらも背が弓なりに反り返っている。その眼。銀色の光を宿し、きらきらと異様に煌いていた。
 声をかけられたことに気づくと、顔がこちらを向いた。が、落ち着きがなかった。なにかを探すように眼が泳ぎ、悪戯を叱られた子供のように、もの問いたげに伏目がちに見上げてきた。明らかに、そわそわしていた。しばらく見つめていると、その眼がまた月を見上げた。
 ディーにはなんとなくわかった。この生まれたばかりの娘は飛んでいきたいのだ。自由へ。
 
 『あんたの娘みたいなものなんだ?』……
 橙のことばが思い起こされた。それに自分がどう答えたのかも聞こえてきた。
 『冗談でしょう? 汚らわしい。人形をそんな風に思ったりはしないわ』……
 
 ディーは溜息をつく。(私はあの娘にひどいことをしたわね)
 いいじゃないか、悪魔なのだし。そう思ってはみても、自分に対して気持ち悪く感じる自分の一部は否めなかった。その感覚だけが本物なのだ。自分が奥底でどう思い、感じ、考えているのか。
 次に逢うことがあれば素直に謝っておこうと思う。悩みを抱えていては、セックスだって気持ちよくない。
 
 「あんたはどうする?」
 訊くと、サフィは上空に向けて真っ直ぐに指を伸ばした。ディーは頷き、サフィの額に人差し指を置いた。
 「愉しくて、気持ちの良い生き方をなさい」
 
 真っ直ぐに眼を見つめて、
 「気持ちの悪い道を辿らないこと。胸の奥底よりも奥底から突き上がる衝動に従うこと。それが良心にしても悪心にしても、偽らないこと。熱情に向けて静かに耳を傾けること。停滞しないこと。停滞は気持ちの悪いことよ、そうなったらどんなに痛くて苦しくても少しずつでいいからまえへ歩くこと。思うがままに生きること。死ぬのも気持ち悪いからとりあえず生きておくこと。生きてるほうが、辛いかもしれないけれど。
 ま、そんなとこかしらね」
 
 サ・ヨ・ナ・ラ。突き放すように言うと、サフィはまた例の溢れんばかりの笑みを浮かべた。ふわりと宙を蹴り、ディーのほうを向いたまま天へ昇っていった。その唇がたおやかに動いた。
 
 「礼を言うぞ、ディー。よくぞ我をこの興味深い世界へ産み落としてくれた、とな」
 ディーは固まった。サフィが行ってしまってやっと再起動した。「……お、おう」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 誰もいなくなったマヨヒガへディーは戻ってきた。
 橙はやはり帰ってきていないようだった。当然、ルーミアもいない。昼は絣に邪魔されたが、マヨヒガを探るとなれば、いまほど好都合な機会もなかった。橙の弱点を見つけて、策を仕掛けて――
 縁側に上がるところで立ち止まった。そうして、どうする?
 
 「……」
 唇を舐めた。泥の味がした。
 
 眼を閉じると、真正面から撃ち合うふたりの少女の姿が思い浮かんだ。月夜を背負って闇と光を纏う、邪気のない健やかな疾走。
 あてられてる、と思う。
 縁側に腰掛け、ぼんやりと闇を見やった。
 
 「熱っつ……」
 からだじゅうから、熱気が迸っているようだ。魔力を躍らせた後遺症だった。種族の属性ではないのに、強い火属性を持つ代償、昔からこうした直後は思考が焼けつくほどからだじゅうが火照る。なにも考えず人間を喰らっていた頃は、この熱が促すままに貪ったものだが。
 
 耐え切れず、井戸に向かった。釣瓶にたっぷり水を汲んで、頭からかぶる。ちょうど泥もなんとかしなくてはならなかったところだ。ざばりと耳に響いて、汚れが流れ落ちた。白い湯気が、頭から昇っていった。
 五度かぶった。それでもまだ熱かった。
 エプロンに水が染み込み、肌にぴたりと吸い付く。下着以外にはなにも着けていないからだの線を剥き出しにし、そのしなやかな肢体が露になる。淫魔特有の、そこにあるだけで誘惑そのものになる肉体。が、いま、それを見る者は誰ひとりいない。
 無意図の代物だった。だが結局、そうした無意図のものこそ最も美しいことに、当人でさえ気づかない。
 
 (わかってはいるのよ)
 
 釣瓶を投げ打つ。地面にバウンドし、そのへりの一点を軸に回転し、すぐに静かになる。ディーは完全に止まるまで見つめていた。熱気はまるで止む気配もなかった。
 わかってはいるのだ。例えば橙に向けていくつも策を巡らせ、搦め手を用意し、何度も検討した戦術を実行するよりも、自分の場合――真正面から全力を以ってぶつかりにいったほうが遥かに、善戦できるのだと。
 ありったけの熱を燃やしてけしかけるほうがマシなのだ、と。
 
 「わかってる……」
 
 だいたい淫魔なんて頭が悪くてなんぼのものだ。なんにも考えず快楽に沈んでいけばそれでいい、そうあらゆる人妖から思われているような種族だ。笑ったり、泣いたり、全力で疾走した挙句泥の地面に頭から突っ込んでしまうような淫魔などそもそも必要とされないのだ。が、現実にはそうはいかない。われわれは少しずつ力を増していく。小難しい本を読んで知識を得るようになってしまうほどに力をつけると、淫魔という種族の根底自体が崩れ去っていく。
 それでも結局、小細工を弄する知恵もないのだ。ただただ、突き進むだけ。
 コミュニティを自ら吹っ飛ばして居場所を失い、傷つくのが怖くなっていた。あのときの向こう見ずな熱から眼を逸らし、勝率の高い戦いばかりを選び、正面の道よりもリスクの少ない回り道を探すようになっていた。いつしかつまらなくて気持ちの悪い女に成り下がっていた。あの娘に爆弾を仕掛けてなんの罪悪感も憶えなくなるほどに。
 
 もう、いい。なにもかもどうでもいい。ばかばかしい。全身生傷だらけになって何度も撃墜されて格好悪いところばかり見せて泥だらけになったっていい。あのちっぽけな巫女はそれ以上に全身生傷だらけになって何度も撃墜されて格好悪いところばかり見せて泥だらけになってるじゃないか。
 それで、いい。
 
 「あはは……」
 
 声を上げて笑った。弓なりに背を逸らして天を向き、腹筋が割れるほど笑った。笑い尽くした。
 いつしか、視界が晴れていた。
 適当に選んでサフィに贈ったことばが自分に還ってきた。気持ちのいい生き方をしよう。誰にどう思われたっていい。私は私の思うがままに行こう。その果てにどうなっても、それは結局……ただの結果でしかない。
 
 激烈な感覚がディーのからだを駆け巡った。この理不尽でくそったれな世界に、なにに依ることもなく己が身ひとつで立っているのだという、強い悦びだった。頼るべきものがなにもない場所で、それでも確かに地に足をついているのだ。それは孤高の快楽とでも言うべき強烈な実感だった。紛れもない悦びであり、肌が粟立ち、背に熱いものが走った。
 そう、自分は確かにこの快楽を知っていた。ただひとり自らの限界を越え、あの娘を創造したときに覚えたのと同じものだった。肉欲以上にこの感覚を欲するようになったとき、私は淫魔として堕落してしまったのだろう。悪魔の正道から外れ、邪道に堕ちた忌まわしき者となってしまったのだろう。けれど、それでも正しき淫魔として、この素晴らしい快楽を無視することもできないのだ。
 なんという矛盾!
 そうしていま、ディーは思う存分この快楽を貪っていた。
 
 まずはやってみよう。あの凄まじい凶兆の黒猫に、作戦の一切をかなぐり捨てて立ち向かっていくのだ。焼き尽くすのが熱の本質だ。自分自身さえ。
 
 
 
 その瞬間のディーを見た者は誰ひとりとしていない。ディー自身でさえ、自分を見てすらいなかった。意識はただ前面のみに向けられていたから。けれどもし彼女の顔を真正面から見た者がいたとしたら、一瞬よりも短い時間のうちに心の根から魅了され尽くしていただろう。その澄み切った微笑にすべてを奪われていただろう。
 誰に向けることもない、意図しないところから放たれたチャームこそが、もっとも美しいのだ。山が海が風が雨が、この世のあらゆる美しいものが無為のものであるように。それらはみな誰も見ていないところで最たる顔を見せる。届かぬところで真を曝け出す。
 ひとの見ることのできるものは世界のほんの一部でしかない。そうして結局、ひとは見ることのできるものだけで満足する。誰にも掴まれぬままほんとうに美しいものは幻想として消えていく。
 
 それでも、ディーと対峙した者は見つけるだろう。その顔の奥にその顔以上に美しいものを発見するだろう。弾幕が幻想を具現化する。博麗霊夢の幻想がすべての幻想を表層に引き摺り出す。
 が、それも結局のところもう少しだけ先の話だ。
 
 
 
 「なあ、ここぁ」
 「ん?」
 「契約ってどうやるんだ?」
 「なんで」
 「そうしておけばいつでも召喚できるんだろ。オレと契約しろよ。そうしたらなんかこう、便利じゃないか。おまえが必要なときに呼べるんだろ」
 「……そうだけどさ、やめといたほうがいいよ。そりゃもう文字通りいつでも呼べちゃうから。飯食ってるときも風呂入ってるときも用足してるときも。自分で慰めてるときとかでも。プライヴェート根こそぎなくなるようなものだよ」
 「いいよそれで。野良猫だからあんまり頭良くないけどさ、そうしておいたほうがいい気がする」
 「後悔するって。契約ったってひょいひょい更新したり廃棄したりできるものじゃないんだから」
 「オレのほうがしておきたいんだ」
 「いっときの感情で――」
 「いっときの感情のどこが悪いんだ? いっときじゃない感情よりも、本物じゃないか。オレなんか間違ったこと言ってるか」
 「……いいの?」
 「うん」
 「……」
 「……」
 「……意思のあるやつと契約するのちょっと大変なんだ。右の手首貸して」
 「ほら。――痛っ」
 「ほんのちょっとだけ血を出して、私の手首と重ねて、一緒にぐるぐる縛り上げて――片手じゃやりにくい、手伝って――そう、それでいい。あとは呪文。復唱して」
 「うん」
 「――“われら”」
 『“われらの血、巡り合い、われらの一部を託し合う。われの魂、そなたのものなり。そなたの魂、われは縛らず。ただ信において寄る辺とせん。喜びあらば、わかちあおう。苦しみあらば、背を貸そう。別れのとき、また逢えるのならふたたび兄弟となろう。また逢えぬのなら、いまよき別れをしよう。
 出会いは別れ。いまはただともにいることを。この身遠く離れようと、われらが魂、ここに。いまここに”』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ルーミアは不機嫌の限界を越えかけていた。下唇を突き出し、そのまま不満げに息を吐いて前髪を吹き上げた。それでもどうにか怒りを抑え込んでいられるのはひとえに橙の肩に腰かけているからであり、これで橙もいなかったとなれば、いよいよ本格的に感情の荒れ狂うまま――
 「ルーミア?」
 橙の呼びかけに、ただ頬を膨らませる仕草だけで応えた。
 
 山奥の、だだっ広い平原となっている盆地だった。四方を稜線が覆い囲み、道らしい道も見えない。ごつごつした岩の重なる、水のない池の底のような情景、デートとしてはなんとも殺風景すぎる場所ではないか。月はうっすらと棚引く細い雲に半身を隠し、光の輪を背負っている。さすがに残雪ももう見当たらないが、風は冷たい。
 橙は酒瓶と銚子をひとつずつ持ってきていた。スキマに腕を突っ込んで取り出すのをみたときは、ルーミアもうっかり心ときめいたのだったが、その銘柄を見て橙の意図をはっきりと悟ったのだった。そうして一気に不機嫌のどん底に叩き落された。それはルーミアではなく、ここにいない彼女の好きな酒だったからだ。
 
 「いい加減機嫌直しなよ、ルーミア」橙は噛み含んで言い聞かせるように言った。「ほんとは少し嬉しいくせに」
 ルーミアはぐるぐると口のなかで唸るような声を出した。「私がむかついてるのはあなたが私を騙したことよ、橙」
 「騙したつもりはこれっぽっちもないんだけど」
 「ふたりきりって言ったくせに」
 「実際いまのいままでふたりきりだったじゃない」
 「心の問題よ。よくよく考えれば、あなたは神社に現れたときからもうひとりきりじゃなかった。あなたの心には別の女がいた」
 「地上に帰ってきてから気づいたんだよ、そろそろだって。毎日が忙しくて、うっかりしてた。こればっかりはやり過ごせない用事だからね。あんたは何年振りに会うんだろう?」
 「こういうかたちで会うのは初めてよ」
 「そーお? ああ、だったら彼女は封印の解けたあんたを知らないわけだ」
 
 とぽとぽと、橙の手が杯に酒を注ぐ。透明な水面に月灯りが落ち、けぶるような香りが立ち昇った。飲む? と差し出され、ルーミアはひったくった。
 
 「ねえ、どうして彼女がくるって知ってるの」
 「彼女がそう言ったからだよ。この時期の満月を見ておきたいから、そのまえの晩に帰ってくるわって。こっちの言うことはほとんど聞いちゃくれないけど、自分の言ったことは守るからね」
 「満月なんて外の世界でも同じじゃない」
 「どうなんだろうね。ほんとに見たいのは月じゃなくて、その晩の私たちなのかもしれない。どうでもいいね。彼女にだってよくわかってないよ、きっと」
 
 橙は立ち上がり、その拍子にルーミアがころんと落ちた。盆地の一角を見つめ、そこへ降りていく。
 岩から岩へひょいひょいと跳び移り、足の触れたところから、浮石がからからと落ちていく。雪の残っている時期には雪原となるこのあたりも、こうなってしまえばひどく歩きにくい未踏の地だ。人間は寄ってこないし、妖怪は飛んでいってしまう。だからこの地に結界の裂け目がこっそり残っているのは、それなりに理に適ったことではあるのだ。
 夜露が視界に白い。草葉に触れると、指先が冷たい。眼を凝らすと、その断隙はもう開いていた。
 
 ノスタルジックな思いがこみ上げ、橙は微笑を浮かべていた。
 なにもない場所からひとの腕が伸び、探るように動いた。空間のへりを掴むと、一気に抉じ開ける。女の、細い手首がこの地の光を纏った。
 ルーミアも橙に並んだ。不満げではあるが、ふたりで出迎えるようなかたちになった。
 
 女は手を掲げて軽く言った。「ぃよっ」
 
 「おかえり」
 橙は両腕を広げて応えた。
 「霊夢」
 
 
 
 博麗霊夢は一年振りに故郷へ帰ってきた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 Stage5 CLEAR! to be continued……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 今回のスペルカード
 
 
 そーふ「からぁどねぇる♪」
 ※フィニッシャーとしての威力を持つに至った爪符 格下相手なら延々とハメ続けたりできそうだが楽しくないのでたぶんしない 性能は当社比二十四倍で完全にオリジナル涙目
 
 
 召喚「ミケ」
 ※弾幕中にもノータイムノーリスクで呼び寄せたり転送したりあっちこっち移動させたりできるかもしれないので単独でやるよりたぶんめっさ強い 必須スキル「信頼」あと友情とか
 
 
 創符「アフターペイン」
 「フロムリリス」
 ※淫魔()
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2012/06/30 20:57 | Comments(7) | 東方ss(長)

コメント

言いたい事が多すぎて何書いたらいいのかわかんないよぉ!うわぁん!とりあえず読了記念カキコ!

淫魔さんはここに来てすごい魅力的なキャラになってきましたね。結局の所、自分を偽り続けることは出来ないというか、自分の中の衝動に従う、そういう生き方しか出来ないんだろうなあ、彼女は。
posted by NONAME at 2012/07/01 02:28 [ コメントを修正する ]
「めっ」のあの子(多分)が出てきた!ひゃっほう!
そして最後に化け物(人間)も出てきた!
絣の成長具合に興奮が抑えきれません。どのくらい成長してるのかは測りにくいですけども。
サフィは喋らない系の子かと思っていたら、「!?」ってなりました。
名前の由来はルビィと同じでいいんでしょうかね。
最後の、そーふ「からぁどねぇる♪」の可愛さに心がやられました。
フロムリリスは創造する時のほうでいいんですかね?

お疲れ様でした。今回も色んなことに悶えることができました。

紫さん、強く生きてください。きっと平穏の地は見つかるでしょう。藍様の気が済んだら。
posted by Carrot at 2012/07/01 03:40 [ コメントを修正する ]
なんというか……
ただただ魅せられ続けた。そんなステージ。
いいですね、本当に幻想郷っていいですね~

弾幕女、絣の成長はもちろん、
ここぁやディーやミケの活躍も出てきて、もう興奮冷めやらん!

絣は男前ですね。~怒り狂ってる~の台詞に込められてる思い、その感情は並々じゃない。
最初の時に比べ、その精神の成長が眩しくてたまらなかったです!

お疲れさまでした!
日々の生活の糧になりつつある今日この頃です!
posted by NONAME at 2012/07/04 15:33 [ コメントを修正する ]
またもや過去キャラ!テンション上がる!

淫魔さんの名前も判明したし、熱い心も持っていたし、本当にいい味出してるキャラになってきましたね。
実は夜麻産さん幻想郷に辿り着くためには熱い魂が無いとダメなのですね!

サフィは私もびっくりしたよ。
posted by NONAME at 2012/07/13 06:55 [ コメントを修正する ]
>>1様
私もなに書いていいんだかよくわからなかったですけどもとりあえず勢いで書きましたっ!
わりと間違った淫魔イメージによる全年齢ssです。誰得なんだっ……!

>>Carrot様
オリキャラ主軸でようやっと「めっ」を出すことができました。思えば何年前の作品だこいつぁ! 彼女メインはとりあえず次回で!
名前の由来はまんまダイアルビーサファイアからです。あまり深くは考えて(ry
スペルカード名もあまり深くは考えて(ry どうぞご自由に妄想なさってくださいと投げっぱなし(ry

>>3様
とりあえず私の幻想郷イメージをたんとぶちこみましたっ! 全力で間違ってる気がしてなりません助けてください!
絣の成長は全力でお師匠様のおかげです。なにが楽しいって原作では幼女の橙をひたすら様づけできるのが(ry

>>4様
とりあえず過去キャラは次回でひと段落かな、と思います。たぶんですが!
淫魔関連だけは過去キャラではないので、一連のシリーズのなかでもちょいと特殊でした。割と脊髄反射で書けたキャラというか、私のss共通のテーマの擬人化みたいなもので、割と楽しかったですw
サフィは(ry
posted by 夜麻産 at 2012/07/16 14:18 [ コメントを修正する ]
初めて、こんな長編小説やっているの気がつきました、
遅いですが、最弱の絣があがく様が大好きです。(変態違う)

淫魔のディさま、かっこいいですね。

善悪どちらでも、保身に走らず思いっきり生きているキャラが、夜麻産さんの小説には多くてそれが好きです。

posted by みなも at 2012/10/30 01:32 [ コメントを修正する ]
>>みなも様
弱ければ弱いほど力強く足掻くのが様になるのです(変態
ディーについては小悪魔とは別バージョンの完全に間違った淫魔イメージぶちこみましたw 思いっきり生きていく姿には私も憧れているのです、自分もせめて少しくらいはそういう風に生きたいなあ、と。理想は遥かに遠いのですが。ぐぎぎ(ry
posted by 夜麻産 at 2012/10/30 23:45 [ コメントを修正する ]

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